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[わざわざ招待先にまで持って来るという事は、思い入れのある品か。
そんな事を考えながら、緩やかに指先は黒と白との合間を舞い、叩く。
旋律を紡ぐにつれて、窓辺に飾られていた花が微かに光る。
やがてそれはまやかしを解かれ、純白の薔薇へと姿を変えた。
そう、それもまた、造られた――紛い物に過ぎない]
[ふわりと花弁がほどける様に、少女が――魔が目覚める。
それは魂を奪う旋律が風に運ばれ、霧と化して散ったからか]
………あぁん……唄…が……
[途切れた旋律の先を、甘く切なく想いながら睫毛を震わせる]
─庭園─
[聴こえて来た旋律に、音楽室の方を振り返る。
今、この邸にピアノを弾く者はいたろうか、と。
そんな事を考えつつ、夜空を見上げ、ふわり、遊ばせていた羽根を風に乗せる]
……さて。
囚われの姫君は何処におわしますか……。
[冗談めかして呟く。
その『囚われの姫君』に、囚われた者を解放するためにその行方を追う、というのも、何やらおかしなものを感じるのだが]
―廊下―
[部屋を出るまでは良かったのだが、次第に足は重くなる。止まることは未だないけれど。]
[不完全な紫の眸は伏せられた。]
何か、できるのかな。
[呟く声は蒼と黒と金の魔を思うか。自らより余程強大な力に対し、太刀打ちも役に立つことも可能な程の力はない。或いは完全な魔となれば――如何かは分からないが。]
[拒絶するかのように緩く首を振り、階下へと降りる。]
綺麗ー…
エーリッヒさんって、凄い人だったんだ…
[…こう、場違いな声が許されるのも実際の肉体がこの場にない為か]
[ぴく、と。
常人を遥かに凌ぐ聴力が拾った音に、僅かに瞼を震わせる。
屋根の上へと微か風に乗って奏でられる音色は、聞き覚えの残る音。
それ自体は然したる事ではないが ―――しかし、此の旋律は]
―――…面倒な事を、
[紡ぐ言葉は裏腹に、口端を上げて紡ぐ声は何処までも愉しげに。
風へと乗るかの如く、その足は空へ一歩を踏み出して。
瞬間、 青年の姿を借りた其れは、風へと霧散する]
[ざ、ざざざ、ざあぁ、と。
舞い散る花弁は、数日前のように、室内を舞う。
異なるのは、一枚切りではなく、複数である事。
漆黒のピアノの周囲を巡る白は、黒へと染まりゆく。
細めた己の瞳の緑もまた、昏みがかっていくか]
「人をあやかす魔たる貴女こそが、歌に魅せられている」
[散る直前、執事の手痛い指摘に耳を傾けはしたものの。
その手を取るのを迷ったように――そして終にはオルゴールに魂を奪われてしまったように、魔の少女はその魅縛から逃れる事は出来ないままだから]
……ふぁ…ん、……行か…ないとぉ……。
[オルゴールを――その唄を求めて、ふわりと風に乗る]
[風にひらひらと裾を舞わせて、魔は緩やかに蒼を探す。
ふと、視線が長い髪の少女を捕らえ、その様子に幾度か瞬いた]
―庭園―
[ざぁ、と。風が抜ける。
一段、強い風を纏い。たん、と小さな音を立てて蒼の魔が地へ降り立った。
風が止み終わる後には、はらりと、青い髪が頬へと掛かって。
降り立った青年の紅の光が見据えるのは、
割れた硝子窓の向こう側。]
……おでまし、か。
[蒼の魔の姿に、小さく呟く。
その口調も声も変わらず彼のものだが、翠は冷たく。
二つの狭間。
そこに揺らめく存在であると、その組み合わせが物語り]
……旋律にひかれた……か?
[紅が見つめていた先に気づいて、ふと小さな呟きをもらす]
[最後の一節を弾き終え、ゆっくりと目蓋を下ろす。
鍵盤から離した右の手を緩く持ち上げれば、薔薇は其処に収まった。
棘は肌を傷つける事もなく、其処に在るのが当然であるかのように。
黒に映る映像は、傾いでいく世界。
耳に届く旋律は、ない。
朧げな残滓から読み取れるのは、その程度で。
音色を紡ぎ終えた後には、ただ、暗闇と静寂とが残った]
[金の光に僅か目を細めるも、視線は直ぐにへと正面へ戻り。
闇に溶ける色を纏う室内へと向けられる。]
―――…御機嫌よう。
[投げ掛ける声は、誰へと向けられたものだったのか
微かに浮かべる笑みは、僅かに冷淡さを浮べ。]
…何故、其れを持っている?
[室内へ近づく事もせずに、ただ曖昧な問いを]
[音色を気にはすれど、外に吹き抜ける風を宿す魔が感じ取ったか。踵を返す先は外へ通じる扉。]
―庭園―
[少し離れた場所で、蒼の姿を見留めて立ち止まった。]
[隠れこそしないのは無駄なことと理解しているからか。様子を伺うように、2つの影を視線で追う。]
[室内に向けて投げられた問いが意味する事は理解の外。
故に、そちらには何も返さず。
……ふと、空間に増えた気配に気づいて、翠を軽く、そちらに向ける。
肩の真白がゆらり、尾を振って。
案ずるような真紅の瞳を、そちらに向けるか]
おや。好い夜ですね。
[椅子から立ち上がり、カタン、と蓋を閉じる。
黒薔薇を口許へと添えれば、笑んだ口許が隠れた]
少々、拝借しまして。
[半ば閉じるように細めた眼には、様子を窺う色。
月光を受けたモノクルは、輝きを弾いて煌めく]
[――突風が収まった時。
少女が染めた紅薔薇は、幾枚の花弁を時ならぬ嵐に奪われたか]
[風に舞った紅は、地に落ちる時には力を失い…元の白へと戻る。
それは他の白や黒に混じり、もう何処にあるかはわからない]
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