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お前が何年の時間をかけたかなんて、悪いが知った事じゃない。
[荒ぐ声にも、返す言葉は揺るぎなく]
俺にとっては、アーベルがいいように使われている、という結論が問題なんだよ。
そして、『メルヒオル』にとっては、『歌姫』が利用される事態が許し難い。
……だから。
[なんとしても返してもらう、と。
その言葉は、飛来する銀の煌めき、その気配に遮られ]
引き際も肝心ですよ。
[ざわり]
本来ならば其処は、私の関与致す部分ではないのですがね。
生憎と、契約の身ですがゆえ――
[ざわり][ざわり][ざわり]
十年の時を費やした私の“庭”をも荒らしたのが、
運の尽きと思って頂きましょう。
[邸内の、全ての物がざわめき]
[漆黒の雪のように、空を覆い尽くすように、薔薇の花弁が舞う]
[その中を、月光を受け、銀の煌めきが過った]
[紅は紅を見ていない。青年の姿をした者の、蒼い眼だけを見つめる。]
・・・でも、それは、君のものじゃない。
[彼の瞳が此方には向いていなくとも、声は続く。]
だから・・・返して?
[その言葉と、彼方から銀が閃くのはほぼ同時か。]
[薔薇の花弁が、空を覆って。
ぎり、と噛締める口許は、既に歪み笑みを湛えておらず]
…其れは私にとっても同じ事だ、
貴様の結論の問題や、許可を得ようとも考えていない…、
…―――っ!
[青年へ向かって吐き棄てる様に告げる言葉も、
花弁の合間に煌く銀の光を視界に捕らえたことで、途切れる。
僅かに目を細め。―――見開かれる、右の紅玉]
[本来ならば避ける事も可能だっただろう一矢も
空を覆う花弁に寄って反応は大きく衰えた。
半ばよろける様に避けようとした銀の煌きは、左肩を深く削り]
[矢を放った。
命中するかどうかさえも確認する前に、自己防衛本能にようやく従って当てはめていた自分ではないものを解く。
筋力も、視力も元に戻る。
だが都合よく負荷まで消えて元に戻るわけではない。集中が途切れたせいか、怒涛のように苦痛が...を襲う。
息さえも上手く吐けず、生きているだけ、立っているだけで拷問だ。
それでもまだ筋肉の筋が切れていなかっただけましだろう。
全身が満遍なく熱く、痛い。
誰かが軽く押せば、いや、突風の一つでも吹けばあっさりと倒れることだろう。
でも、意地でも倒れる気はなかった。庭園の光景を見ねば]
[飛来した銀が、青年の肩を削る]
……退魔の銀の矢……かっ!?
[一体誰が、と思うよりも先に]
アーベル!
[蒼の青年の名を呼ぶ。
退魔の矢による傷であるなら、それは魔には大きな痛手となり得るはず。
今なら、青年を呼び起こし、魔の束縛から解放するのも容易いのではないかと。
そんな想いを、込めて]
[よろめいた魔へと][黒を翻して迫る]
[手から離れた譜は空を白に塗り替えてゆく]
初めに申し上げた通り……
勝者が全て、という事ですよ。
[紡ぐ声は冷徹なれど、浮かぶは笑みはあやに]
[花弁は魔に纏わりつくように流れて]
[伸ばした手はその身体を捕えようと]
[飛来する銀光は魔の肩を切り裂く。その光景に少し遅れ、眸を大きく見開く。]
・・・・まさか、
ユリィ・・っ
[動きを止めた銀を見、銀の飛んで来た方向を見遣り、この場に居ない者の名を呼んだ。]
…っ、ぐ…っ!
[青年を支配していた魔から、本来の人格を引き摺り出された状態…
その状態で受けた傷は、同一化しないまでも両方へとダメージを与えた様で
削られた箇所は、傷口を抑える掌に構わず赤へと衣服を染め上げて。
よろめき、耐えられずに肩膝を突く。
呼びかけに、ふるり、と。柔く頭を振って。
執事の手が触れれば、ゆっくりと視線は注がれる黒へと向けられる]
――――…、
[微かに開かれた口唇から零れるのは、どちらの声か。
蒼く光を放つ瞳には、紅の微かな残滓]
失礼。
お約束でしたので。
[正確には、“宣戦布告”だった訳だが]
“頂きます”。
[傷口を押える青年の手に印の刻まれた手を重ね、
左の指で自分の血を掬い取り、陣に新たな紋様を描く]
――汝の力を、我が内に。
[口唇より紡がれるのは、人ならざるも者のみに聞こゆ呪の旋律]
[流れ出る緋色より、魔の生気のみを喰らわんと]
[紅を奪いて、蒼に返さんと]
[黒がよろめく蒼を捕え、呪の旋律を紡ぐ様子に僅か、眉を寄せ。
それから、青年の手にした銀に翠を向ける]
……っと!
[今、『歌姫』が魂を求めようとしたなら。
無防備な青年が最も危険に晒される可能性は否めない]
……迷える『歌姫』、我の元へ。
[その言葉を紡ぎしは内なる魔か。
ふわり、白い羽根が舞い、銀を取り戻そうとその元へ]
―――…、そうだったな、
[蒼の中に紅の残滓を残したまま響く声は、何処か低く掠れ。
執事の告げる『約束』の言葉に、微か口許に緩く笑みが浮ぶ。
紡がれる韻と共に触れる掌に、す、と。紅を孕む瞳を伏せた]
[力の失った左手から、するりと逃げるように
地へと落ちようとした銀を、ふわりと舞う白の羽根が拾い上げ]
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