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──…ッ
[ダーヴィッドの腕を強く引寄せ、上着を捲り上げる。
関節の内側のまだ滑らかさの残る皮膚をさすり、浮き出た血管を目指して、注射針を突き刺した。──相手の了承を待たず。
抵抗されて、針が折れては不味いと、ダーヴィッドの身体を壁際に押さえつけ、抱き込むような体勢。]
少し我慢してくれ。
頼む。
[床に投げ捨てる使用済みの注射器。
容態の急変が恐ろしい。背筋が凍り付くようだ。バンドの数値変化とダーヴィッドの歪められた顔のどちらからも目がそらせない。息が酷く荒くなっていた。]
>>145
[痛みにまた意識が遠のいて、もう手放していいと思った時、
腕に何かが刺されて、ビクリと身体を震わせる。
痛さは感じない、熱い、熱くて、冷たい…その違和感に無意識に押しのけようとする動きを何かが制して、そのままただ、動けずいたけど……。
痛みの頂点が過ぎたようで……下り坂を感じる感覚にほっとしたけど、痛みが逃げると同時に浮かんでくるカルメンの顔…。]
……あ……
[思い出して、また震えた。]
………僕が………
[ヘルムートの肩口で掠れた声をだした。]
………僕が………ころし………
[そこまで言いかけた時、今度は深い睡魔が頭を包み込んだ。*]
…ひと ごろし、
[拾えた声を反芻して、
吸い寄せられるようにゲルダを見つめる。
―――…あの時と同じような、
…どの時だ…?―――――…思い出せない。
思い浮かんだのは…鏡の、]
…大丈夫か…?
[うなだれる姿に、慌てて駆け寄る。]
[階段を降りようとする時、ゲルダはなんと言ったのだったか?
そして、──今、ダーヴィッドは何と言ったか?
ゲルダの言った言葉を尋ねるように、強い眼差しでブリジッドを見た。]
[少しだけ立ちくらみを感じて、咳をした。
呻き声が聴こえるとそちらを見る。]
…ダーヴィッドと…お前さんは、大丈夫か?
[ヘルムートにそう声をかけてからゲルダの様子を窺う。
眸を覗くようにしたのは、カルメンの姿を思い出したからかもしれず]
カルメン。
……彼女 を。
ッ、 く──
[人間の頭部は存外に重い、ダーヴィッドの首筋のバンドを確認しようとして、己自身が上手く動けない事に気付く。衣服で分からないが左脇腹から腰に掛けてが、不味くなっている気がした。だが、ダーヴィッドの吐息で皮膚が僅かに湿るのが分かる。]
ダーヴィッドは、
生きてる。
[緩慢な動作で、意識を失ったダーヴィッドに負荷をかけないよう、床に倒れ込みながら、赤毛をまさぐり──数値を確認した。]
数値 さがっ……た。
[ブリジッドに、理解出来た助かると言う風に頷いた。──ぎこちない動作だ。
それから首を横に振る。スローモーション。ブリジッドだけではなく、ハイリンヒにも、その場に居た全員に、特に動かなくなってしまったゲルダに届くように、出来得る限りの明瞭な声で言った。]
ダーヴィッドで
なければ、
私が
カルメンを殺した
かもしれん。
[もう一度呻き、サーベルの鞘に触れようとする。ハインリヒが声を掛けてくれた事に気付くが、己の事となると答え方が思い付かなかった。]
[ケホ…咳の後、ゲルダの首の数値を確認して。
虚ろな眸を隠さぬゲルダの頭を撫ぜて離れる。
――…その色を見る度、脳裏が揺れそうになる。
ダーヴィッド達へと振り返ったのは、
眸から目を逸らすためでもあったかもしれず]
薬…は、本物って…わけか。
[ヘルムートの報告、注射器を探すように
紺青を泳がせてからヘルムートの下へ向かう。]
腕、出せ。
[相手が動く前にヘルムートの腕を掴むと
袖を捲くって手早に注射を打った。]
[少しの空白の後──、]
一本寄越してくれれば、
多分、自分で打てる。
……ダーヴィッドが、見た目より重いんだ。
[口端を僅かに捲り上げて、そう言った。けれども、ハインリヒの処置には素直に従う。体内を流れる冷たく熱い薬液──手足の痺れが取れ、感覚が戻って来る。そう、左脇腹の縫合後が引き攣れる痛み。身体の軋みが。]
意味、は、
──恐らく、
ダーヴィッドが
カルメンを殺した。
少なくとも、死を確認している、と思う。
[胸を上下させて、息を吐いた。意識を失う際のダーヴィッドの言葉を、先刻のブリジッドのようにハインリヒに伝え、]
恐らく、それで酷くショックを……。
とは、推察に過ぎない。真実は、彼の意識が戻らない事には。
否、二階へ向かう方が先か──。
[カシャンと空になったアンプルが落ちて音を鳴らす。]
―――… …んで…
[殺した…?声が掠れる、また咳が零れた。
ダーヴィッドを見て、きつく眉を寄せて。
ヘルムートに問うてもそれ以上の答えは返らないだろう。
意識を落とした、ダーヴィッドに聞かないことには。
けれども、ゲルダの眸はまるで…]
――…下、先に行く。
後から…、……
[なんとか、そう口にするとその場から立ち上がる。]
[殺す。殺した。誰が。誰を。
いつから、こんな風に周囲は変化してしまったのだろう。
さっきまでみんなで生きようとしていたはずなのに]
[思考を巡らせても、解らなくて
傍にいるベアトリーチェの手を優しく握って
ハインリヒが下へ行くと言うならベアトリーチェの背をそっと後押しする。彼に注射を後ででいいから打って貰いなさいと。]
…3階、奥に…屋上への扉があるわ。
扉の左手…何かあって――
ライヒアルトと…ナターリエは多分、そこに。
……いって、くるわ。
つたえることが 多い…から。
[再びゲルダ達の下へ…、
ゲルダの様子はまだ戻らぬのだろうか。
――――虚ろな 瞳。]
………ェ ル。
[呟いたのはゲルダではなく、違う名前。
ゆるく、かぶりを振って]
…お嬢さん達に薬を打つのは…下へ行ってからにしよう。
即効性で…数値が下がるのが思った以上に早いから…
打った後は、少し疲れると思っておいてくれ。
[行けるか?そう訊いてから。
ゲルダが動けないようなら抱き上げて階下に連れて行くつもりだ。]
[耳に届いたのは、毅然とした声。
肌に感じたのはやわらかいぬくもり。
ゆっくりと、目をあげる。
だいじょうぶ、と伝えようと動く唇。
けれども喉は、空気を震わせる事がもう出来なかった。]
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