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―――なんだよ、ソレ。
[意味が、取れなかった。
狭い準備室の中にずっといたせいか、
頬から顎へと伝った汗が、地に落ちた]
はかなくなればいい?
わけ、わかんねぇ。
[手から力が抜けかける。
子犬が後退った。]
なんでもないですよ。
[にこっと笑って。
そう、本当になんでもないような顔。]
だって、ユメははかないものって言うでしょう?
はかないものは、ユメなんじゃないかなって
思うんですよ
[抜けた力。体が動く。扉に向かって。
子犬を見て、かわいいなぁと笑って]
ありがとうございました、ショウ、せんぱい
[間が抜けたのは、なぜなのか。彼女にもわからない]
[礼を言われる理由がわからない。
それでも、唇は自然、どういたしまして、と返答を紡いでいた。
音は掠れていただろうか。]
だから、はかなくするのか?
[はかなくする。
どういう事だろうか。
頭の隅で、考える]
[かすれた声は、何の感情か。
そんなこと、彼女にはもうどうでもよかった。
そう――まずはあの桜に聞くことだ。
心の中が、歓喜に踊る。]
うん、そうですよ
現実だっていうなら、ユメにかえちゃえばいいんですもん
だいじょうぶですよ。
みぃんな、ユメになっちゃいますもん
[それじゃあ、いってきます。なんて笑う]
―食堂・昨夜―
前提……?
逃げて…る?
[ウミの言葉を繰り返し呟けば途方にくれたような表情が浮かんだ。本当はとっくに気づいている。早乙女の消失を受け入れたくないだけだと。御堂もおそらく消失したのだろう。そして、他にも消失した人間がいるのだろうと。]
[再びの溜息の後、まっすぐにウミを見つめ。]
……足掻く、か。
確かにおとなしく殺されるのは嫌だし、そもそも死ぬなんてごめんだわ。
["後少しで、ここからも、開放されるってのに……。"その呟きは言葉にならぬまま。]
………っ、
そんなの、意味ねぇじゃんか!
[声は届いているのに、届いていなくて。
こんなにも近くにいるのに、彼女は遠くて]
夢にしたって、
[―――仕方ないのに。
声が出ない。
止めようと思うのに身体は動かず、
代わりに震える拳を握る。
子犬は身動ぎもせずに、それを眺めていた]
[元凶をはかなく――なくしてしまえば
ここがうたかたのユメになると、本当に彼女は思っているのか。
それとも。
思っていないけれど――ただそうしたいだけなのか]
どっちだっていいじゃない
[ちいさなちいさな言葉は、彼の声に掻き消えるか]
……ほんとうに?
[泣きはらしていた目元はまだ赤く、熱を持っているようだけれど。
彼を覗き見るように、わらった]
[赤みを帯びた目元に、わらう眼。
何故だか、あの桜のようだと思った]
―――…、
[目を逸らせない。
沈黙は、答えとなるか。
否、真の答えなど、持っていない。
生じる迷いに、止まって。
彼女を無言のままに*見送るだろう*]
―自室・昨夜―
[一ノ瀬に食事の礼を述べた後、自室へと戻り、暗がりの中消耗した身体を横たえたものの目は冴えたまま。]
……現実、なのかな……本当に……。
もし、これが現実だったとして……。
[天井に手を伸ばせば、自分の輪郭すら薄闇に溶けていきそうで。存在を確かめるように彼女は言葉を紡ぎはじめる。]
……現実と非現実のラインなんて誰が決めたの?
そもそも、私が生きていたと思っていた世界だって、確実に現実と言い切れるのか?
私の肉体というオブジェクトは、現実に存在しているのか?
私の存在理由は何か?
――あぁ、私は何者?
そして、私にとっての現実とは何?
[動きを止めてしまったショウに、また笑いかけて]
それじゃ、今度こそ桜のところいってきますね!
あ、今夜もおいしいご飯、期待してます!
[子犬は少しおびえた声をあげただろうか。
だけれど気にせず、身を翻して外へ]
─剣道場─
[ヴン、と。重たい音を立てて、大気が断ち割られる。
竹刀よりも重たいそれを振るい続けるのは、さすがに体力の消耗が大きいようで、竹刀を振るっていた時以上の汗が滲んでいた]
……あっつ……。
[思わず、呟けば。風がその熱を冷まそうとするかのように、ふわりと周囲に吹き抜けた]
……こんなとこは、便利なんだけど、ね。
[冗談めかしていうものの、瞳には微か、暗い陰り]
[体育館を出て、一つ息を吸う。
体はすっきりとしていた。
くす、とこぼれた笑い。
それは壊れていないようで壊れているようで。]
さぁて、さくらさくら。
散るまえに、はかなくしちゃわないとねぇ
[そちらへ向かおうとするか]
あ、ヨウコちゃんこんばんは
[にこっと笑う。
昨日と同じようで違う
一昨日とも同じようで違う]
桜のところにいこうかって思ったんだけどねー
ヨウコちゃんはどこにいこうとしてたのー?
[昨日の彼女なら、決して桜の話などしなかっただろう。
だってあるとは思って居ないのだから。
一昨日の彼女なら、どこか一本引いたような、今の様子はなかっただろう。
だけれどそれは巧妙に隠されて。]
私にとっての現実は……。
[真っ先に浮かぶのは、同じ日に生まれ同じ顔をした兄、大輝。]
[誰よりも近く、だからこそ誰よりも憎くなってしまった存在。]
こんばんは。
[ニコリと返す笑みは。
いつものように穏やかで。
いつもよりもどこか無邪気に]
桜に何かご用事だったの?
わたしは、みんながどうしているのかなって。
[答えになっているようでなっていない返事。
どこか印象の違うマイコに小さく首を傾げながら]
みんな?
中に、ショウせんぱいはいるよー
[体育館を振り返って笑う]
うん、桜にね。
ちょっとだけ用事があったんだー
[くすっと笑って]
一応、だけどー
[まだ幼かった頃は、いつも一緒だった。スカートを履かせられそうになっても"大輝とおんなじ格好がいい"なんて我侭も言った。誕生日プレゼントだって、人形ではなく大輝と同じグローブセットを望んだ。そんな私を見て"男の子同士の双子みたいね"と母は困った笑みを見せた。]
[そんな二人の関係が変わってしまったのは、彼が何かをした訳ではない。ただ、いつもセットとして考えられ、そして何かにつけて男だから、女だからと区別されてしまうのが、少しずつ大人に近づくにつれたまらなく疎ましく感じるようになった。父や母ですら。いや、父や母は既に二人が現実に生れ落ちた瞬間から区別していただろうに。そうでなければこんな名前など付けないだろう。"小さな夜の花"と、"大きな輝き"と。]
[彼は変わっていない。何時だって大輝は大輝だった。]
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