―個室F―[彼は、血溜まりの中にいた。その右手に、イレーネの心の臓を携えて。彼がイレーネの中に見た「彼女」は、今、何処にも居ない。どんなに背格好を似せても、髪の色を血で染め隠しても、瞳の色が分からないようにしても、決して見る事は出来ないだろう。そして彼は気付く。嗚呼。「彼女」は。イレーネの、その動きの。言葉の。眼差しの。「生きた」彼女の、中に居たのだと。]