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[ぐるぐると、ぐるぐると。
言葉が回る、意識の淵で]
……だめなのだよ。
約束、したのだもの、舞弥のにいさまと。
にいさまのほかに、風漣を、さまと呼ぶものは寄せてはだめ、と。
[なくしたから、消してしまったから。
いらぬ子に沿おうとした、やさしいこ。
誰も、同じにしてはならぬから、と。
露草色の若人と、そう、約束したのだから]
[雅詠の紡いだ名に、ああ、と頷き]
そうだ、その名。
子供心に変わった名だと、そう覚えておりましたよ。
あの頃俺には、教えてもらった字も読めず…
大事な御方でしたか?
[静かに、そう尋ねた]
[微かな転寝]
[けれど唇を揺らす強い否定]
やめ、て───!
[自らの声の大きさ故に目を覚ませばぽたりと頬を伝うしずく]
[肩で大きく息を繰り返して]
[その言葉に]
[きょとん]
[首を傾げて]
やくそく?
[何故それが駄目なのか]
[それはわかるわけがなく]
ふうれんさまを、呼んではならんのけ?
なら。
おらぁ、ええと。
ふうれんって、呼ぶけ。
笑って?
[子供ながらの考えか]
[さまがだめならと]
[そう尋ね]
[浮かびし表情は悲しみと安堵―]
―ああ、大切な―
―大切な存在だった―
[烈琥が居なければ今頃自分はここにおらなかったのだと―]
[名で呼べばよいかと。
問われても、答えようはなく。
それは、なくしたものと同じ言葉で。
だから、答えられずに。
ふる、と首を振って俯くのみ。
仔うさぎ、いつか草を食むのを止めて。
なだめるよに、その足元に擦り寄るか]
……風漣は……ねいろの御霊など、みたくはないよ……。
[そのぬくもりに、心やや鎮まりてか。
間を置いて、零れたのは、掠れた呟き]
ならば、旦那がここへ来たのは、そのせいなのかもしれませんねえ。
旦那が、れくを探したなら、いや、思い起こしてでもいたのなら、鈴の音に呼ばれたとしても不思議はない。
[得心がいったという風に頷いて]
なんとなれば、あの日、俺は戻って、あの子は去った。天狗の里へと現世を逃れて。
[ぽたり]
[ぽたり、と───]
………、…っ……ぅ…
[ぽたぽたと、それは雨粒のように]
[海藍の袴の上にまあるい水跡がひとつ、ふたつ──]
[小さな声にこたえるは]
[小さな声]
[呟く言葉に首を傾げて]
みたま?
みたま……?
[首を傾げて]
[だけれどはっきりしているのは]
おらぁ、ふうれんを、悲しませるようなこと、せんよ。
絶対せんよ。
ふうれんに笑ってほしいんよ
[にこにこと]
[笑って]
じゃって、好きじゃもん
そう―かもしれぬな―
[頷き返しまつりの時を思い出さんと―しかし次の言葉に顔を上げる]
それは、本当なのか―!
[浮かびしは―困惑]
ほんまよ。
おらぁ、好きじゃ
[にこにこと]
好きってすごいんよ
ぜったい悲しくさせんって思うん
だから笑ってぇ?
わらうかどにはふくきたる
って
かかさまがいうとったもん
…わからぬ。
我にも、わからぬ。
[ほろほろと落ちる涙をそのままに微かにつぶやく]
ただ……さびしい。ひどく、さびしい──
[ほつりとつぶやいて蜜色は瞼の裏へ。
伸ばされた手を遮る様子はなく]
…あ、め…?
そんな―そのような―
[なにやらぶつぶつ呟いていたがやがて―]
俺は―
[ふらり、視線は虚空を彷徨い、肉体の方も彷徨わんと―]
[ふる、と首を振る。
言葉は既に、届くかどうかも怪しきか。
力抜けたよにその場に座り込み。
ぎゅ、と唇をかみ締める。
紅緋が見つめるは不安げな、小さき獣の円らな瞳]
わからぬか。
わからぬ事は多きものよの。
[白き指は頬へと触れて、伝う涙を掬い取る]
ひとりはさみし、ふたりはこいし。
なれば如何すれば好いものか。
[続いて落ちる言の葉は、独り言ちるようで]
雨は空の流す涙、海は涙の流れ着きし場所。
そう言うたのは其方だったと覚えているよ。
けれども、雨が時には恵みであるように、
涙にもうれしきはあるね。
其方の流す涙がそれであれば好いと思う。
[座り込んでしまったのにあわて]
[自分もあわててしゃがんで]
ふうれん、ふうれん
なんも心配なんてなかよ!
こわいのあらんって
ふうれんが教えてくれたんじゃよ!
わからぬ──わからぬよ。
何ゆえに涙が止まらぬのか。
何ゆえ、我はさみしいのか。
[頬に沿う指の温かさ、微かなそれでも安堵を覚えてほろりほろりとまだ涙は落ちよう]
…ああ、言った。
我は確かにそう言った。
けれど…我に空でも海でもある資格はないのだよ。
我は──ただの日知り。
[嬉しい涙などながれようもないと首を横にふる]
ぁ――――
[肩に伝わる感触に振り向きし顔は呆然としておるだけでなく―
そう、まるであどけない幼子の如く―]
―からす?
[それだけを呟きてふっ―と*崩れ落ちた*]
こわいのではない……よ。
[ようやくこぼれた声は小さくて]
ただ……嫌なだけだから。
[何が、とは言わず。
紅緋は頑な。
踏み込むのは許さぬと、そう、言わんばかりに。
思わぬ言葉が呼び起こせし遠い刻は、その頃の。
実父にいらぬと言われた頃の、頑なさまで呼び起こしてか]
いずこにても、みえぬはこころ。
己にても、他にても、それは然り。
[隣に腰を下ろせば紫黒は蜜色を覗こうと]
空の君。
それは人の世にての話だろう。
ここは天狗の隠れ里、現世の理は通じぬよ。
其方が望むがままにあれば好い。
空でありしも、
海でありしも、
如何様にも在れよう。
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