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[ 武器庫。次いだ台詞に思い当たったのは、先程見たばかりの開かずの部屋の扉。嗚呼、其れで閉ざされていたのかと心得て僅かに目を伏せるも、軋んだ音を立てて開いた扉へと視線は向けられる。タイミングの好い其の音は、まるで彼の部屋の封印が解けたかの如き様相を思わせた。]
って、何だ、トビーか……。
[ 具合が悪いというのは侍女から聞いていたが、此処数日顔を逢わせる事は全く無く、随分と久し振りに見る気がする。]
……如何した、大丈夫か?
むかしばなし…?
[酷く緊張した雰囲気とは裏腹に聞こえる単語に、小首を傾げる。
けれど、それ以上は何も言わずに。”昔話”に耳を傾けて。]
[異端審問官。――“人狼”審問。
遠い昔に聞いた覚えのある言葉。奴等の名が入っていた]
…!
[錆び付いた鍵と、管理の言葉に]
まさか、あの部屋…?
[先程の会話を思い出す]
[神父の話の最中、扉が開く音が聞こえて息を飲む。
そっと振り向けば、緑の髪の少年が扉を開けて入ってくるのが見えた。
自分とそう年の変わらないように見える少年。そして、同じく年の変わらないように見える少女を見る。
自分達はまだ、何も知らないのに。何の力も持たないのに、ここに閉じ込められて、為す術もない。
大人には分からない不安を、無力感を。
二人に話し掛けて、共感を得たかった。]
[30年前と聞いて、今まで何度か出てきたそれに姿勢を正してじっとルーサーを見る。
その姿はいつもと違って見えて。
それは服装のせいかも知れなかったけれど]
…いったい、何が?
[一言だけ呟いて、その言葉を待つ]
むかしむかしのお話。
人狼が巣食ったある村に、一人の異端審問官がやってきた。
彼は、『人狼を探したいが身内を疑うなど出来ない』と言う村人にこう言ったのです。
「無条件に相手の言う事を鵜呑みにする事は『信じる』とは言わないのです。
言葉を交わし、互いの意志を確認する事で初めて『信じる』事が出来るのですよ」と。
「どうしてもその手を汚したくなければ、私が裁きましょう。
あなたたちは、ただ誰を裁くかを選ぶだけでいい」とも言いました。
そして村人は処刑する人間を多数決で決め、処刑はやってきた異端審問官が行ったのです。
人狼は全て退治され、平和が訪れました。
しかし、無実の罪で殺された者がいないわけではなかったのです。
家族や友人、恋人を失った者達は嘆き悲しみました。
数日後。
異端審問官が、教会の一室で毒を飲み倒れていました。
マグカップには冷めかけた薬入りのホットミルクが、
隣には赤ワインの瓶とグラスが2個が置かれていたという。
書きかけの報告書が残ってはいたが、遺書は終ぞ見つからなかったそうな。
『人狼審問』は村の外れにある、吊り橋一本を隔てた山の中にある建物で行われていました。
その建物は非常に頑丈に出来ており、窓は嵌め殺し。容易に脱出など出来ません。
そのうえ、不測の事態が起これば吊り橋を燃やすだけで。
すべて、丸く収まるのです。
多くの村人達はこの建物――『集会所』と呼ばれていたそうです――の存在を知りません。
何故なら、そこに送られた者のほとんどは。
……生きて、帰ってこないから。
[くすり。
ルーサーが、笑ったような気がした。]
[途中から入ってきた彼には、広間に満ちる空気はよく判らなかったけれど。なんだか邪魔をしてはいけないような気がして、そのまま扉横の壁にもたれて静かに佇む。]
[赤い髪の少女の眼差しと、金の髪の少女の微かな微笑に、ひとつ瞬いて。
自分と年の代わらない少女達に心配はかけたくなくて。
「だいじょうぶ」と口の動きだけで伝えて、微かに口の端を上げ笑みを形作った。]
[少女はルーサーの昔話に、嘆きの念を込めた溜め息を漏らす――]
無実の…罪で――
[語られた内容は、少女が事実体験してきた物と然して変わらず…。
ただ、違うのは――少女が居た村には…平和など訪れなかったという点のみ――]
[ 曖昧に頷くトビーを見留めれば其れ以上問い掛ける事も無く、口唇を引き結び黙して神父の語る昔話を聞く。何時の間にか男と少女とが運んで来た花籠は卓上に乗せられ、其の内には幾らかの色彩が覗いていた。死した館の主が流していた液体とは異なろうが、酷く鮮やかな赤は其れをも思わせようか。]
……そんな事が…?
[ルーサーの話にそれしか言えなくて。
そしてふと思い出す]
ホットミルクがダメなのは……
[その、異端審問官は……それは訊く事が出来なくて]
奇しくも同じ状況、
[ 神父の言葉を次ぐように、周囲を見渡して呟く。]
……と云う訳ですね。
[ 組んだ手で隠された口許は歪んでいただろうか。]
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