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[遠く聞こえた神鳴りは、見る間に雨を引き連れて、ふらりふらりと森の中、彷徨う男の上にも届く]
やれ、降ってきたかい。
[足を早めて、木陰を探せば、濡れた子供に出くわそうか?]
[雨はなかなか降りやまず]
[いつしか根元に座り込み]
[口が動くは、数え歌か]
[と、視界の端に色を捉えて]
からすにいさまじゃぁ。
濡れてまうよー?
[声を掛ける]
[立ち上がってスペースをあけようと]
おや、ねいろ坊。
[呼ばれて木陰に駆け込めば、子供は既に濡れネズミ]
濡れてまうじゃないだろうよ。坊の方が、ずぶ濡れだ。
風邪ひいちまうよ?
[言いながら子供の前に屈み込む]
大丈夫じゃよ。
とつぜん降ってきたから、濡れてしもうたんじゃ。
[しゃがみこんだ大兄と目の高さが合う]
[にこっと笑って]
[だけど、やっぱり寒いのか]
[小さくくしゃみを片手で抑える]
きゃぁっ
[突然抱えられて、さすがに悲鳴]
か、からすにいさま!
おら、おもかぁ!
[あわあわわたわた]
[じたじたとその腕から逃れようと]
[だが子供の力は強くはない]
なんの、薬の箱より随分軽い。
ほらほら、暴れずに掴まっておいで。
俺も少しは濡れたけど、坊よりはまだ温かかろう。
[じたじたと慌てる子供を確りと抱きかかえ、泣きだす赤子をあやすよに、背をぽんぽんと叩いて笑う]
そんなことあらんよぅっ
あかんーっ
[じたじたじたじた]
[暴れはするも]
[怪我を負わせてはなるまいと、それは弱く]
[優しい手と]
[笑顔]
[それを見て、大人しくなって]
……うー。
からすにいさま、おら、歩けるんよ……?
[だけれど着物をくいと握るか]
[それはほぼ無意識に]
[大人しくなった子供の背をまた、ぽんとあやして、すぐには動かず、さらさらと降る雨を見上げる]
ねいろ坊は、何がそんなに怖いんだい?
やれさて、雨はまだ止まぬのか。
なにがかなしゅうてなくのだろう。
[呟き落として眼差しを内へと戻す]
ほぅら、そこゆく童子。
要らぬ布はないかな、少し使いたい。
[撫でられるのは温かく]
[きゅっと、その着物を握る手に力がこもる]
……おら。
…………もう、こわくあらんよ?
[今朝の夢を思い出して]
ちがうん、こわかったん。
じゃけん、今はこわぁないよ。
……みんな、いっしょじゃも。
[館の中の小さな部屋。
ふわふわと、ゆらゆらと。
夢現の狭間を彷徨いて。
きつく閉ざして隠れた紅緋は。
現映すを拒むよに。
確りと鞠をかき抱き。
ゆらり、ゆらりと漂いて]
〔くすくす、笑ひ声も消え去りて、
しとしと、雨の静かに降り続く。
音なく進めらる足が止まりしは、
幾つか並ぶ小さき部屋の一つにて。
傾ぐ首につられて揺れる深紫、
同じく揺らる戸に映る薄き影法師。〕
そうかい、そいつは良かった。
[ゆるりと目を細めて、応えた声は柔らかく]
人と違ったものが見えても、人と違ったものが在っても、そいつは坊のせいじゃない。
だから構わず、好きなひとと一緒に居ればいいんだよ。
[独り言のようにそう言って、子供を確り抱いたまま、銀糸の雨に駆け出してゆく]
[優しい声音]
[言葉に、きょとんとして]
からすにいさま……?
[しかし見上げると、かけだしていく]
[糸のような雨]
[しっかりと抱えられ、着物に捕まって]
[だけれど、濡れてしまうと思ったか]
[片手を伸ばして、大兄にしっかりとしがみつきなおす]
[せめてあんまり濡れないように]
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