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[洗った服を持って少し首を傾げて。]
早く乾かしたいのだけど……。
[と呟いて少し考えてから、宿のロビーの暖炉に薪をくべて、不器用にながらも火を起こす。
椅子を持って来て服を乾かし、ぼんやりと。]
早く乾かないかしら、
早くいい天気にならないかしら……。
[天気がよくないからでしょうか、今日も通りは静かです。]
女将さん、戻られてますかしら。
ゼルマ様がいらっしゃるから、宿は大丈夫でしょうけれど。
[そんな事を呟きながら、宿の扉を開けるのでした。]
[扉の開く音で後ろを振り向き。]
あっ、今晩は。
[暖炉で服を無造作に乾かしている自分の姿に少し照れながら、首を傾げて言いました。]
〜 宿の一室 〜
ふわあ……
〔奥の部屋を借りて眠っていたアナが目を覚ます。〕
よく寝たぁ、……まっくら?
〔彼方の太陽は泣き疲れて帰ってしまったようで、
代わりの月も今日のお仕事はおやすみみたいだ。
分厚い雲がわがもの顔で、空にでしゃばっている。
そんな窓の外を見たアナは、時計の針が追いかけっこを繰り返した回数を思ったんだろう、大慌てでベッドから起き上がり、ドアをばぁんと開けて駆け出していってしまった。〕
ママに私の姿を見せようとおめかししたら、泥だらけで雨にあって台無しよ。
[と言いながら、いい香りに笑顔を見せて。]
この匂いって、もしかしてサクランボのトルテ!!
ドロテア大好き、作って来てくれたんだ。
[乾かしていた服を置いて、駆け寄って笑顔を見せる。]
〔ロビーに着いたアナは、ぴた、と足を止めた。
上がり気味の息を隠そうと、いったん呼吸を止めてから、にっこり笑う。〕
えっと、こんばんは!
〔そう挨拶した笑顔は高得点ものだったけれど、残念ながら、寝っ転がってしわくちゃになった服や、ほどけかけたリボンは隠せやしない。〕
あらら、それは大変だったわね。
ちゃんと、温まっておいた? 風邪を引いたら、苦いお薬が待ってるわよ?
[少しだけ、意地悪な口調でいいますけれど。
笑顔で駆け寄るツィンカに、くすくすと笑って。]
ええ、きっと食べたいだろうな、って思って。
[不意に、駆け込んできた女の子。
笑顔の挨拶には、笑顔を向けます。]
はい、こんばんは、アナちゃん。
あらあら、リボンが大変な事に。
……お昼寝してたのかしら?
[ドロテアの意地悪にチロリと下を出して答えます。
そして続く言葉に少し待ちきれない表情を浮かべます。]
アナちゃん?
[ドロテアの挨拶をした方向を見ると昼に見かけた少女。]
少しお昼寝が過ぎたのかしら?
[首を傾げ、優しく微笑みを浮かべました。]
えっ、ほんとう?
〔ドロテアに言われて、アナはリボンに手を伸ばす。
でも、鏡を見ているわけでもないから、触ったのは無事だった逆側。ずれていないものを、いっしょうけんめい、直そうとしている。〕
うん……ちょっと、奥をお借りしてました。
お天気が悪いと、つい、眠くなっちゃって……。
〔良かったら良かったで、ひなたぼっこをしちゃうくせにね。〕
こんな天気だと、眠りたくなる気持ちは分かるわ。
早くいい天気になって、欲しいわ。
蛍達のダンスもあの激しい雷雨の後だとなさそう。
折角、お休み頂けたのに残念よ。
〔お客からも言われて、アナの頬は赤くなる。
でも、すぐさま、目をぱちくりさせて。〕
……お姉さん、アナのこと、知っているんですか?
少し、待っててね。
[待ちきれない表情のツィンカにくすりと笑って、持ってて来た箱をテーブルにそっと置きました。]
アナちゃん、反対、反対。
直してあげるから、ちょっと動かないで?
[反対側のリボンを引っ張る様子に、そっと手を伸ばします。]
ああ、お天気、良くなかったものね。
こんな日は、いつも楽しいお仕事も、少し憂鬱になってしまうわ。
[食事がやっと出来上がり、食堂のテーブルを整えている。]
お待たせしましたね。女将さんが遅いみたいでありもので作ることになってしまって…。ドロテアのデザートが華を添えてくれてるわね。
さて、みんなに声を掛けなくっちゃ。
[食卓にはマッシュルームとスパイシーグリーンのオリーブオイル和え、トマトのオムレツ、イカのリゾット、ミントと米のスープ、パン・ド・カンパーニュ、カルバドス酒、ワインが並ぶ。
ドロテアのキルシュトルテはテーブル中央に綺麗に切り分けられてひときわ美しい]
[アナの言葉に、]
私はたまにしか帰って来ないから、知らないのもしょうがないかも。
それに前にあった時は小さかったから、覚えてないかもしれないわ。
[クスクスと笑う。]
〔伸びてきたドロテアの手に、アナは手をひっこめて、自分の服を掴んだ。
思わず、口もきゅっと引き結んでしまう。〕
ありがとうございます、ドロテアお姉さん。
〔直された後にお礼を言って、〕
あーあ、こんなんじゃ、淑女になるなんて夢みたい。
〔後の言葉は、ちっちゃく呟いた。〕
[前掛けで手をぬぐいながらロビーにやってくる。]
お食事出来ましたよ。折角ですから冷めないうちに上がってくださいね。
ドロテアさん、アナのリボンを直し終わってたら手伝ってくださる?
[老婆は食堂にみなの食事を準備しに戻った]
雨は憂鬱になるし、お仕事が楽しめないのはいやです。
でも、雨の日だけの楽しみもあるって、お兄ちゃん、言ってました。
窓の外から聞こえる雨音の紡ぐ歌や、
地面に当たって弾ける雨粒の踊り。
それは、そのときにしかないものだからって。
〔アナは、雨についての感想を述べるふたりに、始めはおずおず、途中からは、楽しそうに言った。〕
……こわいおはなしも、あったけれど。
雨は空の涙で、雷は空の怒りだから、
何か悪いことをしたのならごめんなさい、って言うんだよ、とか。
そうしたら、きっと、晴れがくるんだって。
〔笑っている女の人。
アナは申し訳なさそうに、眉を寄せて首を振る。〕
ご、ごめんなさい!
でも、お姉さんのこと、知っている感じは、したんです。
ほんとうに。
ええと、はじめまして、じゃなくて、おかえりなさい?
〔視線をあっちこっち彷徨わせたあげく、地面を見つめながらの一言だった。
そうこうしているうちにゼルマがやってきて、食事が出来たことを告げる。
きゅるるるる。
アナが何かを言う前に、返事をしたのは、おなかの虫だった。〕
あら、ゼルマ様。
……女将さん、まだ戻られないのですか?
[食事の支度を、というゼルマの言葉に一つ、瞬きます。]
ええ、わたくしでよければ、お手伝いしますわ。
いえいえ、どういたしまして。
[アナのお礼には、にっこりと笑って。
ちっちゃな声は、ぎりぎりで聞こえましたから、ちょっと首を傾げます。]
そうね、雨の日は雨の日の良さがあるわ。
……でも、お洗濯ができないのは、本当に困ってしまうかしら。
[雨の話には、一つ、ため息をつきながら言って。
おなかの虫の返事に、少しだけ笑いました。]
[ゼルマの声は聞こえた筈なのに、待ちきれない様にドロテアが持って来た箱を開け、サクランボのトルテを一足先にツマミ食いをしました。]
美味しい。
やっぱり私はこれが一番大好きよ。
[にっこりと笑います。
そして再び、箱を元通りにして食事の卓に座ります。]
[ドミニクが宿にやって来たのは、ゼルマが食事の用意を終えた頃でした。
雨避けの外套のフードから、無愛想な髭面が覗きます。]
女将さん留守だってな。
ゼルマさんが食事を用意するならと思って来た。
[そんなことを言って鼻を食堂の方に向けます。
そうして髪を直している少女たちより先に、のっしのしと向かったのでした。]
ええっと、ええと!
アナ、そろそろ帰ります!
お兄ちゃんも、きっと、お腹すかせているもの。
〔ぱたぱたと慌てるこころを表すように手を動かすアナ。
顔はりんごに負けないくらい、まっかっかだ。〕
[外套を食堂の椅子にかけ、ドミニクは綺麗に並べられた料理を見ました。
とてもいい匂いに表情が少し緩みます。]
…旨そうだな。
泊りの客もいるから腕を振るったのか?
[忙しそうなゼルマに声をかけて椅子に座ります。]
〔いい匂いに後ろ髪を引かれはしたけれど、それを振り切るように、アナはかたく目を瞑って前を向く。そのまま駆け出し、危なく扉などにぶつかりそうになりながら、家へと帰っていくんだった。**〕
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