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牧師 メルセデス を 4人が心の中で指差しました。
木こり ドミニク を 1人が心の中で指差しました。
隠居 ベリエス を 1人が心の中で指差しました。
牧師 メルセデス は人々の意思により処断されたのです……。
次の日の朝、奉公人 ドロテア が無残な姿で発見されました。
今、ここにいるのは、木こり ドミニク、老女 ゼルマ、少女 アナ、隠居 ベリエス の全部で 4 人かしら。
……すまぬのう。
[昨日はホラント、今日はアルベリヒとルイ。
幾つもの別れをした少女には、今の言葉は酷だったかもしれません]
切り離された魂が、安らかである事を祈る……しかないかのう。
かなしいことを終わらせるためには、
かなしいことをなくすには。
〔アナはしゃがみこんでしまった。
傍目には、悲しみに暮れているように見えたのかな。〕
祈るだけなら、きっと、終わらない。
だって、人をつくったのも、獣をつくったのも、
それに人狼をおつくりになったのだって、
きっと――神さまでしょう?
〔そんなアナを心配したのか、
また一歩、
メルセデスがそっと、近づいてきた。
ほんの少し遠くで、フリーが鳴く。
さわがしく、さわがしく。
めぇ、めぇ、めぇと、何度も何度も、何度でも。〕
[ドミニクとゼルマは集まり始めた村の人にも手伝ってもらい弔いの準備を進めます。
ゼルマはふたたび聞くことのあるまいと思っていた鐘をまた聞くことになったのです。]
あとどれだけこんな悲しいことが続くのかしら。
[老猫の鳴き声もまた悲しげです。]
〔メルセデスは、羊に気を取られたみたいだった。
ざわめく葉っぱの先に覗く空には、月が昇りかけていた。〕
牧師さま。
牧師さまは、どうして、牧師さまになったの?
牧師さまは、どうして――
〔黒く染まってしまったの?
そんな問いかけは、果たして、どんな意味を持って、届いただろう。
地面に落ちていたきらめきは、まるで、月のひとかけら。
アナは誘われるように手を伸ばして、
そのきらめきは、吸い込まれるように、メルセデスの中へ。〕
〔アナは一度だけじゃなくて、何度も、同じことを繰り返す。
メルセデスだって、大人しくはしていなかったと思うけれど。
逃げていた羊が、意を決したように跳びかかる。
アナは、要らないおもちゃを壊すみたいに、メルセデスのからだをなくしてしまおうとしたみたいだった。〕
[めぇ、めぇ。羊の声が響いています。
草むらの中に落ちていたきらめきが、メルセデスの中に吸い込まれていきます]
嬢ちゃん。
――アナ! やめなさい!
[おじいさんは、アナを後ろから抱きかかえて、牧師から引き離そうとしました。
けれどもう、遅かったのです。
メルセデスの黒い服は、重く重く染まっていきます]
〔それとも、それとも。
黒をほかの色で染めてしまおうとしたんだろうか?
何にせよ。
ほんとうのところは、アナにしか、わからない。〕
〔ベリエスに抱えられて、
アナの手から旅人の遺した物が落ちる。
きらめきは色を変えていた。
アナの服はフリーの毛並みとよく似た色になっていた。〕
ああ、なんてこった。
[ふわふわと羊雲のように浮かんだ羊飼いは、アナとフリーが牧師さんに向かっていくのを悲しそうに見つめました。牧師さんは人狼だから、アナの方が食べられてしまったかもしれません。だから、これはしかたないことかもしれません]
ああ、ああ、なんてこった。
[それでもやっぱり、なんだか悲しくて、アルベリヒは頭を振りました。泣いても涙はもう零れないのでした]
嬢ちゃん……。
[おじいさんは、アナの色が変わってしまった服を見詰めました。取り返しのつかないことだと、おじいさんは思います]
……辛いことをさせてしまったのう。
[けれど、アナは何よりそれを望んでいたのかもしれません。
だって、兄を奪われたのですから]
……メルセデスが、狼だと思ったんじゃな?
[旅人は、あっ、と声を上げました。
いいえ、ほんとは声なんか出なくて、ぽかんと口が開いただけなのですけれど。
きらきらしていた旅人の短剣は、真っ赤に真っ黒になりました。
羊も、アナも、牧師だったそれも、みんなおそろいの色をしています。]
[旅人は口を引き結んで、とんがりぼうしを引き下げました。]
辛い?
アナは、辛くは、ありません。
でも、なんだろう。
なんだか、とっても、空っぽの気がします。
〔ベリエスの足元には、アナの手から離れてしまったランタンが落ちている。〕
ドロテアお姉さんが言っていたの。
花が黒く咲いたのは、牧師さまの色なんだって。
アナは知っていたの。
黒い森に住む、双子のおはなしを。
黒い子が、白い子を食べてしまったのだって。
……でも、アナは、悪い子です。
だって、お姉さんにどうしたいのか聞いたのに
お姉さんにさせてあげなかったのだもの。
〔フリーのからだはアナにも負けないくらいあかい色。
月は、そろそろ、昇る頃。
夜を待っていたみたいに、ランタンに灯りがともる。
けれど、その色は、闇を取りこんだみたいに真っ黒だった。〕
うむ……そうか。
アナは強い子じゃの……。
[そして、アナの話で、ドロテアの籠に揺れる黒い花を思い出したのです]
黒い子が、白い子を……。
じゃあ、黒い色の牧師どのは。
[足もとに落ちたランタンにも、いつの間にやら同じ色が灯っていました]
……そうじゃの、ドロテアの望みは違っていたかもしれん。
でも、嬢ちゃんにはこうする理由があったじゃろう。
誰も嬢ちゃんを責めはせんよ。
[おじいさんは、二度もひとりぼっちになったアナを見詰めました]
……今夜は、どうするんじゃ。
家に一人では辛かろう。
人狼さん。
〔迷いもなく言ったアナは、
人のかたちをしたものと、
ランタンに灯る炎を見た。〕
アナは、牧場に行きます。
だって、フリーたちのお世話をするひと、いなくなってしまったもの。
これから起こるかなしみは止められても、起こってしまったかなしみは、もう、変えられないんでしょう?
そうか、そうしなさい。
[こうなっては誰も信用出来ないだろう、という言葉は呑みこみました]
羊たちがたくさんいるから、あそこなら寂しくないじゃろうな。
[そして、アナの言葉に頷いて、ぽつりと呟くのです]
そうじゃのう。壊れたものは、元には戻らん……。
……これから起こる悲しみ、か……。
[アルベリヒを納めても、背高のっぽなはずの体は極普通の棺に簡単に収まってしまいます。
いいえ、それどころか棺が大きすぎて見えるほどでした。
そんな羊飼いの棺を前にしてゼルマが語る言葉を、木こりは黙して聞いています。]
……夜、元の獣の姿にだな。
覚えておく。
[じっと見つめる老婆を見返して、木こりは重く頷きます。
話が本当なら人狼を見つける手がかりになるのですから。]
はい。
〔ベリエスの、いろんな言葉。
アナは、たったの一度、頷いた。〕
ベリエスお爺ちゃん。
ベリエスお爺ちゃんのこころは、どんな色を、していますか?
けれど、無事でよかった。
[しばらくして、小さく小さくつぶやいたのは、だれについてのことだったでしょう。
旅人はぼうしを少しだけ上げて、*昇りはじめた月を見るのでした。*]
[老婆と弔いの準備を追え、木こりは教会の鐘を鳴らします。
ゴーン、ゴーン。ゴーン、ゴーン。
弔いの鐘は羊飼いと旅人、そして牧師の為に響きました。
老猫も物悲しく鳴いています。
戻ってきたドロテアに手伝ってもらい、やがて牧師のいない弔いが始まるのでした。**]
[羊達の世話をするというアナの言葉に、アルベリヒは眉尻を下げました。ルイの呟きを遠く聞きながら同じように月を見上げます。どんなかなしみが襲っても、月は変わらず輝いていました**]
くすんだ色。
……アナのこころは、どんな色をしているんでしょう。
もしかすると、同じかもしれません。
〔あかい羊が、あかいアナに、身をすり寄せる。
怪我をしているのかいないのか、まるでわからなかった。
アナは、落ちていたランタンを拾い上げ、空を見上げる。〕
夜になっちゃう。
ベリエスお爺ちゃん。
早く帰りましょう。
旅人さんのお弔いをしなくちゃ。
牧師さまも。
牧師さまが、人でもあったというのなら。
いや、アナの心は、きっと澄んでおるよ。
[だってアナは、間違ったことをしていないのですから]
そうじゃのう、早く帰ろう。
こんな時だからこそ、弔いを忘れぬようにしなければ。
[そして二人は、並んで帰るのでしょう]
悲しいことは、ずっと続くのです。
[少女の問いかけに、
牧師は穏やかな声で告げます]
人は生きている限り
悲しみから、逃れることはできないのです。
だから、みんなで神様にお祈りをするのですよ。
そうして、いつか。
遠い空の向こうの楽園へと、辿り着けるように。
[しゃがみこんだ少女に
牧師は一歩、また一歩と近づきます]
それに。
人も、獣も、人狼も。
一つとして、同じものがないのでしたら。
悲しみの色も、またそれぞれに。
[牧師の眸には、目の前の少女の背中が映ります。
続く質問に、牧師は不思議そう]
私が、どうして牧師になったのか。
きっと……この職業は
の匂いが、近いから。
の匂いが、近いから。
[牧師はアナの背中に手を伸ばします。
そうして、牧師は見るのです]
〔ふたりと一匹で帰り、亡くなった人のことを報せたあと。
身を清めるように言われたアナは、宿のお風呂へと入ることになる。
水に流されて、あかい色は見えなくなっていく。
洗われたフリーも、白い毛並みを取り戻す。
けれど、消えないもあるって、アナは気づいていたに違いない。
ぽた、ぽた、ぽた。
たくさん、しずくが落ちていく。
* 黒い炎はいつの間にか消え、鐘が長ぁく、鳴り響く。*〕
月の光は、黒い森には届きません。
黒い花は、手向けの花には向きません。
銀の刃は、悪しき物を打ち祓います。
赤い羊は、主人の仇にめぇめぇめぇと。
そうしていつしか、森は静けさを取り戻します。
牧師の形をしていたものは、もう何も語りません。
獣の時間にも、人の時間にも
何も語ることは*ありませんでした*
[弔いの鐘が鳴り響く。
牧師さんもまた、弔いの箱のなか。
だからみんなが見よう見まねで、祈りを捧げるよりありません]
[おじいさんも、祈りました。旅人と牧師のために。
羊飼いにも、祈りました。心の中で、ごちそうさま]
[ドロテアの籠の黒い花。
メルセデスの色を映した黒い花。
そういえば、メルセデスも言っていました。
どこか様子がおかしかったと。何か感づいたのかもしれないと。
おじいさんにだけ聞こえるように、言っていたのです]
[弔いの儀式が終わったあと、おじいさんはもう一度、教会へと戻りました。
そこにはドロテアが、ひとり取り残されたようでした。
彼女が不思議そうに首を傾げると、おじいさんは言ったのです]
ああ、ちょっと忘れ物をしたんじゃよ。
今夜のおかずを忘れてたんじゃ。
[おじいさんが帽子を取ると、そこには毛の生えた三角耳が。
おじいさんが口を開けると、鋭く尖った獣の牙が。
そしておじいさんのふりをした狼は、ドロテアの体をもぐもぐ、ごっくん]
うむ、なかなか美味じゃった。
[狼は、長い舌でぺろんと口を舐めました。
赤いしずくがぽたりと落ちます]
ドロテアは、不思議な力を持っていたようじゃの。
これは心の色を見る力か。
[狼は、満足そうに頷くと、お腹をさすりさすり自分の家へと帰りました。
月明かりに照らされて、しっぽが機嫌良く揺れました**]
[一度に色々な起きた一日でした。
起きすぎたような気がしました。
それでも、お弔いの間は、気丈な様子で通していたのです。
まだ、終わっていないのがわかっていましたから。
それでも、一人きりになると気持ちはふわふわと揺れて。
蛍も心配そうにふわふわとして。
御隠居様が戻ってらしたのは、そんな時でした。]
……忘れ物……?
何か、ありましたかしら。
[お弔いの後のお掃除では、それらしいものなんてなかったから、御隠居様の言葉はとても不思議でした。]
ええと、何をお忘れになりましたの?
[首を少し傾げて尋ねます。]
『今夜のおかずを忘れてたんじゃ。』
[返ってきたのは、こんな言葉。
目に入ったのは、三角の耳と、大きなお口に並んだ牙。]
[あかい、あかぁい、いろがみえました。
それから、世界は真っ暗になります。
いつも側に居た蛍も見えません。
このまま、まっくらになるのかしら。
このまま、なにもみえなくなるのかしら。
おばあさまもこんなふうだったのかしら?
たべられてしまったおばあさまも。]
[それから、時間は過ぎたのでしょうか。
それとも、全然過ぎていないのでしょうか。
それは、よくわかりませんけれど。]
……ここ、どこ?
[いつの間にか、そこには子どもが一人。
側には小さな螢火がひとつ、きらきら、ふわふわ。]
[子どもはぐるりと周りを見回します。
かあかあ、かあかあ。
どこからか、からすの声が聞こえました。]
……からす、きらい。
[ちいさなこえで呟くと、子どもはそこから離れます。
小さな螢火が、慌てたようにその後をおいかけました。**]
[アナとベリエスから、メルセデスの死の知らせが届きます。
木こりは声にならない口を大きく開け、がこんと閉じて奥歯を噛みしめました。]
牧師さんが人狼?
そんなはずねえ。そんな……
[唸るような呟きは、皆の祈りの声に紛れて消えまっした。
大男は教会から白布を持ち出し、のっしのっしと歩きます。]
[ベリエスが冥福を祈り、アナが宿で血を洗い流す頃。
木こりは川辺でむっすりと顔を顰めました。
二つになった旅人と、赤くなった黒い牧師。
木こりが渋面も露に口を引き結んでも、何か言うものは誰もいません。話せません。
いえ、アナならもしかしたら何か聞こえたのでしょうか。]
………。
[大男は厳つい背を屈め、赤い黒の牧師を白で包みます。
そして弔い途中の旅人を睨むと、土の下へと埋めました。
もう起きだしてくるなと言うように何度も土を掛けました。]
[牧師が教会の棺へ収まり、見よう見まねで皆が祈ります。
木こりは祈る役ではないから、代わりに鐘を鳴らしました。]
牧師さんが人狼なら、ドロテアさんが無事なわけねえ。
だったらまだ人狼はいる。
オイラはそれを探して、斧で……。
[去った後の教会で何が起こるかなんて知りません。
老女のくれた知識を元に木こりは夜の村を睨むのです。**]
[ドミニクの姿に、旅人は何を思ったでしょう。]
やれ、やれ。
[ただ何度も土をかけられるからだを見て、小さく肩をすくめるだけです。]
[旅人は右手をくるりと回します。
そこにさっきよりも一回りくらいちっちゃな小鳥が生まれました。
旅人が手をはなしますと、小鳥はぱたぱたと飛んでいきます。
子どもと蛍がいるほうへ、小鳥は*飛んでいきました。*]
……?
[駆けていた子どもが、足を止めました。
追いついた螢火がくるりと回ります。]
だあれ?
[首を傾げて尋ねます。
おおきな瞳が見つめているのは、どこからか飛んできたちっちゃな小鳥。**]
[小鳥はちぃちぃ、ぴぃぴぃと鳴いて、子どもの周りをくるりと一回り。
そうして背中を向けて、またぱたぱたと飛んでいきます。]
[きょとり、とおおきな瞳が瞬きました。
子どもは螢火を見て、それから、小鳥の飛んで行った方を見ます。]
……あっち?
[ちいさな呟き。
そして、子どもはぱたぱたと、小鳥の後を追いかけます。]
[時々くるりと振り返り、追いつかれたらまた進み。
それを何度か繰り返すうちに、小鳥はあの小川のそばまで来ていました。
ちぃ、と一声鳴いて、小鳥はそばの木の上まで飛んでいきます。
そこにはさっきまでとおなじように、旅人が座っていました。]
[ぱたぱたぱたぱた。
足音は、本当はしていないのですけれど。
そんな感じで、子どもは駆けて行きました。]
……?
[たどり着いたのは、小川。
小鳥が飛んでいった先には、座る旅人。]
……だあれ?
[さっきと同じ言葉を、子どもは投げかけます。
側の螢火は、何か言いたそうにきらきら、ふわふわしていました。]
――翌朝・自宅――
[朝になると、狼の耳としっぽは引っ込んで、牙も元通りの歯になりました。
くんくん、おじいさんはごちそうの匂いが残っていないか、丁寧に確かめます。
狼の鼻ではかすかにわかるけれど、人間にはきっとわからないでしょう]
[小鳥を手に止まらせて、旅人は子どもをじっと見ています。]
ルイだ。
[名前をたずねられて、旅人は答えます。
それから、そのそばにふわふわと浮かぶ光を見て、ひとつまばたきをしました。]
さて、今日の獲物はどうしようかのう。
力の強いドミニクか。
ランタンを持った嬢ちゃんか。
頭の回るばあさんか。
[おじいさんのふりをした狼は、散歩の支度を始めました。
今晩の獲物を見定めるように。
そして、誰かが教会から知らせを持ってくるのを、のんびりと待ち続けるのでした]
[じっと見つめてくる旅人の様子に、子どもはこてん、と首を傾げました。
螢火はくるくるくるくる、落ち着きなく子どもの周りを飛んでいます。]
るい。
[教えてもらった名前をちいさく繰り返します。
なんだか知っているような気がして、子どもはきゅ、と眉を寄せました。]
[旅人は木の上からすとんと飛び降りました。
もちろん音はしませんし、足の裏が痛くなったりもしません。
小鳥がとんがりぼうしの上で、ぴぃと鳴きました。]
光。
[旅人は子どもに近付いて、飛び回る蛍を見ました。]
あの花の中にいたものか。
[蛍と子ども、どっちになのかははっきりしませんが、とにかく旅人はたずねました。]
[近づいてくる旅人を、子どもはじいっと見つめます。
知っているような、知らないような。
けれど、哀しかったこととそれに繋がることを自分から切り離している子どもには、はっきりとした事はわかりません。]
お花?
ほたるは、ほたるぶくろにいるんだよ。
[尋ねられた事の意味はわかりませんけれど、子どもは自分の知っていることを答えます。
螢火はきらきらふわふわ。
早くまたたくことで、頷いているみたいです。]
[満腹オオカミ、月夜の下を、尻尾ふりふり歩いていきます。
村を見下ろす丘の上で、木こりはじっと見てました。
岩のように動かずに、尻尾の影を見てました。
大男ののろまな足では、追いかけっこしても敵いません。
どこへ行くのか帰るのか、黙ってじっと見てました。]
[旅人は子どもの答えを聞きました。
うなずくようにまたたく蛍の光を見ました。]
そうか。
[それから、ぼうしを引き下げます。
ぼうしが急に動いたので、小鳥がころりと転げました。]
ならば。
やはり、ドロテア殿か。
[どうして子どもの姿をしているのか、旅人には分かりませんけれど、なんだかため息をつくみたいに、旅人は言いました。]
[夜が明けても尻尾の主は、御隠居の家から出てきません。
朝日に目を細めつつ、木こりはのそりと動きます。
固まった体が、ごきりぼきりと鳴りました。]
……爺さんか。
やっぱ、他所者はいらねえ。
[不寝番した木こりは言って、森外れの小屋に帰ります。
老婆が言うには日中は、狼は人に化けてるのです。
太陽の出てる内に寝て、それから動くつもりでした。]
あ。
[ころりと転げた小鳥に、子どもはびっくりしたような声を上げました。]
……どうして、知ってるの?
[それから、名前を呼ばれてきょとん、とします。
螢火はまた、頷くみたいにきらきらきら。]
[小鳥は地面で羽づくろいをした後、今度は旅人の肩に止まりました。]
覚えていないのか。
[旅人は屈み込んで、子どもとおなじ目線になります。]
生きてる時に、教えてもらったんだ。
[小鳥が旅人の肩に止まる様子に、子どもはほっとしました。
けれど、忘れた事、それそのものを忘れている子どもは、旅人の言葉に不思議そうに瞬きます。]
いきてる時?
いまは、いきていないの?
おばあさまとおんなじなの?
そう。
おんなじだ。
[旅人はひとつうなずきます。
黒い目で、子どもの顔を見つめています。]
多分、ドロテア殿も。
[それから続いたのは、さっきよりもいくらか小さい声でした。]
おんなじ。
じゃあ、どうして……。
[どうして、お話しできるの、と。
問いかけようとした言葉は、途切れました。]
……わたし、も?
[ちいさな声で言われた言葉。
おおきな瞳がきょとり、と瞬きます。
ふるふる。
それから、子どもは首を左右に振りました。
痛いことなんてないはずなのに、頭が痛くなったみたいでした。
螢火はふわふわ、ふわふわ。
心配そうに飛び回ります。]
[ふんわりふわふわ、羊雲。羊飼いは空の上。いろんなことをふわふわと漂いながら見ていました]
ああ、たいへんだ。ベリエスさんも人狼だ!
[ごっくんとドロテアが飲み込まれた時には、それも思い出したのですが、やはり誰にも聞こえぬ声は、なんだかうつろに響きました]
そうだ。
アルベリヒ殿も。
[旅人はひとつうなずいて、羊雲のような羊飼いが浮かぶのを見上げました。]
それからきっと、牧師殿もな。
[今は辺りを見回しても、メルセデスの姿は見つけられませんでしたけれど。]
[旅人につられるように、子どもは上を見ます。]
あるべりひ。
[ふわふわ浮かぶ羊飼い。その名前はよく知っている気がしました。]
……ぼくし……さま?
[ちいさく呟いたら、急にどこかがずきり、としました。
きゅ、ときつく眉が寄ります。]
[村の様子は、ほんの4日前とはまったく違うものでした。
誰も彼もが、相手を人狼ではないかと疑っているのです。
その中でただ一匹本物の狼は、満足そうに頷きます]
そうじゃ、そうじゃ。誰も信用してはならぬのじゃ。
人を喰うやつ、人を裁くやつ。
果たしてどちらの罪が重い?
[狼を退治したら、物語はめでたしめでたしなのでしょうか?
そうでない事を、おじいさんのふりをした狼は知っています]
狼は本当にいなくなったのか?
狼はもう二度と来ないのか?
[ひひひ、ひひひ。狼はひっそりと笑います。それはそれは楽しそうに]
ベリエス殿が、人狼だって。
[見上げた時にアルベリヒの声が聞こえて、旅人は小さくつぶやきました。
首を振って、もう一度子どもを見ます。]
そうだ。
アナ殿が、牧師殿を。
[子どもが表情を変えるのをじっと見つめながら、旅人は途中でことばを止めます。]
[途中で止まった言葉は、どれだけ聞こえていたのでしょうか。
なんだか物凄くいたくて、子どもはふるふる、ふるふると首を振ります。
螢火は心配そうに周りをくるくる、くるくる。]
……くろいの、きらい。
だから、からす、きらい。
[やがて、こぼれたのはちいさな声。]
黒いお花は……かなしいから。
だから、きらい……なの、に。
なのに、さかせた、の。
みたく、なかったのに。
−−宿−−
[弔いを済ませたゼルマはベリエスがまだ居るのではないかと用心深く裏口からそっと宿屋に入ります。
宿にベリエスが居ないことを確かめると窓を閉め、扉に閂をおろします。]
昨夜はあの人と一緒だったのに、よく食われなかったものだわ。
[くるくる回る蛍とおなじように、小鳥もぱたぱた、子どもの肩に止まって、心配そうにちぃと鳴くのでした。]
かなしい。
どうして、かなしいんだ。
[子どものことばを繰り返して、旅人はたずねます。
真っ黒になった花のことは、小鳥だった時に見ています。]
――宿の外――
[おじいさんは、おばあさんの顔を見にいく事に決めました。
扉に閂が掛かっているのに気付くと、どんどんと扉を叩きます]
おうい、ゼルマや。開けておくれ。
またお前さんの飯を食べに来たんじゃあ。
[ご飯なんて、本当はいらないのですけれど]
[子どもは肩にとまった小鳥を見ます。
それから、螢火を見ます。
最後に、旅人を見ました。]
黒いお花が咲くと、いのちが消えるの。
消えてしまうの、消してしまうの。
だから、かなしいの……。
[でも、と。
子どもは一度、言葉をきりました。]
……それでも、探さないといけないのが、哀しくて。
……見つけた時に、苦しかった……の。
[声の調子が少しずつ、変わってきているようでした。
子どもの声から、大人のそれへと。]
[小鳥はぴぃと鳴きました。
旅人はなんにもいわずに、こくり、こくりとうなずきます。
子供の声が変わっていくようなのに気付くと、ゆっくりと立ち上がりました。]
それは、そのひとが狼だからか。
[ことばが途切れたころに、旅人は口を開きます。]
[扉を叩く音にゼルマは我に返りました。
ベリエスの声がしています。
まだ日が暮れるには少し時間があります。
心を決めてゼルマは扉を開けることにしました。]
はいはい、ベリエス。何かと物騒だから、鍵を掛けたのよ。ちょっと待ってて、今開けるから。
[何食わぬ顔で扉を開けて中に老人を請じ入れるのでした。]
――宿――
おお、ありがたいのう。
[おじいさんはゼルマの考えなど知らないで、宿の中へと入ります]
ばあさんでも、やっぱり人狼は怖いんじゃなぁ。
[鍵の掛かっていた扉を振りかえって、おじいさんは言いました]
ああごめんなさい、こんな時だから、食事の支度は始めたばかりなの。少し待っててくれない?
[ゼルマはベリエスに上等のワインとグラスを出し、食事が出来るまで待ってくれるよう頼みました。]
[その頃、木こりは小屋の寝台で大いびき。
どんどん扉を叩く音に邪魔されます。]
……おう、どうした。
ドロテアさんが?
わかった。
[鳴らなかった朝の鐘に、村人が見つけたのでしょう。
黒い森で鳴く鴉を睨み、木こりは棺を運びます。
棺にちょっぴりのドロテアを収め、弔いの鐘が響くのです。]
[立ち上がる旅人を、子どもはじっと見つめます。]
……そうですね。
そうかも、知れません。
[次に、声が上がった時には、そこには子どもの姿はなくて。]
……信じたかったから、余計に、どうしていいか、わかりませんでした。
[『神の贈り物』の名を持つ娘が、困ったように笑っていました。]
おお、わかったわい。
[おじいさんは高級そうなワインが出て来たことに上機嫌です]
気が利くのう。
[そして、ワインをグラスに注ぎ飲み始めます]
[ベリエスに待っていてくれるよう頼むと、ゼルマは裏口からそうっと抜け出して教会に急ぎました。
もしベリエスが狼なら、一対一では絶対に勝てません。
とりあえず離れたかったのです。]
どうしよう。でも、多分次はあたしだ。
[ゼルマは精一杯足を速めました。]
〔牧場に戻って、寝て起きて。
変わらず月は落ちて日は昇り、またそれの繰り返し。
人狼がひとりいなくなっても、羊たちはなんだか落ち着きない。〕
アリーにベリー、シリーにデリー、イリー、それからフリー。
……やっぱり、面倒を見るのはとってもたいへん。
〔見よう見まねでは上手くいくはずもなくて、アナは困り顔。〕
いなくなった人の代わりは、そう簡単には出来ないね。
ううん。
誰も、まったく同じ代わりにはなれないんだわ。
〔独り言みたいに、誰かに話しかけるみたいに言って、アナは丘の上で、鐘の音を聞く。どうにか羊たちを小屋へ戻して、普段通りの服を着たアナは、灯りの消えたランタンを手にして、村へと向かっていった。〕
[おじいさんは、ゼルマに言われた通りに宿で待っているようです。
ゼルマがそこを抜け出したことには気付いていません。
ワインをがぶがぶ飲んで、良い気持ちになっています]
毎日一人食われてる。
今日はドロテアさんが食われた。
だったら…爺さんは食われてねえさ。
やっぱり食った方なんだ。
[木こりは確かめる為にベリエスの家へ向かうのでした。
もちろん、そこに無残な姿などないのです。]
[旅人がひとつまばたく間に、子どもは元のドロテアになっていました。
小鳥はぱたぱた羽ばたいて、旅人の肩に戻ってきます。]
そうか。
ひとりでなやんで、辛かったろう。
[旅人は驚いたようすもなく、ただそう続けるのです。]
[教会に着いたゼルマは、鉄に似た匂いを嗅ぎました。
それは、おそらくはドロテアが無事でない証拠。
折りしも木こりがドロテアだったものとドロテアのメイド服を棺に納めるところでした。]
ドロテアは、襲われたのね?
[うなずく木こりに老婆は訴えました]
ベリエスが、宿に来ているの。今はワインを出して呑んでもらっているけど。
〔道はとってもしずかなもの。
アナは迷わず教会までたどり着く。
黒い服を着た人達がいたけれど、その数は、最初に比べて僅かなもの。
誰も、誰かの弔いのために、外になんて出たくないようだった。〕
今日の鐘は、誰のためのものですか?
〔そんなことを聞くアナに、いったい誰が答えたやら。〕
独りきりは、慣れてるつもりでしたの。
だから、きっと、大丈夫だと思い込もうとしましたけど……ダメでしたわ。
[小鳥に向けて、少し笑って。
螢火に向けて、手を差し伸べます。
娘が抱えていた部分を戻した螢火は、一回り小さくなっていました。]
[ゼルマの目指すのが教会と見て、木こりは中へと戻ります。
棺の傍らに立ち、ドロテアだったものを見せました。
老婆の問いに頷き、訴えに顔を顰めます。]
爺さんが来てるのか。
やっぱり食った方なんだな。
ドロテアお姉さん?
……牧師さまが食べてしまったのかしら。
ううん。
お姉さんは、アナとおはなししていたもの。
とっても、へん。
どうして、ドロテアお姉さんだったのかしら?
〔ほんのひとときお祈りを捧げたアナは、不思議そうな顔。
今度はどこへ向かおうか、そんなことを考えて、ひとまずはと宿へ行く。〕
[ドミニクに応えて]
そこのところは私には分からない。でも、あなたの言葉には裏が無い気がする。
あら、あれはアナ?
[老婆は自分の来た道を逆方向に行く小さな人影を指差しました]
〔ゼルマが気づいたけれど、アナは気づかずじまい。
てく、てくと、アナは道を歩いていく。
角を曲がって消えていく先に、あるのは一件の宿屋。
そんなことはきっと、誰だって、よく、知っている。
宿に辿り着いたなら、アナは扉を開く。鍵の開いた扉は、難なく開く。〕
こんにちは!
〔そうしていつも通り、元気に挨拶をするんだった。〕
おや?
[突然開いた宿の扉に、おじいさんは目をぱちくり。
けれど、元気の良い挨拶が聞こえると、おじいさんはにっこりと愛想の良い笑顔を見せました]
おお、こんにちは。
どうしたんじゃ、こんな所で?
[小さくなった蛍を見て、小鳥は首をかしげます。]
せめて、話を聞いてあげられたら、よかったのだけれど。
[少し困ったような声で、旅人は言いました。
ふたつに分かれた旅人のからだは、今は一緒に地面の下です。
中身はここにありますけれど、起き出してくることはもうありません。]
[ゼルマはアナに声を掛けましたが遠すぎて届きません。]
ドミニク、宿に戻るわ。あなたも来てくれない?
あの子を、アナを一人にしておいたらいけないと思う。
[ふわふわ漂う羊雲、寂しいドロテアの呟きを聞いて、ゆらりと揺れると、ぽとりと雫を零しました。もう泣く事もない魂は、雲になって泣いたのでした]
[老婆に頷き返し、木こりは一歩踏み出しました。
アナが一足早く宿へ向かう様子に口を曲げました。]
さあて、人狼も酔うもんかな。
そんなら、ちぃとは楽なんだが。
[斧を握る上腕には薄汚れた包帯が巻きついたままです。
人間であったルイと人狼であろうベリエス。
どちらが手ごわいだろうと思いながら、宿を目指しました。]
こんにちは、ベリエスお爺ちゃん。
……お酒の臭いがする。
お月さまの時間には、まだちょっぴり、早いのに。
〔いけないんだ、っていうみたいに、アナは眉を釣り上げた。
でも、ベリエスからの質問には、ちょっと考えるそぶりをして。〕
お爺ちゃんは、もう、知っていますか?
きょうは、ドロテアお姉さんが、からだをなくしちゃったんです。
牧師さまはもういないのに、でも、人狼は、まだ、いるんです。
でも、だれだかわからなくって、アナは、探しにきたんです。
[言うと、ゼルマは宿に向かって歩き出しました。がんばって歩きますがさっき急いだせいで思うように足が進みません。アナに追いつくどころかむしろ離されてしまいました。]
はぁ、はぁっはぁっ。
ホホ、ゼルマの勧めは断れんわい。
[アナにたしなめられても、おじいさんはのんびりと笑います]
おや、ドロテアが?
そうか、それで村がざわついておったのか。
人狼は、2匹居るという話じゃったのう。
さあて、どこに居るのやら。まさか嬢ちゃんではないと思うがのう。
ドミニク、あたしは裏口から回るわ。
[宿の裏口は体の大きな者は通りにくいのです。でもちょっとだけ近いのでゼルマはそちらから入ることにしたのです。]
[螢火はきらきら、小鳥に向けてまたたきます。
これが普通よ、と言ってるみたいです。]
あ……ごめんなさい、そういうつもりでは……。
[困ったような声に、少し眉が下がります。
それから、零れた雫に気づいて上を見ました。
そこにはふわふわ、羊雲。]
もう。
誰かが悪いわけじゃないのに。
ゼルマさん、無理すんな。
オイラが先に行って来らあ。
[そう言う大男も決して早くはないのですが。
それに牧師を殺した少女に複雑な気持ちもあるのです。
けれど、アナを責めても戻らないし、人狼探しが先と意固地になっているだけなのでした。]
[ドミニクが先行し、後れて裏口から入ったゼルマはそっとロビーを窺います。
アナはベリエスと何かはなしているようですが何を話しているかまでは分かりません。]
アナが人狼なら、どうして、お兄ちゃんを食べちゃったのかしら。
〔ベリエスを叱るのは諦めたみたい。
人狼のきもちになってみるというように、アナは腕を組んで考え始めた。〕
きっと、ほんとうのことを、言ったからかしら。
アルベリヒさんは?
羊といっしょにいて、おいしそうだったかしら。
それなら、ドロテアお姉さんは?
お姉さんも、おいしそうだったのかしら。
[木こりの大きな体はかくれんぼには向いてません。
斧の柄が、何かにぶつかった音を立てます。
ドミニクは柄に手を伸ばし、ぐっと握りました。]
[小鳥はちぃと、お返事するように鳴きました。
旅人はふるふると首を振ります。
それから落ちてきたしずくに気がついて、空を見上げました。]
そうだな、だれも悪いわけじゃない。
[旅人はやっぱり困ったような顔で、口だけが笑っていました。
空にはもうすっかり羊雲のような羊飼いが浮かんでいます。]
そうじゃのう、そうじゃのう。
[おじいさんは、アナの言葉に頷いています]
人狼だって、そんなに難しい事はきっと考えんよ。
嬢ちゃんとおんなじじゃ。
[その時、宿のどこかで物音がしました]
ばあさん? どうしたんじゃ?
[ゼルマがもう一人のお客さんを連れて来たことを、おじいさんはまだ知りません。
だからびっくりした顔できょろきょろ]
[ごんっ、と鈍い音が宿の壁に響きました。ドミニクがぶつかった音でしょうか。
気持ちを切り替えるように背筋を伸ばしてゼルマはロビーに入って行きます。]
待たせちゃったわね。
[ヴァイスがカウンターに上がって村人たちを見つめています。]
おお、なんじゃ。
わしはまた、ばあさんが包丁でも持ち出すのかと思ったわい。
[冗談なのか本気なのか、おじいさんはホホホと笑っています。
カウンターの猫が、こちらをじいっと見ていました]
ええ。
[旅人の言葉に、一つ頷きます。
少しだけ、笑えているようでした。
それから、娘は少し考える素振り。
目を閉じて、一つ息を吐くと、手には薄紫の花が現れました。
螢火はふわり、その中に入り込みます。]
ゼルマお婆ちゃん、こんにちは。
音がしたけれど、どこか、ぶつけちゃった?
だいじょうぶですか?
〔そばのベリエスと、入ってきたゼルマの間。視線を行ったり来たりさせながら、アナは心配して尋ねる。〕
包丁?
お爺ちゃん、お婆ちゃんに料理されちゃうようなこと、したんですか?
〔そんなことを言うアナも、どこまで本気なのかわからない。
丸くなる眼は、どこまでも本気みたいにも見えたけれど。〕
[アナのそばに寄り添い、少し口ごもってからベリエスに向かって話し始めます]
ベリエス。
間違ってるかも知れないけど、アナも、ドミニクも、あたしも、あなたが人狼、人に化ける獣ではないかと思ってるの。あなたは何か言うことがあるかしら?
[アナに向かってドミニクも来ているのよ、と小声で付け足しました。]
………。
[アナとベリエスがなにを話していたかはわかりません。
木こりは厳しい顔で、出て行くゼルマを見送ります。
物陰に隠れ、じっと人狼が尻尾を出すのか伺うのでした。]
そうじゃのう。
人狼は、昼間は人に紛れているという。
人を襲うだけの獣とは、違うんじゃろう。
[アナに答えて、彼女がもう一度問い掛けた言葉に目を細めます]
さあ。何をしたかは問題ではあるまい。
問題は、「何をしたと思ったか」じゃよ。
のう、ばあさん?
[おじいさんは、ゼルマの方へ視線を向けました]
[包丁、というところにゼルマは苦笑しました。]
あたしが包丁持ち出してたってあなたには敵わないわよ。
今のあたしでは、アナに傷を付けることだって満足には出来ないわ。
〔ゼルマの言葉に、アナは初耳だって顔。
何度もまばたきを繰り返す。〕
そうなの?
でも、ベリエスお爺ちゃん、アナといっしょに帰ってくれたわ?
アナは、牧師さまのからだを壊しちゃったのに。
それに、旅人さんを、弔おうとしてくれたのに?
[七匹の子羊もいつかは羊雲になるのでしょうか。それとも八匹目の子羊がいつか産まれてくるのでしょうか]
[羊になりたかった羊飼いは、もう居ません]
ベリエス、そうやってあたしたちが混乱するように仕向けようというの?
でもダメよ。
アナは何か特別な力があるみたいだわ。
ドミニクにはヴァイスが寄って行くわ。
でも、あなたの傍には寄り付かなかったの。
それは、あなたが、けものだから。
[おじいさんは、べろりと長い舌で舌舐めずりしました。
帽子が、ふたつの三角で盛り上がっています。
みるみるうちに、おじいさんの体は、ふさふさした毛並みで覆われていきます]
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