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[ ゆっくりと燃え落ちていく橋、炎の彼方に遠ざかる女の背中が垣間見えた。伝い落ちる汗は熱さの為だけだっただろうか。黒曜石の瞳は緋色に揺らめく焔を移し、乾いた空気は喉を灼くかの如く、強く彼らを苛む。
――もう逃げられはしないのだと告げるかの如くに。]
[ふる、と首を振ってベッドから起き出す。
お湯を使って、気持ちを切り替えよう、と思って。
立ち上がるのと前後して、窓の向こうに閃く不自然な色]
……え?
[惚けた声を上げて窓辺に寄れば、目に入るのは、燃え落ちる吊り橋]
や……ど、どして……?
[呆然と。ただ、呆然と。呟く]
[しばし、その場に座り込んでいたものの。
このままではいられない、と立ち上がる]
……でも。
どうすれば、いい……?
[外界から隔離されたこの場所で。
何をすればいいのかと。
そんな疑問を感じつつ、ふと、鏡を見て]
……色。
[昨夜、問われた事の意に、ようやく気づいた]
―二階・自室―
[浅い眠りの中、何か、自身の感覚を逆撫でる様な異様な気配に目を覚ます。
目の前のローズはいまだ眠りの中で。
立ち上がり、窓の傍へと歩み寄る。
異様な、嗤う様な叫びと、漂う煙]
…なんだ?
[窓の外、焔を上げて燃える吊り橋。
橋の向こうに見えるのはここの使用人か?
それ以上確認しようにも嵌め殺しの窓は開くことは無く]
………
[言葉も無く、見つめる先で
吊り橋が音を立てて燃え落ちる]
[燃え落ちる吊り橋。
翠色の双眸には、呆然と立ち尽くす赤毛の少女も、それを抱き留める青年も既に映ってはいなかった]
…
[右手は窓枠にかけたまま、ずるりとその場に崩れ、落ちる]
…クク…
[身体は小刻みに震えている。怯えているのでも、泣いているのでもなかった]
――回想 夜の広間にて――
[屋敷の主の声掛けで集められた客人の元に、最後まで主は訪れず。
届けられたのは、変わり果てたアーヴァインの肉体の一部だった。]
[一変して恐怖に満ちる客人に誘われるように、主の部屋へと向かえば。
そこにはまだ新しい記憶と然程変わらない情景が、リアルに描かれていた。]
――あぁ…またこの悲劇が…繰り返されると…いうの?
[咽返る血生臭さに少女は静かに目を閉じながら、誰にも聞こえないように呟く。
疼く傷跡。蘇る悪夢。それらに成長を止めた体は耐えられなくなったのか――
ふらり――少女は割り当てられた客室へと足を運んだ。]
[吊り橋…外界とこの地を繋ぐ唯一の物。
それが失われた今、此処より外に出る術は無く]
……逃げ道は、無し…かよ。
[昨夜の、あの、惨状。
あれを引き起こした物はまだ此処に居る筈で。
それが意味することに気付いて唇を噛む]
俺達を見捨てたのか…?
俺達も……殺されるのか……?
あんな風に?
[ぞくり、最中に冷たい感覚が走る。
旅の途中、幾つもの危険に晒された事はあった、けれど。
無意識に懐に隠したナイフを探り、呟く]
また…やらなきゃいけないのか……?
――翌朝――
[目を覚まし、視線を窓の外へ。
ようやく上がったらしい雨は日の光に反射し、更に眩しさを助長している。]
…アーヴァインさんが…あんな姿になってすぐにこの場を立ち去るのは…幾らなんでもさすがに…気が引けるわね…。
[身支度を整えるも、旅支度を出来るはずもなく――少女は窓の外のつり橋へ、少し恨めしそうに視線を送った。]
[と、その時。一人の使用人らしき者が橋を渡りきった所で何か妙な動きをとっているのに気付いた。]
あっ…
[少女が声を漏らした瞬間――つり橋はだらりと宙に舞い――赤い炎が――まるで宙をひらひらと舞うように、橋全体を包み込んでいった。]
[自分の、今、居る場所。]
[食卓と思しい大きなテーブル]
[暖炉]
[自分が寝ている、ソファ]
[花][白い]
[それは花瓶に活けられた白い花で]
─玄関ホール─
[ゆっくりと、ゆっくりと、歩みを進め、階段を降りる。
開け放たれたままの扉、その向こうに見える光景。
燃え落ちた橋。
吊り橋の側に住む祖母は、状況を理解しているだろうか。
否……わからないはずがない。
彼女もまた、幾度となく。
同じ様な状況で、人の死を『視た』と言っていたのだから]
……幾つ。
いつまで。
視ることになるんだろうね、ボクは。
ボクが、死ぬまで?
[呟く声は、微かに震えを帯びていたか]
[物憂げに][ゆっくりと起き上がる]
[ぽとり。]
[額から][乗せられていたタオルが]
[胸の上に落ちる]
[それに眸を落とし]
[ 軈て其れは完全に燃え尽きたか、嘗て橋であったものは灰となって奈落の底に落ちていく。幾らかは風に乗り、其の場に佇む青年と少女の頬は僅かに汚れるか。]
……何時までもこうしていても、仕方無いな。
[ 溜息を吐くと、呆然としているヘンリエッタを促して館の中へと向かう。]
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