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[詰まる言葉に、蒼は一瞬だけそちらを見て、また、鍵盤に戻って]
さてね。
『変異』のせいか、組織同士の撃ち合いのせいか、ざっと見ただけじゃ判断はできんかな。
わかるのは、ここが壊れてて、何でかピアノが残ってた、って事だけ。
でも、俺にとっては、目の前にあるその事実だけで十分……知ったところでどうにもできやしない過去の事で悩んだって、時間の無駄だろ?
どうにもできやしない。
……それは、そうですけれど。
もしかしたら、誰かが残したかったのかもしれない、
なんて考えたりするのは、意味のない事でしょうか。
[視線を楽器へと滑らせる。]
……意図なんて、ないのかもしれないし。
先を見なくちゃいけないのは、
わかっていますけれどね。
意味のあるなしは、自分で決めればいい。
あると思えばある、ないと思えばない。
[それだけの事、と。
なんでもないような口調で言って]
先……ね。
ま、確かに、今は先を見にゃならん時だな。
立ち止まっても振り返っても、逃げ道はない。
[静かな言葉と共に、旋律が止まる]
行く先を決めている以上、前に進むだけ。
人によって、真実は異なりますしね。
信じた事が、全て。
[目を伏せた。]
――アーベルさんは、もう、決めているんですね。
[声には羨望のような色が滲んだ。
止まる旋律に、ゆっくりと眼を開く。]
優しい音。
寂しくも、あるけれど。
真実なんて、一番曖昧なもんだからな。
[呟きつつ、ふ、と、薄く笑む。孤狼のそれはすぐに消えて]
……決めるも何も、俺の選択肢は、最初から一つだけ。
俺が従うのは、自分の意思と、『誓い』。そして、『約束』。
それ以外のものに指図されるいわれは、ない。
ただ、自分の思うとおりにやる。
[それだけさ、と、告げる口調は常と変わらず飄々と。
それでも、音を表す言葉に、やや訝るような響きがこもる]
……優しくて、寂しい……?
そう。
言葉ひとつでつくれるものですから、ね。
……真実なんて。
[ブリジットの顔に、笑みは無い。
時を経て、尚、存在するピアノを見つめたまま。]
やくそく、かあ。
そうですよね。
約束は、守らないと。
[彼女の唇から零れる単語は同じでも、
彼のものとは異なる響きを帯びる。]
[怪訝そうな声に、ぱちりと瞬いて、アーベルへと目を移した。]
……わたし、何か変な事言いました?
うーん、想い…… っていうのかな、
何か、込められたものが感じられて、それが優しくて。
でも、遠いようにも思えて、それが寂しくて。
……あたたかいけれど、寒い、感じ?
ううん、違うなあ。
[眉を寄せて、ブツブツと。]
[笑みのない表情で綴られる言葉、そこに込められるものは計り知れぬまま]
……ああ。
『俺は』、破れないから、な。
[呟きは、独り言めいて。
視線をこちらに向けての言葉には、がじ、と蒼の髪を掻く]
……想い、ねぇ……。
ねーさんは、今の曲弾く時、
『冬って、ほんとはあったかいんだよ』
って、必ず言ってたけどな。
[かんけーあるのかね、と、呟きつつ。
一つ、二つ、連ならない音を鍵盤から弾く]
ねーさん?
[端末を挟んだ両の手で、口許を抑えるようにしながら、反射的に問い返した。]
冬はあったかい…… ですか、
不思議な感じですね。
全てを包んでくれるような雪は、優しくて好きだけれど。
……曲だけじゃなくて、
アーベルさん自身の、もあるんじゃないかな。
[再びくしゃみ。]
……そうします、
というか、そうしようとしていたんでした。
[小さく頷いて、早速、瓦礫の合間を擦り抜けようとして、立ち止まり、振り返る。]
アーベルさんは?
ああ……俺を育ててくれたひとの、一人。
[問いには、さらりとそれだけを]
ま、意味はよくわかんないんだけどな。
いつもそう言ってたよ。
って……俺自身、の……。
[少女の言葉には、更なる疑問を感じるものの、余り引き止めるのも悪いか、と問いとしては投げず]
ああ、まだいくつかやる事があるんでね。
それが終わったら、戻るさ。
[だから気にすんな、と。軽い口調で告げる]
ん――そうですか。
[視線を一度下げてから、戻す。
離れてしまえば、薄闇の下では、互いの表情は見え難い。]
わかりました。
それじゃ、気をつ――
[……戦わねばいけない相手なのに、心配をするだなんて、滑稽だ。そんな思考が過ぎり声は途絶えるも、]
気をつけて。
[平静を装って、紡いだ。
それきり振り返らず、片足が気になるか、やや危なっかしい動きで、*去って行った。*]
[去り際の言葉。それに思わず、くく、と笑う]
気をつけて、ね。
[そりゃむしろそっちがだろう、と。
呟く脳裏を過ぎったのは、先日の浴衣の時の事か。
少女の姿と気配、それが完全に消えたなら、蒼の瞳は再び鍵盤へと落ちる]
……ま。
一応、理由は聞いてんだけどな。
[言う必要もねぇし、と。
小さな呟きが、冷えた大気に溶ける]
……さて。
現状打破のために、真面目に動くとするかね。
[立てた左の手に、拳にした右手を打ち当てつつ言って、気持ちを切り替える。
鍵盤に元のように蓋をするとその場を離れ、違う廃ビルの中へと足を踏み入れた]
[きちんと扉から戻って自室に戻ったのは大分前だろうか、それとも少し前だろうか?
ベッドに大の字になって暫くうとうとしていたようで、薄く目を開くと天井が見えた。
ゆっくりと体を起こす。]
…ふあぁ。
[大きく欠伸をすると、冷蔵庫から果物を取り出してかぶりついた。]
…そういえば、砂漠って見てないなぁ。
ね、見に行きましょーか。
[虚空を見つめて、呟く。
しゃくしゃくと、口に入れた洋梨が音を立てた。]
[部屋に戻りタイツを脱いで、傷口を洗う。
水音を聞きながら、ぼんやりと呟く。]
……真実に、約束、か。
[霞がかる思考。
違和感はあるのだけれど――何が、かまではわからぬままに。
手当てを済ませて、眠りについた。
それは、ブリジットにとっては、深く、深く。]
−過去→現在へ−
[畳んだハンカチを手に部屋を出る。
向かう先は、このハンカチの持ち主の部屋]
[階段を挟んですぐの場所にある部屋──Kの部屋の扉をノックする]
ブリジット様、いらっしゃいますか?
[相手が休んでいるとは知らない。
コンコン、と言う音と共に声をかけた]
ん――
[額に当てていた手をずらして、ゆっくりと目を開く。
着替えるのも億劫で、セーターとタイツを脱いだだけの格好だった。直す、という考えには至らなかったらしく、緩慢に身を起こす。]
はい……?
[寝ぼけ眼。警戒心はゼロに近い。
薄く扉を開いて、しぱしぱとまばたいた。]
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