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〔だいぶん落ち着いてきたらしいアナは、目を何度も何度も擦って、ゆっくりと辺りに視線を巡らせる。〕
ふえ……
木こりさん、ドロテアお姉さん、アルベリヒさん。
〔それから、ほかの村のひとたちも、何事かって顔でちらちら。〕
……ごめん、なさい。
アナ、びっくりしちゃって……。
ドミニクという木こりの男に教えてもらったのじゃ。
わしが知らん顔を見掛けた、という話をしたからのう。
[旅人が質問に答えるのを聞くと、そうかそうかと満足そうに頷きました]
そりゃあ良かった。まあ、ゆっくりしていっておくれ。
それと、おかしな噂には耳を貸さんようにするのじゃぞ。
[おじいさんの言葉の意味は、果たしてルイに伝わったのでしょうか]
……アルベリヒさん。
だって、フリーとエリーじゃ、
見た目はそっくりでも、ほかが違うもの。
〔当たり前のように、アナはいう。
抱きしめたままだった子羊を解放して、ね?と首を傾げるんだ。〕
ああ、いいの、気にしないで。
驚かせてしまったのは、わたくしですもの。
アナちゃんに怪我がなかったなら、よかったわ?
[謝るアナに、にっこり笑って言いました。]
[宿屋につくと、一人の老女が牧師を出迎えます]
こんにちは、ゼルマさん。
女将さんは、いらっしゃいますか?
[話を聞くと、どうやら女将さんは留守のようです。
牧師は残念そうな顔で、肩を落としました]
おう。
[アナの謝る声に木こりはただ一言答えました。
顔が怖いとドロテアやアルベリヒに言われたので、出来るだけ見ない振りをしているのです。]
……ちっちぇえアナにはちと荷が多すぎるだろ。
どうせ帰り道だ、半分持ってやらあ。
[無愛想なりに泣かせたことを気にしているのでした。]
なるほど。
ドミニク殿か。
[当の本人がちょっとした騒動にまきこまれているなんて知らず、旅人はうなずきます。]
そうさせてもらうつもりだ。
おかしなうわさ、というと。
ホラント殿のいっていた、人狼の話かな。
[ベリエスの忠告に、思い当たることはひとつしかありませんでしたから、旅人はそう言いました。]
〔ドロテアにはなんていったらいいか困った様子だったけれど、アナはちいさく頷いた。それから、おそるおそると立ち上がって、ドミニクを見あげる。〕
木こりさん、ごめんなさい。
こわい、顔、って思ったわけじゃないの。
ほんとうよ?
〔あちこちうろつく視線は、嘘って、きっと、ばればれだ。〕
……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけは、思ったけれど。
でも、アナ、木こりさんが優しいって、知ってます。
ほいほい、チーズね。それなら丁度宿屋に届けるところだ。余分にあるから後で分けてやるよ。
それを肴にまた飲むんだろう?
[木こりに応えて、にやりと羊飼いは笑いました]
全然違うかい?おいらは自分の羊なのに、その違いが判らない。
アナはすごいよ、やっぱり。
[牧師は宿の中を見回しました。
老女の近くで、老猫ヴァイスの金色の眸が輝いています。
何かを誘われれば、無下に断るのも気がひけて]
すみません、それでは
お茶を一杯いただきますね。
[牧師は近くにあった椅子に座って、お茶を飲み始めます。
熱いお茶に舌をちょっぴり火傷しながら、牧師は口を開きます]
あの、ゼルマさんは
人に化ける獣のお話って
聞いたこと、ありますか?
ほんとう? 木こりさん。
でも、今度は気をつけるから、アナ、だいじょうぶよ?
〔ぱちくり、ドミニクの申し出にアナはまたたきをする。
それからようやく、ぷぅんと漂う油のニオイに気づいたみたいだった。〕
あ……っ。
入れ物、割れちゃった? 中身、だいじょうぶ?
〔全部はだめになっていないようだけれど、いくらかは零れてしまっているようだった。〕
……ごめんなさい、ドロテアお姉さん。
油、お返しするの、遅くなっちゃいそう。
〔アルベリヒに褒められると、アナは恥ずかしそう。
荷物を受け取ろうと両手を差し出しながらも、頬はまっかだ。〕
ううん、羊のお世話ができるアルベリヒさんのほうが、
やっぱり、ずっとずっと、すごいです。
そうそう、そのことじゃよ。
もう耳に入ってしまったのじゃな。
[おじいさんはルイに頷いて、少し残念そうに白いまゆげを下げるのでした]
あいつはいつも、根も葉もない噂を仕入れてきよるから……。
余り、気に病まんようにの。
[おじいさんはすまなそうに言いましたが、旅人の様子を見れば、そんな心配はご無用なのかもしれません]
……オイラも帽子、被るかあ。
[視線を感じて見たアナの態度に、木こりは下手な冗談を言ってみせます。
しかし優しいと言われると、むすっとなるのでした。
それが照れているのだとは知っている人は知っています。]
優しかねえ。
それにホントだ。ついでだからな。
[遠慮するアナに、矛盾したことを言います。
そして、先に配達してしまおうと歩き出すのでした。**]
ドミニクは、アナを手伝った方が気持ちが楽になるんじゃないかな?
だから手伝わせてあげるといいと思うよ。
[羊飼いは拾った荷物を半分だけ少女に渡して、残りは木こりに渡しました。子羊は少女の足下でおとなしくしています]
[ドミニクとアナが仲直りできそうな様子に安心したのか、ほっとしたような笑みが浮かびます。]
油? ……慌てなくてもいいのに。
それに、入れ物が割れてしまったのは、わたくしも悪かったのですから。
本当にごめんなさいね、いきなり大きな声を出して。
……わかりました。
それじゃ、お願いします、木こりさん。
〔ふたりにお辞儀を、ドロテアにはもう一度ごめんなさいを言って、ドミニクと一緒に、アナは、家へと戻っていく。
でも、帰っても家には誰もいなくって、食事は手つかずのまま。
どうやら、ホラントは昨日から家に帰っていないみたいだった。
そんな事実を知ったアナはぷんすか怒りながらも、ついて来てくれたドミニクに、お礼を言ってお茶をごちそうする。二日酔いには効くのかな。
ありがとうと言うアナは、もう、こわく思っていないみたいだった。**〕
−夕方−
[女将さんの行方が分からずだんだん心配になっていたゼルマはノックの音に戸口にいそいそと出向きます。]
おや、メルセデス牧師様、お珍しい。女将さんはまだなんですよ、でもせっかくですからお茶でも上がっていってくださいな。
[とるものもとりあえず牧師を中に招き入れます。]
大丈夫だ。
いつものことなら、心配はないんだろう。
それに、どこにでも似たような話はあるからな。
[ベリエスがすまなそうにしているので、旅人は首を振りました。
来たばかりの頃に聞かされて、早足で村に来たことは内緒です。]
[ゼルマは急いで牧師にお茶とありあわせのスコーンを出しました。
熱いお茶に牧師がとまどっているのを見て女将さんがいつも牧師にはぬるめのお茶を出していたのを思い出しました。
一息ついて牧師の発した言葉はとても意外なものでした。]
人に、化ける、ケモノ?
[聞きなれない言葉にゼルマの目が宙を泳ぎました。]
……大丈夫、ね。
[一緒になって戻っていく二人の姿にちいさく呟いて、横に置いておいた買い物籠を拾い上げます。
持ち手に挿した薄紫の花の裏側が一瞬だけ、光ったように見えたかも知れません。]
さて、と。
わたくしも、用事を済ませてしまわないと。
それじゃ気をつけてな。
[羊飼いは、少女と木こりを見送って手を振りました。子羊もめええ、と鳴いて見送ります]
さてさて、おいらも仕事仕事。宿の女将さんがきっと待ちくたびれてる。
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