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―二階/タチアナの部屋から―
[扉を閉ざせば血の香りは遮られ、代りに感じる香草の匂い。
疲弊もあって微睡みそうになるのを、辛うじて堪えた。]
僕がもし人狼だったなら。
このまま、彼女を喰らってしまうのかな――。
[ふっと低く零れ落ちた声。
けれど己の鼻を擽る空気に満ちるさまざまな香は、
この身に何の飢えをも、渇きをも齎すことは無い。]
…………。
[それでも、タチアナのショールを畳んで枕元に置いた時、
露わになって見えた肌を前に、微かに息を零していた。
やがて男は何も言わずに、彼女の部屋を後にした。
自室のベッドに倒れ込めば、意識は直ぐに落ちていく。**]
[ 翡翠色の眸から視線を離さず真っすぐ見つめ告げた。]
君を信じてみたいと思う。
[ 信じると押し付けるのでもなく、
信じろと信用を強制するのでもなく、
信じてみたいと告げる。]
[ フィグネリアの額の上に唇を触れさせ立ち上がる。
無論、払いのけようとすれば*可能な速度で。*]
…………。
[ マグダラの予想に反し反論は返らなかった。
自分が死ぬその時に、
アレクセイが自分に襲われていないとは言いきれない。
可能性は潰しきれないのを理解しながらも、今は無事を願う。
全ては、その時にならなければ分からない。
自分がその状況を選べるか分からないなら特にだ。
沈黙に疑問の聲があがる前に、聲を返す。]
怪我は深いのかい?
[信じてみたい、と言うヴィクトールの言葉に見つめる翡翠が揺らぐ]
私、何かしたわけでも、ないわ……。
人を襲わないことは、約束出来るけど――――
[触れる唇に指先がぴくりと動く。
払いのけなかったのは、意識が追いつけなくて。
なぜ、と言う気持ちの方が大きく、離れれば指先で唇が触れた場所に触れる。
少し間が空いてから、、立ちあがったヴィクトールを見上げて、ありがとうございます、と礼の言葉を*かけた*]
[――…彼も薄々は気付いているのだろう、と。
返った沈黙に想いはすれど、指摘はしなかった]
怪我は――…。
アレクセイが言うところの、本を捲る位は出来る。
[ニキータには、あの様相からは分からなかったが、襲撃への備えが有った。
それが"彼"と"彼女"の傷を深くした]
人を喰らう分には、時間は掛かっても支障は無いだろう。
だから。
ヴィレムが準備をしたくないのなら、昨日と同じ様に頃合いを図って呼び出す事にするが?
[それでも問題ないのだと、何事も無いかのように口に*した*]
重症じゃないか。
………、
[ 黙っているのは素直に傷を案じられないからだった。
旅人の騒動がなければこんな事態にもならなかったが、かといって責めるのも違うように感じている。
やり場のない気持ちに蓋をすることもなく、かといって出す訳でもなく。]
― 自室 ―
[倒れる間際によぎったのは心配をかけてしまうと言うこと。
後でイヴァンと話そうと思った事。
重い身体は自らの意思では動けなくて、そのまま闇へと落ちる。
だからベルナルトが運んでくれたことも知らないまま。
くったりと力の抜けた身体をまかせることとなり]
――ん……
[ゆるゆると意識がもどったころには自室の中。
霞む視界を瞬かせてぼんやりと視線を彷徨わせる]
……あら……
[自室にいることに気づいて、一つ瞬き]
[身を起こせば着衣に乱れはなく、枕元に置かれたショールが見える]
誰が運んでくれたのかしら……
[ゆるりと瞬き。
ショールを手に取れば意識が途切れる寸前までを思い返して]
……ああ、ベルナルトかも。
――そうだとしたらお礼をいわないとね。
[小さく呟いて、ゆっくりと動き出そうとしたとき。
廊下が酷くざわめいている気がしてそっと、顔をだす**]
―朝―
[今日もまた、目覚めてから目許を指で拭った。
ぼんやりと視線が赴いた先、鏡に映る己の姿。
夢の中で綺麗だと撫でられた髪が、くしゃりと乱れていた。
目を伏せ、また何時ものように身支度を整える。]
………イヴァン、
[間接的にとはいえ、己もニキータの死に関わっている。
一瞬でも彼への疑いを抱いてしまったのも事実。
だから言い訳も、下手な慰めも、考えてはいない。
ただ、先日までのニキータに対するイヴァンの姿を見て
漠然と思い抱いていたことがある。]
共に居たのは、彼だったの、かな。
[ナイフを腰のポケットに収めてから、もう一つだけ。
ふたつの人影映す月夜の湖を描いたスケッチブックを
片腕に抱え、廊下へ出る扉をキィと開けた。]
[昨日と変わらず、二階の空気は生臭い。
否、昨日よりも更に濃い色にさえ思われた。
自室より少し離れた、昨日よりも近い処から伝う
鉄錆に似た匂いに、胸がとくりと鳴っていた。]
まさか、……
[その匂いの元は、訪ねようとしていた人の部屋の前。
息を呑み――扉に手を掛け、開け放つ。]
――――…、イヴァン。
[あかいいろ。動くことなくそこにあるもの。
スケッチブックが、ぱさりと床に落ちる。
男はその場に膝を突き、ただひたすら茫然として
その場の惨状を、言葉も無く見詰めていた。**]
[それからその日は広間を掃除し、アナスタシアがいた部屋の片付けをしたりと時間は過ぎていった。
夜には湯を沸かして身体を拭き、やはり埃臭いままのベッドで睡眠を取る。
気が張り詰めていたのか、その日は夢を見ずにすんだのだけれど]
――?
[鼻を掠める血臭。嫌な予感がしてベッドから降りる。何かの落ちる音がした。
扉を開けると、廊下に立ったままのベルナルトの姿。
その部屋は誰の部屋だったか知らない]
ベルナルトさん……?
まさか、また――。
[その近くまで歩いていく。近づけば血臭は増して扉の向こうの光景に足を止めた]
イヴァン、さん……。
[小さく首を振る。タチアナが、彼は人だと言っていた。もちろん今も、甘い匂いなど少しもなく。
思い出されるのは昨日厨房で見せた笑顔]
[唇から舐めとったニキータの血液は、甘い。
けれど、その程度では、香によって齎される餓えを治める事など出来はしない。
寧ろ、より一層煽られるだけだ。
さして近しくも無い相手でさえ、こうも甘いのに]
――…
[近しい相手の事を想えば、微かな笑みが零れ落ちる。
抑え込もうにも抑え切れない、激しい欲求。
夜になれば、きっと、今よりは満ち足りるはずだ。
次の狙いは決まっているのだから]
[深夜、頃合を見計らう]
ォ――…
[歌の様に、遠吠えの様に。
同族へのみ伝わる呼び声。
手負いの獣で有る事を感じさせないどころか、いっそ、上機嫌の聲。
或いは只、香と熱に浮かされているだけなのかも知れなかったが]
[イヴァンの部屋の前。
ふとヴィレムへと聲で問いかける]
殺してみたい、とは。感じるか?
――…強制する気はない。
ただ、感じるのなら、想うままにすればいい。
[方法を問われても、声を出されることだけ無い様にしろと告げるだけ。
それ以上の助言はする気は無い]
感じないのならば、今日も"俺"がする。
見ていればいい。
[マグダラは選択肢を示すだけ。
何度目かの決断を*委ねて*]
―回想/広間―
そういわれても仕方のないことを言った、自分の責任だとは思わないのか。
[そんな風に言いながらも、手当をしていく。
何か言いたげな様子には気づいていたものの、自分から問う事はなかった。
小さな声は耳に入ってきて、その表情を伺おうと視線を向けた]
……お前は本当に馬鹿な奴だな。
[頭を一度、ぽふ、と撫でて。
救急箱をしまいに離れる。
タチアナが倒れたのを見て、ベルナルトが運ぶというのに頷いて]
任せる。
[見送った後、遺体を運ぶというのに協力はしなかった。
ただしっかりとその姿を目に焼き付けて]
戻れるか?
[まだ座ったままのアリョールに問いかけるのは、その後の事。
戻れないと言うのなら、暫く付き添うつもりではあった。
そして、その日は部屋に戻り、机の上のナイフの刀身を布で巻いた。
隣室におやすみ、なんて声をかけた後で、眠りに落ちていった]
―朝―
[目が覚める。
一番最初にしたことは、ナイフの確認だった。
刃はしっかりと保護してある。身支度を整えて、それを服の内側のポケットに入れた]
……。
[ドアを開けると、確かに匂う、昨日と同じ血のにおい。
またか、と。呟きはせずに視線を巡らせ、そこに居るフィグネリア、そして座り込むベルナルトを見つけると、歩を進めた]
――…イヴァン。
[中の光景を伺う事は出来た。
名を呟く声は掠れる。
友人、だった。食事の時の事を思い出し、目を伏せる。短い時間、アナスタシアよりも長い時間。
次に目を開けた時は、感情の波を抑えて]
ベルナルト、フィグネリア、広間に行っていろ。
周りに知らせて、地下に運ぶ。
お前らは休んでるんだ。
[二人に声を投げて、部屋をノックして回る。
イヴァンが死んだことを伝えるために。
冷静ぶった表情は、ヴィクトールの前だけでは僅かに剥がれる。
口唇をかみしめて、それでも自分は大丈夫だと、はっきりとした声で言った**]
―回想/自室―
[ 自室へ戻ると、扉に背をつけて荒く息を吐いた。
今更になって身体が震える。
アレクセイを殺さない為とはいえ、手を汚す覚悟もしたとはいえ、本当に最善だったかなど、今となっては分かりはしなかった。
そのまま、滑り落ち扉に背をつけ頭を預け、立てた膝に腕をかけ、もう片手で顔を覆う。
どれくらい経った頃だろうか。]
「おやすみ。」
[ ヴィクトールはアレクセイの声を聞く。]
ああ、おやすみ。
[ 返事を返す。
こんな状況でよく眠るようになどと言い出すことも出来ず、出来るだけ声で想いを込めることでその代わりとする。]
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