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……フリー?
〔子羊の鳴き声がしたとたん、アナはぴたり泣きやんで、ふわふわのからだに手を伸ばす。
ぎゅうと抱きしめたら、ほら、泣いたカラスがもう笑った。
割れてしまった油の入れ物のことなんて、頭にないだろう。……すごいニオイ、しそうだけれどね。〕
おや。
うわさにでもなっていたかな。
ベリエス殿か。
[お爺さんが旅人の名前を知っている風だったので、旅人はぱちぱちとまばたきをします。
お爺さんがベリエスと名乗ったのには、ひとつ頷きました。]
とてもよくしてもらっているよ。
宿の食事も美味しいし、蛍もきれいだった。
[問い掛けられたことには、不自由などないと首を振るのでした。]
[少女に抱きしめられた子羊は、ふかふかの頭をすりつけて、また、めえと鳴きました。どうやら少女を友達だと思っているみたいです]
アナは、フリーとエリーをちゃんと見分けるんだなあ。たいしたもんだ。
ととと、割れたってのはこれかな?わあ、こりゃ、ことのほか悲惨だねえ。
……笑うな。
[図星過ぎて言い返せないので、代わりにドミニクはアルベリヒから拾った荷物を取ろうとしました。
配達途中だろうと見当をつけたからです。]
薬草もいらん。舌が壊れる。
どうせならチーズを後で分けてくれ。
切るだけで食えるのがいい。
[牧師はふと、寂しい気持ちになりました。
見ず知らずの旅の人も
飲んべえのお医者さんも
気立ての良い、馴染の店主も
牧師はたくさん、たくさんの人を見送ってきたのです]
皆様、どうか安らかにお眠りください。
[ちょうど掃除を終えた頃、お腹がくぅくぅと鳴りました]
そういえば、この間は女将さんいらっしゃいませんでしたね。
どこかへお出かけされてたんでしょうか。
[女将のご飯を求めて、牧師は宿屋へと向かいます]
……よかった、落ち着いたみたい。
[子羊を抱きしめたアナの様子にほっとするものの、]
ことのほか悲惨……って。
あら。あらら。
[アルベリヒの言葉に、眼鏡の奥の瞳がまぁるくなりました。]
〔だいぶん落ち着いてきたらしいアナは、目を何度も何度も擦って、ゆっくりと辺りに視線を巡らせる。〕
ふえ……
木こりさん、ドロテアお姉さん、アルベリヒさん。
〔それから、ほかの村のひとたちも、何事かって顔でちらちら。〕
……ごめん、なさい。
アナ、びっくりしちゃって……。
ドミニクという木こりの男に教えてもらったのじゃ。
わしが知らん顔を見掛けた、という話をしたからのう。
[旅人が質問に答えるのを聞くと、そうかそうかと満足そうに頷きました]
そりゃあ良かった。まあ、ゆっくりしていっておくれ。
それと、おかしな噂には耳を貸さんようにするのじゃぞ。
[おじいさんの言葉の意味は、果たしてルイに伝わったのでしょうか]
……アルベリヒさん。
だって、フリーとエリーじゃ、
見た目はそっくりでも、ほかが違うもの。
〔当たり前のように、アナはいう。
抱きしめたままだった子羊を解放して、ね?と首を傾げるんだ。〕
ああ、いいの、気にしないで。
驚かせてしまったのは、わたくしですもの。
アナちゃんに怪我がなかったなら、よかったわ?
[謝るアナに、にっこり笑って言いました。]
[宿屋につくと、一人の老女が牧師を出迎えます]
こんにちは、ゼルマさん。
女将さんは、いらっしゃいますか?
[話を聞くと、どうやら女将さんは留守のようです。
牧師は残念そうな顔で、肩を落としました]
おう。
[アナの謝る声に木こりはただ一言答えました。
顔が怖いとドロテアやアルベリヒに言われたので、出来るだけ見ない振りをしているのです。]
……ちっちぇえアナにはちと荷が多すぎるだろ。
どうせ帰り道だ、半分持ってやらあ。
[無愛想なりに泣かせたことを気にしているのでした。]
なるほど。
ドミニク殿か。
[当の本人がちょっとした騒動にまきこまれているなんて知らず、旅人はうなずきます。]
そうさせてもらうつもりだ。
おかしなうわさ、というと。
ホラント殿のいっていた、人狼の話かな。
[ベリエスの忠告に、思い当たることはひとつしかありませんでしたから、旅人はそう言いました。]
〔ドロテアにはなんていったらいいか困った様子だったけれど、アナはちいさく頷いた。それから、おそるおそると立ち上がって、ドミニクを見あげる。〕
木こりさん、ごめんなさい。
こわい、顔、って思ったわけじゃないの。
ほんとうよ?
〔あちこちうろつく視線は、嘘って、きっと、ばればれだ。〕
……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけは、思ったけれど。
でも、アナ、木こりさんが優しいって、知ってます。
ほいほい、チーズね。それなら丁度宿屋に届けるところだ。余分にあるから後で分けてやるよ。
それを肴にまた飲むんだろう?
[木こりに応えて、にやりと羊飼いは笑いました]
全然違うかい?おいらは自分の羊なのに、その違いが判らない。
アナはすごいよ、やっぱり。
[牧師は宿の中を見回しました。
老女の近くで、老猫ヴァイスの金色の眸が輝いています。
何かを誘われれば、無下に断るのも気がひけて]
すみません、それでは
お茶を一杯いただきますね。
[牧師は近くにあった椅子に座って、お茶を飲み始めます。
熱いお茶に舌をちょっぴり火傷しながら、牧師は口を開きます]
あの、ゼルマさんは
人に化ける獣のお話って
聞いたこと、ありますか?
ほんとう? 木こりさん。
でも、今度は気をつけるから、アナ、だいじょうぶよ?
〔ぱちくり、ドミニクの申し出にアナはまたたきをする。
それからようやく、ぷぅんと漂う油のニオイに気づいたみたいだった。〕
あ……っ。
入れ物、割れちゃった? 中身、だいじょうぶ?
〔全部はだめになっていないようだけれど、いくらかは零れてしまっているようだった。〕
……ごめんなさい、ドロテアお姉さん。
油、お返しするの、遅くなっちゃいそう。
〔アルベリヒに褒められると、アナは恥ずかしそう。
荷物を受け取ろうと両手を差し出しながらも、頬はまっかだ。〕
ううん、羊のお世話ができるアルベリヒさんのほうが、
やっぱり、ずっとずっと、すごいです。
そうそう、そのことじゃよ。
もう耳に入ってしまったのじゃな。
[おじいさんはルイに頷いて、少し残念そうに白いまゆげを下げるのでした]
あいつはいつも、根も葉もない噂を仕入れてきよるから……。
余り、気に病まんようにの。
[おじいさんはすまなそうに言いましたが、旅人の様子を見れば、そんな心配はご無用なのかもしれません]
……オイラも帽子、被るかあ。
[視線を感じて見たアナの態度に、木こりは下手な冗談を言ってみせます。
しかし優しいと言われると、むすっとなるのでした。
それが照れているのだとは知っている人は知っています。]
優しかねえ。
それにホントだ。ついでだからな。
[遠慮するアナに、矛盾したことを言います。
そして、先に配達してしまおうと歩き出すのでした。**]
ドミニクは、アナを手伝った方が気持ちが楽になるんじゃないかな?
だから手伝わせてあげるといいと思うよ。
[羊飼いは拾った荷物を半分だけ少女に渡して、残りは木こりに渡しました。子羊は少女の足下でおとなしくしています]
[ドミニクとアナが仲直りできそうな様子に安心したのか、ほっとしたような笑みが浮かびます。]
油? ……慌てなくてもいいのに。
それに、入れ物が割れてしまったのは、わたくしも悪かったのですから。
本当にごめんなさいね、いきなり大きな声を出して。
[そういえば、と狼は思い出します。
昨日聞こえた不思議な声を。
近くに仲間がいるのかもしれません。
獲物を先に獲られては、大変。
でも一日に沢山の狩りをしては
人間たちにとっても警戒されてしまいます。
狼は、その仲間と一緒に狩りをしよう、と考えたのでした]
……わかりました。
それじゃ、お願いします、木こりさん。
〔ふたりにお辞儀を、ドロテアにはもう一度ごめんなさいを言って、ドミニクと一緒に、アナは、家へと戻っていく。
でも、帰っても家には誰もいなくって、食事は手つかずのまま。
どうやら、ホラントは昨日から家に帰っていないみたいだった。
そんな事実を知ったアナはぷんすか怒りながらも、ついて来てくれたドミニクに、お礼を言ってお茶をごちそうする。二日酔いには効くのかな。
ありがとうと言うアナは、もう、こわく思っていないみたいだった。**〕
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