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次の日の朝、噂好き ホラント が無残な姿で発見されました。
そして、全てが始まりました。
坂道を転がり落ちるように、もう止まらない、止まれない。
今、ここにいるのは、旅人 ルイ、奉公人 ドロテア、牧師 メルセデス、木こり ドミニク、老女 ゼルマ、少女 アナ、隠居 ベリエス、羊飼い アルベリヒ の全部で 8 人かしら。
[仕事を始めてしまえば、木こりの頭から噂話は消えてしまうのでした。
あまり考え事には向いていないのです。
それに、最初にホラントに言ったように、狼が来たら斧で尻尾をちょん切ってやるつもりでしたから怖くもありません。]
うーんと、こんなもんでいいだろ。
しかし腹が減ったな。
……アナに茶を貰っただけだったか。
[ツィンカの泊っていた二階の部屋からは夜でも黒い森がよく見えました。
いえ、何も見えないのが判る、と言った方が良いでしょう。黒い、黒い森でした。
老婆は部屋を片づけながら真っ黒なはずの黒い森にぽつんと光るものがあるのに気づきました。
でもそれは、ゼルマがそちらを見るとすぐに、揺らめくように消えてしまったのです。]
またホラントかしら。
[ゼルマはホラントの話ばかりか牧師に話したことまで思い出してしまい、慌ててそれらを記憶の隅に押しやるようにして部屋の片づけをつづけました。]
〜 黒い森 〜
〔アナは黒い森の中を、歌いながら歩いていく。〕
♪黒い森 双子が住んで おりました
ふたりは とっても 仲良しで
ふたりは とっても そっくりで
けれど 同じじゃ ないものさ
〔ゆらゆら揺れる、ランタンの灯。
アナはパンをちぎって落としては、帰りの目印にしているみたい。〕
なにが違うの 聞かれたら
ここが違うの 笑っていう
〔鳥のさえずる声が、聞こえる。〕
♪夜の森 双子は遊んで おりました
ひとりが なぞなぞ 考えて
ひとりは なぞなぞ 答えだす
けれど いっつも 間違うの
〔どれだけ歩いたことだろう。
緑よりずっと暗く、黒くも見える葉っぱの合間から、丸い月が覗いた。〕
満ちると減るもの なんだろう
減っても満ちない なんだろう
〔とつぜん、油が切れたわけでもないのに灯りが消える。
アナはびっくりして、目をまるくしてしまった。〕
……食事ですか。
本当はこんなものよりも、
もっと美味な物を頂きたいのですけれどね。
[ゼルマの運んできた料理を前に、眉を顰めます。
狼は、食前の祈りは捧げません。
だって神様は、とても酷いことをしたのですから]
[牧師は老女に出された料理を前に思案顔。
最初は恐る恐る手をつけて、
やがてぱくぱくもりもりと食べ始めました]
ごちそうさまでした。
お腹いっぱいです。
[両手を合わせると、
牧師はふあぁと大きなあくびをします]
――宿屋――
[それからしばらくして、おじいさんたちは宿屋に辿り着きました。
丁度ゼルマが料理をしていたのでしょう、良い香りが漂っています]
……なんだろう?
〔いつの間にか、あたりは、しぃんと静まりかえっていた。
森の中では、月や星の明かりも遠い。
心細くなって来た頃、ふっと、ランタンに灯りが戻る。
青白い炎だった。
ほっと、アナは、ひといき。〕
良かった。
〔安心したら、どっと疲れがでてしまったらしい。
アナは木の陰に座りこんで、ちょっとひとやすみと目を閉じる。「ちょっと」が「長く」になってしまったのは、言うまでもないだろう。
* 遠く、遠く、狼の声が響いたのは、いつのこと? *〕
─宿屋─
[村の通りを急ぎ足に宿屋へ向かいます。
あちらこちらで話し込んでいる間に、時間はだいぶ過ぎてしまったようでした。]
こんばんは、女将さん、いらっしゃいますか?
[宿の扉を開けて、いつものように声をかけます。]
こんなによい羊なのだから、チーズもよいものなのだろうな。
楽しみにしておこう。
[そう言って、しばらく立ち話をしてから、旅人はふたりと宿に向かいました。
いつの間にか、すっかり日は暮れています。]
おや。
今日は月がきれいだな。
[のぼってきた大きなお月様を見上げて、旅人は言いました。]
[宿屋には、たくさんの人が集まってくるようです。
明日か明後日には、あの人やその人が、狼のお腹の中にいるかもしれません。
それはとても楽しみなことですが、今しばらくは我慢です。
だって、人間たちみんなに捕まえられたら、いくら狼だって逃げられませんから]
……ああ、夜が更ける前に帰らないと。
でも、ちょっとだけ。
[空になった食器を前にして
牧師は椅子に座ったまま、いつの間にかうとうとと船を*漕いでいました*]
[ルイに言われて、おじいさんも夜空を見上げました]
おお……本当じゃ。
なんだか、不思議な気持ちになる月じゃのう。
[昇りはじめのお月さまは、何故だかとてもとても大きく見えるものです。
だから、お月さまがすぐ傍まで来ているような、そんな気にさえなるのでした]
[外に出ると月が上りきる前の時刻でした。
黒い森にひとつ灯りが過ぎってゆきます。]
まーたホラントか。
何があってもしらねえぞ。
[人狼は信じていませんが狼の怖さを木こりは知っています。
ランタンの主がアナとは思わず、宿に向かうのでした。]
[そう、こんな夜は、全身の毛がざわざわと騒いでいるように感じるのです]
わおおおおん。
わおおおおん。
[おじいさんの振りをした狼は、思わず仲間にだけ聞こえる声で遠吠えをしたのでした。
そうして、今すぐ狼に変身して、お腹をいっぱいにしたいという気持ちを、一生懸命押さえたのでした]
[声はかけましたけれど、女将さんの返事はありません。]
まだ、戻られていないのかしら……って、あら。あらら?
[宿に入ると、目に入ったのはうとうとしている牧師様でした。]
もう……こんな所で寝てしまったら、風邪をひいてしまいますよ……?
ゼルマさん、飯あるか?
[木こりは女将ではなく老婆の作る食事目当てで顔を出します。
もう覚えてもいない母の味を思い出す気がするのでした。
女将さんは年が近くて母の味とは二重の意味で言えません。]
そうだな。
長く旅をしているが、こんなにきれいな月を見たのは初めてかもしれない。
[感心したように言って、旅人は空から目を戻しました。
ちょうど、宿に入っていくだれかの姿が見えたでしょうか。]
[声をかけては見ましたけれど、返事はありません。]
まったく、もう……。
[ため息をついていると、ゼルマを呼ぶ声が聞こえてきました。]
あら、ドミニクさん。
お食事の準備は、できているようですわ。
ご用意しましょうか?
おや? ドロテアにドミニクもやってきたのか。
[いつの間にか宿屋は、随分と賑やかになっていました。
テーブルを見れば、神父が舟を漕いでいる様子です]
ホホ、みんな狼が怖い訳でもなかろうに。
[しかし、肝心のホラントの姿は、そこにはないようです]
[木こりが宿に入ると、ドロテアが牧師を見ているようでした。
そして片隅にゼルマがたたんでくれたらしい、上着が一つ置いてあります。]
……爺さんの上着、だっけ。
かけてくれたんだったかな。
[後で返さないといけないと思っていると、後ろから声がかかります。]
[ゼルマが宿に人が来たのに気づいたのはヴァイスが居なくなってしまったからでした。それほどに掃除に集中していたのです。]
あら。誰か来たのかしら?
[階段をえっちらおっちらと降りて遅ればせながら出迎えます。
入口には幾人もの人がやってきていました。]
まあ、こんな時間に勢ぞろいして、しかも組み合わせが珍しいわね。まあともかく入って頂戴。
おやおや。
牧師殿はお疲れかな。
[メルセデスが眠っているのに気付いて、旅人は口許を緩めました。
それからとんがりぼうしを脱いで、宿屋に来ていたひとたちに、ぺこりと頭を下げます。]
おう、ドロテアさん頼む。
[申し出に木こりは頷きます。
調理器具を壊したら怒られそうだと思っているのです。]
狼より、ゼルマさんの飯を食いっぱぐれる方が怖え。
あら、御隠居様。
それに、皆様お揃いですのね。
[やって来た人たちに、丁寧にお辞儀をします。]
ゼルマ様、食事の準備をするなら、お手伝いいたしますわ。
牧師様も、お休み中ですし。
[それから、降りてきたゼルマに向けてこう申し出ます。]
おや、ドミニク。
改まってどうしたね。
[頭を下げるドミニクに、おじいさんはのんびりとした調子で言いました。
そして、頭を上げてというように、肩をぽんぽんと叩きます]
ま、これに懲りたら、お酒はほどほどにするんじゃぞ。
[他人の事は言えないおじいさんです。
そして、顔はニコニコと微笑んでいましたが、その奥にはどうも含むものがあるようでした]
…おう。
牧師さんはちょこまか動くからなあ。
ゼルマさんの飯、食べに来た。
[頭を下げるルイに、短い挨拶を返します。
余計なことを言うのはいつものことです。
ゼルマが降りてきたのを見て、木こりは手を洗うのでした。]
[老人や旅人と連れ立って宿までつくと、羊飼いは、羊毛とチーズを倉庫と食料庫に仕舞いました。女将さんが留守の時は勝手に置いていけばいい約束になっているのです]
やあ、にぎやかになったね。おいらにも食事を頼むよドロテア。
[倉庫から戻ってきて、人の姿が増えているのを見ると、羊飼いは顔見知りに挨拶しながらテーブルにつきました。もちろん子羊も一緒です]
そりゃあ同感じゃなあ。
[狼より食いっぱぐれが怖いというドミニクに、深く頷きを返します。
そして、ドロテアやゼルマが食事の支度をするのを、いつもの席でのんびりと待っています]
[入ってと言ってもルイ以外は村の人ですから、案内を請うまでもなく、てんでんばらばらにロビーや食堂におりました。]
うん、構わないわ。食事はすぐ準備できるけど、その前にみんなに聞いてほしいことがあったから。
女将さんの行方が、知れないの。牧師様が食事を上がっている間に最後の報せが届いてね。あたしの思い当たる場所のどこにも尋ねあたらなかったの。
[いつしか賑やかになった宿。
人々の話し声が聞こえて
眠りかけていた牧師は目を覚まします]
……あれ?
[牧師はきょろきょろと周囲を見回して
ばつの悪そうな表情を浮かべるのでした]
まるでこまねずみだな。
[ドミニクの物言いに返した旅人のことばを、ちょうど起きたようすの本人は聞いていたのやら。
ともあれゼルマのことばにうなずいて、旅人も近くの席に座るのでした。]
[ドロテアの小さな笑いとベリエスの同意を受け、木こりは椅子に座ります。
酒ではなく水を杯に注いだのはちゃんと懲りた証拠でした。
ゼルマの話にはいかつい顔を顰めます。]
女将さんが?
……まさか、狼か。
明日の朝にでも、オイラ森を見ておく。
……え?
[ゼルマの話す、女将さんの話にきょとん、と瞬きます。
けれど、続いた言葉に、違う驚きが浮かびました。]
……ツィンカ、行ってしまったのですか?
あ、はい……わかりました。
[頷く様子は、誰が見てもはっきりわかるくらい、しゅん、としたものになっています。]
おや、そうだったのかい。
[おじいさんは、ゼルマの言葉に驚いた後、自分も悲しいという顔をします]
ふうむ。手掛かりもなく消えてしまったんかのう……。
[そう呟くと、今度はドロテアへ声を掛けるゼルマを不思議そうに見詰めました]
ツィンカ? 昔この村に住んでいたとかいう……。
[けれどどうして今、そんな事を言いつけたのでしょう。
気にはなりますが、聞いて良いものかわからないと、困ってしまいました]
行方知れずだって。
[座ったところで聞こえたゼルマの声に、旅人は眉を上げました。]
宿屋の主人が長らく不在だなんて、おかしいとは思っていたが。
どうしてしまったのだろうな。
女将さんは道に迷うような人でもないしなあ。
狼ってドミニク、最近近くで見かけたのかい?そういやホラントも、狼がいるとかなんとか言ってたけど。
[急に牧場の羊達が心配になって、羊飼いはそわそわし始めました]
狼、なぁ……。
けれど狼が原因なら、もう少し早く……その、わかるんじゃないかねぇ。
[どうしてわかるのか、おじいさんは言いませんでした。
食事がまずくなってしまうのは、誰にとっても残念なことです]
[こちらへ向いていた視線の主が
何を思っていたのか、牧師は知りません]
えぇと、何かあったのですか?
[牧師はその場を取り繕おうとします。
木こりに告げられた一言に、
牧師は目を丸くして老女の顔を見やります]
そんな……。
女将さんが宿を放ってどこかへ行くなんて、考えられません。
[誰かから狼という単語が聞こえると
牧師は一度身を震わせました]
[やがて食事を出されると、大急ぎでおなかに詰め込んで、羊飼いは夜道を牧場へと戻って行きました。あんまり急いでいたのでおやすみの挨拶もろくろく出来ないほどでした**]
オイラは見てない。
けれど、ホラントから狼の噂が出た。
何か獣がいるのかもしれん。
[そわそわする羊飼いに木こりは唸りました。
野犬や他の獣でも十分怖いと木こりは言うのです。]
……とにかく、わたくし、二階を見てまいりますわ。
[ちいさな声で呟くように言うと、二階へと向かいます。
目を覚ました牧師様には、丁寧な礼をして。
いつもと違って、落ち着かない様子で階段を駆け上がりました。]
もう。
外のお話、聞きたかったのに。
[一人きりになると、ちいさく、ちいさく呟きます。
女将さんの事も、心配でしたけれど。
今は、次にいつ会えるかわからない、友達の事で胸がいっぱいなようでした。**]
狼が。
まさか、ただのうわさ話じゃあないのか。
[旅人は不安そうな人々を見回しました。
賑やかだった宿は、今や別の空気に包まれてしまっています。]
……爺さん。
だけど、見て何もないなら一番だ。
[老人が言われなかったことに木こりは同意を返します。
二階へ上がっていくドロテアを見た視線には、ツィンカも同様になにかあったかもしれないとの懸念がありました。
そして羊飼いと同じく急いで食事をし、日が昇る前に起きる為に早く小屋に戻って寝たのでした。]
[ツィンカという名前に、
牧師はすぐに心当たる事はありませんでしたが
ドロテアにはぺこ、と丁寧な礼を返して
二階へ駆け上がっていく後姿を見送ります。
ドミニクたちの話を聞いて、牧師は小さな声を搾り出します]
それって……女将さんが、狼に?
そんなこと、ないですよ。ありえません。
[牧師は動揺して、がたんと大きな音を立てて椅子から転げ落ちます]
……そう、ただの噂話じゃよ。
惑わされてはならん。一番恐ろしいものは、人の心に住むのじゃよ。
[旅人にそう答えたおじいさんは、ふと噂の出所の男を思い出しました]
しかし、そのホラントは何処へ行ったんじゃ?
あんな事を言っておいて、また夜遅くにまで出歩いているんじゃなかろうな。
[女将さんの事も心配ですが、ホラントに何かあれば、アナが悲しんでしまいます]
帰り道で見掛けたら、よおく言い聞かせねばならんのう。
女将さんを探しに
森に……行かなくちゃ。
[牧師はつぶやきながら、宿の床を這いずり
やがてよろよろと立ち上がると、
急いで宿を飛び出して*行くのでした*]
[獲物を求めて森へと向かう途中
呟くような声が聞こえます]
いつものことだな。
まあ、処刑される前に、全員喰ってしまえばいいだけのこと。
おや、牧師どの?
こんな時間に森へ行っては危険じゃぞい!
[おじいさんはそう声をかけましたが、年寄りの足では若い牧師に追い付けません]
やれやれ……。
仕方ない、わしはほっつき歩いてるけしからん子を探しながら、家に帰るとするかのう。
[おじいさんの体では、とてもとても森まで行く気にはなれません。
ゼルマに料理のお礼を言って、桶にきちんと片付けた後、おじいさんはいつもより注意深い足取りで、帰りの道を辿りました。
しかし、ホラントのあのランタンの光は、とうとう見つかることはなかったのです**]
大丈夫か、牧師殿。
[転げ落ちた牧師に旅人は言って、けれど今度は笑うことはありませんでした。
宿を飛び出していくのを、追い掛ける間もなく見送ります。]
人の心にすむ・・・か。
[旅人はベリエスのことばを小さく繰り返しました。
テーブルの上を見つめます。]
ホラント殿は、昨日の夜見たきりだな。
何もないといいが。
[旅人は最近来たばかりですから、滅多に会わないのも無理はありませんけれど。
そんな状況でも食事が来たならば、旅人は残さずきれいに食べて、片付けまで済ませるのでした。]
ホホ、まったくもってその通り。
さあて、老いぼれの足で、今宵の食事に間に合うかのう?
[おじいさんの姿をした狼は、誰もいないのを確かめた後、帰りの道を外れて森の方へと向かいました。
さて、もう一匹の狼は、首尾よく獲物を捕まえたでしょうか?
おじいさんが、消えてしまったランタンを見付けるのは、もう少し先のこと**]
[部屋に戻る前に、旅人は月を見上げます。]
狼も、月を好むのだったか。
[そんなことを言っていると、遠くから声が聞こえてきました。
狼の遠吠えのようです。]
まさかな。
[旅人はふるふると首を振って、部屋へと引っ込みました。
お月様はあいかわらず、少し気味が悪いくらいに*きれいなのでした。*]
[羊飼いの別れの挨拶も
椅子から落ちた牧師を気遣う旅人の言葉も
ご隠居の忠告も
動揺した牧師の耳には届いていませんでした]
[空の食器もそのままに、
牧師が駆けて行く先には、暗い森が口を開けて待っています]
どこですかぁ。
いたら、返事をしてくださあい。
[牧師はそうして、森の中を探し続けるのです。
明け方には、木の陰に眠る少女の姿を見つけること*でしょう*]
さあ、どこにいる?
出ておいで、こっちの水は、甘いぞ。
[ごちそうを探す声と、その後の歓喜の声は
狼の遠吠えとなって
月の明かりが届かぬ、黒い森の中に響くの*でした*]
[次の日の朝、日の昇る前の時刻に木こりは起き出しました。
しっかりと身支度して小屋を出ます。]
……牧師さん、無事だかなあ。
ちょこまかしてっからちゃんと木の上に逃げてるよな。
[昨夜、皆の制止を振り切り消えた牧師を案じつつ、木こりは黒い森を順序だてて巡ります。
まだ空は薄暗いのに、鴉が騒がしく鳴いていました。]
[ご馳走ご馳走、と鴉が黒い森の上空で騒いでいます。
木こりがそこに辿り着いた時、残っていたのは地面の染み。
そして衣服の欠片と粉々になったランタンだけでした。
その持ち主が誰かは、村の者なら誰でも知っています。]
……ホラント、だな。
獣…いんや、狼にやられたんじゃねえ。
[獣は"魔法の"ランタンを粉々にしたりしません。
木こりは口を引き結び、ずた袋に全てを詰め込みます。
大きな背のザックで薬箱と酒が悲しげな音を立てました。**]
……蛍?
いえ、あんな所に蛍がいるはずがありませんね。幻覚でしょうか。
[歩き疲れた牧師は、ランタンの灯りに引き寄せられる蛾のように、ふらふら。
木の根元で、倒れた少女の姿を見つけます。
少女の顔を覗き込んで、すやすやと立てられる寝息を確認しました]
どうやら眠っているだけのようですね。
……どうしましょうか。
[牧師はしばらく悩んだ後、起こさないようにそぉっと少女を背中に抱えます。
女将さんの捜索は、一時中断。ゆらり、ゆらり、牧師の背中が揺り籠のように揺れます。
森の中にてんてんと続くパンの道を通って、村の宿屋へと向かったの*でした*]
[ツィンカのいた部屋を確かめて、下に戻ると牧師様の姿はありませんでした。]
あの、何が……。
[女将さんを探しに飛び出した事は、場にいた誰かが教えてくれたでしょう。
心配で、眉がきゅ、と寄りました。]
どちらもご無事なら、よいのですけれど。
……わたくし、教会に戻りますわ。
もしかしたら、女将さんが訪ねてこられるかも知れませんし。
[危ないから、と引き止められるかもしれませんけれど、大丈夫です、と気丈に返して買い物籠を抱えます。]
……月……。
[外に出て、最初に目に入ったのは空の月でした。
とても綺麗なのに、その光には何だか不安を感じます。]
……大丈夫。
きっと、大丈夫。
[ちいさく呟くと、買い物籠を抱きしめるようにして歩き出します。
そうして、教会までもう少しという所まで来た時、不意に小さなひかりが目の前を横切りました。]
あら、これは……。
[ひかりはするりと釣り鐘型の花に入り込みます。
りん、りりん。
鈴が転がるような音。
薄紫の花が、綺麗な白に染まりました。]
これは……。
どこに、行っていたの?
[一つ、二つ瞬きながら呟くと、白くなった花はほわ、ほわりと瞬きます。
ふわふわしたひかりは、同じように白くてふわふわしたものを思い出させました。]
……もう。
勝手に飛んで行っては、ダメ。
[いさめるような声で言うと、教会へと戻ります。
誰もいない教会は、とても静かでした。**]
〜 宿の一室 〜
〔月が沈んで、どれだけが経っただろう。
太陽が出て、きっとしばらく経った頃。
ぱちりと目を覚ましたアナは、そこが家ではなく、森でもないことに不思議顔。ぐるりと巡った視線は、机の上に置かれたランタンを見つける。
一晩を過ぎても、青白い炎はともったままでいた。〕
……あ。
〔まばたきもせずに炎を見ていたけれど、ちいさく声をもらすアナ。
ベッドから、とん、と降りて、ランタンに手を伸ばす。触れたとたんに、まるで役目を終えたみたいに、灯りは消えてしまった。そっと持ち上げると、まだ残っている油が、小さく揺れる。
髪を結び直して、服のしわを伸ばして、アナは部屋の外に出ていった。〕
〔さて、はじめに会うのは誰だろう。
宿に泊まっているお客か、訪れた村人か、女将の代わりをする人か。
ともかく、誰かの顔を見るなり、アナはこう言うんだ。〕
あの。
お兄ちゃん、
お兄ちゃんのからだ、
どこにいるか、知りませんか?
〔とっても真剣に、涙ひとつ見せないで。**〕
[ゴーン、ゴーン、教会の鐘が鳴ります。
それにあわせて黒い森の鴉たちも鳴いています。
教会には中身の少ない棺が置かれていました。
棺を作るのも小さな村での木こりの仕事だからです。]
[宿の女将は、どこ行った。
宿の女将は、どこ行った。
牧師は少女を宿へと送り届け
その寝顔をしばらく見つめた後、
眠そうにあくびをして、眸をごしりと擦ります。
宿の女将は、もういない。
宿の女将は、もういない
青白い炎を一瞥すると、牧師は教会へと帰って行ったのです]
[村のはずれの教会に
ホラントさんがやってきた。
小さくなって、やってきた。
木こりを連れてやってきた。
何も言わずに、やってきた]
占い師、霊能者?
何ですか、それは。
[教会を訪れた木こりの言葉に、牧師はとても不思議そうです]
[弔いの鐘の音が、
ホラントさんの噂話よりも速く、大きく
黒い森へと響き渡ります]
狼退治ならば、ドミニクさんの方が本職でしょう。
それか、羊飼いのアルベリヒさんがお詳しいかと。
[牧師は困ったように、木こりの言葉に答えます]
私にできるのは、こうして可哀想な死者を弔うことと
狼が早く退治されるよう、
神様にお祈りすることだけなのです。
[牧師は己の非力を嘆きます。
ホラントさんは、もういない。
ホラントさんは、もういない。
ホラントさんは、函の中。
ホラントさんは、*土の中*]
そうさ、ホラントが言ってた。
噂聞いたやつの中にいるってな。
何するやつかは聞いてねえ。
人狼ってのはどんなんだ。
尻尾が影についてんのか。
ただの狼ならオイラも分かる。
人の狼はわかんねえ。
オイラの代わりに祈ってくれや。
牧師さんに斧は似合わねえ。
[木こりは牧師にそう言い残し、のそりと動き出すのです。
影の中に尻尾を求め、厳つい顔は顰め面。**]
−−宿屋−−
[ゼルマは教会の鐘が鳴らされるのを聞きました。
いつもと違うその音色は、村で一番年かさの自分が聞くことはあるまいと思ったものでした。]
なんてこと。いったい誰? まさか、女将さん?
[ともかく、教会に行かなければなりません。
ゼルマは黒のヴェールを探し出すと慌てて教会に向かいました。]
[鐘の音が、離れた場所の宿にまで響きます。]
あれは教会の鐘かな。
[祝福には聞こえない音でした。
旅人は身なりを整えて、ロビーへと降りて行きました。]
[その途中だったか、廊下だったか、旅人は少女を見つけました。
旅人は少し前に、その少女が宿から帰るところを見ていました。]
どうかしたか。
[少女は不思議な問いをしてきます。
旅人はまず、お兄ちゃんがだれだか分からないと首をかしげて、]
ホラント殿は、おとといの夜から見ていないな。
[それが分かったあとも、本人ではなく『からだ』ということばに不思議そうにしながらも、やっぱり首を振るのでした。]
少し待っているといい。
ホラント殿か、知っている人が来るかもしれない。
[まさかホラントが鐘の原因だなんて思わないようすで、旅人は言って、少女をロビーのいすに座らせます。
ゼルマは出ているようでしたので、旅人は台所で悪戦苦闘した後、少女に*お茶を出すのでした。*]
〔響いて、消える、鐘の音。
旅人の答えを聞いて、アナは残念そうにしたけれど、ランタンを抱いて素直にロビーについていく。
お茶が出されるまでの間、窓の外を眺めていたアナは、黒を纏った誰かが教会に駆けていくのを見た。〕
ああ、そっか。
〔そうして、なんだかほっとしたように呟いた。
空っぽのランタンは、机の上に置かれる。〕
ありがとうございます、旅人さん。
〔戻ってきた旅人の出したお茶。
湯気が立ちのぼって、あたたかい。〕
あのね、お兄ちゃんは、きっと、教会にいるんです。
お父さんとお母さんのときが、そうだったから。
〔晴れた空。飛ぶ鳥はどんな鳴き声、していたろう。〕
旅人さん、お名前、なんですか?
アナは、アナって呼ばれています。
〔遅れての自己紹介。
はじめましての人と普段通りにおはなしして、お腹が空いていないかと聞くと、勝手にごはんを用意し始めた。
パンにジャム、ハムとチーズ、いつもと同じメニュー。
いつもと違うのは、なんだっけ?〕
〔食べ終わって、ごちそうさまをして、後かたづけをして。
それからアナは、言い出した。〕
アナ、そろそろお家に帰ります。
お着替えしなくっちゃいけないから。
〔ぺこりとお辞儀。
またねとご挨拶をして、明るい道を、ランタン揺らして帰っていくんだった。**〕
[教会に向かう途中でドミニクと擦れ違いました。]
まぁ、ホラントが。
[ドミニクは人狼をやっつけるのは俺の仕事かもな、と言いました。]
だけど、どうして見つけるの?
[そう言ったゼルマにも、見つけ方など分からないのでした。]
−−教会−−
[足音を忍ばせて教会に入ったゼルマは、祈りを捧げる牧師の後ろから、そっと棺の中を覗き込みました。]
え。
[中にはどす黒く汚れた布の切れ端とほんのわずかばかりの何か、それだけでした。
ゼルマは牧師に声を掛けることも出来ず、ぺたりとその場に*座り込んでしまいました。*]
[牧師は木こりの言葉に頷きます。
そうして、木こりの影を見て、自分の影を見て。
どちらにも尻尾が見えないことを、確認するのでした]
はい、ドミニクさん。
どうか、お気をつけて。
[木こりが去った後、いまだ埋葬されていない棺の前で
牧師はお祈りの言葉を捧げていました。
突然、背後で人の気配と声がします。牧師が振り返ると]
おや、ゼルマさん。
[老女がころりんこしています。
牧師は彼女が立ち上がるのを手伝おうと、右の手を*差し伸べました*]
ボクは、ルイという。
[アナと言った少女に、旅人も自己紹介をします。
それからお話して、ご飯を食べて、後片付けをしました。
その間アナにいつもと変わったところがあったとしても、アナと話すのはこれが初めてですから、旅人には分かりません。]
そうか。
気をつけて。
[やがてランタンを揺らして帰って行くアナを、旅人は見送りました。]
[真っ青な空を、真っ黒な鳥が飛んで行きます。]
教会か。
不幸があったのかな。
[アナは教会にいるとしか言いませんでしたから、旅人はだれのお葬式なのかなんて知らないようすです。
少し考えてから、旅人は宿に入って行きました。]
[旅人は教会には行きません。
亡くなった人をお空に見送るための黒い服も持っていませんし、なによりよそ者が列に並んだりしたら、神様に怒られてしまうかもしれないからです。]
食事でも作るか。
だれか来るかも知れないから。
[ですから代わりに、旅人は台所に入っていきました。
悪戦苦闘したあとに出来上がるのはきっと、いつもゼルマが作ってくれるものより*さみしいのでしょうけれど。*]
[牧師さまに声を掛けられて、老婆は我に返りました。まだその場からは動けませんでしたが牧師から話を聞くにつけ、少しだけ落ち着いたゼルマでした。]
ホラントもアナを遺すなんて、、、可哀想に。
牧師様、昨日の今日でアレですが、熊とか虎とかの仕業なのよね?
[老婆は牧師に尋ねましたがはっきりした答えを聞くことはできませんでした。
ゼルマも薄々は分かっていたでしょう。誰かに違うと言ってほしかっただけなのかもしれません。]
[眠れない夜が明けました。
誰か訪ねてきたらと思っていたから、ですけれど。
眠るのが怖かったのかも知れません。
やがて光が差し込んで、それがこころを静めてくれました。]
……大丈夫、かしら。
[ちいさく呟いて、いつものようにお仕事を始めます。
やがて牧師様が戻られ、それから。]
……ホラントさん……が?
[木こりに運ばれてきた、幾つかのもの。
眼鏡の向こうで瞳が伏せられました。]
……占い師。霊能者。
[ドミニクの問いかけ。ちいさな声で、繰り返します。
けれど、それに何か答えるよりも先に、木こりは行ってしまいました。]
……わたくし、ちょっと、出かけてまいります。
アナちゃんの事も、気がかりですし。
[祈りを捧げる牧師様にこう言って、教会を出たのはゼルマが訪れるより前の事でした。]
……ああ。
どうしましょう。
どうすれば。
[村の方へと歩きながら、ちいさな声で呟きます。]
今までは、何もなかったのに。
[声は少し、泣きそうですけれど。教会へと向かう人とすれ違うときは、頑張ってそれを隠そうとします。]
……お話しなければならないのでしょうけれど、でも。
何方にお話すれば。
〜 ××××とアナの家 〜
〔ちいさな家は、今日はやけに広かった。
りっぱな鏡のまえで、アナはじぶんとにらめっこ。黒い服に、黒い帽子。靴も黒くて、いつもと同じなのはリボンだけ。〕
よし、これで、いいかな?
〔振り返って、尋ねるアナ。
その先に人はいなくて、物音ひとつ、しやしない。〕
〔アナは満足したふうに頷くと、ランタンと籠を持って、ぱたぱたと家を出ていった。〕
お花、摘んでいこうっと。
〔向かう先は、村はずれ。
村の道を歩いていく。
黒ずくめのアナは、よく目立っていたけれど、通りかかる人は少ないし、誰もがアナから目を逸らすんだった。〕
[ぼんやりと、考え事をしながら進む道。
ふと、前を見ると、黒ずくめの姿が見えました。]
あれは……アナちゃん?
[ちいさな声で呟くと、少し、足を速めてそちらへ近づきます。]
[くるり、振り向く様子は、いつもと変わらないようにも見えて。
ほんの少し戸惑いながら、きょとり、と瞬きます。]
ああ、昨日の事はいいのよ?
……これから、教会に行くのかしら。
お花を摘んでから、行こうと思ってました。
お兄ちゃん、いらないって言いそうだけれど。
〔困ったように笑うアナ。
腕から提げた籠の中は、まだ空っぽ。もう片手のランタンの中も、空っぽだ。〕
あ……っ、きれいなお花!
どこで、見つけたんですか?
――翌朝――
[次の日も、お日さまはいつもと同じように昇ってきました。けれど、なんだか村の雰囲気は、いつもと違うようなのです。
かあん、かあん。教会の鐘は、誰かがいなくなった時の音。
そして、村を行く人々は、みんな黒い服を着て、俯いて歩くのでした]
おお……なんという事じゃ、ホラントが。
[その知らせが入った時、おじいさんはがっくりとした様子で呟きました]
昨日のうちに、もっときちんと探しておくべきじゃった……。
[おじいさんは項垂れたまま、けれど最後のお別れをするために、教会へと急ぐのでした]
そうね、お花はあった方がいいわ。
あら、いらない、だなんて、そんな。
大切な気持ちなのに。
[何気なく答えてから、一つ、瞬きます。
何か、引っかかるような気がしたのは気のせいでしょうか。]
え? ああ……これ?
ううん……これのある場所は、教えてあげられないの。
そうなんですか? 残念。
〔アナは眉を下げて、しょんぼり顔。〕
村のはずれに行ったら、あるのかな。
とりあえず、いってきます。
早くしないと、お兄ちゃんのからだ、会えなくなっちゃう。
ごめんなさいね。
[しょんぼりするアナに、ちょっとだけ困ったように笑いかけます。]
ええ、いってらっしゃい……。
[早くしないと、という言葉に頷きますけれど。
『からだ』という言い方は、何だか不思議に思えました。]
――教会――
[おじいさんが教会に辿り着いた時、棺はまだ土の中に入れられる前でした]
可哀想にのう……まだ若かったのに……。
[すぐそばには、もう一人のお年寄りであるゼルマがいました]
わしらより先に天に召される者がいるとは、思わんかったわい。
アリーにベリー、シリーにデリー、イリーに…おいおい、エリーにフリー、あんまり遠くに行っちゃだめだぞ?
[狼は怖いけれど、羊飼いはいつもの丘に羊の放牧に出掛けていました。だって青々とした草を羊に食べさせる事は、真っ白でふかふかな羊毛や、美味しいチーズの為には欠かせないのです]
やれやれ、今日も羊達は落ち着かないな。おいらもちょっと落ち着かない気分だけれど。
おや?あの鐘の音は…?
[宿の中は静かです。
旅人は食事を作り終えると、テーブルの上に置いて、上から布をかぶせておきました。
きっとまずくはないのですけれど、いつもと比べると量も見た目も物足りないかも知れません。
旅人は先にアナと一緒に食べていましたから、それらには手をつけないまま、宿から外に出て行きました。]
[駆けて行くアナを見送った後、しばらくそこに立ち尽くします。]
『からだ』。『からだ』って?
……どうして、そんな言い方するのかしら?
[考えても、答えは出ないのですけれど。]
誰が亡くなったんだろう?
まさか、女将さんが?
いやいや、まさかそんな…
ほーい!ほーい!アリー、ベリー、シリー、デリー、イリー、エリー、フリー、みんな帰るぞ、大急ぎだ!
[慌てて牧場に帰り着くと、羊達を大急ぎで小屋に入れて、羊飼いは一張羅の黒い上着を羽織って村への道を辿ります。小屋から抜け出した子羊のエリーとフリーが、とっとこ後を追って来ましたが、気付く余裕も無いのでした]
まさかまさか、狼なんかいるわけないよ。
狼が人を襲うなんてあるわけないよ。
狼…いいや、ジンロウだって?
[擦れ違った村人がひそひそと噂しているのを耳にして、羊飼いはぽかんと口を開けました]
そんな…だってあれは、ホラントの、ほら話だろう?
[静かなのは宿の中だけではありませんでした。]
小さな村だからな。
それにしても急だけれど。
一体、だれが亡くなったんだろう。
[呟いてから、旅人はふと立ち止まります。
村人たちのうわさ話が聞こえて来たからです。]
『人狼』。
……ああ、それよりも、わたくし自身の事ですわね。
本当に、どうしましょうか……。
[小さく呟くと、歩き始めます。
足取りは、どこか覚束ないかも知れませんけど。]
まさか。
ベリエス殿も言っていたではないか。
惑わされてはいけないと。
[そう言いながらも、旅人はマントの内側に手を入れました。
そこにはいつも隠して持っている短剣がありました。
旅をするのにはなにかと役に立つのです。]
おや。
[ふと人の姿が見えたので、旅人は剣から手を離しました。]
〔村外れの丘にたどり着いたアナは、しゃがみこんで、花を摘む。残念ながら、ドロテアの持っていた花はないみたい。白の代わりにとりどりの花で籠を飾っていく。〕
今日は、みんな、いないのかな?
〔いっぱいになった頃、しずかな丘に首を傾げるアナ。
教会に行く前に、少し、寄り道。
けれど牧場に羊飼いはいないようで、小屋のほうから鳴き声が聞こえるくらいだった。〕
さあて、今晩の獲物は誰にしようかのう。
[棺の中からは、まだかすかに素敵なジュースの香りがしていました。
狼の鼻は、それを嗅ぎ分けてひくひくと動いています]
[道を歩いていくと、村人たちの囁き交わす声が聞こえます。]
……話も、だいぶ、広がっているのですね。
[小さな村だけに、噂が広まるのも早いのでしょう。]
他の話も、伝わっているのかしら。
[少しだけ不安げに呟いた時、黒をまとわない人の姿が目に入りました。]
……あ、あら。ルイさん。
[木こりは村の中をゆっくりゆっくり巡ります。
ホラントのことを問われれば、教会を顎でさしました。
元々少ない愛想は殆ど残っていません。
やがて人影の見える丘を上っていきます。]
…アナ。
ホラントへ持ってくなら急いだ方がいい。
……?
誰かも、いないのね。
〔羊たちの声を聞いていたアナは、ふと、ぽつんと呟いた。〕
ついて行っちゃったのかな。
〔それから戻ろうとするときに、ドミニクが声をかけてきた。〕
あ、木こりさん。
木こりさんも、お花を摘みに来たんですか?
〔こんにちは、のんびりお辞儀をしたアナは、今日はびっくりしたりせずに、おおきな男を見あげた。〕
[旅人はいつもの格好です。
ドロテアに丁寧なお辞儀をされましたので、旅人もぼうしを脱いで頭を下げます。]
なんだか、おぼつかなく見えたものだから。
大丈夫か。
とはいっても、この状況では仕方ないのかもしれないが。
[旅人は周りを見ながら言いました。]
え? ええ、大丈夫ですわ。
[問いかけに、精一杯笑って見せますけど。
疲れているのは、きっと、すぐにわかってしまうでしょう。]
まさか、こんな事になるなんて。
……もう、本当に。どうしていいのか……。
[アナの服装を見れば、向かう先は分かります。
そうでなくともたったふたりの兄妹なのです。
服の欠片、ランタンの破片でも会いたいだろうと木こりは思ったのでした。]
[ホラントの棺の前で、おじいさんはぽつりと呟きます]
しかし、困ったことじゃ。
村のみんなはどう思っているのやら。
まさか見知った顔を疑っているのではあるまいのう?
[困った困ったと、おじいさんは首を振ります。
そして、ホラントがお墓に行くまでもう少し時間があるのなら、村の様子を見に行くことでしょう]
無理はしないほうがいい。
[疲れているような笑顔に、旅人はあっさりと言いました。]
たしかに、だれだかは知らないが、ずいぶんと急だったな。
人狼のうわさもあるようだし。
お別れ。
〔アナはドミニクのことばを繰り返す。
ちょっぴり首をかしげてから、ゆっくり歩きだした。丘を下ってゆく道を。〕
お別れは、もうしたから、だいじょうぶ。
アナが起きるまでは、そばにいてくれたもの。
起きたらすぐ行っちゃうなんて、せっかちだけれど、お兄ちゃん。
〔そばを過ぎて少しして、アナはくるり振り向いた。〕
木こりさんは、お兄ちゃんのからだと、会ったんですね。どんな、ふうでしたか?
[ゼルマはいつのまにか隣にいるベリエスを見て、心を強くしました。]
ホラントも可哀想に……それにしても寒くなってきたかしら。
[問わず語りにそう言うと、ぶるっと身を縮めました。
雷鳴が轟き、黒雲が迫っておりました。]
[あっさりと言われてしまい、困ったように笑いました。]
……亡くなられたのは、ホラントさんです。
そして……多分、噂は噂では……ないのですわ。
[ちいさく呟いて、籠に挿した花を見ます。]
えっ。
[老人の発した言葉にぎょっとしたのです。]
ベリエス、村の人を疑うって、何をいって、、、
[『ヒトニ、バケル、ケモノ』という言葉が頭の中に過ったのです。
そういうことだったのです。]
[羊飼いはとぼとぼと教会への道を歩いています。子羊が二匹、とことことその後をついていきます]
ああ、なんてこった。
[空に広がる黒雲のように、羊飼いの顔も暗いのでした]
む……そうじゃのう。これは一雨来そうかの?
ほれ、良かったら使いなさい。
[おじいさんは、自分の首に巻いていたマフラーをゼルマへ渡します]
まだ教会に来ていない者らが心配じゃ。雨に濡れなければ良いが……。
[沈んだ心に、雨の冷たさは響くことでしょう]
そばに……いた?
[木こりは今朝、ホラントの無残な姿を見つけたのです。
いったいいついたというのか、アナの言葉がわかりません。
後ろをのっしのしとついて行きながら顔を顰めます。]
オイラが見つけたのは地面の染みと、服の欠片と"壊された"ランタンだった。
……からだはもう、なかったさ。
[どこへ消えたのかは触れず、振り返る少女に答えます。]
人狼の恐ろしい所は、昼間は人間の振りをしている所じゃよ。
そしてもっと恐ろしい所は、ごく普通の真っ当な人間までもが、人狼ではないかと疑われることなのじゃ。
[おじいさんは言いましたが、ゼルマが驚いているのを見て、それ以上話すのをやめました]
脅かしてすまんかったのう。
わしはこの村の皆を信じとるよ。
[教会に着くと、羊飼いは帽子を取って、聖句を唱えました]
ああ、牧師さん、ベリエスさんにゼルマさんも、おいらホラントがって…聞いて……
ああ、なんてこったホラント。
なんだってこんなことになっちまったんだ?
[おいおいと羊飼いは泣きました。羊飼いの足下で、二匹の子羊もめえめえと悲し気に泣きました]
ホラント殿だって。
[旅人はびっくりしたように言いました。]
少し前に見た時は、元気に見えたというのに。
一体・・・
[旅人は言いかけたことばを途中で止めて、うつむいたドロテアを見つめます。
ドロテアのことばが、なんだか妙に説得力があるように聞こえたからです。]
人狼が、本当にいるというのか。
アルベリヒ……。
[声を詰まらせるアルベリヒを、おじいさんは気の毒そうな目で見詰めます]
まさか本当にこんな事が起きるとは……。
昨日の夜、きちんとホラントを見付けてやらなかったのが悪いんかのう……。
[そうして木こりは教会までは少女についていきました。
葬列には並ばず、離れた場所の影に立っています。
雨に濡れようとも、木こりは気にしません。
人狼の噂を聞いた人々をじっと見つめているのです。
ベリエスの想いと裏腹に木こりは人狼の影を探すのでした。**]
[ルイの疑問の声に、小さく、ちいさく頷きました。]
……亡くなったお母さまに、そう、聞かされていました。
わたくしのおばあさまは、『力』を人狼に知られて、たべられてしまったの、と。
[小さな声は、ぎりぎり、ルイに届くか届かないか、というくらいです。]
[しばらく涙を棺に注いでから、羊飼いは腫れた目を隠すように帽子を被って、ベリエスに向き直りました]
ホラントはいつも、あちこち一人でふらふらしていたからね。探そうったって見つからなかっただろうと思うよ。
それに、一緒に居たら一緒に…
[言葉を切って、羊飼いはぶるると身体を震わせました]
なあ、本当に人狼ってのがいるんだろうか?
[問いかけた声は、とっても小さく聞こえました]
[ベリエスが差し出してくれたマフラーを巻いても寒さは治まりません。]
ベリエス。ありがとう。そうね、信じることは大切よね。えぇ。
ルイさん、長いこと留守にしてごめんなさい。
アルベリヒ、あなたはいつも一人だから、無事で良かった。
『力』。
[小さな声を聞き取って、旅人は繰り返します。]
それは。
ホラント殿が言っていた、占い師とか、霊能者とか、いうものかな。
[たずね返す旅人の声も、自然と小さくなるのでした。]
なかったんだ。
壊されてしまったの?
それとも、
食べられてしまったの?
〔きょとんとした顔で、アナはドミニクに問いかけた。でも、その声は、ごろごろと鳴る雷に消されてしまったのか、答えが返ってくることはなかった。
ドミニクに連れられて、アナは教会へと辿りつく。
黒い列に並んだちいさな姿を見て、人々のあいだにさざなみが立つ。
前へ、前へと場所を譲られて、棺の前に来るまではすぐだった。〕
ああゼルマさん。おいらは一人だけど一人じゃないから大丈夫。
[ようやく足下の子羊達に気付いて、二匹を代わる代わる撫でながら、羊飼いは言いました]
それよりアナはどうしてるんだろう?
ホラントがいなくて心細いんじゃないだろうか?
誰か見かけた人がいるかい?
そうじゃのう。わしみたいな力の弱い老いぼれじゃあ、せいぜいホラントの付け合わせにされるが関の山かのう……。
[羊飼いの言葉に、おじいさんはこっくり、頷きます]
人狼……さあのう。わしがこの目で見たことは一度もないんじゃ。
でも、人狼がいるという噂が立って……やがて滅びた村なら知っておる。
[近くのおばあさんを気遣ってか、アルベリヒに答えるのは小さな声です]
[繰り返された言葉にあ、と小さな声を上げますけれど。
言った言葉は戻りませんし、何より。
誰かに聞いて欲しかったのも、本当の気持ちなのでした。]
……ええ、そう、ですわ。
占い師……というと、少し、違うような気もするのですけれど。
この子たちが、教えてくれるのです。
[小さな声にこたえるように、白の花がほわ、ほわりと光ります。]
アナ…
[探していた少女の姿が見えても、いざとなると羊飼いにはかける言葉が見つかりません。代わりに二匹の子羊が、とことこと少女に駆け寄ると、足下に擦り寄って、めえ、と鳴きました]
[もしもゼルマが少しでも冷静さを残していたら、
少し離れたところからじっとホラントの入った棺を見つめるアナの様子に疑問を抱いたことでしょう。
しかし、一杯一杯のゼルマにはその余裕は残っていなかったのです。]
ああ、アナ。あなたの兄さんだよ。最後のお別れをちゃんと言いなさい。
[アナのそばに寄ったのでアルとベリエスの話は聞こえなかったようです。]
ええ、ええ。
きっと熊とか虎とかの仕業でしょう。
[牧師は口ではそう言いながらも、
老女から聞いた話と、ホラントさんの噂話と
タイミングの良さに、薄々と気付いてはいるのです。
ゼルマを宥め、ベリエルが教会を訪れれば、
牧師は埋葬の準備を始めます。
教会を訪れた羊飼いが聖句を唱えると
牧師は神妙な顔つきで、ホラントさんの冥福を祈るのです]
〔そばまで来たのに、アナはしばらく立ち止まっていた。
二匹の羊が近づいてくる。
ゼルマもやってきたけれど、アナはまたたきもせずに、じいっと、棺を見つめていた。
返事をするまでには、ちょっぴり長い間を置いてから、アナは口を開く。〕
お兄ちゃんのからだ、誰が、なくしちゃったの?
人狼が村を滅ぼすんなら、やっぱり人狼を探さないといけないんだろうか?
探してどうにかしないといけないんだろうか?
[小さな小さな声で羊飼いは呟きました]
ああ、でもおいらには出来そうにないよ。
[黒雲はすっかり空を覆っていました]
アナ……。
[おじいさんは、兄に先立たれた妹の姿を見付けました]
どうか、気を強く持っておくれ。
嬢ちゃんは強い子じゃから、きっと大丈夫だと思うがのう……。
[ひとり取り残された女の子に、おじいさんが何を言ってやれるでしょう。
棺の前のアナを、おじいさんは静かに見詰めています]
〔質問が聞こえたのは、誰までだろう。
アナはそう言ったあと、羊たちやゼルマを見もしないで、棺のそばに近づいた。すかすかの、その棺の中身を、大人たちは見せてくれなかったし、アナも見ようとはしなかった。
ほんの少し開いた入り口に、アナはとりどりの花を添えていく。粉々になってしまったランタンも、いっしょに入れてくれるようにお願いしていた。〕
だいじょうぶ。
黒い森の灯りは、アナが、ともすから。
〔帽子の陰になった表情は、他の人に見えはしない。
ただ、ここにいないホラントに約束するように、アナは言ったのだった。
手を組んでお祈りをして、アナはそっと、立ち上がる。〕
[ドロテアの声に合わせるように白い花が光るのを、旅人は少し驚いたような顔で見ていました。]
なるほど。
[やっぱり小さな声で、旅人はうなずきます。]
だれが人狼か、分かるというわけか。
たしかに、人狼は恐れるだろうな。
[それから、確かめるかのようにもう一度つぶやいたのでした。]
ということは、本当にいるのか。
[少しずつ動いていく、黒い列。
牧師はこの先もこうして、誰かを見送るのでしょう。
棺の中身は服の切れ端に、壊れたランタン。
せめて彼の身体の一部でもあれば
ホラントさんについて、わかるかもしれないのに。
雨の降り始めた空を見あげて、
牧師は小さく神への文句をつぶやくのでした]
[ぐしぐしと帽子の影で鼻をすすっていた羊飼いはアナの言葉に顔を上げました]
アナ、森に行くのは危ないよ。
[言ってから、危ないのは森だけではないかもしれないと気付きましたが、羊飼いはその考えを頭の奥に押し込めました]
もっとも、一度に知れるのは、ひとりだけ。
だから、慎重に、隠れていなさい、と言われてきたのです。
[でも、動き出してしまったから。
もう、隠れるだけではいられないのです。]
……ええ。
ホラントさんが、誰にあのお話を聞いたのかはわかりませんけれど。
本当の事、なのですわ。
アナさん、
危ない真似はしてはいけませんよ。
アナさんに何かあったら。
ホラントさんが悲しみます。
[少女の決意のような言葉が耳に届くと、
牧師は彼女を嗜めるように言いました]
探してどうするつもりなのじゃ?
[アルベリヒに問い掛けるおじいさんの目は、少し鋭くなっていました]
それでいいのじゃよ、出来なくて当たり前じゃ。
普通の心を持つ人間なら、そう簡単に誰かを疑うことなど出来ないはずじゃ。
そうでない者は――
……その村が滅びてしまったのはのう、村人たちが、誰の事も信じられなくなったからなのじゃよ。
〔空っぽの籠はそこに置いて、火のついていないランタンを手にしたアナは、まるで、今、ほかのみんなに気づいたみたいな顔をした。〕
エリーにフリー、ゼルマお婆ちゃん。
こんにちは!
〔他の人の姿も見つけたら、同じように、ご挨拶。
にっこり笑って、いつもと同じようにするのだった。〕
アルベリヒさんに、牧師さま。
どうして?
危ないのは、黒い森じゃないもの。
だいじょうぶ。
それに、黒い森には、きっとお兄ちゃんだっているもの。
〔アナは不思議そうな顔をして首をかしげてみせる。
泣いている羊飼いとは違って、涙のあとだって見えなかった。〕
[アナの様子が意外にしっかりして見えたことでゼルマは自分がこんなではいけないと思いました。
そうして、取って付けたように亡くなった兄を見送る列に混じります。]
やはり、探すしかないわね。もしもそれが本当ならば。
[誰にも聞こえないだろう小さな呟きでした。
空が啜り泣くような雨粒を落とし始めており、人々の足音があり、そばに戻ってきたヴァイス以外には聞こえなかったことでしょう。]
[黒い森は、危ないよ。
狼が出るよ、狼が出るよ。
みんなの目から隠れて、狼が狙ってるよ]
ホラントさんが、黒い森に?
[普段と変わらぬ調子で喋る少女に
牧師は複雑な顔をします]
アナさん、森の家に帰るつもりですか?
宿に泊まっても、教会に泊まってもいいんですよ。
……アナ?
[急に元気になってにっこりするアナに、おじいさんは不思議そうな顔をしました。
この教会の中で一番かなしいはずのアナが、一番明るい声を出しているのです]
お兄ちゃん……ホラントが、森に?
どういう事じゃ……ホラントは……
[今は小さな欠片になって、あの棺の中にいるのです。
それを認めようとしない女の子は、まるで――]
……可哀想に。
[おじいさんは誰にも聞こえない声で、そっと呟くのでした]
[ランタンが壊されてしまって、
ホラントが食べられてしまった。
そう木こりが返すことはありませんでした。]
…おう。
[ただ一言そう言ったけど、返事は雷鳴がかき消します。
そうして離れた位置からは棺の前の会話は聞こえません。]
誰も信じられなくなったから…
[羊飼いは、老人の言葉を鸚鵡返しに呟きました]
でも、誰を信じればいいんだろう?
[深い溜め息をついたあと、羊飼いはアナの言葉を聞きました]
ああ、そうだな、ホラントはきっとアナの傍に居るに違いないよ。
[また羊飼いは、ぽろぽろと涙をこぼしました。実のところ、あんまり泣きすぎて、少女の表情も良くは見えていないのでした]
うん。
いなくなっちゃったから、きっと、森にいると思うの。
牧師さま、どうして、森はだめなの?
お兄ちゃんをなくしたものが、いるから?
〔メルセデスの質問には答えずに、アナは反対に、質問をする。〕
誰かを疑うことで、村が滅びてしまう……。
[ご隠居の言葉が、牧師の胸に沁み入ります]
私たちがホラントさんの言葉をもっと真剣に聞いていれば、
こんなことには、ならなかったかもしれません。
アナさんを同じ目に合わせるわけにはいきません。
[牧師は棺と少女に頭を垂れます]
誰かと一緒にいた方が、安全です。
森は暗くて、闇が潜む場所。獣たちのテリトリー。
光は闇に押しつぶされて、消えてしまうのです。
神様の手も、あの森には届きません。
[牧師は少女を説得しようとします]
アルベリヒさん。
お兄ちゃんは、アナのそばにはいないの。
アナが森で眠っているときには、そばにいてくれたけれど。
起きたら、もう、行くって、言っていたから。
〔首を振って、アナはアルベリヒのことばを否定する。
わかるでしょう?って、二匹の羊にも聞いたけれど、彼らには分かるものなんだろうか。〕
そうだな。
あまり、このことは触れ回らないほうがいいだろう。
少なくとも、本当に信頼できる人以外には。
[旅人は小さな声で言いました。
その後のことばにうなずいたところで、ぽつり、空から落ちるものがあります。]
雨か。
[旅人は空を見上げました。
あんなに青かった空は、いつの間にか真っ黒な雲に覆われていました。]
……そりゃあ、わしの決められることではないのう。
心の目と耳で、ようく相手を見詰めるのじゃよ。
[アルベリヒの言葉にはそんな風に答えて。メルセデスの方へと向き直ります]
うむ……ホラントは、森で襲われたのじゃったか。
何故あんな場所へ行ったのか?
わしらが余りに疑うもんじゃから、証拠でも探しに行ったのかのう。
ああ、もっと早く気付いていれば……。
[誰を信じればいいんだろう
そう羊飼いがつぶやく声が聞こえます]
……結局は、自分の信じたい人を
信じるしかないのでしょうね。
[牧師の視線は自然と、葬列から少し離れた場所へ。
雨に濡れた木こりの姿を捉えたのでした]
ああ、ああ、そうなのかい?
そうか、ホラントはもう行ってしまったのか。
それなら、やっぱり一人でいるのは危ないよ、アナ。牧師さんの言うとおり、宿か教会に泊まったほうが…そうだ、おいらのとこに来てもいい。
何か怖いものが来ても羊達が騒いで報せてくれるからね。
[アナの言葉の意味はやっぱり羊飼いには良く判りませんでしたが、牧師さんの心配は尤もだと思ったので、そんな風に提案をしてみました]
[おじいさんが気付いた時には、もうホラントはいなくなっていました。
代わりに素敵なご馳走があったので、おじいさんはありがたく頂きました]
牧師さま。
闇の中に、見える光も、あるんです。
神さまの光とは、違うものだけれど。
〔そう言いはしたものの、牧師の真剣な様子に、アナはそれ以上言うのをやめたみたいだった。でも、首を傾げて、少し、悲しそうな顔。〕
牧師さまは、お兄ちゃんの話、きちんと聞いてはいなかったのね。
……本当に、信頼できる人。そうですわね。
[とはいえ、今はそれを見定めるのも難しいのです。
昨夜、蛍が気まぐれにじゃれつきに行った羊と、その主は、大丈夫とわかってはいるのですけれど。]
……あら、本当に。
[それから、空を見て小さく呟きました。]
ここにいると、濡れてしまいますね。
わたくし、教会に戻りますわ。
……お話、聞いてくださって、ありがとうございます。
[丁寧なお辞儀を一つして、歩き出そうとするのですけれど。
ふと、思った事があって、改めてルイを見つめます。]
あの……一つ、お聞きしてもよろしくて?
[気丈に振る舞うアナを見てゼルマは少し元気を取り戻していました。
ベリエスにもう大丈夫とマフラーを返し、身体に力を入れて棺を見送ります。]
人に化ける獣を探そうって気持ちは分かるけど、今はホラントを送るんじゃないのかい。
[不意に近くに居たのに列に入ってこないドミニクに声を掛けました。
いつにも増してぶっきらぼうな木こりですが、視線鋭く村の者を一人一人観察しているようにも見えてさきほどから小競り合いになっていました。
このタイミングでいざこざを起こさせてはいけないと思い、列に入れてしまおうと声をかけたのでした。
牧師さまも同じようなことを考えてか、こちらを見て気にしていましたので、気を利かせたつもりだったのです。]
〔宿や教会、それに羊飼いのところ。
どうやら、アナの行き先はたくさんあるみたい。
考えごとをするように、アナは、指を唇に当てる。〕
ありがとう、アルベリヒさん。
それなら、アナ、アルベリヒさんのところがいいです。
エリーやフリー、それに、みんなとも、いられるもの。
それはいい考えです。
[羊飼いの申し出に、牧師はぽんと手を叩きます]
牧場には、羊たちがたくさん。
白い綿の中に、アナさんの姿を隠してくれるでしょう。
みんなで獣を追い払ってくれるでしょう。
[アナに向けられた悲しそうな顔に、牧師は溜息を一つつきます]
ええ、結果的にはそうなるのでしょうね。
まさかこんなことになるなんて、思ってもみませんでした。
[おじいさんは、ゼルマからマフラーを受け取りました。
ゼルマが木こりにかけた言葉を聞いて、安心したように頷きます]
その通りじゃのう。
そんなに目を鋭くしていては、見えるものも見えんくなるぞい。
[そしてアルベリヒの所に行くというアナにも、それがいいと頷くのでした]
[小さな雨粒が木こりのシャツに染みを作ります。
けれど大男は動きません。
やがて垂れ込めた暗雲が、紫色の光を発しました。
人々の影を一瞬だけ地に映します。
雷が落ちるのはまだ遠く、轟きは遅れて届くのでした。]
そうかい、それじゃ、お葬式が終わったら、おいらと一緒に帰ろうな。
[少女の返事に羊飼いは、ほっとして、少し笑顔を取り戻しました]
エリーとフリーも喜ぶよ。
[羊飼いの言葉を肯定するように、子羊達は、めえ、めえ、と鳴きました]
さてさて、
今日のごちそうは誰だろう。
[狼は周りを見回します。
狼退治に逸る木こりに
兄のかたきうちに燃える少女。
物知り婆に、それから、それから]
[アナと羊飼いが話しているのが聞くともなく聞こえてきました。]
そうね、アルのところは羊たちも居るから大丈夫だわね。
[ようやくゼルマは自分の飼い猫のことを思い出しあたりを見回しました。
すぐに、にゃぅぅん、と返事がありました。それだけでも老婆は身近に信頼できる存在があるのだと思えて気持ちが軽くなるのでした。]
♪いやなほんとうは うそで
しあわせなうそが ほんとうと
明るい道 目を瞑って ゆくのです
真っ暗闇 目を開けて そのときに
あなたは なにを 見るでしょう
〔とつぜん、思い出したみたいに。
ちいさく、ちいさく、アナは歌った。〕
[不意にかけられた老女の声に、木こりが首を向けました。
考え事に向いてない大男の心は狼探しででいっぱいです。
それでも年配の老女の言葉には首を横に振ったのでした。]
……いい、オイラはもう別れを済ませた。
ここで見ている。
一緒にいたら、もっと見えない。
[ベリエスの声に少しはばつの悪い様子になるものの、意固地に近づこうとはしません。
人々の中に入ってしまっては、影が見えないと思っているのでした。
太陽も月も見えない空を、雷の光が彩っています。]
そうするといい。
ボクも宿に戻るとしよう。
[お礼にはふるふると首を振ります。
旅人はとんがりぼうしをかぶりなおしました。]
何だろうか。
[立ち去ろうとしたドロテアが見つめてくるので、旅人はまたたきました。]
[ホラントの弔いはあらかた終わろうとしていました。
その中でゼルマはどうやって人に化ける獣を見分けるのか考えていました。]
いや、ダメよね。占い師とかが居たからといってどうやって信用するの?
考えたくないけど、その獣が賢かったら占い師を食ってからそれに化けることだって考えるかもしれないわ。
[考えが堂々めぐりになりそうになるとは、ゼルマはかぶりを振るのでした。]
ええと、その。
大した事では、ないのですけれど。
[少し悩んで、それから、ゆっくりと、言葉をつづります。]
信じるのと。
疑うのは。
……どちらが、より、難しいと思われますか……?
嫌な天気ですね。
良からぬことが起こる前触れのような……。
[紫色の光と、遠い太鼓の音。
牧師は一瞬身を怯ませます。
少女の歌う声に、牧師ははっと目を明けるのです]
これ以上、可哀想な人が出ないように、お祈りをすることです。
そうすれば、きっと神様が道を照らしてくれます。
[牧師はそれだけ言うと、俯きました]
[空に光った紫の光と、遠くに聞こえた雷鳴に気を取られて、羊飼いはアナの歌を良くは聞いていませんでした。ただ稲光を反射した斧が、とても恐ろしく見えたので、木こりとは視線を合わさないようにしたのでした]
[アナの小さな歌声が、おじいさんの耳にも届きます。
そして、牧師へと問い掛ける声]
こんな小さい子まで……。
こういうのは、大人だけで済ませるものじゃよ。
[おじいさんは同意を求めるように周囲を見ましたが、しかしあの日、アナもまた森へと踏み込んでいたことの意味を、おじいさんは考えまいとしているようでした]
黒い森には、神さまの手も届かないのに?
〔メルセデスをじっと見て、アナは言った。
ただ、不思議そうに。
それからくるりと向きを変えて、アルベリヒのそばへと寄っていく。〕
アルベリヒさん、ごめんなさい。
お世話になります。
〔ぺこりとお辞儀をして、二匹の羊にも、よろしくと挨拶をする。〕
[ゼルマはなんとなく、本当になんとなくですが木こりは人に化ける獣ではないかもしれないと思いました。]
うん。信用できる人を見つければいいのよね。
[では、信用できない人はどうすれば良いというのか。ドミニクを信じることは正しいかも知れませんがではどうしても信じられない人はどうしたら良いのでしょうか、、、みんなから信じられなかったら、その先に待っているものは何でしょうか。
ひとつの答えが浮かびかけましたが、ゼルマは本能的に否定してしまいました。
そうして、やはり答えは見つからないままなのでした。]
[それに、木こりは喪服を着ていないのでした。
ホラント探し、見つけ、教会に運び込んだままの姿です。
葬列に加わるには腰布に差した斧も相まって相応しくはないのでした。]
悲しむのは後でいい。
……神様に祈るのも、牧師さんに任せたしな。
[呟きは雷鳴に紛れて消えるのです。]
[少しだけ、旅人は黙り込みました。
とんがりぼうしを引き下げます。]
旅をしているとな。
色々なことがあるから、自然と疑り深くなってしまうものだ。
村の人がどうかは、分からないけれど。
[小さな声で答えます。]
ドミニクや、どうか間違えるでないぞ。
自分のする事の意味を、ようく考えるのじゃぞ。
[斧の刃が、ぎらぎらと光っています。
あの斧を振るったら、どんなものでもたちどころに切り裂かれてしまうでしょう。
人狼でも、人間でも]
ああ、こっちこそよろしくな。アナ。
[ペコリとお辞儀をした少女に羊飼いは笑いかけました。葬儀が終われば、その約束通り、少女を連れて牧場へと帰って行くはずでした**]
ええ。
ですから人は、神様の手の届く所で暮らすべきなのですよ。
[牧師は少女に告げると、羊飼いを見やります。
彼が少女に危害を加える者でないことを神に祈りながら]
[アルベリヒと視線が合わないのが、わざとなのか。
それとも帽子のせいなのかはドミニクにはわかりません。
涙もろい羊飼いが目元を隠しているのかもしれないからです。
木こりはアルベリヒの羊を見ます。
狼に怯える羊は人に化ける狼にも怯えるか考えるのでした。]
[小さな声の答え。
疑り深くという言葉に、少し眉が下がりますけれど。]
……ありがとう、ルイさん。
[続けられた言葉には、本当に、嬉しそうに笑いました。]
お引止めしてしまって、ごめんなさい。
それじゃ、わたくし、参りますね。
[葬儀は終わった。
散り散りになる人々を見送りながら]
牧師様、本当にアルに任せて良いのでしょうか。確かに宿も女将さんが居なくなって大変ですけど、部屋もありますから……。
〔アナは納得がいかないといった顔をしながら、メルセデスを見る。〕
神さまは手を差し伸べてはくれるけれど、
なんでもしてくれるわけじゃ、ないと思います。
道を照らされる前に、じぶんで歩く足を持たなくっちゃ。
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