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はて、さて。
[霧の最中に立ち尽くす男がいた。
丸っこい小さな眼をぎょろつかせど、乳白色の彼方は霞んで見えない。常人には、森の深きに到達することなど、到底出来ぬと思われる程だ。
顎よりやや下に拳を置き案げな仕草をした後、男は、下から掬いあげるように緩やかに手を動かした。
起こる風、渦巻く霧。数瞬で白の海は戻る。
何かを解したかのように目を瞬かせ、口元に笑みを張り付けると、土を踏みしめ進んでいく]
もし、そこの御二方。
すみませんが、道に迷ってしまったのです。
しがない旅人、目的地などはありませんが、
御一緒させては頂けないでしょうか。
――… いつのまに小さくなったんですか。
そうしていると、本当に子供のようですね。
[言いながら、嗚呼この翠樹王はもともとこうであったと思い出す。]
雷撃王はいないのですか?
マーガレットがお茶飲み放題だって言ってたから急いで来たの。だから分からないけど。
皆のところにお手紙が行ってるならクインジーもきっと来るわ。
[そう言う間にも私の腹は声高に空腹を主張した。
マーガレットにハーヴェイの居場所を聞くと台所だと言うので、何だか嫌そうにも見えるセシリアと連れ立って挨拶へ行く事にした。
私は、椅子の下から藤編みの籠を取り出して持っていった。]
ね。久しぶりねセシリア。
おみやげもあるの。
[私は、何だか楽しい気分になってきて、藤編みの籠を掲げて見せた。
籠の中には若草色の風呂敷包みが入れてあったが、風呂敷にはそこはかとなく生々しい以下略な色が滲んでいた。*]
わざわざ招待状を出すということは、皆を呼んだのだと思っていましたが。
そうですか、別に来たのですね。
[少女姿の王の腹の音は、かなり大きく響いた。
そんなに空腹だったのかと思いながら、マーガレットと話す様子を眺める。
挨拶はしたいが、火も大分慣れてきたが、どうにも気が乗らない。]
お土産、ですか?
[取り出された籠の中身を、覗き込む。]
だって、好きだったでしょう?
それとも、最近は焼いた方が良かったの。それならハーヴェイへ言って料理して貰うわ。
[私はおみやげの籠を揺らした。*]
そういうことではありません。
[きっぱり]
茶会に来るのになんで肉が必要になりますか。
しとめたばかりでなければ匂いますでしょう。お茶を楽しむ時間もなくなってしまいます。
だいたい私がいなかったらどうするつもりだったんですか。
人の手間を増やすんじゃありません。
[きっと堪えやしないだろうとセシリアは思った。]
――戴きますが。
ハーヴェイに手をかけさせるほうが酷いと思いますよ。
[ひんやりと手に冷気が宿る*]
[霧は重くささやかな音など飲み込むかのよう。
故に、声をかけられるまで見知らぬ旅人に気付く事はなく]
…っ、そなた……?
[振り向いて、息を飲む。
そうして、見覚えのない姿に戸惑いながら、傍らの竜を見上げて。
小さく頷き、旅人の申し出を受け入れた]
[来訪を告げる時の竜に従い、霧に囲まれた館を見上げる。
やがて扉が開き、現れた女主人と時の竜の会話に耳を傾けた。
中には、既に幾つかの濃い気配。
私は彼の仔がいるであろうかと心逸らせて、女主人へ頭を垂れる]
突然の来訪、申し訳ございませぬ。
霧で難儀しておりますれば、どうかお助けいただきたく…。
金の髪の仔が、こちらへお邪魔しては――
[問いかけは全てに至らず、立ち話もなんだからと招き入れられて。
漂う匂いに僅かに眉をひそめつつ、一般的には美味しそうと評されるべき各種の匂いに満ちた館内へと足を踏み入れた]
[一時の連れ合いとなり、辿り着いた先には深き森には似合わぬ館。
二人が館の女主人と言葉を交わす間、男は笑みを湛え後ろに控えていた。
中へと入ると、漂う香にか、目が細められる。貴婦人の眼差しを受け、会釈を返した]
茶会ですか。
様々な方が集っておられるようで。
[一言二言、言葉を交え廊下を進む。
色を白くした女性を見、傍らの男へと顔を向けた]
お連れの方は、気分が宜しくないようですね。
捜しものは、さて、そのうちに見つかりましょう。
少し、休まれた方がよいのでは。
似合いの場所もあるでしょうから。
[事情を知らぬはずの男の言は、*何処か含みを持つ*]
セシリアが居なかったら、きっとマーガレットが料理をしてくれたの。
[そんなの同然だ、と私はまた笑い、籠を差し出す。冷気が私の足元に降りてきて私の脚をくすぐった。]
[淡い菫色に映る廊下に彼の仔の姿はなく。
霧に濡れた蓬髪が、私の気持ちのように重く感じられる。
ふと、視線を前でなく横へ流したのは。揶揄された言葉ではなく、その響きが耳に届いたが故]
……、あの…?
[二人の間に交わされた内容がわからず、返される視線に白金の睫毛を瞬かせる。
休むよう言われても、彼の仔が見つかるまでは気は休まらぬのであるけれど]
……まあ良いでしょう。
ありがとうございます。
[受け取り、その手の力で肉を凍らせる。
声のかかった方向を、その後に見た。
面倒はウェンディにまかせるつもり*]
[館の女主人が指したのは、この部屋だった気がして。
私は扉をほとほとと叩く。
何かの気配と、それから声が聞こえたよな気がした故に]
失礼したしまする…
[人がいれば彼の仔も、もしくは消息が聞けるやもと扉を開ける。
扉の内に待っていたのは、人の姿もつもの二人と――直接、嗅覚に届く死の香り]
………っ
[すらりとした少女の手にあるそれは冷たそうな様子ではあったが、籠やそれを包む布に残る生肉の匂いは、私の本能的嫌悪を呼び覚ますに十分で。
物音が遠くなり、ぐらりと視界が揺れた*気がした*]
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