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[手を止め、目と目の間を押さえる。
親指の付け根付近には黒鉛の粉末がこびりついていた。
背を反らせ、頭を背凭れの上部に乗せた。
開いた眼に映る世界は逆さまに変わる。]
あ。
[室内に一つ増えた影に瞬き、
爪先に力を込めて頭を後ろへと乗り出した。
加わった重みに椅子が不安定に揺れて悲鳴をあげる]
今、来た人?
よ、と。
[裾の余るズボンは素足を半ば覆い隠していた。
立て直した椅子の上に画材を置くと、
長髪の男に向き直り、視線を下から上へと動かす]
オレ、はラッセル。
よろしくね?
[傷痕に覆われた左の眼と、闇を宿した右の眼。
両方を見詰め、緊張感の抜けた*挨拶を投げた*]
クインジー、ね。
[赤の青年──クインジーの名を聞き、先と同じように反芻する。紅紫の瞳はつい、目立つ大きな傷へと注がれてしまっていた。その様子に相手がどう思ったかは知らないが、共にこの城に入った者達はそれぞれ思い思いの行動を取り始める。自然、その場には自分だけが取り残された]
……まぁ、しばらく過ごすことになるんだから、見て回るのは当たり前よね。
[けれど彼らの後を追う気は無くて。ほいほいついて行くものでも無いために。けれどその場に立ち尽くしているわけにも行かず。周囲を見回しながら城の中を彷徨うことになる]
随分と古いのね。
いきなり崩れたりとかしないと良いのだけど。
[あちこち歩き回り辿り着いたのはキッチンらしき場所。今は誰も居ないようで、そこはがらんとした雰囲気を漂わせていた]
……食べるものは自分で、ってこと?
小さいとは言え城なのにシェフの一人も居ないのかしら。
材料は…あるわね。
[保存庫を覗き込んでしばし思案。よし、と声を漏らすと、小麦粉やバターを引っ張り出して来て何やら作り始めた。材料を混ぜ、オーブンで焼き始めると、漂い始めるのはクッキーの*良い匂い*]
[シャーロットの目が向く左の傷痕の事を、男は理解していた]
[それは現在、ラッセルの視線にも晒される]
[部屋に入った時、男が何を思ったのか、態度に出る事はなかった]
[大人のものではない声によって、動きを取り戻す]
[椅子が軋み、揺れ、止めようと足を踏み出した時にラッセルは立ち上がる]
危ないぞ
[一歩進んだその位置で、男は止まった]
[椅子は止まり、画材が小さな音を立てて置かれる]
己はクインジーだ
……ああ
[よろしくという挨拶に、男はただ*頷くだけだった*]
何か、かいていたのか?
クインジー、
クーだね。
[薄くなった絨毯を踏んで歩み寄り、
一歩の距離を置いて止まった。
年頃の少女とそう変わらない身長。
問いに肯定の頷きを返し、
上半身を捻り背後の窓を指し示す]
うん、そこからの景色。
クー達が来るのも見えた。
少し目が疲れたから、今は休憩中。
……あ、そうだ。
他の人達は、どうしたの?
たくさんいたようだけれど。
[忙しなく、男を仰ぎ見る。
視線は左右共に等しく*注がれていた*]
[かわいらしい愛称に、男はまじまじとラッセルを見た]
……女か?
[疑問が零れたが、口を挟ます前に、答えを与える]
沢山ではない
己の他に、三人だ
一人は休みに行った
二人もこの中にはいるだろう
お前はここに住んでいるのか?
あの番人と名乗った男と共に
[左だけでない視線の向き方は、男にとって慣れるものではない]
[右の黒紅が、窓へと*逃げた*]
料理できるのですか?
[すっとキッチンに入ってきて、きょろきょろしては、
メモを取り、を繰り返している。
そこらにある調理設備をいじり、その機能を見ては
驚嘆したように、さらさらとメモをする。]
私、どうやら食べれたもの作れないようだから、
ずっとどうしようと思っていたのよ。
いいわね、そういうの。
[青髪の女性が、クッキーを作る様子をただ見ている。
特に何かちょっかいを出すわけでもなく、
女性の様子を見ては、何やらメモを*書く*。]
踊り子 キャロル が参加しました。
踊り子 キャロルは、おまかせ を希望しました(他の人には見えません)。
[一面の花の緋に埋まるよう、女は在った]
[身に纏う一切の色彩は、花と等しき緋の色]
[髪結いの紐も、丈の長いドレスも、足元の靴も、爪先のネイルも]
[咲き誇る花々と空を仰いで伏せる女の境目は、ゆえに曖昧で]
[リィン]
[唯一異なる色彩は、手首に]
[高く結った豊かな金色と同じ光を宿し、小さな鈴が鳴った]
[持ち上げた腕、その爪先で細い花びらを千切る]
[幾枚かを掌に集め、空へと放った]
ああ、うつくしい。
[満ちた声で、墜ちる緋の色を見る]
[碧眼を閉じて残像を愉しむと、緩やかな動作で立った]
あのなかでも、うつくしいものは見られますかしら。
[獣道の先、辿れば必然の様、古く錆びた門へと導かれる]
[黒の門を軋む音を立てながら、押し開く]
[城そのものに興味は無く、また怖じける態も無く、中に踏み入った]
ごめんくださいませ。
[燭台の緋に照らされた「番人」の姿を見つけ、女は口を開く]
[問う言の葉も、返される言の葉も、僅かなもの]
[それでも女は此処が自由に使えると聞き、口唇の紅を横に引いた]
[礼を告げると共に、高所へ上ろうと階段を*探す*]
ひゃう!?
[突然かけられた声。先に会った三人の青年と、ここに居た番人と言う男とはまた違う声。驚き思わず背をピッと伸ばし、ゆっくりと振り返った]
え、ええ、まぁ、一応。
……貴女、は?
[誰?と言外に訊ね、声をかけて来た女性に紅紫の瞳を向ける。直後にクッキーの焼き上がりに気付き、焦げる前に取り出して皿へと盛った。次に用意するのはティータイムのための*紅茶作り*]
へぇ。そんな反応するんですね。
[青髪の女性の驚く様子を興味深そうに見て、
微笑を浮かべながらメモを取る。]
私のことは、イザベラって呼んで頂戴。
気にしないで。ただ、貴女の様子が興味深いな、
そう思っただけだから。邪魔する気はないんです。
[右目は女性を見つめているが、左目は明後日の方向。
ぎょろり、ぎょろりと外側を向いている左目。]
気にしないで、続けてていいのよ。本当に。
[静かな微笑を*浮かべている*。]
[城の廊下は侵入者を拒むかのごとく長く暗く、冷たく淀んだ空気は埃の臭いがした。
しかし、針が磁石に引き寄せられるように、蛾が灯火に誘われるように、男の歩みは脳裏に描かれた映像をなぞって進んだ。
そのすべてが、かつてこの場所を同じように歩いたことがあると告げていた。]
[唐突な言葉に、目が丸くなる。
しかし重ねられた答えと問いに意識は移り、
一、二、三と指折り数える自身の手と男とを交互に見た]
そっか。
それでも、クーを含めたら四人だから十分だよ。
オレは、住んではいないよ。住むかもしれないけれど。
ほかにも、そういう人はいるみたい。
クーも、そうなんじゃない?
[逸れる視線を追えば、
硝子越しに映る、絵画の如き光景。
枠に区切られた世界の中、
緩やかに移ろう空と雲ばかりが現実味を感じさせる]
住んでいるって言えるのは、アーヴくらいかな。
無口で無愛想だけれど、悪い人じゃないと思うよ。
勝手に使っていいって言ちてくれたし。
こんなところにひとりでいて、さみしいのかも。
[ちいさな旅はひとつの扉の前で終わった。
青玉の瞳は怖れの黒を滲ませていたが、それでも答えを求める光の方が勝った。
緑青の浮いた銅(あかがね)の取っ手を掴み、男は夜のように密やかに中へと滑り込んだ。*]
[女性──イザベラの話を聞きながらお湯を沸かし、茶葉を用意してポットへと入れる]
はぁ……。
あ、と。私はシャーロットよ。
興味深いと言われても…。
[大したことしてないのになぁ、と呟き。ふと、イザベラの顔を見ると、左右の目が異なる動きをする。悲鳴こそ上げなかったが、半ば息を飲む形になってしまった。瞳を逸らすように沸かしたお湯へと意識を向け、茶葉を蒸らすくらいのお湯を入れて、クッキーを盛った皿とティーセット他をトレイに乗せた]
あの。
ここに居る人だったら、広間かどこか、落ち付ける場所は知らない?
折角だし、お茶でもどうかしら。
[眼を異なる動きをさせながら微笑む様子は少し異様にも思えて。やや引き気味になりながらもお茶の誘いと場所の案内について訊ねてみた]
クーも好きにするといいんじゃないかな。
オレは結構、ここ、気に入ってるよ。
[長机に手をついて寄りかかり、足を擦り合わせる。暖炉に火の焚かれた形跡はなく、室内の温度は低かった]
ここ以外に、いく場所も知らないしね。
[蝋燭の小さな焔は心許なく影を*揺らめかす*]
[片目が緋を、ガラスの向こうに見ていた]
[ラッセルの中で愛称は決定したのだろうか]
[男は止める言葉を、タイミングを失った]
番人だけならばお前に聞いても答えは無いな
ここは何なのか、お前も同じ情報しかないだろう?
……寂しいか
[外れた視線は、再度、緋の髪をとらえる]
己はここに住むつもりはない
だが、そうだな
わかるまでは、ここに居ざるを得ないか
シャーロット…ね。
[名前を聞くと、メモ帳に名前と特徴を記す。]
ごめんなさいね。私、名前と顔覚えるの苦手なの。
手帳は覗かないでね。覚えやすいように特徴書いてて。
見たら、貴女怒るかもしれないから。フフフ。
[外側を向いた左目が、ぐるんと。]
広間ならあっちよ。大体の見取り図を作ったんです。
行きましょう?
[手帳は覗かないで、と言われると、ただ頷きを返して。左目の動きにまた少しだけビクリとする]
え、ええ。
……あの、見取り図だけ、見せてもらっても良い?
私まだこの城の中、全部は見てないの。
[広間へはイザベラの後をついて行く形となる。その移動がてら、見取り図を見せてもらえないかと頼んだ]
[広間に着くと、先程共にこの城へと入ったクインジーと、もう一人誰かが居るのが見えた。年の頃は自分と同じくらいだろうか。その姿にぺこりとまずは会釈。歳が近そうと見て取れたせいか、最初の時ほどの警戒は無い]
うん、知らない。
知らないんじゃなくて、忘れたのかな。
全く知らない場所に来るなんて、
おかしな話だろうし。
[視線の位置を探すように、頭に手を翳す。
頭上を見ても、天井までの間には何もない]
オレ、寒くないよ。
クーが寒いなら火をつけるといいよ。
アーヴは灯りは点しはしても、
そういうのには無頓着みたいだ。
[顔を水平に戻し、
目にかかる前髪を首を振って払う。
眼のみが、掬うように男を見上げた]
[話をするうちに入って来たのは、知る者と知らぬ者。
机から手を離して薄い絨毯に足をつけて立つ。]
ベル――と、
さっき来た人だよね。
オレ、ラッセル。よろしく。
[頭を下げるより先に出る挨拶。
少女の手にするトレイに、首を傾がせた]
あれ。それ、どうしたの?
見せてもいいけど、自分で探る楽しみもあるわよ。
それでも見たいなら、見せてあげます。はい。
[藪睨みの眼で、シャーロットを見つめて、手帳を渡す。]
ラッセルくん、遊んでもらってたんですか?
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