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―広間―
ふふふ、大漁大漁。
[音も立てずに扉を開け、一人の牧師が入り込む。
小脇に抱えた黒の帽子には大粒の苺が山のように積まれている。
独り占めして食べるつもりなのだろうか。]
[お嬢さん、という呼び方に、ほんの少しだけむ、としたような表情が覗く。
男に見られようと女に見られようと、別に気にはしないれど、何となく面白くない、という意識が働いたようで]
こんばんは。
ボク、は、メイ。
麓の村から、用事でここに来てるんだ。
[意識してか無意識か、『ボク』と言う部分には妙な力が籠っていたようだった]
……旅の人かあ……どうりで、見た事ないと思った。
[返された言葉と表情に何かを感じたようで、軽く苦笑しつつ]
これは…悪い事を言ったかな、俺。
それじゃ、メイと呼ばせてもらうけど良いかな?
あ、俺の事は好きに呼んで構わないぜ?
麓の村から来てるのか。
来る時に寄ったが、いい感じの村だよな。
[ 広間へと向かうルーサーの後ろ姿が見えた。此れもまた、機嫌が良さそうに見えたのは気の所為か。遅れて中へと入れば、先の牧師に加え、見知った顔と、見知らぬ顔が一つずつ。一度瞬きをした後、本を抱え直して軽く頭を下げた。]
今晩和。其方の方は初めまして、ですね。
[ 儀礼的な笑みと挨拶の言葉。牧師の横を通り過ぎようとして、黒の帽子の中の瑞々しい赤が目に入った。]
……ルーサーさん、如何したんですか、それ?
[入ってきた牧師の姿にふ、と気づいて。
その腕に抱えられた物に、思わずきょとん、と]
……て、うわ。
すっごい苺……どこにあったの、そんなにー?
[温室が備えられているのは知っていたけれど、まさか、そこにあった物とは思わず、呆然と問い]
はっはっはっ。見つかってしまったようですね。
温室からちょい、と。ね?
[清々しい笑みを浮かべつつ、空いた手でジェスチャーを。]
[不意に開いたドアに目をやれば、牧師らしき男が此方を伺っていて]
…初めまして。
俺はナサニエル。
山歩きをしていたら道に迷ってしまって、ここに。
貴方は?
[小脇に抱えた帽子の中身とその顔を交互に見遣って問う]
[苦笑で返されれば、またむぅ、とするものの。
それでも、悪意がないのは感じてか、一つ息を吐いてこく、と頷き]
うん、それでいいよー。
好きなように、かぁ……ナサニエルさん、だとちょっと言い難いから、縮めてナサさんって呼ばせてもらうねー。
うん、いいとこでしょ?
同じ位の年の子は、何にもなくてつまんないって言うけど、ね。
なんでしたら皆様、ご一緒にいかがです?
おいしいですよ、これ。
[言いつつ、天辺に積まれた苺をひょいと取り上げぱくりと食べる。]
申し遅れました。
ルーサー・オブライエン、麓の村で牧師をしております。
[気付けば広間にまた一人、本を抱えた若い男。
この館は宿でもやっているのかと少し考える]
こんばんは、初めましてだな。
あんたもここに泊まってるのかい?
[そういって、牧師の帽子の中身が苺と知ると驚いて]
こんな季節に?
で、そんなに沢山どうする気なんだい?
温室からかぁ……そういや、あそこって色々あるんだっけ。
ボクも、後で行ってみよっと。
[ルーサーの説明にぽむ、と手を打って納得した後。
ご一緒に、と言う言葉に目を輝かせて]
え、もらっていーの? やたっ。
ちょいと、って……許可、取ったんですか?
[ ルーサーの言い様に、微かに苦い笑み。彼の館の主であればそんな事等気にも留めぬのであろうが。食卓まで歩めば其の上に本を乗せ、椅子を引いて腰掛けた。]
……折角ですから、頂きます。
[ 朝に食べたきりで何も入れていない胃は音までは鳴らさずとも空腹を訴える。採れ立ての苺の誘惑には逆らえず、口角を僅かに上げて笑みを作り悪戯っぽい表情もへになって手を伸ばした。]
共犯、かな?
[ 指先で一つ、瑞々しい赤を摘みあげる。]
−自室−
[客間とはまた違う、質素に落ち着いた調度品の室内はあの頃と変わることもなく。
…いつ帰ってきても良いようにしておいて欲しいとの姉の言いつけを、使用人はきちんと守って居てくれたらしい。
クロゼットに揃えられていた服のうちの一着を選び、袖を通す。
ややクラシカルなチュニックは、亡き姉の趣味で選んだもののようで。
…丈が少し短く感じたのは、しばらく来ぬ間に僅かに背が伸びてしまったからだろうか?]
[牧師…ルーサーの仕草に笑って]
それ、牧師がすることかぁ?
[そう言いつつも自分もひとつ摘んで口に放り込む]
罪はみんなで分け合おう、ってね。
あ、甘いな、これ。
みんな共犯、かぁ。
[楽しげに言いつつ、自分も苺を摘んでぱくり、と]
ん、美味しいっ。
[瞬間、ふわ、とこぼれた笑みは年齢よりも幼く見せたやも]
−広間−
…ずいぶんとまぁ、賑やかな。
[僅かに笑み、集まっている客人に軽く挨拶を。]
苺、ですか。
まだ残っていたのですね…あの頃植えた苗が。
小振りで酸いくらいが好きなんですよねぇ。
[そういえばこんな風に人と話したのは久しぶりだ、とふと思う]
なかなか良い所だな、ここ。
これで道に迷った、ってのが無きゃもっと良かったんだがなぁ。
[口に広がる季節はずれの味覚に少し嬉しく思いながら]
ほの甘く芳しき、輝ける紅の果実の天上の味は、
盗人の罪すらも、赦し賜う也?
[牧師にそう耳元で囁き、白い包帯を巻いた手で苺を一粒摘み取る。]
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