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[理由は他にもあったのですけど、それ以上は口にしませんでした。
幾人かが去り、新たに現れた色のひとからはお酒の臭いがしました。
あまり好きな臭いではなかったので、眉が寄ってしまっていたかも知れません。]
分かりません。
[質問には、それだけを伝えました。]
[だから、というわけでは決してないのですけれど。
わたしは杖を頼りに、椅子から立ち上がりました。]
済みませんが、灯を貸していただけませんか。
此処のことを知っておきたいのです。
[番人がいると思しき方向に眼を向けて、尋ねました。
灯があれば色が見えますから、時間は掛かりますが、独りでも歩くことはできます。
危険なものや細かい障害物は分からないので、少し不安もありますけれど。
他人に頼ろうと思わなかったのは、先程の言葉もあったからかも知れません。]
それだから、これからどうしたものかと話し合っていたのですよ。
[指で唇を拭い、]
私も詳しくは知りませんが、自称・番人氏が言うことには、何でも此処は「終焉の地」であるとか…。
[静かにシャーロットから聞かされた話を説明し始めた。*]
[話しながら、杖を持って立ち上がるニーナを不思議そうな顔で見た。
彼女にはものの形が判らないのだということを彼は知らない。]
[木の杖を右手に、差し出された灯を左手に、扉のあるほうへ歩き出します。
背後では先程の説明を繰り返す声が聞こえました。
ふと、視線を感じた気がして扉より少し手前で振り返ります。
青い色が見えました。]
[黒の門の軋む重い音]
[押し開くのに合わせ、鈴が揺れた]
[冷たい外気が膚の熱を奪い、その白さを覚まさせる]
うつくしい月。
[空を仰ぐ姿勢は変えず、緋の靴を道の先に進める]
[纏う緋は徐々に花の緋に紛れた]
[窓から飛び出し、門を抜けて、外へ。
月下の緋色は美しく、しかし、どこか疎ましく]
……は。
いい趣味。
[吐き捨てるよに呟いた後、左の腕を押さえる。
右手の下にあるのは、微かな熱と疼き。
その熱を厭うように、歩みは自然、泉の畔へ]
[月の皓を宿す緋は、現実よりも幻想に近く]
[時折、戯れに女は花弁を引き抜き放った]
――あら。
[泉へ向かう道なりに行くと見える人影]
[リィン]
[鈴の音が存在を主張する]
何処かで擦れ違われましたかしら?
…何か?
[少しの間の後、問えば返事はあったでしょうか。
わたしがその部屋を出たのは、それから*暫く後のことでした。*]
[耳に届く鈴の音に、ふと歩みは止まる。
振り返った先には、鮮やかな金の髪]
玄関通ってないから、すれ違いはしてないと思うが。
[疑問の声には、端的な答え]
[緩やかな動きで女は首を傾げ、青年を見た]
[豊かな金色が、背より流れ落ちる]
手品でしょうか。
或いは、魔法?
[窓からという考えは、女には無い]
[問い掛けつつも、緋色の靴は泉への道を踏む]
手品や魔法、か。
……そんな洒落たものが使えれば、退屈もせずに済むんだろうが。
[軽く肩を竦めた後、泉へと歩みを進める]
答えは、窓。
月に誘われた気分でね。
[口にするのは、実際の心理とはかけ離れた理由]
[女は泉の畔で足を留め、膝を折る]
[緋色のドレスが濡れる事の無い様に片手で押さえ]
[逆の手で、水面にネイルを塗った爪先を差し入れた]
[広がる波紋]
退屈ですか。
これほどにまで、うつくしい景色があると言うのに。
[くれないから落ちる言の葉は憐れみの色を帯びる]
手品でも魔法でもなく、軽業でございましたか。
――月ならば、退屈はしのげそうでしょうか。
女でもなく、酒でもなく、面白い御方なのですね。
景色は悪くないが……どうにも、この満開の花が、ね。
[広がる波紋を見つつ、ため息と共に呟きをもらす。
憐れみの響きは、気にした様子もなく]
月を眺めるのは、嫌いじゃないらしい。
……面白い、のか?
[言葉の最後の部分には、やや、首を傾げる]
[泉にうつる望月を歪ませる前に、波紋は薄れて消えた]
あかは、御嫌いですか?
それとも謂れがなのでしょうか。
[女は立ち上がり様、濡れた指で顔の横に垂れた金の髪を耳へと上げる]
[指先についた雫が首筋を通り、鎖骨に落ちた]
ええ。
雅を理解なさる殿方は珍しいと。
[くれないを横に引き、女は青年の傍らへと足を進める]
色彩がどうとか、じゃないな。
……多分、花の謂れか……。
[蒼氷はしばし、瞑目する]
花にまつわる「何か」が、あったから……かね。
[呟くよな言葉と共に蒼氷は開き、右手が左の腕を抑えた]
月が好みなら、雅、になるのか?
考えた事もなかったな、多分。
[抑えつけるよな仕種と裏腹、口調は軽く、冗談めく]
[黒き門の傍らに、佇んでいた。
肩に羽織ったブランケットが、
薄い外套のように風にはためき波打つ。
絶えず陰影を変える布から、
彼方まで続く花の海に視線を転じた。]
ん――誰か、いる?
[木々の作る道の先に、ちらつく影。
首を傾げて考え込む間を置いてから、歩みを向ける。]
[緋色を纏う女は、青年の答えに口許のくれないを笑みの形に変える]
花の…?
欠けた記憶の裡にでございましょうか。
何をか、思い出されはいたしましたか?
[伏せられた蒼氷]
[見えぬはずのその色彩を覗き込むよう、女は顔を近付ける]
私はその様に思いますけれど。
[リィン]
[持ち上げた手は、青年の腕を取ろうと伸び、止まる]
この色は?
[あかに見える色彩に、女の関心は寄せられる]
……思い出した……訳ではないが。
何か、引っかかるものがある……って、所か。
[呟きはどこか独り言めく。
雅の解釈には、そういうものか、と呟いて]
これは、まあ。
……見たとおりのもの、としか。
[腕に伸びて止まる手。
色彩の意を問う言葉には曖昧に返し、蒼氷を女から逸らす。
逸らした視線は、緋の中の道を歩む姿を捉えた]
……月夜の散歩は、流行なのか……?
[花咲く流れに抗い進んでいく。
縮れて寄り添う花弁は反り返り、
長く伸びた蕊は彎曲し天の光を受け止める。
立ち去る者を惜しみ愚図る幼子のように、
微かな風にも頭を揺らしていた]
戻るから、平気だよ。
[かけた言葉の意味を、花が理解することはあったか。
ふと風が止み、かれらの動きは止まった]
あ。
ヴィーに、キャロ。
[月明かりに照らされる二者の姿を認め、歩みは早くなる]
何、してるの。
……秘密の話でも、していた?
[半ば足を覆うズボンが土に塗れるのも気にせず、
泉の傍らに寄り、問いを投げた]
[呟きめいた言の葉を、静けさに満ちた月下の世界で聞く]
厭な記憶ならば、戻らぬままの方が良いでしょうか。
[曖昧な答えが二つ]
[蒼氷が逸らされても、碧の色は腕のあかから外されない]
[未だ腕は中途な位置に留まったまま]
ラッセル殿。
[新たに増えた声に、ようやく碧眼は向きを変えた]
別に、何、と言うわけでもない。
月に惹かれて彷徨い出てきたら、たまたま同道した、という所かね。
[やって来たラッセルの問いに、軽く返す。
他に理由がないとは言わぬが、他者に言うほどのものでもなく]
……さて、記憶に関しては。
どちらがいいのか、今の俺には皆目見当もつかないね。
[キャロルの言葉には、呟くよに返して。
碧が逸らされた紅を隠すよに、左の上に右を重ねて腕を組んだ]
[何を、と問われ、直前に聞いた言の葉を口にする]
月夜の散歩でしょうか。
ああ、いいえ。
たわいもないお話を。
月や花や雅や、その様な事を。
[思い出したかのように、女は再度くれないを開く]
ラッセル殿は、この花は御嫌いでございますか?
[密やかな花は、主張はせねど、微かに香を漂わせる。
仄かに甘いような、饐えたような。薄く、包む匂い]
ヴィー、まだそのままなの?
クーに叱られるよ。
[自分は寒さ対策をして来たのに、と言うように、
白の布を掴んで揺らしてみせる。
尤も、後者の遣り取りは当人同士しか知らない事だが]
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