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[宿の女将は、どこ行った。
宿の女将は、どこ行った。
牧師は少女を宿へと送り届け
その寝顔をしばらく見つめた後、
眠そうにあくびをして、眸をごしりと擦ります。
宿の女将は、もういない。
宿の女将は、もういない
青白い炎を一瞥すると、牧師は教会へと帰って行ったのです]
[村のはずれの教会に
ホラントさんがやってきた。
小さくなって、やってきた。
木こりを連れてやってきた。
何も言わずに、やってきた]
占い師、霊能者?
何ですか、それは。
[教会を訪れた木こりの言葉に、牧師はとても不思議そうです]
[弔いの鐘の音が、
ホラントさんの噂話よりも速く、大きく
黒い森へと響き渡ります]
狼退治ならば、ドミニクさんの方が本職でしょう。
それか、羊飼いのアルベリヒさんがお詳しいかと。
[牧師は困ったように、木こりの言葉に答えます]
私にできるのは、こうして可哀想な死者を弔うことと
狼が早く退治されるよう、
神様にお祈りすることだけなのです。
[牧師は己の非力を嘆きます。
ホラントさんは、もういない。
ホラントさんは、もういない。
ホラントさんは、函の中。
ホラントさんは、*土の中*]
そうさ、ホラントが言ってた。
噂聞いたやつの中にいるってな。
何するやつかは聞いてねえ。
人狼ってのはどんなんだ。
尻尾が影についてんのか。
ただの狼ならオイラも分かる。
人の狼はわかんねえ。
オイラの代わりに祈ってくれや。
牧師さんに斧は似合わねえ。
[木こりは牧師にそう言い残し、のそりと動き出すのです。
影の中に尻尾を求め、厳つい顔は顰め面。**]
−−宿屋−−
[ゼルマは教会の鐘が鳴らされるのを聞きました。
いつもと違うその音色は、村で一番年かさの自分が聞くことはあるまいと思ったものでした。]
なんてこと。いったい誰? まさか、女将さん?
[ともかく、教会に行かなければなりません。
ゼルマは黒のヴェールを探し出すと慌てて教会に向かいました。]
[鐘の音が、離れた場所の宿にまで響きます。]
あれは教会の鐘かな。
[祝福には聞こえない音でした。
旅人は身なりを整えて、ロビーへと降りて行きました。]
[その途中だったか、廊下だったか、旅人は少女を見つけました。
旅人は少し前に、その少女が宿から帰るところを見ていました。]
どうかしたか。
[少女は不思議な問いをしてきます。
旅人はまず、お兄ちゃんがだれだか分からないと首をかしげて、]
ホラント殿は、おとといの夜から見ていないな。
[それが分かったあとも、本人ではなく『からだ』ということばに不思議そうにしながらも、やっぱり首を振るのでした。]
少し待っているといい。
ホラント殿か、知っている人が来るかもしれない。
[まさかホラントが鐘の原因だなんて思わないようすで、旅人は言って、少女をロビーのいすに座らせます。
ゼルマは出ているようでしたので、旅人は台所で悪戦苦闘した後、少女に*お茶を出すのでした。*]
〔響いて、消える、鐘の音。
旅人の答えを聞いて、アナは残念そうにしたけれど、ランタンを抱いて素直にロビーについていく。
お茶が出されるまでの間、窓の外を眺めていたアナは、黒を纏った誰かが教会に駆けていくのを見た。〕
ああ、そっか。
〔そうして、なんだかほっとしたように呟いた。
空っぽのランタンは、机の上に置かれる。〕
ありがとうございます、旅人さん。
〔戻ってきた旅人の出したお茶。
湯気が立ちのぼって、あたたかい。〕
あのね、お兄ちゃんは、きっと、教会にいるんです。
お父さんとお母さんのときが、そうだったから。
〔晴れた空。飛ぶ鳥はどんな鳴き声、していたろう。〕
旅人さん、お名前、なんですか?
アナは、アナって呼ばれています。
〔遅れての自己紹介。
はじめましての人と普段通りにおはなしして、お腹が空いていないかと聞くと、勝手にごはんを用意し始めた。
パンにジャム、ハムとチーズ、いつもと同じメニュー。
いつもと違うのは、なんだっけ?〕
〔食べ終わって、ごちそうさまをして、後かたづけをして。
それからアナは、言い出した。〕
アナ、そろそろお家に帰ります。
お着替えしなくっちゃいけないから。
〔ぺこりとお辞儀。
またねとご挨拶をして、明るい道を、ランタン揺らして帰っていくんだった。**〕
[教会に向かう途中でドミニクと擦れ違いました。]
まぁ、ホラントが。
[ドミニクは人狼をやっつけるのは俺の仕事かもな、と言いました。]
だけど、どうして見つけるの?
[そう言ったゼルマにも、見つけ方など分からないのでした。]
−−教会−−
[足音を忍ばせて教会に入ったゼルマは、祈りを捧げる牧師の後ろから、そっと棺の中を覗き込みました。]
え。
[中にはどす黒く汚れた布の切れ端とほんのわずかばかりの何か、それだけでした。
ゼルマは牧師に声を掛けることも出来ず、ぺたりとその場に*座り込んでしまいました。*]
/なか/
まだ棺って見える場所にあるんですね。
さっさと埋めたことにしたつもりでしたが。
遺体の描写を長々とするのって
この村のコンセプトに反すると思うのですよ。
死んでた。祈った。埋めた。
そんな感じで駆け抜けたかったり。
いや、書けというなら微に入り細を穿つ描写しますが。
[牧師は木こりの言葉に頷きます。
そうして、木こりの影を見て、自分の影を見て。
どちらにも尻尾が見えないことを、確認するのでした]
はい、ドミニクさん。
どうか、お気をつけて。
[木こりが去った後、いまだ埋葬されていない棺の前で
牧師はお祈りの言葉を捧げていました。
突然、背後で人の気配と声がします。牧師が振り返ると]
おや、ゼルマさん。
[老女がころりんこしています。
牧師は彼女が立ち上がるのを手伝おうと、右の手を*差し伸べました*]
ボクは、ルイという。
[アナと言った少女に、旅人も自己紹介をします。
それからお話して、ご飯を食べて、後片付けをしました。
その間アナにいつもと変わったところがあったとしても、アナと話すのはこれが初めてですから、旅人には分かりません。]
そうか。
気をつけて。
[やがてランタンを揺らして帰って行くアナを、旅人は見送りました。]
[真っ青な空を、真っ黒な鳥が飛んで行きます。]
教会か。
不幸があったのかな。
[アナは教会にいるとしか言いませんでしたから、旅人はだれのお葬式なのかなんて知らないようすです。
少し考えてから、旅人は宿に入って行きました。]
[旅人は教会には行きません。
亡くなった人をお空に見送るための黒い服も持っていませんし、なによりよそ者が列に並んだりしたら、神様に怒られてしまうかもしれないからです。]
食事でも作るか。
だれか来るかも知れないから。
[ですから代わりに、旅人は台所に入っていきました。
悪戦苦闘したあとに出来上がるのはきっと、いつもゼルマが作ってくれるものより*さみしいのでしょうけれど。*]
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