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[やがて、白い綿毛の雲と、
あおい空と、あおい海。
その中央に、ヒカリコケできらきらした金色の髪の、絵師の姿。
そんな絵が、できあがった。]
―海水通路―
あー、落ちないー。
[ごしごしと手を擦っても、少女の手から青は落ちない。
てのひら一面が青く染まって、視界が一瞬黒くなったことを思い出した。
黒は塗りつぶしてしまうから好きじゃない。
誰にも見つからずにここにきていた少女は、仕方ないとばかりに立ち上がった。]
ま、包帯でもまいとこっかな。
ミリィせんせーのとこにいって、もらってこよ。
……見せないとくれないってこともあるかな。
うーん。
[ぺたぺたと
ヒカリコケを粉にしたものを絵に一生懸命張っていたら、リディが心の中、叫ぶ。
驚いて、手を止めてぽかんと様子を見ていたけれど
どうやら無事なようなので、にこり、笑った。]
だいじょうぶ?
[そして完成した絵を見て
また、さらに嬉しそうに、わらう。]
うん。
綺麗にできてよかったよね。
インクはきっとすぐ落ちるよ
[その時は、なかなか落ちないなんて知らなかったから。]
インク?
うん、誰かに見られたら、うたがわれちゃうよね。
[母親が、染料のついた父親の服を洗う時に
何か言っていた気がするけれど
そんな遠い記憶が彼女の頭の中に
再生されることは、無かった。]
今日の絵は何処に隠そうか。
―アトリエ/封じ前―
……ああ。色々、疲れるんだよねぇ。
[しんどそう、と言う言葉に、汗を拭いながら答える。
親しい者が居合わせたなら、一目で虚勢と看破できる笑み。
元々、この絵筆で『絵』を描く事、それ事態が存在に大きな負荷をかけるのだ]
んー? どうして、かぁ。
絵ぇ描くのは、ガキの頃から好きだったからなぁ。
『月』……お印もらっちまったから、ってのもあるけど。
誰にも文句言われずに絵ぇ描けるからってのが、一番かもなぁ。
[次の問いに返したのは、こんな言葉。
続いた、『絵師』はどうなるのか、という問いには答えず、ただ]
空、か。
俺も……行きたかった、なぁ。
[最後の問いには、何故か、過去形で返事をする。
もっとも、欠伸をして離れる少女がそれを聞きつけたか否かは定かではないが]
―アトリエ/封じ後―
[途切れていた意識に、ざわめきが触れる。
だが、その声は、どこか遠く。
間を何かに遮られているような、そんな感触があった]
……な……んだ?
[惚けた声。
急に開けた視界に映るのは、見なれたアトリエの様子と]
……なんで……俺?
[ベッドに眠る、『自分』の姿。
交差する場のざわめきから、何が起きたかは察しがついた。
つまり、薬師と話していた事が、現実となった事に]
なんてこったい……。
[苛立ちを込めて吐き捨てた直後。
アトリエにやってきた弟の姿。
その宣言に、微か、痛みを感じたような心地がした]
ミハエル……。
ごめん……な。
[届かないのは、承知の上で。
それでも、その言葉は言わずにはおれずに**]
[ゆらゆら揺れる、無重力の夢。
毎日のそれから目を開いて、体を起す。
昨日と全く違うのは、ヒカリコケが地面に散乱してキラキラと
必要以上に部屋の中が明るいこと。]
ぅふぁぁ。
[大きな口を開けて緊張感の無い欠伸を零し、
何時ものように支度を整えると、
何時ものように家の扉を開いて外へ出た。
屋根の上からせり出した岩が薄い暗闇を作る家の周りが
零れたヒカリコケのせいで、ぼんやりと、明るい。]
濡れないように、してね?
折角の色が、伸びちゃうもの。
[聞こえた声に嬉しそうに答え
絵筆を握っていた手をきゅっと閉じる。]
絵筆は、今日はあなたが持ってて?
今日はお洗濯しないといけないから、落としちゃこまるの。
見つかりそうになったら、どこかに隠すといいと思うの。
声を出さずに話せるから、取りにいけるわ。
わかった、持ってるね。
ちゃんと隠して、みつからないようにしないとね。
絵筆も、絵も。
よし、いってくるよ。
[そう言って、少女は、彼女の家を出たのだった。]
ハンカチにしとこ。
でも一応、ミリィせんせーのとこにいってみようかなー。
[ぐるぐるとハンカチでてのひらの青を隠すと、
その場をあとにした。
かすかに光る、ヒカリコケ。
岩場の間に隠されたのは、綿毛の雲と、あわく光る金の髪、そして
海の底のあおと、
空の上のあおい色――]
―広場―
え、新しい絵師様?
[きょとんとした。
話はちゃんと伝わっていて、ご兄弟でどうのこうのと盛り上がっている。
倒れたというのも、ミハエルが次の絵師だということも。
口を引き結んで、少女はアトリエの方を見た。
心配してるのかといわれ、こくりと頷くだけだったけれど。]
ミリィせんせーのところいかなきゃ。
うん、怪我しちゃってさ。
でも忙しいかなぁ?
[歌う声とテンポを合わせ、肩からかけた鞄が腰で跳ねる。
町へ出てすぐに、昨日とまた違うざわめきが
都市を包んでいるのが判った。
不思議そうな顔をして、箒を持ったまま話しをする主婦に近づくと、
当代の絵師が、とかなんとか話が聞こえた。]
えしさま。
[それでも少女は、今日はやる事があると。
キノコ畑の方へと、向かってぱたぱたと走って行った。]
え?
ああ、うん、意味がわかんなくってぼーっとしてた。
若作りの薬かぁ。
本当にそうなのかな?
ううん、なんでもない。
だってミリィせんせー、若作りするより絵師様と一緒にいたがりそうな気がしてさぁ。
ただでさえ幼顔なんだから。
[言いたい放題。]
うん、さっきの、ええと、
なんかはじけたみたいで、黒かったんだよね。
よくわかんないんだけど。
どっかいけって思ってたら、いなくなったから。
もしかしたらミリィ先生が、筆を持ってるわたしたちのこと、調査してたのかもしれない。
ちょうさ?
それは、いやね…判っちゃうのは。
まだ満ちてない、みたいだから…足りないみたいだから。
黒かった?
もう…大丈夫なの?
全然、判らなかった。
[勿論少女は「調査」されていないのだから
判らなくて当然なのだけれど。]
でも意識不明みたいだから、
もう調査もないと思うよ。
だから大丈夫。
[にこりと笑った]
多分、わたしだけだよ。
あなたはばれてないと思う。
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