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[散らしきれなくてこぼれた涙を拭われる。
頬を撫でるような動きに、変わらぬ優しさを感じた]
……ううん、あやまること、ないから。
[小さく首を振った。
車椅子に座るロランは、すこし目線を下げるだけで目が合う]
ロランは、キリルを殺したくないんだね……
あたしもキリルには生きていてほしい、けれど……
[緩く瞳を伏せた。
続く思考は上手く言葉にならず。
ただ、悲しげな表情が浮かぶ]
[指先に濡れる感触。
首を振る様子に、少し首を傾けて見上げる。
烏色に、彼女の顔が真っ直ぐに映り込んだ]
けれど、…
…他の人が殺されるくらいなら、殺す、かな。
人類の敵?
[謝ったばかりだというのに。
重ねた問いは、少し意地悪なものだった]
[空が白み始める頃――。
男はミハイルの家を出てイヴァンの元へゆく。
途中家に立ち寄るのは彼を包むための敷布を用意する為。
赤黒く変色した地面の上に仰向けのままのイヴァンがいた。
彼の身体には鋏を突き立てられた後が幾つもある。
マクシームの時とは明らかに違う傷痕。
男は屈むと幼馴染の目許に手を宛がい、下ろす]
イヴァン、
[肌の冷たさが命失われた事を如実に語る。
あの時、直ぐに駆け寄っていれば間に合ったのだろうか。
男には分からない。
けれど悔恨の念に苛まれるようにその顔が歪む]
……イヴァ。
[潤みを帯びた目許が、薄っすらと赤くなっていた]
姉さん?
[薄く開いた扉を開くまで、漂う異臭に気がつかなかったのは、きっとずっと同じ臭いを纏っていたからだろう。
飛び込んできた光景には、流石に目を瞠る。]
…… イライダ姉さ ん。
[昔淡い想いを抱いた美しいひとは見る影もない。
引き裂かれた喉。中身の無い空洞。周囲に落ちた肉片、内臓の欠片。それに加えて獣毛と足跡。
呼ぶ声に返る声はない。ある筈も無かった。]
……ロランも、意地悪だ……
[問われて言葉に詰まる。
殺したくはないし、生きていてほしい――でも、けれど、とついてしまうのだ]
人類の敵なんて思わない……キリルは、キリルだよ……
でも、あたしはユーリーさん信じるって決めたから……あの人が、そうするなら、止めない。
[卑怯な答えだとは分かっている。
決断する事から逃げているのだ]
…俺が意地悪なのは、いつも。
[言葉に詰まる様子に、少しだけ肩を竦める。
続くカチューシャの言葉に、少し目の端を和らげ]
――ユーリー、か。
[大事]
[ひとつの言葉を、胸の内側に思い出す。
降ろした手、自分の逆の手を掴んで力を籠める。
肘の傷が、少しだけ痛んだ]
カチューシャは、ユーリーを信じてついて行く、って、
選んだんだね。
こんな事になるなら――…
昨日のうちに皆に言ってしまえばよかった。
そうすればキミがこんな風に殺されることも……ッ
[くしゃりと泣きそうに歪む顔。
イヴァンの顔を映しこむ眸が濡れて濃さを増す]
済まない。
[幼馴染を助けられなかった事を
幼馴染の大事な恋人を、止める覚悟を決めようとしている事を
彼に悪いと思い、謝りの言葉を口にした]
……いつもはもうちょっと優しい、よ。
[いつもだと悪ぶるのには小さく抗議しておいた。
伏せた瞳をあげれば、手を掴むロランの姿が見える]
――うん。
そういうこと、になるんだと思う……
[こくりと素直に頷いた。
ユーリーを信じる根拠は何もない。
ただ、信じたいだけだった]
ユーリーが「時間を進める」を選択しました。
そっか。
じゃあカチューシャも…
[肘を掴む手に更に力が籠り、眉を寄せ。
それでも口元は笑み向けようと、してみた]
…もっと意地悪な事、言ってあげようか。
[誤魔化すように、軽めの口調で首を傾ける]
ロランは、 ユーリー を投票先に選びました。
え、なに……?
[名前を呼ばれて首をかしげる。
ロランの様子に軽く瞬き、どうかしたのかと顔を覗き込んだ]
――ロラン?
[軽い口調で告げられることに瞳を瞬かせ。
問いかけるように名前を呼んだ]
もっと意地悪な事って――
─イライダの家─
[見開いた目はゆるゆると戻り、眉を寄せる。
玄関に足を踏み入れる。傍に落ちた獣の毛がふわりと揺れた。
血溜まりを踏む。とっくに濡れているから同じ事だった。
横たわったイライダの、顔の傍に膝をついた。]
…… ごめん。
[手を伸ばす。冷え切った頬に触れ、瞼に触れて閉じさせる。
イヴァンの時と違って、今は少しだけ落ち着いていたから、それ位の事は出来た。]
…ううん。
一番大事、を、見着けたんだなぁ、と思って。
[目を細めて口を横に引っ張り、にこりと笑みを作った。
柳眉が少しひくと震えてしまったのは止められなかったが。
呼ばわれる名前に、ん、と頷いて]
…さっきの、続き。
比較するのは、ユーリーとキリルだったんだな、って。
[そういう事だよね?と告げる意地悪]
だとしたら、俺はキリルを見着けても
カチューシャと会わせられない、よ。
[それでも、顔は少し泣きそうにくしゃと崩れた]
[目許を手の甲でぐいと乱暴に拭う。
少しだけ感じる水の感触。
大きく息を吐き出して幼馴染たちを見遣る]
イヴァ
如何してレイスはキミを殺した ?
[疑問を口にして]
キリルを二度も恐がらせるなんて
しない、よな ?
[一度目を後悔していた事を知っていた。
大事に思っていることも知っていた。
だからこそレイスがイヴァンを害した事が腑に落ちない]
……流石のメーフィエも怒るだろうな。
[悲しい。その感情は確かに在るようで、薄い紗を隔てた様に、何処か他人事の様だった。
守れと言われた訳ではない。けれど、死なせてしまった。
悲しく無い訳が無いのに、何処か麻痺してしまっている。]
姉さん、僕、
人を殺してしまったかも知れない。
[もう動かないひとに、罪の告白を落とした。
昔は大人びた彼女に、些細な相談事を持ちかけたりもしていた。
生きて聞いていたら、彼女は如何しただろうか。しょうがないわね、なんて言って笑ってくれただろうか。]
―― 回想 ――
[ようやくちゃんと顔を見ることが出来たキリル。
自分から一歩下がったキリル。
不安になって、捕まえておきたくて]
[背後の不穏に気がついたのは、全てが遅くなったあと。
背中から引き倒されかけ、とっさにバランスとって、倒れる方向は背後の襲撃者がキリルに向かうには自分が邪魔になる方向へ]
くそっ
キリル逃げ………っ!!
[抵抗しようとして馬乗りになられて、襲撃者の姿を見た。
決死の抵抗がひるむ。彼女の兄だった。
なぜ。緊張感は(一方的に)あったが、いい関係を築けていたと思ってた。ここで殴ったらキリルに見られてしまう]
[その判断を後悔するのは鈍色が体に付き立てられてから。
最後に見ていたのはキリルの顔。
せめて目を閉じさせてあげたくて。でも出来なくて]
……そんな訳無いか。
[そんな事は分かっている。
息を落として、立ち上がった。]
ごめん。
[立ち去る間際にもう一度呟く。
もうすぐいくから。
口にはしないけれど、僕はその心算でいた。]
え、……え?
いちばん、だいじって……
[ロランの不器用な笑みを見つめ、僅かに首を傾げるけれど。
彼の言葉で気づいた事に、表情のわけを問う言葉は吹っ飛んで、知らず頬が熱くなった。]
べ、べつに、比較したわけじゃ……
[ない、と小さく告げる。
無意識の天秤で秤られたことは否定しきれるものでもなく。
意地悪な言葉にすこし沈黙した]
……ロラン……
[泣きそうな顔をする幼馴染に、唇をかみ締め]
それでも――あたし、キリルに会いたい、よ。
――…きょうだいだから
レイスも人狼かもしれない、って
一瞬そんな風に思ってしまったんだ。
けど、きょうだいだから
必ずしも同じってわけじゃないよな。
[少なくとも自分とオリガは違っていた]
レイスがイヴァンを殺した理由――…
キリルの事を知らなかったから
イヴァンを人狼と思ったから
――…妹を守ろうとした、と考えたら
[それならば納得いくような気がした]
[家の外に出る。念の為振り返るけれど、何かいる気配は無かった。
行っていない場所は、未だ幾つか在る。]
……あ。
[その中の一つ。昨日尋ねようと思ったけれど、断念した場所。
今まで浮かばなかったのはきっと無意識に避けていたのだろう。
今も少しだけ躊躇ったが、向かう事にした。
途中で誰かがいても、声が掛からなければきっと気づけない。]
[虫の声が聞こえる。
気付かぬうちに、空の色は変わっていて。
随分と長い時間を、幼馴染の顔を見詰めてから
ふ、と、表情を和らげた]
………――嘘だよ。
俺の我が儘で、君とカチューシャが会えないなんて
そんな事あるわけないじゃないか。
[くるりと、車椅子の車輪を操り、背を向けた。
キィ、と、高い音が鳴る]
…居そうな所に、行ってみようか。
…また、月が昇る。
欠け始めた月が…
[鼓動に合わせ、紅くなりそうになる目を伏せる。
低く、囁きを向けて]
…カチューシャを、連れて行くよ。
話しがしたいらしい。
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