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―談話室―
[ふと視線が移ろう。
祈りの形であった手はいつしか解けて
エルザとエミーリアが立ち去った後、女も席を立つ。]
……大丈夫かしら。
[どれだけ時間が経ったかは知れない。
けれどカルメンが不安を抱くには十分な時間。
行商人を追った彼らを思い落ち着かぬ様子を見せる。]
─ →聖堂内・行商人の部屋 ─
あぁ、怪我と言うわけじゃない。
大丈夫だ。
[徴の存在は普段、記憶の彼方。
これが在ろうが無かろうが、為すべきことに変わりは無いために。
護るべきはこの徴ではないのだ。
イレーネ>>28に答えてから、来た道を戻り聖堂内へと入っていく。
行商人の部屋は分かっていたから先導し、扉はイレーネに開けてもらって部屋まで辿り着いた。
酒瓶やつまみで溢れた部屋。
持ち込んでいたのかと思いながら、ベッドの上へと遺体を置く]
死は須らく平等…。
一応、祈ってやる。
[行商人の末路に同情は出来ない。
けれど死者には相応の弔いを。
ベッドのシーツを引き上げて、簡素ながらに包んで黙祷しておいた]
― 談話室 ―
カルメンさん。
うん、大丈夫。私たちは無事だよ。
[父>>32に頷いて談話室に戻る。
入ろうとすると、カルメン>>33がそこにいて、安堵の表情で座り込んでしまった。心配していることを知っていたエーリッヒが動くのが一番早かっただろうか]
行商人さんは、レナーテさんが追いついて。
天に召されました。
[そう伝えた後、行商人は人間であったと伝えることの意義が見つからなくて沈黙を選んでしまった。
レナーテのように苦しむ人がいるかもしれない。レナーテのように選んだわけではなくても。
それは理不尽だと思ってしまったから。後から戻ってきた人にも、事の顛末を伝えるだけになった*]
―談話室―
[イレーネの言葉>>34に、うんうんと頷いた。
気が緩んで鼻につんと涙の予兆が感じられたがそれは何とかやり過ごす。
彼女が伝えた顛末に、何となく景色が浮かぶ。
追われる行商人に追う旅人。
向けられた剣先を思い出し、ふっと血の気が失せる。]
――…そう。
お疲れさま。寒かったでしょう?
眠る前にでも湯を浴びてあたたまると良いわ。
お姫様が入浴するなら騎士が扉の前で守ってくれるはず。
お許しが出るなら私がそうしてもいいけど。
[沈黙の気配に意識して明るい口調でそんな言葉を彼女に向けた。
言葉通り、彼女がそれを望むなら付き添う心算で。]
[エーリッヒに話したい事があった。
縋る眼差しに「だいじょうぶ」の言葉をくれた彼なら
抱える秘密を打ち明けて迷いを打ち消してくれそうな気がしたから。
視線があえば何か言いたげに口を開くけれど言葉にはならない。
話したいと思うのに勇気がもてず、先延ばしにしてしまう。
そうして、狼を意味するレアンなる名も、姿も、その人に晒す機会は失われた。]
[夜が更けて部屋に戻る前、
テーブルに置かれた皿からクッキーを二枚取り紙に包む。
それから厨房へと立ち寄り、とりわけてあった林檎のコンポートを持ち出した。
用意した飲み物は、水。
紅茶は眠れなくなる事を厭い夜は避ける。
酒はいくら飲んでも酔えはしないから人より楽しみが薄い。
酒に酔わぬ代わり甘いチョコレートに酔う癖があったけれど
老尼僧に「食べすぎちゃ駄目よ」と諭されてからは控えるようになっていた。]
―個室―
[寝台に腰掛けて、クッキーを頬張る。
シーツに欠片が落ちないように手を添えたが
受け止めきれぬ小さな欠片が黒いワンピースの膝上に零れる。
二枚は少なすぎたのだろう、あっというまに平らげた。]
次は、と。
[横に置いてあったコンポートの皿を膝上に乗せて
匙で一口分とりわけ、半ば開いた口に運んだ。シナモンがふわりと香る。
瑞々しく甘い林檎が口内に広がり、思わず蕩けるような笑みが浮かぶ。]
おいし。……もう菓子職人になっちゃえばいいのに。
[本気でそう思うのか自分で言った言葉に二度三度頷いた。
パイもコンポートも食べるだけ食べて礼を言いそびれる。
今回は、おいしかったの一言さえ伝えられていない。
明日こそと思いながら食器を片付けて、その夜は早めの眠りについた。*]
[牽制に閉ざした心は聲を無意識に遠くする。
早くに眠りについてしまったから
レナーテが誰の元にゆき何をしたかに気付かない。
ただ、その時、虫の知らせのように、夢をみた。
悪夢をみて、無意識に聲を紡いでいた。]
――、いや、ぁ。
ころさないで。
たすけ、て。
[自分でない誰かの為に、助けを乞う聲がノイズまじりに届いたのだろう。]
― 翌朝・借りた客室 ―
[疑問が浮かんだのは十分に温まって眠る直前のこと。意義がないのなら、どうして伝承にもその能力のことが示されているのだろうかと悩みながら眠りについた]
やっぱり言うべきだったかな。
私に分からなくても、分かる人にはちゃんと分かるかもしれないのに。
[朝まだ早くに目が覚めて呟いた。
とんでもないことをした気になってきて、いてもたってもいられなくなり。どうしてもの時はおいでと言ってくれた父に相談しようと起きて。
部屋から出た途端に、何かが鼻を刺激した]
これ……。
[昨日嗅いだのと同じ、強い鉄錆の臭い。
父の部屋とは反対側で、僅かに空いている扉があった。
ゴクリと喉を鳴らして扉を押し開き、部屋の中を覗き込む]
― 翌朝・エーリッヒの部屋 ―
は……。
[行商人を運んだ時に部屋を教えてもらった。着ている服にも見覚えがあった。
だから深紅に染まっていても、首から上にあるべきものがなくても。
それが誰なのか分かってしまった]
どうして……?
[自分も紅く染まりながら血の海に踏み込み、手を伸ばす]
コンポート、一緒に作ってくれるって言ったのに。
パイの作り方も教えてくれるって。
[約束がもう果たされないことを、大きな爪痕の残る切断面に触れて、確かめる]
昨日のうちに、まだ終わらないって言ってたら。
こんなことにはならなかったの?
[老尼僧の遺体も、団長の遺体も見なかった。行商人はある意味綺麗に殺されて死んだ。
初めて見る「襲撃された遺体」は娘の心を深く抉った。
本気で後悔した途端に酷い耳鳴りに襲われる。現実の音が遠くなって、けれど死者の声も聞こえない]
エーリさんが人なのは傷からも自明。
聞くべきは、判ずるべき人の声だけ。
だから、聞こえることは、ない。
[一転、冷静に呟いてから、ガックリと肩を落として。
布団だけ引き下ろして遺体の上に掛けると、人を呼ぶためにノロノロと*立ち上がった*]
─ 談話室 ─
……あ。
[シスターが、と。
聞こえた声>>27に、眉が下がる。
亡き人を思い出させるつもりはなかったのだけれど、結果的にそうなってしまった事へのすまなさが、振り返った表情に滲んだ]
……祝福…………なの、かな。
[記憶が欠落する以前であれば、その答えもはきと明言できたろうけれど、今は。
言葉で表せない何かが、こんな風に言葉をぼかしてしまって。
ふと、視線を落とした銀十字架が跳ね返す光が、少しだけ、冷たく見えた]
それ、でも。
……シスターは、幸あれと願って歌っておられた……とは、思ってる、よ。
[歌にこめられた意図は知れずとも、かつてここで歌った人の思いはそうだと感じていたから。
ほんの少し、苦笑めいた表情になりながら、それだけ言って]
[マテウスたちが戻ってくると、表情に僅かながらの安堵が滲む。
事の顛末を聞けば、それも複雑ないろに取って代わるが]
……ひとまず、温まって。
今は、ゆっくりしてください。
[労う言葉をかけつつ、お茶を淹れて。
その後は、日持ちのいい野菜類のスープを少し多めに作り置いたり。
行商人の部屋を訪れ、祈りの句を紡いだりして。
夜が更けたなら、修繕するつもりだった本を抱えて部屋へと戻った]
─ 自室 ─
……早く、終われば。
いいんだけど、な。
[そんな呟きを漏らしつつ、作業を進める。
ふ、と窓の外へと視線を移ろわせつつ道具を取ろうと延ばした手は見事にそれて、鋏の切っ先を掠めた。
あ、と思って手を引いた時には、滲んだ紅は滴り落ちるまでになっていて]
……また?
[零れたそれは、胸元に下げたままの銀十字架、その中央の藍玉へと、落ちて消える。
二度目の現象。
理性の一部はそれが何を意味するか、容認しつつあるが──感情は、どこかで拒んでいるから。
その場でそれを考えるのは拒否して、指先の傷に簡単な手当てをして。
そのまま、本の修繕へと意識を向けた]
─ 翌朝/聖堂 ─
[翌朝の目覚めもまた、早いもの。
この辺りは習慣となっている部分もあるのだが。
身支度を整えて、最初に向かったのは、聖堂。
ここ数日は色々ありすぎて忘れていたものの、朝の礼拝自体は欠かさぬように務めていた]
……掃除も、しないとなぁ。
[零れ落ちるのは、日常的な呟き。
それに、当然のようについてきた小鳥がこきゅ、と首を傾ぐ。
自室は、客室からは少し離れていたから。
そちらの異変には、気づく事はないまま聖堂と入り。
ピアノの前でふと、足を止めた]
[歌う事はしても、楽器の演奏は不得手な方。
だから、自分からそれに触れる事はないけれど]
……そういえば。
あの人なら、知ってる、かな、この歌の事。
[そのピアノから、優しい旋律を紡ぎだす奏者。
彼の人ならば、自身の記憶に残る願い歌の事も知っているだろうか。
記憶の中の願い歌には、ピアノの伴奏がついていたから、この歌がどこの歌なのか知っているかも、と。
思いつつもずっと問えずにいた事を浮かべながらピアノに手を触れて──]
……え?
[不意に広がるイメージに、天鵞絨が瞬く。
柔らかな陽射しのイメージは、昨日感じたものと同じ。
それは、そこに浮かぶ人が──旋律の紡ぎ手が『ひとである』という認識を内に落として]
……そっか。
あのひと、も、大丈夫、か。
[呟く声には、安堵の響き。
そこに、人ならざるものを見つけずにすんだ、というものが含まれているのは気づかない──気づこうとしない。
欠落した記憶──意図的に拒絶した過去が、人狼を見出す、という『務め』を恐れさせている事。
かつて『導の聖歌の紡ぎ手』と称された青年は、そこから目をそらして一つ、息を吐き、それから]
……ん?
[改めて、聖堂の中を見回して。
その異変に、気づいた]
……え?
[教え説く者が立つ壇の所に、何か、見えた。
金色が目立つそれは、ごく自然にそこにあった、けれど]
なっ……!?
[それが、あまりにも不自然なものである、と気づくのと同時、肩の小鳥が甲高く鳴いた。
とっさ、壇の側へと駆け寄る。
感じるにおいに、自然、眉が寄った。
壇の上、目を閉じたその顔は、自分とっては馴染みの──数少ない、それなりに気を許せる年上の青年のそれで]
……エーリ、さんっ!?
[名を呼ぶ声が、聖堂内に木霊する。
近づくものがあれば、容易く聞き取れる響きは、やがて消えて]
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