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[行商人が立ち去った後]
[男はしばしの休息を取る]
[今すぐ押しかけたい気持ちもあったが]
[術の疲れはいつもと同じで、休まざるを得ないもの]
[休息の合間に起きた風と影の攻防には]
[果たして気付けたか*否か*]
―自宅―
[キッチンに立ったエリザベートは、
まだ熱いケトルから透明なポットへ湯を注ぐ。
中に入っていた小さな球のようなものが揺れて、細かな泡が立った。
香りが湧き、水中で花が開いていく。
工芸茶――花茶とも呼ばれるそれは、街の名産だ]
[トレイにカップと共に乗せ、リビングに赴く。
しん、と静まり返った場所。
泡が生まれては消え、
花の息づく音すら聴こえそうな気がした]
[春先とは言え、肌寒い日もまだ多くある。陽が落ちれば尚更の事。
椅子にかけていたショールを取り、肩に羽織った]
[ランプに火を燈す。
カップに注がれた茶は、灯りを受け仄かな赤を宿す。
念の為と巻かれた包帯の白が目立つ。
両の手で包み込むと、縁にそっと口つけ、息を吐き出した]
[手のぬくもりと、煤のにおいは、今は遠い。
*それは、彼方で風舞う頃の事*]
ふわああ…んんーっ!ねすぎたー!
[起き上がり、大きく伸びをする。]
まだここかぁ、特別助けられてもないの、
へんなとこに売られてもいないの、
なんかの実験台にもなって…
[立ち上がりきょろきょろと自分の事を見回す]
…ないの!よかったー。
あ、カヤちゃ…カヤがいるのー!
[元気だったー?なんて手を振って]
そうか、捕まっちゃったのかぁ、
どっちかわかんないけど…。
コレだけ女の子が集まっちゃうと、
男の子部屋と女の子部屋わけてくれてるのかしら
って考えちゃうわ。
そんなばかなー!
そんな細やかな事してるとは思えないのー!
…あ。すみません。
[自衛団長の存在に気がついた。]
ん、や!
そっちは平気か、怪我したりしてないか?
[ローザの声に、ぱっとエルザを映して居た水鏡から顔を上げた]
捕まっちまった!
[手には手錠、頬が腫れ目に青痣。
少女はにかっと笑った。]
―――自警団詰め所―――
[ハンスとライヒアルトから分かれた後、街中や裏通りなどを散々と練り歩いたが、どうにもそれらしい事件が起こったようなそぶりも無く、夜になり風が冷え込んでくると、湯冷めで風邪引くかもと宿に戻っていった]
[―――明けて翌日。
レナーテは早々に自警団詰め所の扉を開いた]
ちぃーっす。
進行状況聞きに来たぜ。
[そこで聞くのは、昨夜捕まえた対象の名前だった]
私は全然大丈夫!なにもされてないのー。
卑怯だなってちょっとぷんぷんしただけだものー。
[そう笑っていたら、振り返った顔の様子にギョっとした。]
…え、えええ、なにそれ、酷くない…?
[痣とか腫れた頬とかに、ちょっと引いた。が、あまり驚くとカヤに悪いわ!とぶんぶんと首を振って]
…酷いね!
手錠があっちゃ御飯も食べれないじゃない。
なんとか外れないかなぁ、それ…。
カヤだぁ?
[名前を聞くと、苦々しげに頭をかく]
あー……ったく。
まあ、散々っぱら状況的にはそうであると言われてたからしゃーねえっちゃあしゃーねえんだろうけどよ。
ローザん時共々、いまいち気に食わねえな。
―――で?証拠はなんだったんだ?
『目撃証言。それから、昨日は事件が起きなかったことからも明らかだろう』
目撃証言については、散々聞いた。そこに異論を挟むつもりはねえ。だが、それだけか?それは具体的な証拠ってやつかい?なら、アタイもアンタを事件の直前にベッティや団長と一緒にいるところを見たって言えば、有力な証拠になるのか?……違うだろ。
それに―――。
[昨日、去り際にハンスから聞いた言葉を思い出す]
単独犯じゃねえってのは確実なんだろ?それなら、昨日事件が起こってないってのは、全く証拠にもなりゃしねえ。
つまり……アンタ達が言ってる証拠ってのは、ボロボロに積み上げられた程度の証拠なんだよ。
─翌日・宿屋─
[目覚めた男は外へ出る準備をする]
[紙片を隠した荷物はそのままにし]
[ジーンズの左のポケットに白い術符があるのを確認]
[胸ポケットから媒体を混ぜた手巻きタバコを取り出し口に咥えた]
…さぁて、行くとするか。
[戦場にでも赴くような心地]
[真実を知るため]
[疑問をぶつけるため]
[己が制約を全うするため]
[不敵な笑みを湛えたまま、宿の外へと足を踏み出した]
―自宅・自室―
[しばらく意識を澄ませていたものの、届くものはなく。
波長がズレたり、絶たれたり、という気配もなくて]
……にーさん。
無事、か……。
[続く言葉は声にならない。
零れたのは、重苦しい吐息一つ]
に、して、も……。
きっ……つ、い、これ。
二回は……無理、かも……。
[のし掛かるような疲労に、掠れた呟きを落とすのと。
意識が途切れて倒れ込むのは、*どちらが先か*]
[レナーテが次々と上げる反論に、目の前の男は「ぐ」とうめいた。
だが、すぐに気を取り直したように二の句を吐く]
『……それでも、だ。
事件に関与している可能性はとても高い。なら、この先厳しく尋問すれば何かが―――』
―――おい。言っておくがな。
[男の言葉は途中で切られた。
レナーテの声は、細く、鋭い]
犯人と確定もしてねえ奴にひでえことすんなら、こっちもそれ相応の考えがあるぜ。それを覚悟してやるか、あくまで、紳士的に話を聞きだすってんなら、構わねえがな。
[それは、あからさまな脅しの言葉。その言葉を吐くときのレナーテはいつもの調子ではなく、外へもれ出る圧倒的な威圧感。野獣を目の前にしたときのようなぬぐってもぬぐいきれないような、内にこもる恐怖を引き出させるには充分な迫力を持っていた]
『……っ!?』
[一笑に付すどころか、怒ることも出来ずに、その雰囲気に飲まれた自警団が口をぱくぱくと動かした]
[ほんの少しの間、レナーテが刃の切っ先のような鋭い目で自警団を見渡していたが、不意に表情を崩し、笑いながら]
……ま。
いくらなんでもそこまでやりゃあ、街からの評判も最低まで下がるんだと分かってっから大丈夫だと思うがな。
それにそんな集団じゃないって、信じていいんだよな?
『………………む、無論だ』
[長い沈黙の末、やっとのことでレナーテに気圧された自警団がそれだけを紡いだ]
んじゃま、今日はこれで失礼させてもらうぜ。
またな。
[そう言って、ひらひらと手を振りながら詰め所から出て行ったレナーテをしばらく見送ったまま固まっていた団員が、やがて大きな息を吐くと、細々と呟いた]
『……な、なんだ、あれ……?
まるで、野放しにされているモンスターじゃねえか……』
『……おっぱいでかいのになあ』
―――露店巡り―――
ふーむ。
カヤやローザが犯人じゃないって思うのはいいけど、それ以外が全く進まんな。
どうしたもんか。
[そんなことをぼやきながら、24個目の大判焼きを口に放り込む]
他の奴はどうなってんのかね。
ま。ヴィリー以外は荒事に向いて無さそうなのばっかりなんで、あんま危ないことに頭突っ込んでなければいいんだがなあ……おっと、噂をすれば影か。
[27個目の大判焼きを飲み下すと、今名前に出ていた人物―――ヴィリーが歩いているのが見えて、レナーテがそちらに近づいていった]
よっ。ヴィリー。
経過具合はどんなもんだい?
─ →広場・露店付近─
[目的地は教会]
[そこに目的の人物が確実に居るかは分からないが]
[可能性が一番高い]
[その場所を目指すべく大通りを歩き、広場へと差し掛かった]
…よぉ、筋肉馬鹿。
[もう少しどうにかならんのかと言う呼び名で相手を呼び]
[口元に薄ら笑いを浮かべた]
まぁ、上々ってとこか。
これから取材だ。
[指を鳴らし、未だ火を灯して居なかった手巻きタバコに火をつける]
[薫りを漂わせぬ文字通りの紫煙が立ち上った]
[呼び名には全く気にしたそぶりも無く、ヴィリーの答えを聞くと]
ほー。
さすが、たいしたもんだな。
こっちはさっぱりでなあ。昨日は事件が起こってもいねえから、ますます分からん。
[事件についての調査は、本当に全く進んでいないのが実情であった]
まあ、アンタや、他の人が解決してくれるもんだと信じているけどな。
荒事なら、手助けも出来るもんだがね。
[そんなことを言いながら笑ったが、不意に相手の目を見据えて、少しだけ真剣な顔で続きを話す]
―――アンタのこれからやることに、手助けいるかい?
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