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[紡がれる名前は半分もわからなかった。
けれど、最後のひとつは、自分もよく知っている少女の名で。
――間に合わなかった?]
アーベ、ル。
[何も言えなくて、
ただ、
手を掴んで、
彼の名を呼んだ。]
[二階へ上がると一つの部屋の前で喧騒が聞こえた]
[そこに歩み寄り、中を覗く]
[血を流すイレーネと、蹲るマテウス]
…!
どうなさったんですか?
治療を…ブリジットさんかミハエルさんは?
[医療に長けた二人の名を呼ぶ。視線で探して]
[名を呼んで、ブリジットが人ではない事を思い出す]
…ああ…怪我じゃねえから安心しろ
[怪我でもなければ。剣を振るったことによる疲労でもない。
ただ凶眼を使用した後は、どうしても負担が大きくて、本当ならこのまま意識を落としたい。
だが、外に誰か。という言葉に、それをするわけにもいかずに立ち上がって]
イレーネのほうが大怪我だろうが
[剣を鞘に収め床に落ちたコインを拾う]
シスター…ッ。
[呼ばれた名に、声が詰まる。
そう、金の髪。あれは多分ミハエルが]
外、に。
ミハエルさん、落と…!
[落とされたというのは何か違うと。
だから言い直した]
落ちてしまった、かも。
[手を取られ、我に返る。
その瞬間に、感じる、痛み。
震えは、確りと伝わる、か]
……探して、くる。
[ぽつり、零れる、呟き]
……俺が、見つけなきゃ。
でないと。
[自衛団に、見つけさせたくはなかった。
それを示すのが、解放に必須といわれた事など。
当の昔に抜け落ちて]
……俺しか、いないん、だから。
[剣を鞘に収めたところで、ふらっとするが、なんとか倒れずに踏みとどまって]
ちょうどいい時に来たな。シスター
ブリジットは人狼だった。で、今ここにはいねえよ。詳しくなにがあったかは後で言うが、イレーネの止血頼む
[そして、イレーネと同じように窓の外を見に行こうと歩き]
[窓へと歩み寄る二人を見守る]
何が……
[それ以上は言葉にできない]
[それくらいに妙に張り詰めた空気]
また、血が流れたのですか…?
[目を閉じる]
[願いは届かない]
[ブリジットが人狼で、彼女が死んだと言うのなら。
それを示せば、終わりのはずだった。
自警団の拘束も解ける。解放される。
だから、彼に探させずに、……ここで、引き止めるべきだ]
[でも、]
……、わかった。
[ハインリヒはどんな表情で、見ていただろう。
それに構うことはなかった]
でも、忘れないで。
苦しくても、辛くても、逆らって、
――生きるんだって。
[死んだものは、もう還らないのだから。
そう付け加えた言葉は、小さかった]
[自分がついていって、何の役に立つだろう。この身体で、この眼で。
だから、手を]
これは。
私のせい、だから。
[マテウスに首を振る。
どうしても確認せずにはいられなかった]
私が、遅かったせいで。
また。
[窓の外を見下ろした。
ピクリとも動かない影。上からではそれしか見えなかった。
けれど]
――ッ!
[麻痺している感覚の中ですら、鋭く衝撃が走った。
堪えきれずに、崩れる]
ミハエルさんが?
[それを確認する間もなくマテウスから告げられた言葉]
ブリジットさん、なのですか?
[確認は、人狼であることではなく、これをなしたのがそうであるという事]
[止血を、といわれ急ぎイレーネの元に]
この傷…
[それは傷と呼ぶには大きすぎて]
[包帯を取りいく時間も惜しく]
[シーツを引き裂いて強く縛る]
専門家ではないから、我慢してくださいね?
[それでも、少しは出血を止める事はできるだろうか]
[離される、手。
蒼の瞳は静かに場にいる二人を振り返る]
ん……。
わかってる。
決めた、コト、だから。
[忘れないで、と言われた言葉に、一つ、頷いて]
……狼連中には、手出しさせないようにする、けど。
制御してた猩がいない、から。
長くは抑えられんかも知れない。
……だから、早く、戻れ。
[静かに言い置いて、駆け出す。
木々の向こうから、微かに感じる、血の匂いへ向けて]
なに自分のせいだとかいってんだか
遅かったも速かったもねえんだよ
[イレーネの言葉に気遣う余裕もなくそう言って、ナターリエが駆け寄ったのだけ見ると、少しほっとした]
…ああ。そういうことになるな、シスター
理由だとか、そういうことは聞くなよ。俺にもわからんからな。
[剣を軽く抜き、己の腕を少し切る
滴り落ちる血。だが痛みで薄れていた意識が少しましになって
イレーネを支えるナターリエを押しのけて、イレーネを抱え上げ]
下に行くぞ。ここから見てるだけじゃ何もできねえし、イレーネの傷もここじゃたいしたことできん
[そういってずかずかと、階段を下る]
[駆ける間に、その姿は風となる。
蒼の風の狼へと。
ヴィント──『風』の名は。
遠い昔の第一の覚醒の際に、瞬間触れた、緋色の世界で。
父が自分を呼んだコトバだったかと。
今更のように、思い出しながら]
[傷口を縛られたことで、落ちる雫は少なくなってゆく]
ありが、とう、ございます。
[崩れかけた所もナターリエに支えられた。
もう何度目になってしまうだろう]
…は、い。
あの。下、恐らく、は。
あのまま、じゃ。
[マテウスの言葉にも切れ切れに答える。
遠く聞こえるのは狼の声なのだろうか。
正確に伝えられなくても、彼ならわかってくれるだろうか]
一人で背負い込んではダメよ、イレーネさん。
少し落ち着いて休んだ方がいいわ…
[今はそれは無理な話だとも思ったけれど]
何も聞きません、今は。
理由なんて、きっと本人にしかわからないと思いますもの。
[そして、本人にもわからないのではないか、と]
[木々の間、どれほど駆けたか。
やがて、森の中の異変が目に留まる。
雪の上、何かが引きずられたような、跡。
そこにつく、あかいあと]
……こっち、か?
[呟いて、その先へ。
血の匂いは、更に強くなり、そして]
は、ぁ。
[大きく、息を吐き出す。
白く染まった。
手袋を嵌め、上着を羽織り直す]
ん、……行きます、か。
[一歩ずつ、けれど、なるべく速くと急いで、歩みだす。
手を貸すかと聞かれたけれど、断った]
自分の足で歩いていかないと、いけないんだし。
それに狼の警戒、しておいて下さい。念の、ため。
[乱れる髪を掻きあげ、前をしっかりと合わせる。
寒いのは、気温の低さだけじゃなかった]
……あ。
[歩みが、止まる。
森の中の、小さな広場に横たわる、銀の身体]
…………。
[何と呼べばいいのか、一瞬、わからなかった。
余りにもたくさんの名前があって、皆違って。
畏怖を抱いたもの、苛立ちを覚えされられたもの、懐いてじゃれついてきたもの。
それら全ての源となるものがいる、とも聞いたけれど、それは知らなかったから]
……ブリス。
[一番呼び慣れた名を、そう、と紡いで。そっと、その近くによる]
[小さく頷いたイレーネを見て軽く頷き返し]
聞かないでくれるのは助かるな。今そんなに余裕ねえんだよ
[といって、イレーネを抱え、ナターリエを伴い、一階。広間へと下ろし]
見てくる。シスター、イレーネ任すぞ
[端的に告げて、引き止められなければ外へと]
[歩みながら、考える。
誰が殺したのか。
集会場にいた人間に違いない。
アーベルのことを、どう捉えるだろう。
残りたい気持ちもあったけれど、そちらの方が心配で、何より、自分の身体がそう持たないのなんて、よくわかっていた]
本当に、……嫌になる、な。
[月のひかりは絶え間なく降り注いでいるのに、酷く遠い]
[生命が既に絶えているのはわかっていた。
答えがない時点で、それははっきりしていたから。
雪の上の、銀の身体。
それは、既に冷たくて]
……あは。
なんか……寂しい、な。
[小さな呟きが、零れる]
でも、さ。
俺は、お前がいて……お前らがいて、よかったんだ。
……色々、安心してたんだ。
だから……さ。
[広間へと降りて、イレーネを楽な状態で下ろすのを見届けてから、マテウスへと目を向ける]
はい、イレーネさんはお預かりします。
お気をつけて。
[何があるかわからないから、と付け加えて、マテウスを見送る]
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