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[翳される本を気にも留めず、そのまま爪を突き出し]
もたれようが何しようが、今は傷を癒すための血肉が要る。
一人で居た不幸を呪うが良い!
[軽口には付き合っていられないと言わんばかりに、左腕も異形へと変え、横方向から切り付けた]
[中はユリアンと、そしてハインリヒしか居ない。
少し離れた所に人の気配があるが、おそらくこの館の主だろうか。
こちらに来られるとまずい。
壊された窓枠から、中に入ろうとして壊れたガラスで手が傷ついた。]
ユリアン…!
[気を逸らしてしまうかもしれなかったが、名を呼ばずにいられなかった。
表情は青い。今にも泣きそうな顔で。]
[両方向からの攻撃には、元々武術や護身術など知りもしない素人ゆえに、あっさりと胸元を横になぎ払われて、勢いよく後ろへと転倒する]
…は、っはは。っくそ。いってぇ…。
…いってぇじゃねえかこの野郎!
[せめてもの反撃と手に掴んだままの本をユリアンに向かって投げるが、それも力の無い放物線を描くのみ。書物で知った狼を撃退する為の銀の武器もあるわけもなく。この状況で自分が生き延びる術は、騒いで時間稼ぎをして誰かが来るのを待つしか無く]
[ゆるり、と人に変じる。
昨日ほど引きずられることは無かった。
どうしてかは分からない。
けれどイレーネの血滲む手を手当てすることもできない。
気休めの言葉すら掛けられない。
無論エウリノを逃がす手伝いをすることもできない。
そも、今のエウリノが止まることはないだろう。
ハインリヒ。いい加減なようでも母親のことに心を配り続けていた男。彼が死ぬのをただ見るだけだ。
ただ、それだけだった]
力無きヒトが俺に敵うと思うてか?
[あっさりと吹き飛ぶハインリヒを見下し、口端を吊り上げる。
爪についた紅を舐め、飛んでくる本を首だけで躱しながらゆっくりとハインリヒへと近付いた]
…諦めて、俺の血肉となれ!
[ざくり、と骨の少ない腹部を狙い、薙ぎ払う。
内臓を引きずり出そうと爪を宛がった時、何かに反応して視線を上げた]
……ちっ、流石に気付いたか。
[こちらに近付いてくる足音。
これだけ派手な音を出していれば、見つからないはずもなく]
ここで捕まるは得策じゃない。
命拾いしたな、おっさん。
……いや、その傷じゃ長くも無いか?
[くく、と低い笑いを漏らす。
立ち去ろうと振り返れば、そこにはイレーネの姿]
…行くぞ。
[静かに告げて、窓から飛び出す。
イレーネを抱え上げると、纏う紅もそのままに、再び工房へと*駆けて行った*]
[遠く起こる喧騒は、知るや否や。
彼の姿は、一軒の家の前に在った。外から見上げれど、人の気配はない。
人狼発覚の報は、行き渡っているのだろうか。
そんな思考が掠めつつも、中へ入る。
今となっては、扉の鍵を気にする必要もなかった]
[気配は近づいてくる。その事に恐れを抱く。
守護者は危険だと、それは散々口伝で伝えられてきた故に。
それに主が気づいて手を止めてくれた事に、心底ほっとした。昨日のように、狂乱に身を任せるようなことが無くてよかったと。
ユリアンに抱えられる際に、傷つき倒れるハインリヒをちらと見た。
嫌いな人ではなかった。優しくしてくれた客だった。
だが敬愛する主らに比べれば――塵に等しい。
人を恨むような、主の餌とならなかった事を嘆くような、そんな視線がほんの僅かの間だけ向けられたが。
ユリアンに抱えられて工房へと連れられて行く。
手には微かに傷ついた赤をつけたまま。
これなら食べてもらえるだろうか、そんな事を*考えながら。*]
[意識が何度も遠のきかけるが、胸元と腹部に走る鈍い痛みがそれをなんとか食い止める]
…はは。助かったのかね。こりゃ。
あの野郎…中途半端にしやがってよ…。
年寄りの肉が食いたくねえなら、最初から素直にそう言えってんだよなあ…。
[腹部に手を伸ばせば、ぬるりとした感覚と共に生暖かい血が掌に絡み付く。それもすぐに冷めていき。]
ああ、俺、もう死ぬんかな。こ…れは。
やだ…な。死…ぬのは…。
[震える手で胸ポケットから煙草を取り出し、咥えて火をつけようとするが。血で湿った煙草には上手く火がつかず、結局手からこぼれ落ち]
ああ、あれ…だ…な。
お、れ…詩人だもん…な。
こういう時、時こそ…なんか…詩を…。
[閉じかけた目の映るのは窓の外に広がる切り取られたような空の色]
あぁ…ほら…ミリィ。今ならお前がい、言ってた事判る気がす、する。
[この空を母親に伝えよう。そのための言葉を紡いでいこう、そう決めてはみたものの]
あ…は。やっぱり…なんにも、お、おもいつかねえや。やっぱ…駄目だねぇ…お、俺は。
[その言葉を吐いた後、意識が*途切れた*]
─昨日/自衛団詰め所─
[自衛団の詰め所を訪れ、宿であった事を話す。自衛団員たちはいきり立ち、討伐隊を派遣しようとするが、それは押し止めた]
相手の戦闘力を甘く見るな。
それより、あんた達は他の連中が巻き込まれないように、しっかり守れ。
[では、人狼はどうするのか、という問い。
それに対し、浮かんだのは静かな笑み]
異端を制すは異端が役目。
古よりの盟約に基づき、守護者の……メルクーアの血を継ぐ者が、対する。
……心配するな。最悪でも、相打ちには持ち込んでやるさ。
[勝手知ったる場所ではない故に、探し当てるには少々手間取った。
閉ざされた扉の先。
切り取られた、小さな空が広がっていた。
否、其処に在ったのは、一枚のキャンバス。
鮮やかな青に満たされた空の下、笑い合う村人達が居る。
今の、死に包まれた村とは異なる、生きた人々の姿。
もう居ない者も――それは、青年自身を含めて――、皆、全て。
異なる色の双眸を向け、目を眇める。
それは、確かに美しくはあれど、何の変哲もない空にしか見えなかった。
――…初めは。]
………。
[イレーネを抱き上げ、走り去っていった同胞を追うことは無く。致命傷に近い傷を負って倒れ伏す男をじっと見ていた]
……………。
[あまりにも記憶を刺激する光景だった。
知らず己の肩を抱く。意識を失う男を目の前にしたまま、ただその場に呆然と*立ち尽くしていた*]
[静かな言葉に、自衛団員がどんな反応をするかは確かめもせず。
ユーディットの亡骸を預けてそこを離れた。
次に足を向けたのは、共同墓地。
両親の墓の前でしばし祈りを捧げてから、自宅へ。
帰って間もなく訪ねてきたハインリヒの求めに応じて書斎へ案内した後は、自室に戻った。
目に入るのは、完成間際の曲。
しばしの逡巡の後、鍵盤の蓋を開いて、ゆっくりと、ゆっくりと旋律を辿った]
Eine leere Entfernung.
Ich baue einen Regenbogen.
[零れたのは小さな呟き。そのまましばし、現実を忘れるかのように音を紡ぐ事に専念した]
[そんなこんなで、眠りに就いたのは明け方近く。
『力』を用いた疲れもあってか眠りは深く──それ故にか、気づくのは、遅れた]
……っ!?
[窓が破られる音。叫び声。書斎から聞こえる、尋常ならざる気配。それらを感じた感覚が目覚める]
まさか……ち、いい根性してやがるっ!
[苛立たしげにはき捨て、書斎へと走る。
扉を開け、目に入ったのは──紅]
……っ!
ハインリヒさんっ!
[音が紡がれるその部屋の隅に。
いつの間にか、少女が蹲っていた。
鎖は伸びて、部屋の外へ。
遠い世界から奏でられる音に、目を閉じて耳を傾けていた。]
[時の流れを収めたかのように、
角度によって、色の移り変わりゆく空。
それは、カインと名を与えた白猫の眸に似ていた。
正しくは、彼の猫の眼が空を模していて、
此の絵も、それと類したものを宿していたのだろう。
――緑色の空は、幸福(しあわせ)を呼ぶ。
そう言ったのは、誰だったろう。
古来より伝わる、伝承の一。
信じていた頃も、きっと、在ったのだけれど。
それはもう、遥かに遠い記憶]
[音がなくなり、静寂が訪れても。
ことりとも動くことなく、少女はその場に居続けていた。
異質な音が、静けさを破り捨てるまでは。]
……なにか、あったの。
[走り出していく人影に、尋ねるように呟き。]
私も、行く。
[ぺたぺたぺた、と、空間を渡る。]
[窓の向こうに、駆けて行く気配は感じていたが、今は追うよりもする事がある、と倒れた傍らに屈みこむ。
自身の持つ知識だけでどれだけの事ができるかはわからなかった。
一応、護り手の勤めの一環として、簡単な知識は身に着けてはいたけれど]
……ちっ……。
上等だよ……!
[苛立ちを込めて吐き捨てつつ、ともあれ今は応急処置に専念する。
救えるかはわからない、けれど。*何もせずにはいたくなくて*]
/*
中の人、ものすごい勢いでうんうんうなってます。
困ったことに。
…ささやけるもの(狂人)の話とか、完全に聞きそびれて…るorz
ティル視点だと、イレーネ狂人理解していいんだろうか…
どうしよう…(おろおろ
[齎される色を、厭うようになったのは何時だったろう。
信じることなど、馬鹿らしいと思うようになったのは。
後悔など、していない。
して、何になるというのか。
還ることなど、ないのに]
……くだらない。
[幾度も、吐き続けてきた台詞。
くだらないのは、何か。
手を伸ばして、絵に触れる。爪を立て、下へと滑らせて、破ろうとした。
けれど、死せる者に、現への関与が叶うことはない。
青年の、色を違えた双眸も、また空に似て、揺らぐ。
雨が、降り出しそうだった]
[勝手知ったる風に屋敷の中を渡ってゆく。
ぺたぺたぺた。
じゃらじゃらじゃら。
歩く度に、音がついてくる。
ふらり、開かれた書斎の扉から中を覗き込み。瞬く。]
どうして、貴方ばかり――。
……エーリッヒ様。
[悲しげな表情を浮かべて。
書斎の中に入ることはせず、少女はふ、っと*散り消えた。*]
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