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が、は…!
…ゲイ、ト…。
[傍らの気配に左眼だけで視線をやり、赤き世界での名を紡ぐ。
身体が毒が回るような倦怠感で支配され、その声も熱に魘されるようなものになる。
傷口を水で現れると、走る痛みに表情を歪めた]
…っ!
[悲鳴は上がらず、食い縛るような呻きが漏れた。
右眼は銀の効果により既にその機能を失い、ただ抉れた傷跡だけを残している]
[まずは傷口の消毒、オトフリートの診療所から持ってきた薬を塗りこむが、銀の毒を癒す術はそこにはない。
すぐに、持ってきた荷物の中から古い小箱を取り出し、中から幾つかの薬を出した。]
効き目があるかどうか分からないけど…銀の毒を緩和させるもの、って。
[代々伝えられていたものの中には、万一主が傷ついた時の為のものもあった。それをユリアンの口元へと運ぶ。
右目に走る傷痕には、顔をゆがめた。]
……さて、と。
これ以上、ここにいても、始まらん、か。
[小さく呟いて、ユーディットの亡骸を抱き上げつつ立ち上がる]
……俺は、自衛団の詰め所へ行って、今の事を話して来る。
それから、家に戻るけど……。
ティル、それから、ハインリヒさんも。
ここに泊まるのが不安なら、家に来てくれて構わないから。
……どうせ、部屋は余ってるし、ね。
[口調だけは軽く言って、宿を出る。
緑の瞳は静かで、そこにある感情は*読み取れずに*]
終わりは来たるか。望むべき終わりは。
望むべきでない終わりとは。
星の落下と同意に過ぎないのだよ。
[口調は話しかけるように言いながら、ユーディットの傍へと歩み寄り。たおれたその身体を見下ろして]
赤く。赤きモザイクは……もう。
欠片は連続となり。連続は集合となり。
集合とは何の集合か。
連続の集合だ。欠片の集合だ。
欠片は……
欠片は、纏まりによって腐食させん。
[呟く。声と表情は朦朧と]
終わりは集合を連続にせしか。
連続を欠片にせしか。
欠片を霧散させたるか。
そのどれでもないのなら。
そのどれかでもないのならば。
[エーリッヒによってユーディットが抱き上げられるのをただ見遣り。去っていく姿を眺め]
……恐ろしい事だ。
[促されるままに薬を口に含み、飲み下す。
傷の手当てもあって、少しだけ落ち着きを取り戻した]
……エーリッヒが護る者だったとは。
忠告は、これを指していたのだな。
[先に倒れた同胞からの忠告。
それがあったにも関わらず、狂気に任せて襲い掛かってしまった。
そんな己に舌打ちし、一息つけるように大きく息を吐いた]
だが次はそうは行かない。
俺の全力を以って、あやつを喰らってやる…!
[再び擡げる憎悪。
正体が割れた今、傷を癒す時間は無いに等しい。
己に対抗する術を持つ者。
それを排さねば己が望みは叶わない]
[薬により銀が緩和され、身体が動くようになると、短い間でもしっかりと休むために、自室へと戻り。
しばしの休息を取ること*だろう*]
[言葉と共に片耳を押さえ――口元に僅かな笑みを浮かべる。一瞬だけ。瞳は笑ってはいなかったが]
それでは、聞こえてしまう。
それでは、
何も、
聞こえない。
[途切れ途切れに紡いでから、残骸があった場所を少し離れ。隅の方の席に就き、テーブル上にノートを開く。それからペンを取り出すでもなく、何も書かれていない頁を*見つめていた*]
[ユリアンの傍らにただ佇む。これ以上傷を癒す術はもたず、出来る事は共に居る事だけだった。]
ひどいよ…酷い…
ひどいよ………
エウリノは何もしてなかったのに、ロスト様だって…。
たくさんたくさん、我慢してたのに…。
[二人が己の血に抗っていたのは、自分が一番良く知っている。そしてこの事が起こるまで、村人に手を出さなかった事も知った。
だから、村人の仕打ちが許せなかった。
たとえもう、沢山の血をながしてしまったとしても。]
勝手に囲って、追い立てて、追い詰められて牙を剥くのも駄目なの…?
…酷い、よ。
[涙は止まらなかった。]
[それでも、主は敵を打つという。
それは獣の本能が為せる業か。]
…全ては主の御心のままに…。
[泣きながら、僕は静かに傍らに*拝した。*]
─回想
突如目の前で始まったやり取りについていけずオロオロとしていただけの自分。
恐らくはユーディットがイレーネをハメようとしているのは判ったのだが。
その餌に使った存在がユリアン。
頭のどこかで警鐘が鳴る。
ユーディットがイレーネに使ったブラフの前提が。
アーベルが自分を『視て』人と認定した事。
そのブラフを前提に道を辿った結果として現れたのが「ユリアンが人狼」という架空の餌。
だが。
事実として自分は人間なのだ。
そこは動かない。
ならば、そうであるならば。
次の可能性。
イレーネがユーディットの言うとおり、偽であるとして。彼女はティルを視たと言った。ノーラを視たと言った。エーリッヒを視たと言った。
ティルは…あの様子からして恐らく人であろう。喰われたノーラは当然人だ。エーリッヒはどうか?ここはまだ判らない。判らないが。もしエーリッヒが狼ならばここでのユーディットの行動に対して抑止が無いのは何故か。もしエーリッヒが人ならば、彼女は偽でありながら未だ嘘をつかず村に「見分ける者」が二人居たのと全く同じ状態だったのだとしたら。
[僕は主の傍らに、静かに拝して目覚めを待つ。
次に目が覚めたときに、何がどう変わっていくのか。
内に渦巻くものは、大切な主を失ってしまうかもしれない事への恐怖しかない。]
我等は、盾であり、欺き、殺し、生かすもの…。
[ぽつりと口に呟くのは、口伝の一説。
だが盾になりきれなかった。
脈々と受け継がれてきた一族の血は、主を傷つけさせてしまった自分を激しく攻め立てる。]
ユリアンから告げられた事象。
イレーネが襲われかけた。喰われたのは同じ娼館に居た別の娼婦。イレーネと間違われて襲われた…という。それに対してエーリッヒが突きつけた疑問。
まさしくそれが、人狼がイレーネを疑惑から外す為の準備だったとしたら…。
逆の可能性も勿論ある。
ユーディットが人狼の可能性。
ただ、その場合、今の自分の頭の中で鳴っている警鐘は元より的外れなのだから、それについては問題無い。少なくとも、自分の予想している最悪のシナリオとは違う方向なのだから。
─最悪のシナリオ。
─今、ユーディットが押さえつけたのは。
─餌として罠に使っているつもりの其れは。
─ユリアンこそが正しく人狼なのでは無いか。
凄まじい勢いで頭の中を巡った思考が不意に途切れた。目の前で起こった事柄が引き金として。
飛び交う怒声。鈍い光を放って円を描く刃。
その円を縁取る色は。ああ、あれは血の色だ。
横たわり動かなくなったユーディット。
ティルに襲いかかるユリアンだったモノ。
エーリッヒとユリアンの刹那の対峙。
その全てが自分の座っている席からは魚眼レンズで覗いたドアの向こうの景色のように遠のいていて。
─動く事が出来なかった。
─そうだ、これは御伽話の世界なのだから。
─自分は。ただの人である自分は。
─そこでは傍観者にしかなれないのだから。
─母親の顔が浮かんだ。背で泣くティルの温もりを思い出した。何時だったか、もう随分昔の事のように思える、窓から毀れる月明かりに映ったイレーネの透明な笑みを思い出した。小生意気な口ばかり叩くミリィを思い出した。母を何度も往診してくれたオトフリートを思い出した。村の中で、触れてきた人々の顔が、言葉がフラッシュバックのようにグルグルと回る。
ユーディットが言っていた。
─じゃあ、また今度。
─ティルも一緒に、是非来てください。
─……ちゃんと食べないと元気も出ませんよ?
ああ、そういえば。そんな約束もしたっけか。
─そう。だからこれは。
─御伽噺なんかじゃけして無いのだ。
一連の騒ぎが終わった後も。
椅子に座ったまま動けないでいた。
自警団達が慌しく来て、慌しく去って行った後。
彼はエーリッヒ宅の書斎にふらふらとたどり着き。
固くドアを閉じて、人狼に関する書物を山と積み上げて読み漁り始めた。
─この世界で、自分が立つ位置を決める為に。
─そのために必要な、自分に足りないものを補う為に。
[自室のベッドでふと瞳を開ける]
……足りぬ。
傷を癒すには、血が、肉が、まだまだ足りぬ…!
[ゆらりと上体を起こし、ベッドから降りる。
傍らに控えていたイレーネを見ることなく部屋を出、とある部屋へと入り込む]
………ちっ、時間が経ちすぎたか。
本当に、最期まで役に立たぬ奴だ。
[入った部屋のベッドの傍、そこにしゃがみ込み舌打ちする。
立ち上がると何かを踏み躙ってから、その部屋を後にした。
部屋は床が赤黒く染まっており、ベッドの脇には乾いた紅を身に纏う男性の姿。
それは既に事切れた技師だったもの]
[イレーネの制止も聞かぬまま、工房から外へ出る。
走りながら感覚を研ぎ澄まし、人の集まる場所を探る。
気配を感じた一つの家。
そこは昨日己の邪魔をした忌まわしき人物が住まう場所。
複数の気配を感じると、その一つ、ただ一人である気配がある部屋の窓を見定め。
そこに居るのは家主ではないと察知し、にぃ、と口端を持ち上げると、大きく跳躍し、窓ぶち破った]
[恐らくは書斎にあった人狼関連の全ての書物を読み終えてパタリと本を閉じた、まさにその瞬間だった。突如窓が大きく音を立てて割れ。飛び散った破片と共に部屋に現れたのは・・・]
よぉ。
[口から毀れたのはいつもとかわらぬ挨拶で]
こっちに来たのかよ。ユリアン。
いや、人狼さんよ。
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