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― 東殿・回廊 ―
……クレメンス。
< 視線が合う。振られた手は見ず、その目を見詰めていた。
翠樹の仔竜から直接名こそ得られなかったものの、随行者に選ばれた面子を考えれば、推測はついた >
ブリジットを騙そうとしたのは、なんでだ?
お前も、願いがあるのか。
< 唐突な問い。
いつか交わした、短い言葉を思い出した。
願うだけでは変わらない、と >
─東殿・ブリジットの部屋─
せんで良いわっ!
[ナターリエの言葉には一喝。お互い無事に、と言う言葉には同意せざるを得ないが。
溜息の後に視線はブリジットへと向かう。見えたのは、真に安堵する姿。しかし続く言葉に驚き目を見開く]
なぬ、アーベルが…!?
何と言うことじゃ…全く気付けぬとは。
[目覚めることが出来なかった己に苛立ちが募る。しかし浮かぶ疑問はやはり]
狙ってきたのじゃったら、何故奪って行かんのじゃ。
目覚めぬ儂から奪うは容易かろうに…。
―東殿・氷破の部屋―
……多分、だけれど。
私が施した"封印"が作用していたからじゃないかしら。
[少しだけ悩ましげに呟く]
ただ、上級封印式とはいえ……
力ある竜なら、時間が掛かったとしても無理やり解けるだろうから。
時間が無かったのか、それとも……。
[唸るように考え込む。そこで、再度ハッとして、辺りを見回した]
―東殿・回廊―
[ノーラがどこまでこちら側…つまりは揺らされたものの事を知っているか、知りはしなかったが。
オティーリエが引き込めるかもと、以前言っていた事は覚えている。
そのあたりから事情は知れたのかと、朧気に予想し、へらり笑い返した。]
あんまり皆でダーヴィットを信じてたもんだから、一石投じておいたのさ。
疑われるならそれもまた良し。
俺の口から出る嘘で混乱でもしてくれればと思ってたんだが。
……思った以上に信頼されて、俺のほうが驚いたわ。
竜がいいというか何と言うか。
他言されなかったのは、ちと想定外だったな。
[笑みには呆れ、というよりは苦笑のようなものが混じる。なかなか上手くいかないもんだね、と。]
…俺の願いか。何だと思う?
[常の軽薄な笑みを湛え、ノーラを見据える。]
……いいえ。私もついさっき起きたばっかりですから、見かけてはいないですわねぃ。
[そんな言葉を返しながらも、頭の中ではめまぐるしく思考が動いた]
(―――言葉通りに受け取るのならば、アーベルとブリジットは仲間ではない。つまり、ブリジットは揺らされているわけではないということ。
けども、口裏を合わせて、こちらの隙をうかがっているということも考えられるかしらねぃ。
……どちらも考えられなくも無い、か。
しかし、ブリジットがそうならば、精神、影、生命、氷。
こちらは、水、大地……後は、機鋼くらいかしら。翠に期待できない以上、どうしようもできない。
……ふぅ。駄目元ですわぁ。言葉通り信じるしかなさそうですわねぃ)
―――ふむ。
つまりは、ブリジットはアーベルの味方ではない、ということですわねぃ。
……氷のを眠らせたときの余波が、大地のにも来たせいじゃないのかしらぁ?
大分、疲れていたようですしねぃ。
[ザムエルが目覚めなかったことの訳を、ナターリエなりに解釈してみた]
……輪転が遠いと言っていた。
< 話を聞き終え、ぽつりと呟いた >
それと関係があるのかとは思うが。
確証は、ないな。
永きを生きるのに飽いたか?
< 飾りを持たない左手で己の髪を梳いて、視線を落とす >
知れば知るほどに躊躇いは生まれるのにな。
知らなければ、単純に、お前らを悪とすることが出来た。
……願うことをしようとも思わなかった。
―東殿・氷破の部屋―
そう……。
[ナターリエの言葉に、微かに肩を落としながら。
目まぐるしく動く思考は読み取れるはずも無く]
……あの仔……アーベルの支えや助けにはなりたいと思ったことはあるけれど。
それは、あの瞳に関してのこと。
[赤紫の瞳を思い出しながら、ぽつりと呟く]
……思いか、心かは分からないけれど、"揺らされて"いたのに……
全く気付かなかったなんて、情けないわ、ね。
[伏せ目がちに、息を零した]
…奪われぬはブリジットのお陰か。
助けられてばかりじゃな。
儂がいつ目覚めるか、と言うのもあったやもしれんが、封印かかりし故に、と言うのは大いにある。
[僅か安堵の息を漏らす。相手方に渡らなかったのは僥倖だったろうか]
……ぬ?
ブリジット、何を探して居る?
[辺りを見回すブリジットを不思議そうに見やった。
ナターリエの見解を聞けば確かに納得出来ようか]
周囲へもかかるものであれば、可能性はある、か…。
―裏庭―
[その頃、青年は裏庭の闇の中で氷の歯車を弄んでいた。掌の血は既に止まっており、純白の氷は赤に染まる事は無い]
『――…あぁ、クレメンス』
[意識の一部は心話で届いた生命竜の声に向いていた]
―東殿・回廊―
近いな、とても。
[笑みを湛えたまま、ゆっくりと近づく。
剣の事は知らないまま。
近づけば周囲を、琥珀の粒子がちらり舞いはじめる。]
何故俺が、永遠に近い生を得たか。
エインシェント種だからじゃねぇ。
エインシェントであれ、外側からの攻撃には死ぬ事もある。
俺が生きて……いや、生かされてるのはこの琥珀の粒のせいだ。
数多の生命の中に溶け。俺を生かしつづけ、なのに二度と俺とは交わることもなくなった。
俺の片翼の成れの果て。
[ぽつりと、呟く顔に浮かぶ笑みは、軽薄よりもさらに薄い。]
―東殿・氷破の部屋―
[毛布をひっくり返したり、辺りを見回していたが]
……ザムエル、ナターリエ。
そのあたりに、氷で出来た歯車が落ちていないかしら……?
[ゆっくりと、ベッドから降りて、二人へと尋ねた]
[ブリジットの言葉に、少しだけ安堵の息を漏らした。
だが、口から漏れ出るのは、いつもの皮肉気な口調で]
今更、嘆いたところでしょうがないわぁ。
「今」という時間は、絶えず「変化」をもたらすものなのですからねぃ。
重要なのは、「これから」
何をすればいいのかということ。
ブリジット。
貴方が、騒動に協力していないというのならば、私達に協力して頂戴。
精神のを止めるために。
何をすればいいのかは……自分の中で答えは出ているでしょう?
氷で出来た歯車?
[ブリジットの問いに疑問で答える]
……少なくとも、私がこの部屋に来たときには見ていないですわよ?
むしろ、そんなの触りたくもないですしねぃ。
氷で出来た歯車じゃと?
[ブリジットに言われ己の周辺を探し始める。果ては下に敷いていた毛布の下をも探すが、それらしきものは見つからず]
ぬぅ?
そのようなものは無いようじゃが…。
何か大事なものなのかの?
あーもう、足に来てるし…
[壁に縋って、ひょこりと立ち上がる]
まずいなあ…見つけるまで保たないかも。
[ためいき]
それに、怒られそーだし。
[ええ、各方面に]
―東殿・氷破の部屋―
そう、ね……。それは、大丈夫。
辛いからって、今を封じ止めて、過去に浸ろうとは思わないから。
そう、これから。これからが、大切……。
[胸の辺りに手を置いて、呟く]
もちろん。
アーベルの事に気付けなかった事もあるけれど……
きちんと、お仕置きしないといけませんから。
[ナターリエを見据え、呟いた]
―東殿・氷破の部屋―
[流水竜と老地竜、二人から見当たらないと言われれば、顔を曇らせて]
ザムエルのそれを封じている、鍵のようなものなんだけれど……
……やられたわ。アーベルに、持っていかれたみたい。
[口元に手を当てて、眉を顰めた]
片翼の。
< 縮まる距離。
顔を上げ、舞う粒子を視界に納めた。
少し、螢火に似ている >
剣を用いれば、その願いは叶うのか。
世界の理を壊して?
< 手を握ると、微かに鎖の音が鳴る。
黒布の上から触れた粒子にか、石が揺らめいた >
……彼女の事も彼の事も、多くは知らないな。
オティーリエの願いと、その覚悟は聞いたが。
それを写して、願いを抱いた。
影輝王はその事を見越していたのかもしれない。
だから、剣をこちらには渡さなかった。
だが、ならどうして、連れて来たんだろうな。
何かが起こる事は予想出来ていただろうに。
< 何を願ったか。そう問われ、眼を伏せる >
一時は、影であることを願った。
一時は、己であることを願った。
今は――…
[ブリジットの威勢良い答えを聞けば]
おお。怖。
[と、おどけたように首をすくめた。
だが、続く言葉には、少しだけ表情が真剣になった]
なるほどねぃ。
短時間で封印を解けぬならば、鍵を持ち出して、ゆっくりと解く、か。
……大地の。
いつ封印が解けても良いための心構えをしておいたほうがよさそうですわよ?
何と…。
[封印の鍵。それが見当たらないと言う]
それを壊されてしまえばかけた封が解かれてしまうと言うことか?
安定欠く今それをされてしもうたらちぃと拙いかの…。
[考え込むように顎鬚を撫でる。封が解けたならば、己はその抑制に力を注がざるを得ない。それを意味する言葉だったのだが、その奥には自分でも気付かぬ操作がなされていた]
[封を解かれてしまったら「抑えられぬ」と言う植えつけられた意識が]
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