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[聖なる人の子の姿を見て、
火の止んだそこへと足を向ける。
その目に浮かぶは何の感情か。]
それがあるから、君のフィロメーラは死んだ。
[左手の書を見て、そう告げる。]
[地に伏したままに、ぴくりと指の先が動きます。柔かな金いろの髪にもお気にいりのワンピースにも、焼けたあとが残っておりました。告げられた言葉に顔だけを横に向けて、近附くティルに眼を挙げます。]
……なければ、よかった?
[まだその手には、『鍵の書』が残されていました。]
どうすれば、……なくせる? 元に、戻れる?
そんなーーっ、ベアー!
[折り重なる二人の姿に、駆け出そうとする。
獣の鼻をつく肉の焦げた匂い。
間に合わない、そうわかっていても、身体は動こうとし]
――ぐぅっ!!!
[一気に襲い掛かる負荷。
影の王の結界内での力の解放は諸刃の剣。
それに深く貫かれたように、身を折り曲げて横倒しに転がった。
薔薇色の石を乗せた獣の姿は消え、長い茶色の髪を緩やかに地に広げた、人に変化した元の姿で倒れ伏す]
うん。
封印など破らねばよかったのだよ。
[ただただ静かに、人の子に言い聞かせるように。]
再び、封印すれば。
なくなろう。
……君は、今は動けまい?
君も。
[ふたりめは、火の竜を見ていたか、
それとも他の者をみていたか。
本性をここで解放したものたちには、
動くことはできなかろう。
――それはかれの望みにとっては好都合。]
僕が元に戻そう。
君は……
フィロメーラが、かの女が、まだ生きていてほしいのなら、
星の光で、回復できないか?
[それは、しかし、
かの女を心配するもの。]
[痛むからだをなんとか起そうとしますが、上手くいかずにぺたんと座り込みます。]
……鍵だと、思っていたの。
[少しぼんやりとした、掠れた声は、ティルの言葉をきちんと聞いていたでしょうか。膝の上に置いた書を、じっと見ています。]
何の、鍵だと?
[かの女のそばで足をまげて、片膝をついて
そっと左の手をかざす。
聖なる少女に、そっとそっと、樹の力を。
その光が、少しでも強くなることを願って]
[疾風を放ったとき、それは来た。
――きしり、身体が悲鳴をあげて地面に倒れ込む]
[内蔵までもえぐる激痛に。
体の自由が拘束される]
ベアトリーチェ……。ティル……。
[声もでずコエにもならず。
ただかろうじて呻きが空気を震わす]
[風の子の声に、うめきに。
そっと花が額から抜け出る。
その花は、苗床の願いどおりに瓶を首から奪い、
それを持って風の子へと飛ぶ。
舞う。
それは、常と同じよに。]
[未だ辺りに残る肉の焦げるにおいを嗅ぎ、鼻先に皺を寄せた]
[何事かを話そうとしたが、出かけた言葉は途切れ、獣は少年の姿に戻り、少年は地に伏す。上体だけは、腕で支えたが。]
[一瞬のためらいから、気が緩んだところへと掛かる負荷。
治りきらぬ傷口は裂け、羽ばたけず地へと落下する。
そのまま地面へと叩きつけられ、気を失うと共に、鱗に覆われた人の姿へと戻る。]
[それは『鍵の書』の力でしょうか、ふわりと光が舞うと、辺りを包んでゆきます。]
その王国には 都市があり
その都市には 町があり
その町には 通りがあり
その通りには 小道がくねり
その小道には 庭があり
[粒子はかたちを変えて、うたのとおりに世界を創ります。けれどもそれは実際のものではなくて、幻でした。]
[それは見るものにとって、いちばん馴染み深い場所に見えたことでしょう。それぞれの住まう、世界とおんなじように。]
その庭には 家があり
その家には 部屋があり
その部屋には ベッドがあり
そのベッドの上には 籠があり
その籠の中には 花がある
[けれどもうたが終わると、それははかなくも消えてしまいます。夢のように。]
[かの女のうたから見えたのは、
ふかいくらい、やみの森。
魔界の森の、姿だったか。
しかし次に見えたものは、
この町のふるい、ふるい、時の情景。
“ ”のいた時の。
少し、ふるい、時の風景]
……
[花は風の子の下に、小瓶を届ける。かの女の魂の入ったそれを。]
君は、
君の世界が欲しかったのかな
[聖なる子へと手を伸ばす。
かなうならその頬に触れようと。]
……君は、あたたかな場所を、望んでいたのかい?
[...は三つ花から小瓶を受け取る。
骨と筋肉が分裂するような感覚に悲鳴があがる]
……これ、は。
ティル、こんな大事な、もの、どうして、僕に?
[疑問と不安がふくれあがり、ティルを見る]
わかんないよ。
そうなのかもしれない。
外の世界に行きたかったのかもしれない。
[その云い方は、いつもと少し違ってこどもぽかったでしょうか。そのかおは、いつもと少し違って泣きそうだったでしょうか。]
幸せに、生きたかったのかな。
ううん、幸せだった、はずなの。
どうして、おかしくなっちゃったんだろう。
[頬に触れられたのなら、その手には雫が零れ落ちたことでしょう。]
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