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馬鹿げているな。
俺も貴女も、皆。全てが馬鹿げている。
[ 刃を抛った手は目の上に当てられ、顔を半ば覆い隠し其の下の表情は窺えない。唯一つ確かなのは、嘆き哀しむ事抔、涙の流し方抔、疾うに忘れたと云う事。薄い口唇が歪められれば、其処から微かに零れたのは笑い声か、嗤い聲か。]
―自室―
[早朝、未だ目覚めぬ少女に銃を放ち、昨日のように壁を作る。銀粉はふわり舞い、空に溶けるように消えた。
主亡き今、彼女にとって一番護るべきはこの少女で。そして昨日感じた衝撃から、少女が獣でないことは明白であった。自らの同族に牙を向ける獣など聞いたことはない。――人以外は。
少女を起こさぬようそっと部屋を後にし、――そして今に至る]
―…→広間―
[泣きじゃくる彼の頭をそっと撫でる手は、とても優しくて。
それがまた、彼の涙を溢れさせる。]
『どうして…どうして……?』
[既に死した身なのだから、既に正体も晒しているのだから。青年が彼に偽りの慰めなどかける意味は無い。
それは、つまり――姉さんが言ったように、青年の優しさか。]
[ 部屋を出る前、手帳に書き残した言葉。
――Nec possum tecum vivere, nec sine te.
其れは誰に宛て、何を想って書かれたものか。]
-アーヴァイン私室前-
[昨日の騒ぎに、花束を忘れていたことに気づいたのは朝になってからだった。
しおれかけた花束を花瓶に差し半日。
すこしだけ生気を取り戻したそれを、予定通りの場所へと持っていく。
階段には青い髪の青年の死体はなかった。
彼を手にかけた男の姿もなく、辺りはしんと静まり返っている。
昨日は、人狼は人を襲ったのだろうか?
既に、この館に誰が生存しているのか、少女にはわからない。]
[と、そこまで口にし。
少女ははっとした表情で口元を手で覆う――]
あの時、神父様は何て言っていた…?
神父様は人狼の餌食に…、ナサニエルさんもギルバートさんの手によって…おそらく命を絶たれたでしょう。
――少年も…命を絶たれているし、ヘンリエッタさんもさっき言った通り、人狼なら率先して私を隠れ蓑にするはず…。
メイさんの力は本物だし、ギルバートさんは、会話から察して人狼では無い見方が強い…。
そして…ネリーさんが人狼なら…?何故武器庫の鍵を…?
[と、そこまで言うと。少女は口を噤み――]
探さきゃ…『あの人』を…。
きっと『あの人』に会って聞いた方が――答えが…見つかると思うから……
[少女は胸元をきゅっと握り締めて――]
『彼ら』の力には到底敵わないと思うけど…。でも…私を見守ってて?お父様、お母様、そして――神父様…
[ゆるり――][少女は花籠を携えて――]
[『容疑者』が立ち去った後も、私は彼女の言葉に耳を傾けていた。]
……ふむ。確かに『それ』を見た事はありませんでしたね。
[一瞬だけ、銀のペンダントヘッドに視線を落とし。
どのような曰くの品なのだろう。
そして、続く言葉に。胸を打たれた。]
……嗚呼。
[彼女も、私と同じ気持ちでいてくれたのだと。
同じ心の形を、持っていたのだと。
こんなに嬉しい事はなかった。]
[彼女が再び歩き始めた。追いかけなくては。]
―屋敷内 廊下→アーヴァインの部屋―
―広間―
[そして、思考は何処まで巡ったのであったか。
…ああ、そうだ。異端審問官を名乗る男が、人狼に殺されたかもしれないということ。
だとすれば、――あの蒼髪の男性を殺した彼が人狼なのだとすれば、ますます可笑しなことだ。
彼は緑髪の少年の死を嘆き悲しんでいた。真っ先に恨むべきは蒼髪の男性の筈。
彼を差し置いて、直接関係のない牧師を夜中に襲うだろうか?]
――
[少なくとも、蒼髪の男性が人狼でない限りは。
他にいると考えたほうが良い]
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[ 耳に届く旋律。其の音は心を安らげるか、若しくは何も響きはしないか。黒曜石の双瞳は何処か冷たく、其の表情は何処か遠い。階下に降り音楽室の方を見遣れば、一度は其方へ往こうと足を向け扉の傍までは到達するも、一定の距離を置いて、其れより先に近付く事は無い。
緩々と一度首を振れば、闇にも近く見える濃茶の髪が俄かに揺れた。]
[尽きぬと見えた涙も、いつしか止んで。
小さくしゃくりあげるだけになり。
それも、やがて落ち着いて。]
……ありがとう…コーネリアスさん。
[昔話と撫でてくれてた事への礼を、小さく呟き。*微かに笑んだ。*]
-アーヴァイン私室-
[カーテンが風に翻る。夜気を吸い込み、部屋は冷たい。
この館で恐らく、唯一のはめ殺しではない窓から吹き込む風に、ヘンリエッタは身を震わせた。
シーツにくるまれたその遺体に目を向ける。
既に死後数日を経た遺体は、徐々に人の形を離れて悪臭をまき散らしている。
そして、同じ部屋にはもう一つ、人でなくなった物。
明らかに人の手では不可能な形に損壊された死体。]
ああ……。
[ヘンリエッタは嘆息した。
あの神父は確かに、人狼にとって邪魔な存在だったろう。
けれど、銀の狼を仕留めた彼なのに。
神父と二人、寄り添うようにして活動していた少女はどうしたのだろう?]
─音楽室─
[ぼんやりと、どこかぼんやりとしたまま、旋律を紡ぎ続けて。
ふ、と。
織り成された、不協和音。
手が止まる]
……わけ、わかんなくなってきた……。
[呟く。
それは果たして、何を意味するのか]
[蒼髪の男性の、昨日会話した時の様子を思い起こす。突然人を―恐らくは牧師を探すと出て行った彼。冷静に人狼を探している印象で、彼女を殺さないとまで言った彼が人狼とは思えず]
――あ…
[ふ、と会話の内容が思い起こされる。
『奴らは武器を必要としないだろうし――』
『――何方を選ぶ事も出来ない臆病者ですから』
声が2つ、重なった]
[彼女は、まだ生きているのだろうか?
それとも、彼女が神父を殺した獣なのだろうか?
神父が油断し、殺されるとしたら彼女しかいない。]
二人で分けてね。
[そう呟いて、悪臭の漂う室内に甘い香りの花束を置く。
金の髪の少女を探し、廊下へと。]
―アーヴァインの部屋―
ああ……それにしても。
何故私はこんな場所で死ななければいけなかったのでしょう。
いやまあ、調べ物をしていたから仕方ないのですが。
[ぶつくさと呟きながらも。ウェンディの『儀式』を見守っている。
彼女が『聖書』の裏表紙に記名された名前に気付き、呟いた。]
ああ、それはね。私の本名ですよ。
30年前に、捨ててしまいましたがね。
[もし、生きていられたなら。
その名前を名乗る事もあっただろうか?
……詮無い事だ。]
『わたしは死ぬ。わが胸に真実を抱いて死ぬのだ』
[私が抱いた『真実』。
それは。*『聖書』と、ウェンディへの想いだった。*]
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