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終焉を齎すものが、番人殿のおっしゃるとおりふたり居るならば。
尋ねられ、庇いあうのかもしれませんね。
[女性の確認という事の葉にくれないは開かれた]
[乾いた緋の色彩は、風に触れ、暗く色を変えていく]
これは、番人殿。
[男から得られた答えに、微かに女は顔を伏せた]
きれいでは、ないのですね。
――やあ。
[掛けられた声は、はっきりとした揶揄と僅かな親密さを漂わせていた。]
久しぶりだな。元気だったか?
[玄関ホールにわだかまる闇の中から、音も無く夜の獣が滑り出た。]
[吐き気を催したか、幾度か咳き込む。
視界がぐらつき、硬く目を瞑った。
足許までもがふらつきかけたものの、
倒れる前に差し出された腕に受け止められた]
夢じゃ、ない――…
[薄く開いた眼で虚空を睨み、呟いた]
だいじょうぶですか?
[ふらつき、か細い声を零す少年に向き直る]
[傍らにいた男が、少年を支えた様だった]
ゆきましょう?
此処に居る事が辛いのならば、広間にでも。
[薄く開いた眼を、碧の色で覗き込み、あかの髪を撫でた]
―深夜・回想―
[予期はしていたのだろう]
[番人は声の主に対して身構えたのみで、訪れた者達に終焉の地のさだめについて告げ知らせた時と同じく、巌のように冷静であった。]
[明り取りの窓より差し込む月の光で区切られたホールの]
[光と影、]
[それぞれの対極に番人と獣は相対して立つ。]
ん…… へい、き。
[彼方を見ていた瞳が現に戻される。
確りと己の足で地に立ち、息を吐く。
口許に当てていた手を外し、
笑みらしきものを作ってみせた]
ごめんね、ありがとう。
クーも。
[礼を言って身を離す]
ちょっと、すっきりしたいかな。
[謝罪と礼の言の葉に、女は首を横に振った]
いいえ。
――広間よりは、外の風の方がよろしいでしょうか?
[チリン]
[鈴の音を鳴らし、招くよう少年の前に指を差し出す]
―深夜・回想―
[永くて短い数瞬の時が過ぎ、]
[口火を切ったのは、三日月の嗤いを唇に張り付かせた獣。]
そうそう。
俺の同胞を紹介しておこう。
[大仰に身を翻し、闇の中に佇む年若い同胞へと]
[す、と手を差し伸べる。]
そうだね。
中だと、空気が篭ってそう。
[差し出された指と、鈴の音。
導かれるように、手を伸ばす。
布に隠された遺体を顧みることは、もうなかった]
[代わりのように想起するは昨晩の事]
―深夜・回想―
[導かれるように若き獣は闇より現れ出る]
初めまして――
[滑り落ちる挨拶は此の地を訪れた時と同じく稚く]
[されど]
[番人を映す瞳は熱に浮かされ、
形作られた笑みは艶やかだった]
では。
[あかの髪越しに、番人の姿を刹那だけ捉える]
[されど、少年の手を取り、引く時には既に背を向けて]
[開け放された玄関から、外に出る]
何処まで、ゆかれますか?
[答えを気にする風でもなく、女はくれないを笑みへと変えた]
これはフィン……
俺の愛し仔(いとしご)だ。
[そっと肩を抱き、少年のつややかな頬に顔を寄せる。]
[その表情と仕草は冗談めいているものの、肩に触れた指先と濡れた声に篭る熱は隠しようも無く]
……何処まで行っても、同じじゃないかな。
此処が終わりの場所だっていうのなら。
だから、何処でもいい。
[僅かに首を傾けつつ、言う。
吹く風は花弁を揺らしてざわめかす。
鼻の下に指を当て、軽く鳴らした]
―回想―
失礼を致しました。
私はネリィ…ネリーと。
[ナサニエルに問われ答える時、常と違う発音が一度だけ。
向けられた微笑に今度は逸らさず微笑を返した。
言われるままに野菜の皮を剥き、刻み、水を汲み。
そしてささやかな晩餐の間は穏やかに、口数少なく過ごした]
はい、それでは。
[片付けも済んだ後、シャーロット達とも別れて借りた部屋へ。
毛布は畳まれて長椅子の上に置かれたまま。寝台には寄らず、その長椅子に身体を預けると毛布を被って翠を*閉ざした*]
―深夜・回想―
[年若い同胞を抱き寄せたまま、顔だけを未だ沈黙を保つ番人へと向ける。]
[少年とよく似た、艶やかな笑みを唇に乗せて]
[朗々と宣言する、]
[終焉の開始を。]
―廊下―
[朝から血が騒ぐ。彼はそんな気がしていた。身体中の筋肉が、しなるのを待っているような気がしていたのだ。]
踊りたい、というのは子どもじみた欲求かもしれんが……「番人」殿も、動き回ることを止めはすまい。
よし、今日は外だ。
土の上は滑るが、泉の畔ならば、壁も無い分、動きやすい。
[くしゃり、とひとつ髪を掻き、ギルバートは外へと向かう。]
[睦言を囁かれたかのように、かれは笑った]
[番人に注ぐ眼差しに人の理も感情もない]
[ 狩りを愉しみ
血肉を求め
終焉を齎す ]
[獣が、其処に在った。]
[玄関に近付くギルバートの鼻先を、奇妙な臭いが突く。
鉄が錆び、腐りかけた臭い。
――否、ただの鉄は、錆びたりはしない。]
………ん?何だ?
変な臭いが………
[嫌な胸騒ぎを感じて、ギルバートは異臭の方向――玄関へと向かっていった。]
終わりの場所。
[躊躇う態で、女は鸚鵡返しにくれないを開いた]
けれど、終焉を齎すものが居なくなりさえすれば。
もっとずっと、永らえるのでしょう?
私はこの花を、うつくしいあかが見られなくなることを厭います。
それゆえに、人狼をも。
[さざめく花弁の音に紛れる様なか細い声]
[音を生んだ少年の口許を、女は見る]
[彼に従い]
[彼の力と成れるよう]
[若き獣は在らんとした]
[同胞の狩りを]
[舞い散る緋を]
[*意識の奥底に迄、焼き付ける*]
『番人』が、そう言っていたから。
[己の紡いだ言葉を繰り返す女に頷く。
それは、後の台詞の肯定ともなった。
確かに番人は言ったのだから。
「厭うならば人狼を殺せ」と。]
でも、その後にはどうなるんだろうね。
何処から来たかもわからないのに。
生きとし生けるものは、最後には終わってしまうのに。
[視線は真っ直ぐに向けられている。
揺れる花へ、かれらの作る道の先へ]
―玄関―
[ギルバートの右目――琥珀色の眼球に、赤い色をした塊が映る。
周囲の人間が発する言葉から、それが「番人」のからだであるということが分かるまでには、それほど長い時間が掛からなかった。]
(ああ――…)
[人間の身体とは、こうも容易く壊れるものか――そのような類いの言葉が、ギルバートの脳裏に浮かんでは消えた。
やがて、彼はちいさく呟く。]
―――『終焉』。
[飽きるほど聞かされた言葉を、*ひとつだけ*]
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