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―客室―
で、使って良い部屋はあるのか
[そう番人に聞いて、教えられた部屋の中、男は軋む音を立てたベッドに腰掛けていた]
[布団は悪くはないが古風なものだ]
[無骨な手が、今は左の、傷の走る目を押さえていた]
[力が入っているのか、指の下で巻き込まれた緋の髪がくしゃりと音を立てた]
――…
[何かを思い出したのか、口は小さく誰かの名を紡ぐ]
[閉じられた目に映るものが何であったかなど、わからない]
[風が幾度か窓を叩き、手が外れ、黒紅があらわになると、男は立ち上がった]
[戸棚を開くと水差しがあり、中に水はなかった]
取りにいくか
[窓の外は明るい]
[水差しを持って男は部屋を出た]
[キッチンの場所などわかるわけもなく、階下で立ち止まることとなったのだが]
[生のままでからだに流し込んだ酒は胃の腑で熱い火を点すよう。]
……効きますね、これは。
[呟いて、じんわりと頭の芯に拡がる平衡感覚の狂いを味わう。]
終焉ねえ…どんな与太話だよ。
ああ、いやいやなんでもねえ。いい酒だって言ったのさ。
[番人から酒瓶を庇い、動き出したニーナへ逸らした目線を向ける。眉を寄せられるのも慣れた風に無視するが、ここに来る前もそうであったかは記憶にはない。手を貸すことも問うこともせず青い髪の二人のやり取りを眺めた]
[女と別れたのは、何時の事だったか。
城に戻れど部屋には入らず、
ブランケットを羽織った侭、
廊下で足を止め窓の外の景色を眺める。
硝子に似た瞳は見るものを映す。
それが自身というフィルタに既に歪められているとは知らぬ侭]
違うか
[一つ目の扉は違った]
[男は息を吐いて、次を探す]
[結論としてキッチンは見つかった]
[扉を開けたまま、中に入る]
ええ。くらくらしますよ……
[体内にともった火を持て余すように、先程までは蒼白だった顔色を仄かに朱に染めて、熱い息を吐いた。]
病み上がりにはすこしきついですね……
くらくらするのがいいんじゃねえか。
それにさっきよりゃ色男になってんぜ。
ああ、きついってんならほどほどにしとけ。吐いたら勿体ねえ。
[ナサニエルの顔色を揶揄し、心配するのは青年でなく酒の方]
ま、病人ってんなら先になんか食ってからかねえ。
空きっ腹にゃ回るからな。
ブランデーの肴にゃクッキーは向かねえが、茶に垂らせばいけるんじゃね?
そうですね。何か腹に入れないといけませんね。
[少し残ったクッキーを見て、]
とりあえずこれを食べて、落ち着いたら食料を探してみますよ。
[ソファから身を乗り出し、長い指でひとつ摘んだ。]
[指先が羽織ったブランケットを掻き寄せる]
冷えたかな。
[呟いて、視線を引き剥がし歩みだした。
程無く、部屋から漏れる灯りを見出す。
其処がキッチンであるとは、知っている。
あたたかなものを求め、覗き込んだ]
おお、食え食え。
落っこちんなよー。
[ソファーから身を乗り出す姿に呑気な声を発し火かき棒で暖炉を弄る。火花が散り赤い炎が背を伸ばす]
…ハムかチーズが見つかりゃ炙って食えるな。
探しに行くんなら俺も行くぜ。また行き倒れたくねえだろ。
[酒壜を脇に置き、冷め切った茶の入ったティーカップを大儀そうに取り上げる。
それにクッキーを浸しながらもそもそと飲み込んだ。]
それにしてもあなたは楽しそうですね。
不安にはなりませんか。
皆訳も分からず此処に居る所為で落ちつかないと言うのに。
[こぽこぽと音を立て、水が入ってゆく]
[男は気配を感じてか、振り向いた]
[現れた緋に、手元が僅かに狂い、水が陶器を伝う]
……ラッセルか
何か食いに来たなら残念だったな。何も作られてないぞ
[すぐに水は、水差しに注がれ始めた]
クー。
[中に入る。
乾いた足から、土の欠片が落ちた]
ううん、食べに来たんじゃないよ。
ただ、少し、冷えたみたいだから。
[落ちゆく透明な液体]
それは、ロッティの淹れていたのとは違うよね。
[いくつかやっとの思いで飲み下すと、指先の粉を払い、そろそろとソファーから立ち上がる。]
やはりもっと食べやすいものが欲しいですね……
探しに行きましょうか?
これはただの水だ
お前……目が?
[それから視線を足元へと向ける]
[男の眉が寄った]
好きではないからと履かないと余計に冷えるぞ
――温かいなら広間の方が良かったんじゃないか
…あ゛
まあ喉に通りやすいならいっか。
[茶にブランデーを垂らすのでなくクッキーを浸す青年に変な顔になるが、気を取り直し口を拳で拭う]
不安ねえ…酒もあるし屋根もある、ついでにいい女も見た。
きな臭え話さえなきゃ最高じゃねえか。
どこにいようと大した違いはねえ…いや、あるようには思えねえってところか。
[絶対にそうだという記憶はないので首を捻って言い直す]
不安も落ち着かねえのも飲めば関係ねえ。
記憶があったって忘れられるから一緒さ。
ああ、そうだよね。
湯気たってないし、香りが違うもの。
目?
オレは両方、見えるよ。
[傍に身を寄せ、男の手元を見、振り仰ぐ。
男の目を捉え、はたりと一度、瞬いた]
そんなこと言われても、靴、ないしさー。
広間にはさっき、休んでる人もいたから。
それに今はあたたかくなったから、平気。
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