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ネリ−!
[部屋に踏み出した緑の髪の少女に駆け寄る。
近寄ると、彼女の息が乱れているのが分った。
何よりも、自分を見た彼女の表情。緑の目は、何よりも雄弁で。]
私は、大丈夫よ。
申し訳ございません…
私の注意が足らず…
[息を吐き出しながら、1人にしてしまったことを詫びる。
少女を襲ったのが獣ではなく、人狼に怯えるただの人だったら――そう思うとぞっとして。
彼女は自身の思慮の至らなさを呪った。
暫くして息を整えると]
……さあ、もう夜も遅いですし。
[そう言って、少女を促す。
少女が何故ここにいるか、などを尋ねることもせずに]
―温室―
フリージアに黄スイセン、ですか……。
[フリージアにはいくつか花言葉があるためわかりにくいが、おそらく『親愛の情』辺りの意味だろう。
黄スイセンは……]
『私の愛に、こたえて』
[私は、彼女にここまで想われていたのか。
嬉しさと同時に、彼女より先に逝ってしまったという後悔の念が湧き上がり……
私は、声を殺して泣いていた。涙など一滴も流れないのに。]
……さて、行きますか。
私も、自分の器に別れを告げなければね。
[ひとしきり泣いた後。私は彼女と共に、温室を後にした。]
―温室→屋敷内 廊下―
[黒い影が出ていったばかりの廊下。
そこからやって来た少女。
影が、自分の恐怖がみせた幻ではないとは言い切れないけれど、彼女が人外の影と見ることもできたかも知れない。
けれど、それならこの人はこんな顔はしない。
たとえ、彼女が人外の獣だったとしても、それがなんだと言うのだろう。
人も獣も同じ。殺す生き物なら、自分が信じたいと思った存在を信じればいい。
ヘンリエッタは、緑の髪の少女に*微笑んだ*。]
――二階 廊下――
[少女は頭を抱えながら思考を重ねていく――]
神父様の除外から外れた人は二人――
でもギルバートさんは、おそらく人狼では無い…。
確認を出来なかったけど…。たとえ彼が鍵を持って行っていったとしても…鍵を独占する理由は無いし…。
それに――『この屋敷で何が起こっているかが解らない』と言って居た人が…訳も解らず武器庫の鍵なんて欲する理由が――見当たらない…。
そうすると、武器庫の鍵を持ち出したのはネリーさんの見方が強くなる…。
でも――彼女が人狼だとしたら…。何故鍵を元に戻す必要があった?自分を傷つけるであろう物を、何故『敢えて』野放しにするような事をしたの?
――人狼の力が、治癒力が、ずば抜けて優れていると言っても。『彼ら』だって不死身ではないのに…。
―ニ階・客室―
[ 閑かな室内には未だ纏わり突く煙草特有の香り。青年は夜に揺蕩う闇色の双瞳を僅か細め、まるで御手玉か何かの様に、皮鞘付きの小刀を軽く宙に抛っては掴むと云った手遊びを幾度か繰り返していた。何を思ったか、不意に左の袖を捲れば、昨日描いた緋色の軌跡は既に殆ど其の痕すらも失せており、其れは獣の回復力が故だと云うのは容易に理解出来、自らが人成らざる者であると今更ながらに感じさせられる。其の様な事は疾うに解っていた筈なのに。小さく吐息を零し袖を元に戻す。
刃を収める皮鞘を取り払えば、露になった刀身はランプの灯に煌きを宿す。
其の色が思わせるのは、彼の日の刃、獣の鋭き爪。眼を閉じて思い出すのは、青髪の男の胸に吸い込まれるナイフ。一年前に初めて、そして此の数日の間に幾度も見た光景。……其れは自らの手で行った事。]
―屋敷内 廊下―
[私は黙って、ウェンディと『容疑者』のやり取りを聞いていた。]
ふん、随分痛いところをつついてくれるな、この男は。
[気付いてはいた。異端審問官を始めた頃から。
“汝、人を殺すなかれ”と説きながら人を殺す、その矛盾に。
どのような形であれ、人を殺した者に安息の日など訪れないのだと。
……けれど。]
貴方は。貴方だけは。
赦してくださるのですか……。
[やはり、彼女は私にとって唯一の救いだったのだ。
53年間生きてきて、初めて得られた。最初で最後の。]
[ 刃の切っ先を己が胸に向ける。其の先には刻々と時を刻むが如く脈打つ心臓。此の儘貫けば生命の赤が溢れ出る事だろうが、然れど彼は人に非ず、苦痛は訪れども彼岸に渡る事は叶うまいか。誰の為に生きる心算も、死ぬ心算も在りはしない。]
……。
[ 逸らされた切っ先は心臓では無く手の甲へ。腕に引いたのと同様に薄く線を引いて、浮き上がる緋色を攫おうと紅い舌が近付けられるも其れは触れる事無く離れ、落つる雫は白い敷布に色を齎す。
求めるものは、此れではない。其れでは充たされない。
不要だとでも云うように、手の甲の緋を全て拭い取る。]
―自室―
[早朝、未だ目覚めぬ少女に銃を放ち、昨日のように壁を作る。銀粉はふわり舞い、空に溶けるように消えた。
主亡き今、彼女にとって一番護るべきはこの少女で。そして昨日感じた衝撃から、少女が獣でないことは明白であった。自らの同族に牙を向ける獣など聞いたことはない。――人以外は。
少女を起こさぬようそっと部屋を後にし、――そして今に至る]
―…→広間―
[泣きじゃくる彼の頭をそっと撫でる手は、とても優しくて。
それがまた、彼の涙を溢れさせる。]
『どうして…どうして……?』
[既に死した身なのだから、既に正体も晒しているのだから。青年が彼に偽りの慰めなどかける意味は無い。
それは、つまり――姉さんが言ったように、青年の優しさか。]
-アーヴァイン私室前-
[昨日の騒ぎに、花束を忘れていたことに気づいたのは朝になってからだった。
しおれかけた花束を花瓶に差し半日。
すこしだけ生気を取り戻したそれを、予定通りの場所へと持っていく。
階段には青い髪の青年の死体はなかった。
彼を手にかけた男の姿もなく、辺りはしんと静まり返っている。
昨日は、人狼は人を襲ったのだろうか?
既に、この館に誰が生存しているのか、少女にはわからない。]
[と、そこまで口にし。
少女ははっとした表情で口元を手で覆う――]
あの時、神父様は何て言っていた…?
神父様は人狼の餌食に…、ナサニエルさんもギルバートさんの手によって…おそらく命を絶たれたでしょう。
――少年も…命を絶たれているし、ヘンリエッタさんもさっき言った通り、人狼なら率先して私を隠れ蓑にするはず…。
メイさんの力は本物だし、ギルバートさんは、会話から察して人狼では無い見方が強い…。
そして…ネリーさんが人狼なら…?何故武器庫の鍵を…?
[と、そこまで言うと。少女は口を噤み――]
探さきゃ…『あの人』を…。
きっと『あの人』に会って聞いた方が――答えが…見つかると思うから……
[少女は胸元をきゅっと握り締めて――]
『彼ら』の力には到底敵わないと思うけど…。でも…私を見守ってて?お父様、お母様、そして――神父様…
[ゆるり――][少女は花籠を携えて――]
[『容疑者』が立ち去った後も、私は彼女の言葉に耳を傾けていた。]
……ふむ。確かに『それ』を見た事はありませんでしたね。
[一瞬だけ、銀のペンダントヘッドに視線を落とし。
どのような曰くの品なのだろう。
そして、続く言葉に。胸を打たれた。]
……嗚呼。
[彼女も、私と同じ気持ちでいてくれたのだと。
同じ心の形を、持っていたのだと。
こんなに嬉しい事はなかった。]
[彼女が再び歩き始めた。追いかけなくては。]
―屋敷内 廊下→アーヴァインの部屋―
―広間―
[そして、思考は何処まで巡ったのであったか。
…ああ、そうだ。異端審問官を名乗る男が、人狼に殺されたかもしれないということ。
だとすれば、――あの蒼髪の男性を殺した彼が人狼なのだとすれば、ますます可笑しなことだ。
彼は緑髪の少年の死を嘆き悲しんでいた。真っ先に恨むべきは蒼髪の男性の筈。
彼を差し置いて、直接関係のない牧師を夜中に襲うだろうか?]
――
[少なくとも、蒼髪の男性が人狼でない限りは。
他にいると考えたほうが良い]
[ 耳に届く旋律。其の音は心を安らげるか、若しくは何も響きはしないか。黒曜石の双瞳は何処か冷たく、其の表情は何処か遠い。階下に降り音楽室の方を見遣れば、一度は其方へ往こうと足を向け扉の傍までは到達するも、一定の距離を置いて、其れより先に近付く事は無い。
緩々と一度首を振れば、闇にも近く見える濃茶の髪が俄かに揺れた。]
[尽きぬと見えた涙も、いつしか止んで。
小さくしゃくりあげるだけになり。
それも、やがて落ち着いて。]
……ありがとう…コーネリアスさん。
[昔話と撫でてくれてた事への礼を、小さく呟き。*微かに笑んだ。*]
-アーヴァイン私室-
[カーテンが風に翻る。夜気を吸い込み、部屋は冷たい。
この館で恐らく、唯一のはめ殺しではない窓から吹き込む風に、ヘンリエッタは身を震わせた。
シーツにくるまれたその遺体に目を向ける。
既に死後数日を経た遺体は、徐々に人の形を離れて悪臭をまき散らしている。
そして、同じ部屋にはもう一つ、人でなくなった物。
明らかに人の手では不可能な形に損壊された死体。]
ああ……。
[ヘンリエッタは嘆息した。
あの神父は確かに、人狼にとって邪魔な存在だったろう。
けれど、銀の狼を仕留めた彼なのに。
神父と二人、寄り添うようにして活動していた少女はどうしたのだろう?]
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