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―東殿/氷破の部屋―
[そして青年は静かに歩み寄り、大地の竜の傍らへと膝を付いた。老竜は眉を顰めており浅い眠りにある様子に見えたが、構わずに腕輪へと赤が伝う指を伸ばす]
――…っつ!
[奪い取ろうとした手を拒んだのは腕輪の契約――ではなく覚えのある氷破の力。
痺れを残す指先の赤を舌で舐め取り辺りを探すと、眠りに落ちた際に零れ落ちた氷の歯車があった。手に取り、赤に染まらぬ封の鍵を握りつぶそうした――その時]
―――回想
[ザムエルにブリジットを運んでくれとのお願いは、少しだけ顔を歪ませて了承した。
氷が嫌いなわけではない。ただ苦手なだけだ]
……力仕事には向いてないのだけれどねぃ。
[ぼやき、ブリジットの腕を肩に回して、ふんぬらば!とザムエルと共に力を合わせて、ブリジットを部屋に運ぶ]
[―――ぴき……ぴき……]
[運ぶ最中に鳴る音は、二人には聞こえただろうか。
水が、氷の如く低温に触れたらどうなるか……答えは簡単だ。
腕が、体が、凍っていく。
それは、「変化」を生業とするナターリエにとっては、たまらないほどの苦痛でしかなかったが、それでも、『力ある剣』の暴走を止めるためにやってくれたことだ。
文句を言えるはずもない。
―――ややして、ブリジットを部屋に連れ込み、ベッドに寝かしつけると、はぁ……と大きな息を吐いて、自室へと戻っていった。
力を消耗し、凍らされるところだったのだ。
体力は、いちじるしく低下している。
それを回復するためにも、ナターリエは深い眠りに就いた]
―――回想終了―――
―東殿/氷破の部屋―
[機鋼の仔竜の力は既に知っていた。封を解き精神の力を流し込み腕輪の抵抗を押さえ奪うには時間が足りない]
――…鍵を貴方に。
[代わりにもう一度はがした鱗で大地の老竜へと術をかける。
眠りの奥の深層意識へ『抑えられない』という*言霊を――…*]
……。
[ゆらり、目を覚ました。
もしも、眠りの間に襲われていたのならば、太刀打ちできようもなかったが、どうやらそれはなかったようで、一先ず、ナターリエが、ほう……と息をついた]
やれ……少しは回復したかねぃ。
[確かめるかのように、右手を上げてみたが、その動きは鈍く―――]
氷の影響が、まだ抜け切れていないようねぃ。
[くすりと苦笑した]
まあ良いわぁ。
まだ、行動できる分だけましですものねぃ。
さて、と。
氷の様子でも見に行きますかねぃ。
色々と……聞きたいこともあることですし。
[少しだけギクシャクする体を起き上がらせて、歩みは扉の向こうへ……行った後に、すぐに戻ってきた]
[服を着込み、氷の部屋の扉を遠慮もなく開ける。
ぎしぎしあんあんとかあっても、むしろ、望むところである。
しかし、そういうこともなく、昨晩と変わらずに眠り続ける氷の姿と―――]
……大地の。
ここで倒れてたのですかぁ?
[呆れた声で、床に寝そべるザムエルの姿を見つけた]
─東殿・ブリジットの部屋─
[途切れた意識は途中で浮上することなく深く落ちたままだった。倒れ伏した後にクレメンスが小馬鹿にした後にきちんと寝かせてくれたことなど気付くはずもなく。もちろん、腕輪──剣に触れられたことについても]
[摩耗した精神は相当のものだったのか、周囲で騒ぎが起きても目を覚ますまでには至らなかった。自己の回復を優先したそれは、結果言霊の侵入を許すこととなる。
表情が険しくなったのは、その直後のことだった]
剣……抑えられ……
…否…抑え…ば…らぬ……
[うわ言のように言葉を繰り返す。倒れた時にはずれてしまったのだろう、額にはバンダナは無く、変わりに汗が浮かんでいる。額には、大小の菱型が螺旋状に並んだ刻印が中央に現れていた]
[何度も突かれ、それに気付き瞳を開いたのは、はたして何回目のことだったか]
あ。起きた。
[ナターリエに起こそうという思いは、全く無かった。
ひたすら、つんつんつついて楽しんでいただけである]
何、女の子の部屋で、うめき声を上げて、険しい顔しながら寝てるのよザムエル。
……なんか変態趣味でもあるんじゃなぁい?
[ひどい言い様である]
[しばしぼぅとした様子で天井を見つめて。傍でかけられる言葉の意味を理解するのに少しの時間を要した]
……阿呆なことを言うな。
…倒れておったのか…。
[言葉を理解すると魘されていたのとは別の意味で眉根を寄せ。上半身を起こす]
[ローブの袖で額の汗を拭う]
剣……。
[訊ねられ、腕輪に視線を落とす。それを注視するようにして動きが止まった]
……抑えられぬ……。
いや、抑えてみせる…。
……違う、そうじゃ、抑えねばならんのじゃ。
[小さな呟きを漏らす。最初の二つはどこか無機質な声色。続く言葉は意識を取り戻したかのように力が籠ったものだった]
ブリジットのお陰か、今は落ち着いて居るようじゃ。
多少の力の揺らぎはあるが、儂で抑えられる程度のものじゃな。
[ナターリエに視線を戻す頃には普段の様子に戻っていて。己が呟いた言葉には気付いて居ない様子で、問われたことに返答す]
─西殿・中庭─
[月闇の竜に投げかけた言葉の真意は、結局当人にしかわからないと言うか、もしかしたら当人にもわかっていないかも。
などというのはさておき。
途中、びしばしと八つ当たりを敢行しつつやって来た中庭。
水鏡に映し出される外の様子に、うあー、と唸りながら頭を掻き]
……っとぉにぃ。
爺ちゃんも爺ちゃんだっつーの、抱え込みすっから……!
[信を置かれた事は嬉しかった、けれど。
こうして、剣のために自身の存在をも脅かす姿を見るのは、やはり釈然とせず]
……。
[軽く、唇を噛んで、映る様子を見守った]
ご立派。
その調子で抑えてくれていると助かるわぁ。こんなもののために、世界を無くすなんてことにはなってほしくないですからねぃ。
―――ま。オトフリートが結界内に囚われたことにより、もうその剣の力を使う必要もなさそうだしねぃ。
[こともなげに、笑いながら言い、直後の言葉に、顔が真剣になった]
―――大地の。
このような場所で言うのもなんですけれども……。
[一度、視線はブリジットに向き、眠っていることを確認すると、視線を戻し、小さく囁いた]
ブリジットのこと……どう思います?
[オトフリートが結界に入ったために。その言葉に賛同するように頷く。確かにもう一つの剣の共鳴は感じられない。オトフリートと共に結界内に飛ばされたと考えるのが自然だろう。しかし気になることが一つ]
じゃが、再び剣を持ち出してくる可能性は否めまい。
オトフリートは、結界内でエルザの持つ剣を奪ったようじゃからの。
連中は自由に出入り出来ると考えた方が良い。
そうなれば、揺らされたもう一人……アーベルが使ってくるとも考え得る。
[この予測は間違ってはいないだろう。間違っているとすれば、剣は結界には入らず、今だこの場所に留まっていることと、現状剣自体はアーベルの下には無いと言うこと。
この場にあるはずなのに感じられぬ剣の共鳴。その理由が己が持つ剣が安定せぬ故とは、今は知るよしもない]
……ブリジット、か?
[訊ねられ、視線をブリジットへと向ける。未だ眠る氷の竜、しばし観察するように見つめてから、ナターリエへと視線を戻す]
…何とも言えんの。
剣の封を手伝うてくれたはどちらとも取れるしのぅ。
ただ、アーベルの行動と比べ見るのであれば、揺らされてはおらぬようには見える。
[アーベルは神斬剣を奪うべく手を出してきた。ブリジットはそれを抑える手助けをしてくれた。同じ揺らされし者であるならば、相反する行動を取るだろうか]
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