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シンプル、だけれど……。
[嫌だよ。
否定を紡ぐ前に、ユーディットは去ってしまった。
ついで、ティルが立ち去るのにも、何を言うのでもなくて。]
わかってる、
わかってるよ。
そうしなくちゃ、いきられないんだって。
[独り呟く言葉は、自身に言い聞かせるよう。]
[駆け出して行ったイレーネを見送った後、またふらり、外へ。
宛もなく、廃墟群の中を歩いていく]
未来……か。未来、ね。
[呟く口元を掠める笑みを見る者は。
今は、なくて]
はー……ガラじゃねぇってのに。
[呟く声は、呆れ声]
だいったい、これから騒動起きるってのに。
沈んでどーする、俺。
[早口に呟き、目に付いた廃ビルへと足を踏み入れる。
廃墟や廃ビルと言った空間での戦いは、得意とするものの一つ。
得物の──意思を取り込んで変質する糸の特異性を存分に生かすのであれば、戦場とできそうな場所の目星はつけておくべき、と思ったのだが]
……ここは、ちぃと使えそうにない、な。
[呟きながら、内部を見回す。
かつてはバーか何かがあったのか、辛うじてそれとわかるカウンターなどの設備や、装飾の残滓が見え隠れする、空間]
仕方ね、他……っと。
[他当たるか、と。
呟いた矢先、蒼の瞳が黒光りするものを捉えた]
……へぇ。珍し。
[それが何か、を見定めた時、口をついたのはこんな呟き。
足は、引かれるようにそちらへと]
ピアノ、か……こんなとこに良くもまあ、こんなん残ってたなぁ……。
[この辺りが五十年前の『変異』による破砕区域か、その後の組織間抗争による破壊区域かは知らぬものの。
いずれにしろ、そんな空間に、こんな物が残っているのは珍しい事で]
……鳴ったら、ちょっとしたお宝だな。
[冗談めかした呟きと共に蓋を開けて、煤けた鍵盤に指を一つ、落とす。
予想外に返る、澄んだ音]
……おっと。
[思わぬ反応が嬉しくなり。つい、本来の目的も忘れて音を紡ぐ。
連なる音は旋律へと変化して、廃墟へと零れる]
[頭で理解していたとて、
心で割り切れなくては仕方がない。
だけれど、否、だから、酷く不安定だった。]
体調、崩したら、拙いよね。
――じゃないんだから。
[小さく、声を落とした。]
[広場から、崩れたビルの並ぶ廃墟へと戻っていく。
手にした端末の飾りは指に絡めとられて、音は鳴らない。
代わりのように薄く唇を開きかけて、
微かな音色を聴いた。
光の次は、音。
先程よりは、警戒のいろが浮かぶ。
けれどやはり気になるらしく、足は止まった。]
[音を聴く者がいる、という可能性には意識は回らないようで。
こちらも今はいない、姉に教わった旋律を、ゆっくりと紡いでいく。
静かな曲が多いのは、無自覚の苛立ちを鎮めたい思いの現われかどうかは、定かではないが]
っと……。
[それでも、感覚はやがて、人の気配を捉え]
……誰か、いる?
[手を止めて、音の代わりにに問いを外へと]
[音色を拾い集めるうちに、細められる緑の瞳。
其処に危険は感じられず、訪れるのは、むしろ安堵。それと、ほんの少しの寂しさ。 誘われるようにゆっくりと、歩み出した。
わざわざ「招待者」が用意したか、それとも過去の名残りか。
とうに機能を失った店の残骸を慎重に避けて歩み、]
え? ――きゃ、
[……投げられた問いに意識が逸れて、避け損ねた。
近くの棚の上に残っていた装飾品が、派手な音を立てて落ちる。]
あぁぁ。
[何処かの執事の事は言えない。
と思ったのはともかくとして。]
[短い声と、物の落ちる派手な音。
身構えたのは一瞬──しかし、それはすぐに、とけて]
……なに、してんだか……大丈夫かー?
[そこにいるのが誰か、何が音を立てたのかを大体把握すると、ため息混じりに問いかける]
だ、大丈夫――
[です。
言いかけて、止まる。
落ちて来た物はぶつからなかったものの、引っ掛かった瓦礫は、しっかりと黒のタイツを裂いていた。膝の辺りに血が滲む。]
……!
替え、少ないのに……!
[怪我よりも、重要なのはそちらのようだった。
事実、痛みはさしてなかったから。]
……いや。
気にするのって着替えより、怪我だろ普通。
[上がる声に、口をつくのはこんな言葉。
この辺りは価値観の違いによるものなのだろうが]
ちゃんと、手当てしといた方がいいぜ。
こういうとこの瓦礫にゃ、何が混ざってるかわかりゃしねぇしな。
タイツないと見えるじゃないですか……!
[至って大真面目だ。
苦労しながら瓦礫の群れを抜けて、少し、開けた場所に出る。
ようやっと、音の主の顔を見た。]
……じゃ、なくて。
ええと。
アーベルさん、ですよね、弾いてたの。
邪魔したのなら、すみません。
[頭を下げて謝罪。
それから、ポケットをがさごそと漁って、]
……あ、そっか、貸したまま……?
[ハンカチの行方を思い出して、独りごちる。
鞄になら、予備があるはずだったのだが。]
はあ。
そういう問題なんか。
[やっぱり良くわかっていないらしい。がじ、と蒼の髪を軽く、掻いて]
いや、別に邪魔じゃねぇが。
物珍しくて、鍵盤はじいてただけだし。
[言いつつ、また、音を鳴らし。
何やら探しているらしい様子に気づいて]
貸したままって……縛っとくもん、ないんか。
[っても、俺もないしなー、と、ぽつり。
なけなしの物は先日のクリーチャー戦の血の始末で、既に臨終していた]
―昨夜:回想―
[暫しの会話の後に友人達と別れると、階下へと足を向ける。
広間にはまだ幾人か人が揃っているかも知れなかったが
気付いていないのか、見知らぬ振りをしたのかそのまま通り過ぎて。
カツ、と小さく足音を響かせて玄関ホールへと辿り着いた。
周囲に人の気配が全く無い事を確認すると、その足取りは真直ぐに――
しかし、外へと続く扉では無く、壁際へと向けられる。]
[何の飾り気も無い壁を目の前にして、ぴたりと立ち止る。
無機質な白を見つめながら何を思い出したか――ひとつ溜息を零した。
僅か細めた瞳に浮かぶのは、何処か、冷たさの滲む色で]
――…、ああもう。
よりによって。
[一人でこなす方が、幾らかマシじゃないですか。
苛立ちの含む呟きを零しながら、目の前の壁へと掌を当てる。]
[す、と掌を滑らせて、或る一点で、其の動きが止まる。
ゆると翠を瞬くのと同時、音も立てずに隠された扉が開かれた。
しかし、突如現れた其れに驚愕の色も浮かべずに。
待ち受ける相手が相手だけに――…全く気が進まないが。
出向かない訳にもいかない。再び、溜息を零して。
ぽっかりと口を開けたエレベーターへ、足を踏み入れる。
白の壁が再び音も無く、青年の姿を*消して*]
そういう問題なんです。
[こくこくと頷いた。先日の繰り返し。
無いものは仕方ないと諦めて、なるべく足に意識を向けないようにすることにした。]
珍しい? でも、弾いて――
ああ、こんなところにあるのが、ですか?
確かに、そうですよね。
大分昔のなのかな?
造り自体も古いみたいだから……。
[顔を動かして、ぐるりと周囲を見渡す。]
なんで、こうなっちゃったんでしょうね。
(…面白いと来たか)
[自分と対話してイレーネが漏らした感想。
無知なる者はかくも意図を理解出来ぬが故に幸であり不幸であるものだ、と思う。
少女がこの意図を理解した時、この感想はどのようなものへと変わるのだろうか]
[広間に人が少なくなると、自分も広間を辞し。
廊下にまだ人が居た場合は挨拶をしてから個室へと戻る]
─そして現在・個室G─
[自室にて乾かしていたハンカチを手に取る。
長く干していたために水分は完全になくなっていた。
皺の残るそれを出来るだけ丁寧に畳む。
付着していた血はある程度取れていたが、うっすらと残っている箇所があったりもした]
…血は、なかなか落ちないからねぇ。
[仕方ないか、と僅かに肩を竦めた]
……ああ。そ。
[繰り返しの問答に、これ以上はキリがない、と判断して、その話題はそれまでに]
ああ、残ってるっていうのが、中々珍しいな。
こういうモンは、大抵お宝狙いの連中がさっさと片しちまうから、残ってる事は少ないんだ。
[かく言う自身も、そんな仕事を請け負う事は多いのだが]
……なんで……って。
この廃墟が出来た理由、か?
[軽く、問いつつ、また鍵盤に指を落としていく。
紡がれる旋律。
『冬って、ほんとはあったかいんだよ』
そんな口癖と共に紡がれていた音色を、静かに織り成して]
ああ、えっと……
[言葉に詰まったのは、
他にも意図があったからか。]
そうです。
なんで、壊れちゃったのかな、って。
やっぱり、『異変』のせいなのかな?
[旋律を妨げないように、声は小さく。
吐き出す息は仄かに白く染まる。]
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