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はい。
旦那様に拾って頂いた時からずっと、…です。
[思えばこの口調もすっかり染み付いてしまったものだ。
働かないと暮らしていけない、という言葉に、本来労働は楽しいものではないのだろうと思う。自分にとってはすっかり普通のことになってしまったけれど]
そう、…でしたか。
……でも、お嬢様はお嬢様です。
[けれど、この目の前の少女は実の父親が大層な富豪でありながら、ずっとそういう暮らしをしてきたのだと、そう思うといたたまれない。
せめてもの微笑みを少女に向ける]
だっ……てっ……。
[厳しい言葉に、どう答えていいのかわからなくて。
言葉を捜すも、見つからず。
それでも、肩に伸びる手に気づけば、反射的にそれから逃れようとするものの、壁を背にしていて逃げ場はなく。
ただ、身を強張らせるしかできない状態に]
[聞こえて来るトビーの絶叫。]
[それに一瞬棒立ちになり]
[途惑い][混乱][惧れ][様々な表情が混沌と過ぎり]
[其処へ掛けられた声に]
[ハッとして思わず青年を見れば]
[笑み]
[何かを決意した表情で]
[少年を追い][急ぎ部屋を飛び出す]
[叫び声のした方へと奔れば]
[点々と廊下に落ちた][血の痕]
[それは]
[もう一つの][扉開かれた部屋へと続く]
[唇を引き結び、駆け込む]
[私の視線から姿が隠れる。
アーヴァインは、死ぬことが出来て、少しほっとしているのかもしれない。
もしかしてこの身体――といってもいいものか――は、
あまりしっかりとしていないのかしら。と思う]
『いったい誰がやったんだ?』
[座り込み、ただ黙って考える。
時間だけは有り余っていて]
牧師…いや、神父だったか。彼は…違うだろう。
メイは本物だ、だから違う。
あの、怪我をした男は…?俺が様子を見に行った時抵抗した力は強かった、けど。…あの状態じゃあんな事は出来ないだろう。
ネリー、ヘンリエッタ、ウェンディ……ローズをあんな所まで運んで行けるだろうか?
ハーヴェイは…?
……運んでいく必要などないんじゃないか?あの場所まで連れて行ってそこで…あぁ、それじゃ……
[ふと思い出すのは、ローズを慕っていた少年の姿]
[眠るように横たわる]
[女の]
[骸]
[血臭と死臭]
[蒼褪めた横顔][昨日会話した]
[美しい女性]
[固く眼を閉じ][両手で耳を覆った]
[床に倒れた少年の姿]
……。
[ 身を強張らせるのに気付けば伸ばし掛けた手を下ろし、小さく吐息を零す。]
だって、も何も。
じゃあ、どうすれば好いって云うんだよ。
[ 如何して好いか解らないのは此方も同じで。]
…まさか、あいつには殺す理由がない。もしそうなら、何故俺じゃない?
[いつかの、こちらに向けられた目を思い出す。
険をもった、睨むような瞳]
……何故、俺じゃない?
[そうすれば手に入れられたかもしれないのに?
ふと、思う、自分が子供の頃に思った事
手に入れられないものは、壊してしまえば良い
子供特有の我儘]
………まさか。
[あの無邪気な様子からは想像がつかなくて、でも
無邪気ゆえの残酷さは、自分も知っている事]
……っ
[笑顔に胸が痛くなる。自分はこの人にそう呼んでもらえるようなお嬢様なんかじゃない。
ただの狡い子供で。
『私が来たばかりに、あの人を傷つけた』
まだ手に残る感触。恐怖の記憶。
あれは、自分に対する憎しみ。自分が来なければ、アーヴァインが襲われることなどなかったのではないか。
幸せそうな肖像画の女性と、よく似た青年が目蓋に浮かぶ。
ぽろりと、少女の瞳から涙がこぼれた。]
[触れられなかった事に、ほっと息を吐いて、力を抜く。
肩から力が抜けたためか、肌蹴た襟元から胸の上の異質な紅い色彩が覗いているが、それには気づかずに]
……霊視の力からは……逃げられない……から。
ひとがしなないように、するしかない……けど。
それこそ、どうしていいか、わかんないよ……。
[今がいつだかわたしの頭の中はわからなくて。
少し混乱する。
さっきの出来事の前に起きたことだったかしら。
まるで物語を読んでいるみたい。
わたしがそれの登場人物だとしたら、
たとえば勇者の旅に火をつける、そんなヒロインの役職かしら?
そんなことを考えて、小さくわらう。]
[何とか少年の泊まる部屋に運び込み]
[寝台の上に寝かせる]
[最早習慣となった様に][上掛けを書け]
[恐々とした手つきで][着衣を緩めてやり]
[寝台の端に腰掛け]
[意識を喪った儘の少年を見守る]
まさか…いや、考えすぎだ、きっと。
[そこまで考えて、気付く]
そういえば、コーネリアスは…?
彼を処刑する、と、人狼だと言っていた。
……彼がもしそうなら、終わるんだろうか…?
ローズ、教えてくれ…君を傷つけたのは…誰だ…?
[そういって手を組み額を伏せる。
じっと、考え込むように]
[名前を呼ばれたからなのかしら。
わたしの意識がふわり、着地した。そこには彼の姿が。
ねぇ、あなたの手は……そんなに汚れて良いものじゃない。
ねぇ。
流してしまって?]
……教えても届かないでしょう?
[赤毛の少女の頬を伝うものが、最初何だか分からなかった。
きらりと僅かな灯りに反射し落ちていく…雫]
…え、あの。如何、されました?
何か失礼なことを申し上げましたか…?
[少女の涙を流す理由が彼女には分からなくて、ただただ戸惑う]
……止めればいいだろう。人が、死ぬ前に。
[ 黒曜石の双瞳を伏せながら呟いた台詞は酷く単純な事。]
そんな簡単に済めば苦労しない、ってのは解ってるけどな。
何もしないよりはずっとマシだ。
[ 外方を向け不機嫌そうな顔をした青年は、其の色彩には未だ気付かない。]
止める……。
[それは当たり前の事……否、当たり前すぎて。
逆に容易く無い事なのだけど]
……ボク……は……。
[言いかけた言葉は。
何故か。
途中で途切れ]
……なんで…………ローズマリーさんだったんだろ、ね。
[代わりにこぼれたのは、こんな呟き]
だ、駄目よナサニエルさん。
それは、そんなことしちゃだめ
[あわてて言うけれど。当然聞こえるはずもなく。]
[ネリーを困らせているのが分ったけれど、何も答えられなかった。
自分の狡さを曝け出すにはまだ怖くて。
ただ、首を降って、彼女の所為じゃないのだと示す。]
ごめんなさい。
なんでもないの。
私なんかにそう言ってくれて、ありがとう。
[この人を疑わないで済んで良かったと、心から思った。]
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