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三人ほど、この人を押さえていてください。
残りは私の後ろで警戒でもしていなさい。
[変色し始めている傷は相当深く出血も酷い。
かなり荒っぽい治療が必要になる]
…我慢しなさい。
貴方だって脚一本失うのは嫌でしょう。
[双の翠が暗い色に光る。
殺気立った空気の中、押さえ込まれた悲鳴と嫌な臭いが流れた]
[奥の戸棚から鹿子草を取り出して煎じる。
目の前でわざと一口飲んでから、ぐったりとした患者にそれを飲ませる]
これで暫くは眠るはずです。体力が戻らなければ話にもなりません。
奥に寝かせてもいいですが、それは本人も嫌がるでしょう。
家に連れて帰りなさい。
[疲れた声で男達に言うと書き物机の椅子に座り込む。
こめかみを押さえて机に肘を突いた]
私も少し、休ませてください…。
[どうしようか、とは思っていた。
普段はともかく、一応、この日に祈りを欠かした事はない。
だから、訪れるだけは訪れてみた。けれど]
……見事に予想通りというか、何と言うか。
[父の命日。一人、訪れた教会ではやはり祈りを捧げる事は拒絶された。
一応、墓参りまでは拒否されなかったので、花束を手にそちらへ足を向ける]
やれやれ、だな。
再来月、母さんの墓参りにはちゃんとこれるかね、俺。
[ぽつり、零れるのはこんな呟き。
共同墓地の一画、並んで築かれた墓の周囲を掃除して、花を捧げる]
……なあ、親父殿。
もし、生きていたら……。
[墓を見つめつつの問いかけは最後まで言葉にならず、そして答えは当然の如く、なく。
零れるのは、小さなため息]
……仕事。
急かされないのは、いいんだけどな。
[それを手放しで喜べる状況ではなく。
もう一つ、疲れたように息を吐いた]
―昨夜・回想―
いろんな意味でバレバレなのにな。
[ぽつり、誰にも聞こえないくらいの小さな声でつぶやいて。
躓いたミリィに向かって手を伸ばすオトフリートの姿を見やる――本人も気づかない程度の、寂しげな視線で。
イレーネの話。ブリジットの様子。
軽く食事をつつきながら、周りの喧騒をのんびり眺めていれば、一瞬オトフリートと視線が合う。
水と干しぶどうしか口にしていない様子に、少し不安な*心持ちになった*]
[酷く疲れていた。
だが同時にそこに居続ける不健康さも分かっていた]
外の空気を吸いますか。
[のろのろと立ち上がる。
上着も手にしないまま診療所の外へと出た]
−宿兼酒場−
[今日も店内に人気はない。時折自衛団員が訪れる事はあったが、事務的な会話を数言交わす、その程度。
上の姉は手持ち無沙汰というよりは若干ながら居心地悪そうで、作業をすると言って奥にいた。真意の程は定かではないけれど。
カウンターに頬杖を突いて、青年と白猫とが顔を付き合わせる]
さて、どうしようか。
疑いの芽は早めに摘むべきか、泳がせておくべきか。
どう思う?
[人差し指の先で、鼻先をつつく。
白猫は置物の如くまばたき一つせず、其処に在る。その双眸は、向かい合う彼の瞳を写し取り、空を映す海のような淡い青を帯びていた]
なんて。聞いても、答えるはずないか。
[カインと呼ばれる白猫が何時からアーベルの傍にいるのか、身近な者ですら、覚えているものはないだろう。彼自身、その事を誰かに話すこともない。
小さく笑う青年に合わせるように、獣は鳴き声をあげた]
エルザ姉。
ちょっと、出かけて来る。
一日中篭ってても、仕方ないしさ。
[大きめの声を投げかけ、扉を押し開く。
付き従う影のように、白猫も隙間から滑り出た。
まだ日の落ち切らぬ時分、風は生温く、空気は何処か、*澱みを持っていた*]
[村の雰囲気は正直言って悪い。
だから人の居なさそうな場所を選んだつもりだった]
…のですけれど。
[気付いたのが墓地に踏み入ってからだったのは、それだけ疲れていたということだろうか。
止めた足の下でパキリと小枝が折れた]
[耳に届く、パキリ、という軽い音。
誰か来たのかと振り返った先には、思わぬ人物の姿があり]
……あれ、先生。
どーかしましたか、こんなとこで?
[緩く、首を傾げつつ、問う。
吹き抜ける風が、先ほど備えたばかりの花を揺らした]
なるほど。
確かに、引き篭もりたくはないけど、出辛い状況ですからね。
[ため息混じりの笑みに返すのは、こちらも苦笑]
ああ……ちょっと、墓参りに。
父の、命日なんで。
皆さんの気持ちを分からないとは言いませんが。
患者さん本人にも怯えられてはやりにくくてかないませんよ。
…これは、失礼を致しました。
[エーリッヒの近くへと歩き、手向けられたばかりの花が揺れる墓標に暫し黙祷を捧げる]
とんだ日になってしまいましたね。
本来ならば他にも参られる方がいらっしゃったのでしょうに。
ま、あんな話聞かされたら、仕方ないとは思うけどね。
……とはいえ、患者に脅えられるのは、やり切れなさそうだ。
[冗談めかして言いつつ、くすり、と笑って。
黙祷の後、投げかけられた言葉には軽く、首を振る]
いや、いつもこんなもんだよ?
俺以外に、血縁はいないしね。
ええ、分かっていても切ないものです。
治療で一番大切なのは信頼関係だと言うのにね。
[冗談めかされた言い方には小さく笑って返し。
否定の仕草にスッと眼を伏せた]
…どうも失礼なことばかり言ってしまうようで。ユーディットと二人で暮らしていらっしゃるのは存じていたのですが。
こういう村でも、そんなものですか。
人と人が絡む仕事には、信頼が必須、か。
[呟くような言葉は、どことなく独り言めいて]
ああ、気になさらずに。
[目を伏せる様子に、刹那、浮かぶのは苦笑]
ま、親父殿も仕事以外ではあんまり周りと関わらん人だったしねぇ……。
俺は俺で、18の時からしばらく村にいなかったから、余計に人付き合いは狭い方だし、ね。
――…あれま。
エーリ兄に、ゼーナッシェさん。
[呟くような声も、静けさに満ちたこの場所ではよく通る。
無機質な石の立ち並ぶ間に揺れる花を視界に留めつつ、対照的にも見える色彩の二人へと、ゆっくりと歩みを向けた]
[独り言めいた言葉には寂しげな笑みを浮かべるのみ]
音楽の勉強をされていらっしゃったのですよね。
それならば。
[僅か言いよどむ]
伝承や昔語りの類にもお詳しいのでしょうか。
[問いを発したまま、ゆるりと振り返る。
現れた姿に一瞬目を細める]
どうも、アーベル。
ここは思ったよりも人の集まってしまう場所だったようですね。
[挨拶を送った時には普段と変わらぬ柔和な笑みを浮かべる]
ああ、母さんが音楽好きでね。
その影響で、俺も商売よりそっちに興味が強かったんだ。
[ここまでは、何気ない口調でいい。
空白を経て、向けられた問いに、緑の瞳は一つ、瞬く]
……ん、まあ。
それなりには。
[それが何か、といわんばかりの態度は、果たして本気かそれとも見せ掛けか。
いずれにしろ、やって来たアーベルに向けて、よ、と言いつつ手を振る様は常と変わった様子もなく]
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