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えいか―良い名だな。
[うんと一つ頷いて、新たな顔に目を向ける]
お早う、初めて見る顔だな―。
[と言っても他もまだ見知ったばかりだがな―と、笑い。
先ほどの名乗りを再び行うか]
…わらし。
[鞠を持つ小さな手に蜜色を微かに揺らす]
…花の君。
……湯浴みを、してきた。それ故に。
まだ、乾ききらぬので。
[腰を下ろしながら答えよう。
新たに見ゆる男の姿にちらりと蜜色を揺らす]
…そちは誰そ。
[逃げられては大変、というあやめの言葉。
それに、華の紋を抱きし手に、力がこもろうか]
うん……これは大切。大切な鞠。
[なくしてはだめ、と。その言葉は自身に言い聞かせるが如く]
……それがよいなら、風漣はえいか、とお呼びするよ。
[しかし、浮かびし陰りは刹那なるもの。
頷くえいかに、笑みつつこう返す]
否、生き別れなどという事もあるからね。
どこで縁が繋がっているかなどわからぬよ。
[朱の唇はやはり弧を描いたまま変わらず]
天狗、あまのきつねの仕業か、
確かに左様な話ではあったね。
成る程、なれば面妖でもないか。
其方は如何様に思うのかな。
[何の問いか定かならず相手に向きもせず]
…そうか。
我は揺藍と言う。…よしなに。
[言葉は少なく男に名乗る。
性の匂いを感じさせない風貌と声音の集合体は童子の持ってきた茶粥を啜る]
[こちらを見つめ、揺れる、蜜色。
それを、紅緋にてきょとり、と見つめ返し]
……だーれ?
[その訪れの時には眠りに落ちていたこともあり。
その問いは、自然に投げられて]
…ゆら。揺藍、という。
そなたの名を…我に教えてくれるか、わらし。
知らぬままではそなたの名が泣いてしまう。
[粥を掬った匙を持つ手を止めて少し首を傾げれば、くすんだ空色がさらりと落ちようか]
海は空の鏡と言うたかな、
天は彼方の世界の入り口にしか過ぎねども。
[独り言ちるは届かぬ場所を思うよう]
湯浴みか、それも好きかな、
此方も後でしにゆくとしよう。
先程から書き物をしていたものだから、
手に僅かばかり墨が移ってしまったよ。
[象牙のおのこに名を褒められれば、そうかと一つ頷いて。
あやめの問いには首を振るばかり。]
わからぬよ、我は何も。
まこと呼び声に答えし招きなら、何故に再び返すのか。
…乞うた覚えもないけれど。
[弧を描く朱を見ることなく、知らず止まりし歩を進め。
腰を下ろした揺藍とは逆に、白は廊下を歩みゆく。]
今日和じゃ。
…入れ替わりですまぬの。
[白が藍に染められるよに、青空と白夜が追いあうように。
よく似た姿と入れ替わりて*縁側から立ち去らん*]
揺藍。揺藍の……。
[どちらだろうか、と。
どちらでもあるような雰囲気より、思い悩みて]
……にいさま?
[僅かに首を傾げつ、感じたままに呼び]
風漣は、風漣。
[ついで、自身の名を告げて]
…褒めたところで何も出ぬよ、詠殿。
[名を何度も繰り返す様子に少しだけこそばゆいと表情を俯きかくして]
…左様か。
それならば手水を頼めばよいもの。
…けれど花の君が湯浴を好まれるならそれもよかろう。
海は…空の鏡などではないよ。
海には涙しか流れ着かぬと聞く。
[つぶやく。茶粥を一匙口に含み、嚥下する]
…いえ。
時の流れを、人の定めも行くところも我には止めることはかないませぬゆえ。
[えいかの去りゆく姿を匙を加えながら眺めゆく。
ふとわらしの迷う様子にすこうしだけ蜜色を甘く揺らし]
…どちらでもよいよ。そちに任せる。
我にすら自らがどちらなのかわからぬのよ。
[空になった椀に匙を下ろし、それを童子が片付けていくのを見ながら]
…そうか、風漣と言うのか。
仲良うしてたもれ、漣坊。
[少しだけ唇が柔らかくつりあがる]
左様に気が向いたのだから仕方なかろうね。
[己が事ながら他人事のように揺藍に返して]
涙しか流れ着かぬか、
なれば感情の往きどころかな。
うれしきものなれば好いけれども、
かなしきものなれば悪しものよな。
[立ち去るえいかにまたね、と声をかけ。
揺藍の返事に、こく、と頷く]
じゃあ、にいさまとお呼びする。
わからないの。風漣と同じだ。
[ふわりと笑みつ、こう言って。
仲良う、との言葉に、またひとつ、頷く]
うん、仲良くするの。
ねいろも一緒に、ね。
[未だ起き出す気配のない─先の事には気づかぬ故、未だ眠りの内と思うまま─、もう一人の童の名を呼びつ、首を傾ぐ様は嬉しげで]
さて。
此方は川でも見に往こうかな、
身を清めるにも好いだろうから。
天狗の里へ連れて往かれるなら、
それなりの準備も必要だろうてね。
[終わりの言葉は誰にともなく諧謔めかして]
濃色の子も臙脂の子も、
しっかりと食を取るようにね、
寝る子も食べる子も好く育つと言うのだから。
…何が残念なものか。
人をからかうのはそんなに楽しいか?
[次に顔をあげたときには雅詠を見ゆる蜜色は微かな憤りに満ち]
…左様か。
良し悪しなど海には解らぬ。
ただ海は受け入れて湛えるのみ。
…雨とて空の涙と聞く。
[幾分乾き始めた髪に指を絡ませ背の中ほどまである髪をゆるく編んで梔子色の布で結び]
好きにしたらよい。
[同じ、と言う言葉。僅かに首を傾げる。
けれどそのうち頷くだろう]
ねいろ…?
…そう。その、ねいろとやらとも仲良うしたいな。
[ふむ、と呟いて童子の用意した干果を一つ摘んだ]
[立ち去るあやめの言葉に、はあい、と頷いて]
……天狗の里? 連れてゆかれる?
[神巫の言葉を聞かずに眠りに落ちた身には、それは初めて耳にする事で。
どういうことなのか、と、ゆるく瞬き]
[揺藍の首を傾げる様には気づくや否や、見た様からは計り知れず]
うん、ねいろ。
起きたら、揺藍のにいさまもお話しするとよいの。
[にこり、と笑んで、自分も寝ていた床を振り返る]
…揄うのは好きにしたらよい。
けれど…相手をよくみてされるほうがよかろう。
[淡々と紡ぐ声は少年の声。
それから蜜色の瞳でちらりと男をみたあと、もうひとつ干果をつまむ]
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