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その必要も、もう無いよ。
自由に、なったんだから。
[この“場”から逃れることは、出来ないが。
途端、あがる怒鳴り声に、きょとりとした]
……お前な。
覚えてるのか、ないのか、どっちかにしろ。
[何方で居て欲しいかなんて――
己の死を覚えていて良いのかなんて、解らないけれど。
音の源、鎖へと、朧げに手を伸ばした]
未来の私。未来。
あるんだぁ、未来。
[感心したように言う。]
ご主人様は……あの人は、嫌い。悪い人狼。
[憎憎しげに呟いた。]
探偵で、助手。なんだ。
そっちのほうが、面白そう。
[くすくす、と笑うその声は、まさにユーディットと同じもの]
が、は…!
…ゲイ、ト…。
[傍らの気配に左眼だけで視線をやり、赤き世界での名を紡ぐ。
身体が毒が回るような倦怠感で支配され、その声も熱に魘されるようなものになる。
傷口を水で現れると、走る痛みに表情を歪めた]
…っ!
[悲鳴は上がらず、食い縛るような呻きが漏れた。
右眼は銀の効果により既にその機能を失い、ただ抉れた傷跡だけを残している]
『…どうにか』
[未だ姿戻すまでは至らず。
人というには些か異質な声で一言だけ返した。
ユーディットの言葉には暗紅色の目を伏せながら]
自由だったら、こんなのついてないのに。
[首輪に手をかけ、引っ張ってみる。
苦しいだけで取れやしない。]
変なこと言わないで。
私は、私。ちゃんと覚えてる。
[鎖に手がかかれば、怯えたように身体が逃げる。]
それ、引っ張っちゃ嫌。
助けて貰ったんだってさ。
[触れたものは、
重く、硬く、冷たいように感じた]
囚われてるのは、過去の記憶にじゃない。
覚えていないから、言ってるんだ。
[自ら引きはしなかったものの、
逃れられれば、結果的にはその形になる]
外せるかと思って。
[別に。外れなくとも、関係はないのに]
そう、――あぁ、
近くに居ないほうがいい。
[そう忠告めいた台詞を投げたのと、
彼女が獣に気付くのとは、果たして何方が先だったか]
[思わず身体を強張らせる。
首に繋がれた鎖、断片的な言葉。それでも想像のつくものはある。確信は無いが、ユーディットが人狼に向けた憎悪を思えば、あながち外れているとも思えなかった。
ただ、それでも目を逸らすことはしない。じっと双つの暗紅色を向けていた]
[まずは傷口の消毒、オトフリートの診療所から持ってきた薬を塗りこむが、銀の毒を癒す術はそこにはない。
すぐに、持ってきた荷物の中から古い小箱を取り出し、中から幾つかの薬を出した。]
効き目があるかどうか分からないけど…銀の毒を緩和させるもの、って。
[代々伝えられていたものの中には、万一主が傷ついた時の為のものもあった。それをユリアンの口元へと運ぶ。
右目に走る傷痕には、顔をゆがめた。]
ふうん……。早く来ればいいのにね。
[宙を見上げる。
助けといえば、空からかなあ、なんてことを考える。]
よく判らない。
[あっさりと返した。]
外せないよ……鍵がないから。
隠されちゃった。
[悲しそうに言う]
(逃げるなと言ったのはそちらでしょうに)
[ふと笑いたくなった。だがそれは形にまではならず]
(ミリィのことだけじゃないでしょう、逃げてはいけないのは)
……さて、と。
これ以上、ここにいても、始まらん、か。
[小さく呟いて、ユーディットの亡骸を抱き上げつつ立ち上がる]
……俺は、自衛団の詰め所へ行って、今の事を話して来る。
それから、家に戻るけど……。
ティル、それから、ハインリヒさんも。
ここに泊まるのが不安なら、家に来てくれて構わないから。
……どうせ、部屋は余ってるし、ね。
[口調だけは軽く言って、宿を出る。
緑の瞳は静かで、そこにある感情は*読み取れずに*]
終わりは来たるか。望むべき終わりは。
望むべきでない終わりとは。
星の落下と同意に過ぎないのだよ。
[口調は話しかけるように言いながら、ユーディットの傍へと歩み寄り。たおれたその身体を見下ろして]
赤く。赤きモザイクは……もう。
欠片は連続となり。連続は集合となり。
集合とは何の集合か。
連続の集合だ。欠片の集合だ。
欠片は……
欠片は、纏まりによって腐食させん。
[呟く。声と表情は朦朧と]
終わりは集合を連続にせしか。
連続を欠片にせしか。
欠片を霧散させたるか。
そのどれでもないのなら。
そのどれかでもないのならば。
[エーリッヒによってユーディットが抱き上げられるのをただ見遣り。去っていく姿を眺め]
……恐ろしい事だ。
あ、……そ。
[落ちた溜息は、呆れか]
鍵があれば、開くってことだろう。
[鍵。
在るのだろうか。
子を探していた姉を想起する。
囚われ、見つからない侭、彷徨う母]
お前の為に言っている訳じゃない。
[獣へと返し、
なら何故か、己に問うて]
――面倒な事になると、厭だから。
[零れたのは、子供染みた言い訳だった]
『半端者ですよ』
[苦痛が遮断され、叩き付けるような殺気も一時ほどではなくなり。何より倦怠感の方が強く伝わってくるようになり。
どこか力なく伏せたまま、しかし口にしたのはそんな言葉]
(…ああ、本当に性質(タチ)が悪いな)
[自分でもそう思った。苦笑のようなものが浮かんだ]
[促されるままに薬を口に含み、飲み下す。
傷の手当てもあって、少しだけ落ち着きを取り戻した]
……エーリッヒが護る者だったとは。
忠告は、これを指していたのだな。
[先に倒れた同胞からの忠告。
それがあったにも関わらず、狂気に任せて襲い掛かってしまった。
そんな己に舌打ちし、一息つけるように大きく息を吐いた]
だが次はそうは行かない。
俺の全力を以って、あやつを喰らってやる…!
[再び擡げる憎悪。
正体が割れた今、傷を癒す時間は無いに等しい。
己に対抗する術を持つ者。
それを排さねば己が望みは叶わない]
[薬により銀が緩和され、身体が動くようになると、短い間でもしっかりと休むために、自室へと戻り。
しばしの休息を取ること*だろう*]
うん、……水と、鍵と。
[欲しいものを指折り数え]
無い。無かったの。あの白い部屋には。
[きょろりと見渡した。]
でも、黒の中になら、あるのかな。
[獣から返る音には、首を傾げる。]
はんぱもの。
それって……痛い?
[言葉と共に片耳を押さえ――口元に僅かな笑みを浮かべる。一瞬だけ。瞳は笑ってはいなかったが]
それでは、聞こえてしまう。
それでは、
何も、
聞こえない。
[途切れ途切れに紡いでから、残骸があった場所を少し離れ。隅の方の席に就き、テーブル上にノートを開く。それからペンを取り出すでもなく、何も書かれていない頁を*見つめていた*]
『物理的になら、今は少し』
[それは本来自分のものではなかったが]
『そうでない意味なら、どうでしょう』
[苦しさを感じなかったといえば嘘になるが]
『ああ、落ち着かれましたか』
[投げた声は女性にでも青年にでもなく、遠いどこかへ。
どうにか姿を戻せなくもなさそうだったが、ユーディットの目の前でそれをするのは躊躇われた]
それが何処だかは知らないけど。
少なくとも、其処と此処とは、違うね。
[白と黒。
己の視界を覆う黒――闇を、見る]
……石。
[自分にも、探し物があった。
耳に、指が触れる。
失くしたのは、見たくないと願ったが故か。
それは既に、遠き過去の事であるのに。
今更だ]
本当に、面倒臭い。
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