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[はふ、と一つ欠伸をもらし。
ふと、思いついて、さざめく童子たちにととと、と近寄る。
湯殿の場所を問えば、手を引かれ。
そのまま、*汗を流しにゆくだろか*]
[濃い緑茂る古木の根元に背を預け、膝の上には飴色の笛。
人を知らぬか、人より怖いもの知るか。
白を広げて座す手や肩には、思い思いに囀る小鳥達。]
ほんに、よく囀る子達じゃ。
…かの童たちのようじゃの。
[瞬くほどの間が空いて、次いで空に満ちるは羽ばたきの音。
ふわり舞い落ちる羽毛に目を眇めるも、唇には笑み浮かぶまま。]
[古木の傍には小さな祠。
きちんと手入れされたそれに琥珀を向け、しばし佇み何想う。]
[やがて伏せられし瞼は目礼か。
僅かのち、沈黙を守ったまま白翻して歩みゆく。]
[小兄の外へ向かうに、留める声は投げられず]
[童子の持った果実を頂く]
[それは誰にも気付かれぬころか]
[食べ終えたなら、再び布団に潜り]
[いつしかうとうと、眠っていたか]
…………探し、ゆかんと。
嫌われてもうたら、いやじゃぁ
[誰も見ていないその時に]
[立ち上がって、走り出した]
[白い花、白い花]
[どこまで見てもただの白]
[ぱたぱたと駆けて]
[どこで寝ていたのかわからずに、迷った場所で立ち尽くす]
うしのうたら、あかんのに
かかさまの……
[呼気は荒く]
[呟いて、しゃがみこむ]
[まだ思い出しはしていない、一つの言葉]
[うしのうたら――もうどこにもありはせんのよ]
[白咲く野を踏み分けて、知らず辿りしは館への道だったのか。
風吹き過ぎて琥珀が映すは、白にぽつり落とされた濃色。]
…ああ、そなたは。
[名を呼ぼうとするも思い浮かばず。
顎に袖先当てて思案して、やがて零れる言の葉は。]
…そうじゃな。
[己とは思うことなく、空を見上げて目を細め。]
[空の青にも染まらぬは、先ほど戯れた小鳥であろうか。
その鳴き声に――音色に瞬いて、それから琥珀は濃色を映し、]
ねいろ、であったかの…。
[しゃがみこむ姿に迷いつつも歩み寄り、手を差し伸べようか。]
[戸惑うねえさまの様子]
[しかし気にせず、こくりと頷く]
おらの名前じゃぁ
ねいろ、ちゅうんよ。
[差し出された手にきょとんとするも]
[意図を悟れば嬉しげに、小さな手を重ねようか]
〔川流るるはさらさらり、
水跳ねるはぱしゃぱしゃり。
内には白の花をぐるり囲みて、
外には白の霧がゆらり広がる。
深紫は真白の中に静かに咲きて、
朱爪の白足をせせらぎに浸してゐる。
天を仰ぎしは陽のひかりを求めてか、
空を眺めしは星の煌めきを欲してか。
紫黒に映るは定かならず、定かならず。〕
[傍近く寄れば、童の呼気がようやく落ち着きつつあるとわかる。
これほどの白の中、際立つの朱についぞ気が付かずいたは、童が駆けて来たゆえかと思う。]
…いかがした。
怖き夢でも…否、誰そ探しておったのか。
[館には慕うものは誰なりとおろうと、半ばにて問いを変えて。
覗き込むように見やれば、青鈍にけぶる髪が頬を零れよう。]
ああ、やはり。
[名を肯定する姿に頷いて。
重ねられた小さな手の暖かさに、ふると睫毛を震わせた。]
〔風に舞ひて花弁の一が清流に落ち、
ゆうらりゆらり揺れるは白亜の遊覧船。
さりとて真なれば大海にも出ようが、
此は天狗の住まいし隠れ里がゆえ、
めぐりめぐれば元に戻りて同じ場所。
けれども川に流るる水ばかりに非ず、
天をゆく雲も地を歩む人もまた同じ。
他に往こうと試みれど、
あな面妖なり天狗の術か、
此岸は彼岸、彼岸は此岸、
ゆくもかへるも叶ふまじ。〕
[問われた言葉]
[こわきゆめ]
[触発されたか思い出すも、繋いだ手の温もりに]
[ただ力は少しこもるか]
違うん……
おまもり、探しとったん
怖い夢、見んようになるんよ
[だけれど心配させぬようにか]
[笑顔になって]
ねえさまは?
ねえさまのお名前、教えてくださらんか?
いきはよいよい かえりはこわい
こわいながらも とおりゃんせ
とおりゃんせ――……
[玲瓏たる声が紡ぐは幼げなわらべうた]
はてなさてな、
場には似つかわしくないかな。
[傾いだ視線の先には戯れに作りし花冠]
[重ねられた手に、やや力が篭る。
問いに返りしは否定。
されど守り無き今、悪夢を見んとの肯定でもありて。]
守りか。
我は見かけなんだが…。
[面に浮かぶは笑顔。
されど、それは作られたに似て、琥珀は惑うよにゆらゆらり。
白に塗り潰された野で探すは、いかに難しかろうかと。]
我は…我の名はゑゐか、えいかじゃ。
[迷いて零れた言の葉は、ただそれだけ。]
そうじゃよの……
[見ていないというねえさまの言葉に、少しかなしげな顔になる]
ふうれんにいさまが近うにいたんに、あかんかったけ、
お守り、うしのうてはならんかったんじゃ……
[しかしねえさまの名を聞けば]
えいかねえさま
[とても嬉しげに名を呼んで]
おうたじゃぁ……
ふうれんにいさまのと、ちがうんね
………ねえさま?
えいかねえさま?
どないなすった?
[ふるえに気づき、思わず手を引いた]
〔川のほとりに腰を下ろしたままに
清流に浸した足を遊ばせて、
水面に波紋を生み滴を散らす。
僅かには藍墨茶の小紋も濡れようが、
さして気にしたる風も無く。
音を奏でるのを止めれば立ち上がり、
一面白の野には紫黒の花ぞ咲かむ。〕
[小川のほとり、遠く見ゆるは深紫。
まるで心を読まれたよな、朱の弧が瞼に浮かぶ。]
…否、えいかでよい。
[嬉しげに呼ぶねいろに返す声音は、やや硬く。
親しげな「ねえさま」との言の葉を拒むかのよう。]
否、否…なにもない。なにも…ないのじゃ。
[心配るよに引く小さき手から逃れ、白の袖で抱く我を抱く。
ひとつ、ふたつと後退れば、踵返して*白の野に消えゆこう*]
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