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長居してしまったね。
[自分が居てはゆっくり休めないだろうと
男はカチューシャの顔色を窺ってからそう切り出す]
僕は広場をみてくるよ。
また、後であおう。
[彼女がマクシームに会いにくるなら
其のとき顔をあわせることもあるだろう。
姿がみえなければ、様子をみにくる心算で
男は静かに踵を返した]
ミハイルさんは無事だったんだね……
[そっか、と微かな吐息とともに呟き。
握り締めた手に優しく重なる手の大きさを見つめ]
あ……はい……
[こくん、と頷いて温かさに促されるように手の力を緩めた]
だって、あたしは何も出来ないし……
せめてがんばるぐらいしないと。
[頼っていいといわれて軽く頭を振り、無理やり笑みを作った]
知らせに来てくれて、ありがと……
うん、また、ね。
[広場を見てくるというユーリーをどこか心配そうに見やる。
すこし血色は戻ったけれど、まだ動くにはどこか頼りないから、ついていくとは言い出さず。
踵を返す背を見送り]
……気をつけて。
[そっと、小さく呟いた]
[カチューシャに頑張るなとは言わなかった。
彼女の性格は知っていたから
言うよりもそれとなく気を配ればいいだけの事。
背に掛けられた小さな呟きに飴色の髪が一度上下に揺れて
振り向かぬまま手を掲げて、わかった、と合図を送る。
外へ行けば掲げていた手を下ろし、拳を握る。
触れたぬくもりを思い、留めるような、動き。
男は広場へ向かう前にもう一人の幼馴染の家に寄った。
イヴァンにマクシームの訃報を伝える。
彼もまた信じられぬといった様子だったが
カチューシャの時のほど言葉は選ばず状況を伝え、
走り出した彼を追うように広場へと向かった]
―― 広場 ――
[去り際にすれ違ったロランの姿も其処にあるか。
マクシームの傍らで彼の愛称を呼び続けるイヴァンの声に
男は苦さを覚えるのか柳眉を寄せ眼差しを下げた]
――……。
[言葉をなくしたように立ち尽くしていたが
イヴァンが“ごめん”と謝る声が聞こえて怪訝な顔]
イヴァ……、
如何してキミが謝る。
[問う言葉ではあるが其の響きは
謝る必要はないだろうという考えが滲むようだった]
―― 広場 ――
[白かった敷布は赤黒くなっていた。
幼馴染が流したものと思えば嫌悪はないが
其処に漂う血臭が鼻についた]
――…ン。
[噎せるような息遣いが漏れる。
既に朝を迎えた其処。
広場の木陰へと視線を移し思案し]
木の近くに、移した方がいいかもしれない。
手伝ってくれるかい?
[力仕事に向きそうな者へと視線を向けた**]
─ 昨夜 ─
…。兄貴、心配かけてごめん。
[案ずる色を乗せて、低く静かに響く声>>24
何と言っていいか分からなかったから、こたえは返せなかった。
笑顔の苦手な兄だ。
いつだか、作り笑いが怖いと言われてより一層笑わなくなった。
けれどボクは知っている。兄はとても優しい人だった。
両親を亡くしてからは、兄妹二人で生きてきた。
その頃から、うちの庭には薬草が増えていった。
メーフィエを亡くしたあとの、兄の様子を今も覚えてる。
酷く悔やんだようだった。
───あなたのせいじゃない、と。
イライダとの遣り取りは知らないけれど、
ひどく、悔いていたことを聞かずともボクは知っている]
─ 自宅 ─
[その知らせを受けた時、ボクは朝食の支度をしていた。
朝の遅い兄貴は、まだ寝ていたろうか]
んー…、今度はレパートリーかな。
サンドイッチのコツを聞こっかな……
[カチューシャのサンドイッチは絶品だ。
思案しながら、二人分の皿を並べていく]
────…、え?
[ガタリ。と、音がした。
よろめいた自分が立てた音だと、あとから気付いた]
マクシーム、お にいさん が…?
[まさかと問い返す、口の中がからからになる。
こくりと唾を飲んで、その知らせの中に嘘を探った。
嘘のはずがなかった。冗談のタチが悪すぎる]
……兄貴 …っ
あにき、マクシームが、マクシームのにいさんが、
[家の中に、兄を呼ぶ。
身体が一気に冷える心地がして、カタカタと震えた]
…ううん、ううん。
だって獣なんでしょう?そうでしょう?
やだ…ボクも確かめる。だって……、カチューシャが、
カチューシャの、代わりにも、
[行かなくては。と、止められても言い張った。
広場へと赴く。───白い敷布を染める、夥しい赤を見た]
…っ……!
[その光景に、思わず口を覆う。咽るような濃い血の匂い。
がくがくと震える身体を、自ら抱くように強く掴んだ。
それでも震えは止まらずに、地面が揺れているような心地すらする]
こんな…、本当に……?
[独り言のように呟く、それへ返る声はあっただろうか。
あるにせよ、縫い止められたように広がる血の赤から目が離せない]
[随分と長い間俯いていたから、空が瑠璃色に白み始めていたの気づかなかった。
人の気配に顔を向ける。取り乱す事は無い。
噛み締めたくちびるだけが、心情を語るよう]
…出来る事、ある…?
[ユーリーが死体を動かすと言うのには、小さく告げるが。
自分ができることなんて無いだろう事は知っていた]
[幼馴染の存在に気付けたのは、車椅子が高く鳴ったから。
キイと高く鳴いた車椅子の音に、
漸く赤く染まった敷布から視線を引き剥がす]
……ロラン、
[名を呼ぶだけが精一杯。
傍らへ寄り、支えを求めて車椅子へと震える手を伸ばす。
堪えきれずに顔を伏せた。髪が顔を隠してくれる。
視界が遮られるのが、ありがたかった]
―― 広場 ――
[キリルの呟きに男は一度目を伏せる]
残念ながら――…
[本当、という言葉への返し。
ロランの尋ねには少しだけ表情を緩めた]
ありがとう、ロラン。
キリルの傍に……
[言い掛けて、チラとイヴァンを見遣る。
暫し考えるような間をおいて]
嗚呼、カチューシャの見舞いをお願い出来るかな。
後でくるとは言っていたけど――…
キミやキリルが一緒の方が安心できるだろう。
……っ、ロラン…
[ひくりと喉が鳴った。
啜り上げるようにした声は、涙声のようになる。
堪えようと、ボクはぎゅっと唇を噛み締めた。
幼馴染の手が、優しく髪に添えられる。
昨日イライダが飾ってくれた白い小花のピンは、
今朝は髪に咲いていない]
辛い、ね。
[キリルの髪をそっと撫でるのは、数度だけ。
ユーリーの言葉に視線を向け、小さく、頷いた]
…ん。
キリルも、行く?
[カチューシャの姿はここには見えず。
お見舞いというからには家だろうと、そちらをチラと見た]
カチューシャ…、
カチューシャも、もう、知っているの。
[ユーリーの声に、顔を上げないまま呟いた。
車椅子を掴む手に、きゅっと力が篭もる。
より深く視線が落ちた]
……カチューシャ…、
[やはり、兄と妹のふたりきょうだい。
彼女は今、一人きりでどうしているのだろう]
…───、うん。
[顔を伏せたまま、こくりと頷いた。
一度伏せた顔を、再び上げるのが怖い。
顔を上げればきっと、また広がる赤を見てしまうはずだった]
一緒に行きたい。
[震える声で告げる]
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