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そうだ。
オイラがやった。
[老婆の声に止まった手が、再び動き出します。
小さな欠片を丁寧に、白かったシーツに集めるのでした。]
〔行ってしまうゼルマを、アナは手を振って見送った。
それからまた、アナはちいさな足で広い道を歩いていく。〕
こんにちは、牧師さま。
〔いつもと違う格好のアナは、いつも通りにご挨拶。〕
全然違います、牧師さま。
神さまの光は、牧師さまの目を曇らせてしまったかしら。
〔おびえる羊の名前を当てられないメルセデスに、アナは言う。
ゼルマに話したのと同じように、アルベリヒのことを話していたけれど、行方不明という言葉にはちょっと首をかしげてみせた。〕
からだはあったけれど、こころがどこか、行ってしまったの。
それとも、アナには見えないだけかしら。
[小鳥の鳴き声を聞くと、アルベリヒはこくんと一つ頷きました。答えはどちらでも良かったのです。だってもう、誰にもそれは届かない]
そういえば、牧師さま。
アナは聞きたいことがあったんです。
牧師さま、
牧師さまは、人はそれぞれに、与えられたお仕事があると言いました。
それなら、人狼に与えられたお仕事って、なんですか?
――川縁――
[ルイのからだが、二つにわかれてごろんごろん。
鋭い切り口は、木こりの斧を思い出させます]
[おじいさんは、しばらく黙って旅人を見詰めた後に言いました]
『探し物を見つけました』
ドロテアからの伝言じゃよ。確かに伝えたからのう。
[そうしておじいさんは、家へと引き返そうとしました。
家には確か、作物をしまう袋があったはずです。
人間の体が入るかどうかはわかりませんけれど]
[足が止まったのは、紅白の羊に驚いたからでしょうか。
それとも、どう声をかければいいか、悩んだせいでしょうか。
一番の理由は、アナの投げかけた問いが、自分も聞きたい事だったから、でしょうけれど。]
……。
[ちょっと迷ってから、ゆっくりそちらに近づきます。
黒い花はゆらゆら、迷うように揺れていました。]
[ドミニクが頷くのを見て言葉をつづけました]
そうかい。確かにルイさんが来てからいろいろなことがあったものね。村のためを思ってやったのだと思いたいわ。でも少し聞かせてほしいんだよ。ルイさんが人に化ける獣だと思った理由ってなにかあるのかい? 実際そうだったのかい?
もうひとつ不思議なのはアナはルイが人間だと言っていたことだよ。
[木こりの背中に問いかけながらアルベリヒだったものに十字を切りました。]
おやおや、これは手厳しい。
羊なんて、……、どれもみな同じですから。
[牧師は悔し紛れに、羊をこっそり睨みます]
からだはあって、こころがない。
こころがあって、からだがない。
どちらも大変、困ります。
どちらも急いで探しましょう。
不思議なことをお聞きになりますね。
人狼に与えられたお仕事ですか?
さあて、私にはわかりません、けれど。
[牧師は指を口にあてて、考えます]
狼の仲間なら、
人を食べてしまうのがお仕事なのかもしれませんね。
[牧師はおお恐ろしい、と天を仰ぎ見て、
ぶつぶつと祈るようにつぶやきます]
同じではなくて、全然違うものだと思います。
神さまはひとつとして、同じものをお作りにならないもの。
同じものを作ろうとするのは、人間だけ。
〔大変だという言葉にはこっくり、おおきく頷いて。〕
うん、大変、困ります。
だから、そう。
アナは旅人さんに、こころの欠片をお届けしなくちゃ。
[老婆はなんとかドミニクの手伝いをしてアルベリヒだったものをひとつにまとめます。]
アルベリヒ、あんたのチーズはおいしかったよ。
[何も言わぬものに向かって、昨日までの感謝を口にします。]
[おじいさんは、袋にせっせと旅人を詰め込みます。
しかし小さい方はともかく、大きい方はひとりではどうにもなりません。
仕方がないので、他の人を呼びに行きました。
みんな牧場に行っていると、村の人が教えてくれたかもしれません]
……冷たいもんじゃ。
ルイが余所者だったからかのう?
[おじいさんは、いつかの自分も余所者だったことを、ふと思い出すのでした]
[木こりは老婆に背を向けたまま、手を動かし続けます。
けれど、ちゃんと聞いてる証拠に時々動きが鈍るのでした。]
…旅人さんが来るまで、オイラの村に人狼なんか出なかった。
女将さんが消えたのも、ホラントが噂しだしたのも、全部アイツが来てからだ。
人狼か人間かなんて、前も今もわからねえ。
[ゼルマの手伝いで纏まったシーツを固く結び合わせます。]
アナはきれいな色って言ってた。
それしかオイラは聞いてない。
食べるのが、お仕事ですか?
お腹が空いたのなら、ごはんを食べるのは、当たり前のことです。
お仕事だとしたら、不思議だって思います。
当たり前ではなくて、しなくちゃいけないって、ことなのかしら。
でも、人狼は、人で、狼なんですよね。
とっても、不思議。
どうして、半分ずつなのかしら。
人なら、人を食べてしまわなくたって、きっと、いいのに。
アナさんは、神様のことをよくご存知なのですね。
神様もお喜びになっておられます。
[牧師は笑顔の仮面を作って、頷きます]
おや、旅人さんが、どうかされたのですか?
こころの欠片とは、いったい何でしょう。
どこにあるのでしょうか。
[牧師は不思議そうにパジャマ姿の少女を見ます]
牧師さまは、牧師さまなのに、知らないの?
〔アナがメルセデスとおはなししていると、フリーが服の袖を引く。〕
ああ、そうね、フリー。
早く行かなくっちゃ。
牧師さま、失礼します。
ルイさん、からだをなくしてしまったの。
木こりさんが、切ってしまったから。
〔そういうと、ぱたぱた、駆けていこうとする。
その途中で、ちょうど、こちらへと来るひとを見た。〕
こんにちは、ドロテアお姉さん!
[老婆はドミニクに話しかけます。]
アルベリヒはホラントと同じように喰われた、ように思えるね。
もし、アナが獣だったら、人間に化けなおしたとしても、羊たちが寄るとは思えないよ。
きれいな色、確かにそんな言い方だったね。あたしにはそれが人間だ、という意味に聞こえたんだ。アナには何か特別な力があるんじゃないかね?
[いつからこんなに詮索好きになったのだろう、と溜息をつきながら、アルベリヒを運ぶ手伝いをするのでした。]
人の時には、人のお仕事
狼の時には、獣のお仕事
ヴァイスと一緒で、食べて眠るのが、お仕事。
きっと、そんなものなのでしょう。
きっと、そんなものなのでしょう。
[牧師は歌うように、二回言ったのでした。
羊に促されるように、ぱたぱたと駆けていく少女を見送ります]
[ふうわりふわふわ、羊雲のような羊飼い。ドロテアの事が気になるのか、一緒に漂っていきました。そうして見えてきたのは、アナと牧師さん]
あれあれ?
[なんだか嫌な気持ちがして、アルベリヒはそれ以上進めなくなりました]
[ほんの一瞬、きょとり、としたのはルイの事が聞こえたからでしょうか。
切ってしまった、という言葉に、嫌な予感が当たった事がわかりました。]
……あ、はい。
こんにちわ、アナちゃん。
[それでも、呼びかけられたなら、どうにか笑って挨拶を返します。]
ドミニクさんが、ルイさんを?
[少女が去り際に告げた言葉に、牧師は驚いた様子でした。
すでに少女は駆けて行く途中だったので
その知らせに牧師の口元が
微かに上がったことに、気付く人はいなかったでしょう]
……アルベリヒは、ホラントと同じだ。
アナは、ちと変わっちまった。
[ホラントの欠片も集めた男は、ゼルマへと同意します。
けれどアナについてはそう言っただけでした。
怪我した右腕に代わりゼルマの手伝いを受け、シーツの包みを肩にかけて呟きます。]
ゼルマさん。
ホラントは人狼が二人って言った。
旅人さんをやった後、アルベリヒが食われたんなら…
村ん中に、人狼はいる。
――牧場――
[牧場につくと、なんだかみんながざわざわとしています。
そういえば、村の人はこうも言っていました。
アルベリヒが食べられてしまったと]
おうい、牧師どの。
そっちの仕事が済んだらでいいから、ちと手伝っておくれ。
アルベリヒの他にも、祈って欲しい相手がいるんじゃよ。
[生きてる人はだあれも気付かなかったのです。でもアルベリヒは、見ていました。牧師さんの口元が微かに上がったのを。そうして思い出しました]
たいへんだ!牧師さんは、人狼だ!
……ドロテアお姉さん。
お元気、ないですか?
あっ、
今日のお花は、黒い色なんですね。
暗くて、深くて、ちょっと、こわい色。
〔そう言いながら、アナは、炎の揺れるランタンをかざして見せる。〕
ルイさんの色とは、まるで、反対。
[少女と別れると、
牧師は牧場へと続く道を歩いていきます]
美味しい羊は、良い羊。
不味い羊は、悪い羊。
食べてみるまで、わからない。
[向かう先、道標は赤い点々。
蹄の跡は、散った桜の花びらのよう。
ちょうど遠くから、牧師を呼ぶ声が聞こえます。
牧師は、ご隠居に向かって手を振りました]
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