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[自室のベッドでふと瞳を開ける]
……足りぬ。
傷を癒すには、血が、肉が、まだまだ足りぬ…!
[ゆらりと上体を起こし、ベッドから降りる。
傍らに控えていたイレーネを見ることなく部屋を出、とある部屋へと入り込む]
………ちっ、時間が経ちすぎたか。
本当に、最期まで役に立たぬ奴だ。
[入った部屋のベッドの傍、そこにしゃがみ込み舌打ちする。
立ち上がると何かを踏み躙ってから、その部屋を後にした。
部屋は床が赤黒く染まっており、ベッドの脇には乾いた紅を身に纏う男性の姿。
それは既に事切れた技師だったもの]
[イレーネの制止も聞かぬまま、工房から外へ出る。
走りながら感覚を研ぎ澄まし、人の集まる場所を探る。
気配を感じた一つの家。
そこは昨日己の邪魔をした忌まわしき人物が住まう場所。
複数の気配を感じると、その一つ、ただ一人である気配がある部屋の窓を見定め。
そこに居るのは家主ではないと察知し、にぃ、と口端を持ち上げると、大きく跳躍し、窓ぶち破った]
[恐らくは書斎にあった人狼関連の全ての書物を読み終えてパタリと本を閉じた、まさにその瞬間だった。突如窓が大きく音を立てて割れ。飛び散った破片と共に部屋に現れたのは・・・]
よぉ。
[口から毀れたのはいつもとかわらぬ挨拶で]
こっちに来たのかよ。ユリアン。
いや、人狼さんよ。
っ、ユリアン!
[主の急な動きに静止が間に合わず。
慌てて後を追ったが、無論狼の後についていくのは難しかった。
それでも行き先は容易に知れて。
もう殆ど人の居ない村を走り出す。
途中で自衛団に見つかりそうになり、かわしながら走ればたどり着くのは随分遅れた。
中には複数人がいる。すぐに中には入れない。
そっと、外から様子を伺う。]
[飛び込んで着地した低い態勢のまま、首を擡げて隻眼を投げかける]
…ああ、おっさんか。
筋張ってそうだがまぁいい。
──……お前の血、肉……俺に寄越せぇ!
[しゃがんだ態勢から鋭角に、床を蹴り出し真っ直ぐハインリヒへと飛び、異形と化した右腕を突き出す]
[ピクリ、と耳が動く。顔を上げて意識を澄ませる]
『…エウリノ』
[近寄るのは危険だと分かっていた。それだけ影響を受けやすくなることも。それでも一度決めたのだからと]
ru.
[現れたのは未だ人の子である少女の近く。その向こうにあるのは、同胞と人の気配]
[飛びかかってはこられたが。不意をつかれたわけでは無く。手近にあった本を一冊引っ張りだして自分と異形の腕の間へとかざす]
…へへっ。そうガツガツすんなって。
仰せのとおり、年寄りなんでな。
肉も筋張って美味くもねえが。
喰ったら腹にもたれんぜ?
[覚悟を決めたのか、それとも恐怖が一回りしてしまったのか。口から出るのはいつも以上の軽口で]
[翳される本を気にも留めず、そのまま爪を突き出し]
もたれようが何しようが、今は傷を癒すための血肉が要る。
一人で居た不幸を呪うが良い!
[軽口には付き合っていられないと言わんばかりに、左腕も異形へと変え、横方向から切り付けた]
[中はユリアンと、そしてハインリヒしか居ない。
少し離れた所に人の気配があるが、おそらくこの館の主だろうか。
こちらに来られるとまずい。
壊された窓枠から、中に入ろうとして壊れたガラスで手が傷ついた。]
ユリアン…!
[気を逸らしてしまうかもしれなかったが、名を呼ばずにいられなかった。
表情は青い。今にも泣きそうな顔で。]
[両方向からの攻撃には、元々武術や護身術など知りもしない素人ゆえに、あっさりと胸元を横になぎ払われて、勢いよく後ろへと転倒する]
…は、っはは。っくそ。いってぇ…。
…いってぇじゃねえかこの野郎!
[せめてもの反撃と手に掴んだままの本をユリアンに向かって投げるが、それも力の無い放物線を描くのみ。書物で知った狼を撃退する為の銀の武器もあるわけもなく。この状況で自分が生き延びる術は、騒いで時間稼ぎをして誰かが来るのを待つしか無く]
[ゆるり、と人に変じる。
昨日ほど引きずられることは無かった。
どうしてかは分からない。
けれどイレーネの血滲む手を手当てすることもできない。
気休めの言葉すら掛けられない。
無論エウリノを逃がす手伝いをすることもできない。
そも、今のエウリノが止まることはないだろう。
ハインリヒ。いい加減なようでも母親のことに心を配り続けていた男。彼が死ぬのをただ見るだけだ。
ただ、それだけだった]
力無きヒトが俺に敵うと思うてか?
[あっさりと吹き飛ぶハインリヒを見下し、口端を吊り上げる。
爪についた紅を舐め、飛んでくる本を首だけで躱しながらゆっくりとハインリヒへと近付いた]
…諦めて、俺の血肉となれ!
[ざくり、と骨の少ない腹部を狙い、薙ぎ払う。
内臓を引きずり出そうと爪を宛がった時、何かに反応して視線を上げた]
……ちっ、流石に気付いたか。
[こちらに近付いてくる足音。
これだけ派手な音を出していれば、見つからないはずもなく]
ここで捕まるは得策じゃない。
命拾いしたな、おっさん。
……いや、その傷じゃ長くも無いか?
[くく、と低い笑いを漏らす。
立ち去ろうと振り返れば、そこにはイレーネの姿]
…行くぞ。
[静かに告げて、窓から飛び出す。
イレーネを抱え上げると、纏う紅もそのままに、再び工房へと*駆けて行った*]
[遠く起こる喧騒は、知るや否や。
彼の姿は、一軒の家の前に在った。外から見上げれど、人の気配はない。
人狼発覚の報は、行き渡っているのだろうか。
そんな思考が掠めつつも、中へ入る。
今となっては、扉の鍵を気にする必要もなかった]
[気配は近づいてくる。その事に恐れを抱く。
守護者は危険だと、それは散々口伝で伝えられてきた故に。
それに主が気づいて手を止めてくれた事に、心底ほっとした。昨日のように、狂乱に身を任せるようなことが無くてよかったと。
ユリアンに抱えられる際に、傷つき倒れるハインリヒをちらと見た。
嫌いな人ではなかった。優しくしてくれた客だった。
だが敬愛する主らに比べれば――塵に等しい。
人を恨むような、主の餌とならなかった事を嘆くような、そんな視線がほんの僅かの間だけ向けられたが。
ユリアンに抱えられて工房へと連れられて行く。
手には微かに傷ついた赤をつけたまま。
これなら食べてもらえるだろうか、そんな事を*考えながら。*]
[意識が何度も遠のきかけるが、胸元と腹部に走る鈍い痛みがそれをなんとか食い止める]
…はは。助かったのかね。こりゃ。
あの野郎…中途半端にしやがってよ…。
年寄りの肉が食いたくねえなら、最初から素直にそう言えってんだよなあ…。
[腹部に手を伸ばせば、ぬるりとした感覚と共に生暖かい血が掌に絡み付く。それもすぐに冷めていき。]
ああ、俺、もう死ぬんかな。こ…れは。
やだ…な。死…ぬのは…。
[震える手で胸ポケットから煙草を取り出し、咥えて火をつけようとするが。血で湿った煙草には上手く火がつかず、結局手からこぼれ落ち]
ああ、あれ…だ…な。
お、れ…詩人だもん…な。
こういう時、時こそ…なんか…詩を…。
[閉じかけた目の映るのは窓の外に広がる切り取られたような空の色]
あぁ…ほら…ミリィ。今ならお前がい、言ってた事判る気がす、する。
[この空を母親に伝えよう。そのための言葉を紡いでいこう、そう決めてはみたものの]
あ…は。やっぱり…なんにも、お、おもいつかねえや。やっぱ…駄目だねぇ…お、俺は。
[その言葉を吐いた後、意識が*途切れた*]
─昨日/自衛団詰め所─
[自衛団の詰め所を訪れ、宿であった事を話す。自衛団員たちはいきり立ち、討伐隊を派遣しようとするが、それは押し止めた]
相手の戦闘力を甘く見るな。
それより、あんた達は他の連中が巻き込まれないように、しっかり守れ。
[では、人狼はどうするのか、という問い。
それに対し、浮かんだのは静かな笑み]
異端を制すは異端が役目。
古よりの盟約に基づき、守護者の……メルクーアの血を継ぐ者が、対する。
……心配するな。最悪でも、相打ちには持ち込んでやるさ。
[勝手知ったる場所ではない故に、探し当てるには少々手間取った。
閉ざされた扉の先。
切り取られた、小さな空が広がっていた。
否、其処に在ったのは、一枚のキャンバス。
鮮やかな青に満たされた空の下、笑い合う村人達が居る。
今の、死に包まれた村とは異なる、生きた人々の姿。
もう居ない者も――それは、青年自身を含めて――、皆、全て。
異なる色の双眸を向け、目を眇める。
それは、確かに美しくはあれど、何の変哲もない空にしか見えなかった。
――…初めは。]
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