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―回想:2階・個室―
[エーリッヒの願いとは裏腹に、いやむしろ予想通りに事態をややこしくした少年は、ノックの音を聞いてはぁいと声を上げた。
寧ろ読みながらなので、誰とかの認識はない]
開いてます、どうぞ。
……って
[顔を上げた瞬間に、視界に入った人の姿。すぐに目が釣りあがった]
不潔。
[当然、説得力のない言葉は一言で切り捨てた。
うさんくさいというより、親の敵でも見るような、いや心の神の敵でも見るような顔をしている。
少年の心中そのままだが]
気心知れても、若い男女が二人きりになるときは、部屋の扉を開けておくのがマナーだと聞きました!
[内緒話があったことも知らないが、不潔だというオーラをびんびんに発している]
神の怒りを買う行為ってなんだかご存知なんです?
だったら余計に信用なりません。
悠長じゃない行為ならできるっていってるようなものじゃないですか。
[知ってはいるけど理解していない少年でした。
話が終わってもやっぱり、睨む視線はかわらなかった。
ほんのちょっとの勘違いが、オトフリートにはかなりの災難なこととなりそうである]
まあ、今は、何もしていないってことにしておきます。
何かしてたら、…………許しません。
[手紙を出されたら、あ、と小さく声を上げる]
……う。ありがとうございます。
[不覚、といわんばかりの、お礼だった。
二通の、落としてきてしまった手紙を受け取る]
そのうち出せるとは思っています。
まぁ、早くここから出られると良いです。
[別れの挨拶を言って、部屋を出て行こうとする男を、少年は見送る。
その後でため息を吐いて、再び聖書を開くのだった。
今日もちゃとベッドで眠る]
―翌朝―
[今朝は悲鳴ではなかった。
ただ人の声、足音。
そんなものが眠りから覚める直接の原因となる]
――ん。また、なに、か…?
[目を擦り、服を替え、部屋の外へ出る。
ざわめく部屋の前。鼻腔を擽る匂いは鉄さびのよう。
重いなにかが落ちて行く音は違う方向から]
主よ
[少し声が震えた]
[結局その日広間に顔を出したのは、だいぶ遅くなってから。
遅め夕食を取り、早々に部屋に引っ込んで―――]
―翌朝・個室―
[昨日の事もあってか朝は遅く、目が覚めたのは悲鳴を聞いてからだった。]
!?ななななんだぁ?
[文字通り飛び起きて、部屋を出るとほど遠くに人が集まっている。
すぐ過去に惨劇を見た後だったので、はっきりいって何が起こったのか予想出来た。そこが誰の部屋かまでは覚えていなかったが。
赤に躊躇し、見たくないと足は一瞬止まる、と同時に頭の奥で頭痛がした。
最初はちくちく程度のソレは、まるで追い立てるように次第に程度を増していく。
頭痛を支えに、一歩、二歩と、じりじり歩を進めて行き。
扉の奥、人の合間の奥に赤を見ると、顔は青くなり意識が遠くなりかけ――さらなる頭痛にたたき起こされる。まるで痛みが『見ろ』と責めるように。倒れることを、頭の中の何かは許してはくれなかった。
酷い顔色のまま、奥に倒れた人物を凝視するように見やる。]
エルザ……。
[ぱちりと皿のように開いた眼には、エルザの死体とユリアンの狭間を悲しげにたゆっていたものを捉えた。]
ちが、う。
[そう小さく無意識に呟けば、顔半分に手をあて、ゆらとその場を離れた。ユリアンを気づかう余裕なぞなかった。
足は求めに応じて階段の方へと向かう。何を求めたか、表層の意識はただ喉を潤す水だったかもしれない。だが深層ではどうだったか。
途中でイレーネの姿が見えたが、声をかけるまえに逃げていった。だからその先に何があるのか、誰がいたのかはっきりと見えて。]
……なんだ、これ。
[喉を切り裂かれ事切れたライヒアルト、外から戻ってきた血塗れのフォルカー、彼が冷静に自衛団に支持を出していた事は知るよしもないが。その表情に普段の気弱な少年の面影はなかった。
視線は無惨なライヒアルトに留まる。まるで悪い夢でもみているようだった。]
―階段―
……ちがう。
[ライヒアルトの、その骸の上に視線を置いたまま額に手をあて。]
グラーツ殿は狼じゃ、ない。
[唇は再び無意識に開き。
ヘルミーネの忠告も忘れ、誰が聞き留めるのも知らないままに、*呟いた。*]
どうぞ、お守り下さい。
[十字切って祈りを捧げる。
部屋の前で立ち尽くしていたが、ダーヴィッドが動いていくのを見る。
イレーネが階段から、騒ぎの元の扉に向かうのも。
人の動きを見ていたが、一つ大きく呼吸をした後、どちらにせよ部屋の前を通ると、足を踏み出した]
――弔いをしないと
[エーリッヒが扉のところにいたから、見上げる。
冷静なのはそこまでだった。
視線を室内に移すと、目が見開かれた。かすかな悲鳴が口からこぼれて、口元を押さえた。
死から遠い場所で暮らしていた少年は、青い顔をして逃げ出すように階段へ向かい――]
[そこでも人の死を見た。
修道士の衣装で、気にはなっていた人]
ぅ、ぁ
[ダーヴィッドの声はかすかに聞こえたけれど、
今の少年にはその言葉の意味がわからなかった。少なくとも、落ち着くまでは。
胃からせりあがってくるものを、両手で押さえて、
粗相はできないと、それだけが頭に。
近いのは玄関だったから、自衛団員を押しのけて外に出て、地面に蹲る。
何度も咳き込んで、生理的に涙がぼろぼろとこぼれて、それでも暫くの間は*震えたままだった*]
―二階・個室―
[静寂の落ちる深夜。
“それ”は唐突に訪れる]
―― ッ !!!
[眠りを引き裂くような、激痛]
…ッ、ぁ は―――!
[声は掠れて悲鳴にはならず、呼吸さえままならない。
空気を求め、身をのけ反らせ、喘いだ]
[衣服がずれ、花の蒼がその色を覗かせる。
見た目に涼しげな蒼の炎は、その実赤よりも温度が高い。
その事を証明するかのように、獄火に焼かれる如き苦痛を女の身に与え。
けれどまた同時に、背には凍り付く様な悪寒も感じさせた]
… ゃ、
[見開いた目から、幾筋も涙が落ちていく]
『失われた』『喪われた』『喰らわれた』
[子供か]
『聖なる花が』
『朱き色が』『半身が』
[老人か]
『朱を踏み躙った者を』『人狼を』
『神に背く者を』
[男か][女か]
『 赦しては いけない 』
[頭に響く幾つもの声]
[地獄の中で苦しむ女は救いを求めるかのように、手を虚空へと伸ばした]
すけ て…
…、 …
[紡いだ誰かの名は、大気を震わせることなく。
女の意識は闇へと落ちた。
総てを知るのは、机の上に置かれた古いオルゴール*ただ一つ*]
―台所―
[エルザの部屋の前に居たらしいエーリッヒには気づかなかったようだが、
その後ローザを頼むと声が聞こえたら黙って頷いたか。
もっとも、女性の部屋にずっといるのが憚られてイレーネに任せてしまったのだが。
台所で身体の中を遡って来るものを押さえ込むように水をがぶがぶと飲んだ。
一緒に、記憶も流してしまえたらと、そんな勢いで]
っ、…くっ。
[凄惨な朱の色。物言わぬ身体は散り散りになりかけ―
喰われたと思われる痕と、轢かれた痕。
違う、けれど同じと思うのはそれが『エルザ』のものであるからか。
苦い表情で握りしめた手を流し台にたたきつける。
次は自分かも知れぬという状況に、いつまでも消えぬ…消せぬ想いに。
深く息をついてポケットから煙草を取り出して口へ。
マッチで火をつけて勝手口から外へ出た]
―勝手口の外―
[勝手口の扉を開きかけ、誰かの声に眉を寄せた。
そっと開くと、ライヒアルトのことについてのひそひそ話のようだった。
血まみれのフォルカーのこと、あの子がやったらしいと聞こえたところで、勝手口の扉を勢いよく開いた]
それが、お前らの仕向けたことだろうが?
満足だろう?容疑者が二人も減ってよぉ。
このまま皆死んじまえば、まんま思うツボか?
[自衛団員達を睨みつけながら低い声で言えば、彼等は多少おどおどした様子で去っていった]
子供に人を殺させるまでしても人狼探しとは…
狂ってるとしか思えねえよ。
[苦虫を噛み潰したような表情のまま、集会場の外壁にもたれて煙草を*燻らせている*]
─二階・個室─
[ウェンデルの反応は、ある意味では想定の範囲内。
これは後に引くなあ、と。
ちょっとだけ思ったとかなんとか。
それはそれとして]
……ん。
[明けて、翌日。
その日の目覚めを呼び込んだのは、喉の渇き。
ろくな食事もとらずに意識を失ったのはやはりまずかったようで、調子はお世辞にもいいとは言えなかった]
……怒られるなぁ、これ。
[普段はのほほんとしているが怒ると怖い主治医の事を思いつつ、起き上がる。
真っ先に確かめたのは、素焼きの小皿。
そこに零した真紅は、今は真白に色を違えていた]
……見つからなかった事に落胆すべきか。
それとも、落ち着いて対処してくれそうな人物を信じていい事を喜ぶべきか。
……複雑だな。
[そんな呟きをもらしつつ、部屋を出ようと扉に手をかけ]
……なんだ……騒がしい……?
[行き交う足音と、人の声。
嫌な予感を掻き立てられつつ出た廊下に漂う独特ともいえる匂いに、翠が険しくなった]
……っ!
まさか……。
[掠れた呟きと共に、その源へ近づく。
目に入ったのは、真紅の中のエルザと、その傍のユリアン]
……二人目……です、か。
[呟きは、部屋の前にいたエーリッヒに向くような、独り言のような。
深いため息を一つ落とすと、ふる、と頭を振った]
ん、ああ……俺は、大丈夫。
ちょっと、水、飲んで来ます……。
[常よりも悪い顔色。突っ込まれたなら、こう言って階段を降りて行く。
その先で、目に入ったのは]
……ライヒアルト……さん?
[倒れた黒衣。息がないのは、一見して、わかる。
すぐ側のダーヴィッドの様子には、疑問を感じたものの、今は水を求める意志が強かった]
―台所―
[台所につき、水瓶を覗く。中身は大分、減っていたが、渇きを癒すには事足りた]
……汲み足した方が、いいか。
[小さく呟き、勝手口から外へ。
立ち上る紫煙には、すぐに気づいた]
……ハインリヒさん。
[名を呼んで、しばしの沈黙。
しかし迷いは短く、翠はハインリヒへと真っ直ぐに向けられる]
お話ししたい事があるんですが……。
[いいですか? と問いかける。
時間の猶予は、あらゆる意味で、ない。
その中で、自らがなすべき事、なしたいと願う事。
それは既に、固まっていた**]
―一階:浴室―
[少年の通った道筋には、途切れ途切れに赤い滴が落ちていた。
浴室に溜められた湯はとうに冷めている。
赤の色彩を帯びた青い上着を床上に脱ぎ捨て、手を洗った。響くのは水音ばかりで、唇を引き結んだ少年の顔に感情の色は窺えない。
血濡れのナイフも清めようと上着に手を伸ばす。
転がり落ちたのは、色を変えた布に包まれた鉄紺だった。からん、と硬い音がして、赤い水が跳ねる。
少年の、蘇芳色のまなこが見開かれた]
僕――…… 僕、は……ッ、
[ごめんなさい、
と喉まで出かかった謝罪を、無理矢理飲み下す。
嘔吐すらせず、幾度も幾度も、荒く息を吐き出した]
[どれほど経ったか、呼吸を落ち着かせた少年は、濡れた上着を手にして浴室を出る。洗わなかった衣服には、乾いた赤い染みが残っていた。
廊下を通り抜け、階段を上り、自室へ戻る。
道中に誰かがいようと、物言わぬ修道士が見えようと、足を止めることはない。
問われたなら答えるだけ。
「ライヒアルトさんは、確かに、僕が殺しました」と。
少年の瞳には、暗く、冷たい光が*宿っていた*]
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