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[主ら二人の方を向いていたが、暫くの間何も始まらないことに微か安堵し、そして酷く緊張していた。
表の名を呼ばれたのはそんな時で。
ぴくりと、そちらの方をゆっくりと向く。]
ティル。
[少年に向けた表情は――透明な微笑み。
娼婦として、狂える者として、内の全てを覆い隠す為に身に付けた穏やかな笑みを向けた。その場からは動けなかったが。]
それもそうね。
[くす、とおかしそうに笑う。]
ううん……でも、最期に貴方とちゃんと話したのって、お屋敷でエーリッヒ様と一緒だったときだから。
やっぱりちょっとだけ、久しぶり。
色んなことがあったしね。結構前みたいに感じる。
その眼は、どうしたの?
[質問には、こくっと頷いた。優しい表情で。]
お陰様で。
若返るのは良いんだけどね。
あの頃の私は色んなものに囚われすぎてて。
[それがちょっとだけネック、と冗談めかして言う。]
一寸、ね。
人狼の真実っていうのは、
些か強烈だったのか、知らないけど。
視たら、染まって、抜けなくなったらしい。
[相変わらず、片側の視界は無い。
自嘲めいた笑みを浮かべ、手で覆った]
囚われていたなら、仕方ないんじゃない。
身だけでなくて、心も。
そういう、ものなんだ。
[猫を撫でていた手を止め、立ち上がるとアーベルの方へと]
うん、まぁ……。
生きてる間に振り払ったつもりだったんだけど。
私って、自分で思ってるほど強くなかったみたいね。
イレーネさんに本当のこと言わせられると思ったのに、失敗しちゃうし。助手はまだまだ探偵にはなれそうにないよ。
[幾つかの声。
その殆どは遠く。そのうち幾つかだけは僅かに近く。
誰だろうと思った。そちらに意識が向いた]
[気付いた時は、一人そこに立っていた。
祈りの舎は厳然とそこに在り、影はそれ以上進めず]
[左手を顔に影を作るように翳す。
開かれた指の間からは紅き光が覗いている]
知り合いなぞ、知るものか。
お前らは、俺の居場所を奪おうとした。
この村で、何もしていない俺達の居場所を奪おうとした!
異形であるからと、ただそれだけの理由で!
ここが封鎖される前、この村で原因不明の死体が転がったか!?
異形の爪痕が残されたりしたか!?
…俺はただ、静かにこの村で過ごして居たかった。
オパールの加工を学び、それを生業として過ごして居たかった。
それを壊したのは、お前ら人間だ!
[左手に隠れる紺色の髪が、端から白銀へと変わっていく。
口元は尖り、瞳は吊り上がり。
ぱさりと落ちたバンダナの下からは獣の耳が顔を覗かせた]
だから。
俺は貴様らを喰らう。
安寧を奪った貴様らに、全てに対し、復讐してやる…!
[白銀は髪に留まらず、顔や腕、ついには全身を覆い。
翳していた左手を外すと、そこに居たのは白銀の半人半獣の姿]
[自分の名前を呼ぶ声に、そちらを向いて、軽く手を上げて挨拶をする。
近づいて見えたイレーネの様子は、表情も、声も、いつもと変わらない穏やかさ。
けれど、何か不安がよぎる……イレーネが狂える人とは知らないが、ユリアンとは仲がよかったと知っていたから。
できるだけ、普段と変わらない表情を作り、近づいていく。わずかながら、緊張していた面持ちが現れていたかもしれない]
[白猫は青年と女性を、交互に見やる。
眸は白金というよりも、透明に近かった]
人間は、弱い。
そんなものだよ。
[近づくさまを、身動きせず、眺める]
そう?
嫌いじゃないけどね、ああいうのは。
でも。
……馬鹿だね。
[ピクリ、と背が跳ねた。
強い、あまりにも強い意思を伴った声]
エウリ、ノ。
[呟き、ゆらりと歩き出す。
声のした方へ。今度は自らの足をつかうように]
[咆哮を聞き目を閉じる。どこか別な世界を感じ取るように。
目の前の出来事から意識を離す事はしなかったが、傍に近づいてきたティルには少しだけ気を向けた。]
こんばんは。
危ないのに、こんな所まで来て。
[語る言葉は穏やかで。いつものそれと変わりが無い。]
ティルは私が怖くないの?
私はユリアンに、人狼様に仕える僕なのに。
[緊張しながらも近づく意識に、そう問いかける。]
弱くても、強くなりたかったの。
まぁ……生きるのに必要なぐらいには強くなれたから、
良かったかな。
[ゆっくりと歩を進め]
うーん、私じゃあれが限界だったんだけどな。
[少しだけふくれっつらになり。
ふ、と扉の外を振り返る。]
……始まった。
[目を眇め、去り行く白を見送り、歩を踏み出す]
そうじゃなくて。
……お前まで、
死ぬ事無かった、って言ってんの。
[ユーディットが振り返った瞬間、
すれ違いざま、ぽん、と頭を叩いた]
[述べられる言葉。
それを、緑の瞳は静かに、受け止めて]
……それが、どうしたって?
だから、自分は悪くない、正しいと。
そう、言いたい訳か? ……は。
[口元、掠める笑みはどこか冷たく]
馬鹿ばかしい。
いくら理屈をごねても、正義なんてもんはどこにもない。
お前たちにも、俺たちにも。
死にたくないものは、生きるための術を講じる。
互いにそれをやった結果がこれ……それだけだ。
……俺は。
お前らの、悲劇の主人公ごっこに付き合う気はねぇ!
[鋭い、宣言。
直後に翳される、左手の銀の短剣。
瞳に、表情にあるのは、成すべき事を成さんとする覚悟のみ。
情に流される事なく、毅然として。
流血に終わりを告げるために]
Die Flamme, die ich Leben und Feuer hole.
Ich helfe ihm und wohne in mir!
[唱えられる言葉に応じて立ち上る、焔の気。
それを纏い、白銀の姿へと踏み込む。
同時に、その勢いを乗せた突きを繰り出して]
[足取りは遅い。
振り払いきれていない悔悟を象徴するかのように]
[それでも一歩ずつ前へと進む。
咆哮が響いた方へ。村外れの丘へ]
わ。
[びっくりした、と頭を押さえ。
すれ違いそうになるアーベルを追いかけるように歩きだす。]
そりゃ、私だって死のうと思ってたわけじゃないんだけど……
……頼りにしてた探偵は消えちゃうし。
[馬鹿はあんたでしょ、と言い返す。]
< なぁ。
白猫の足はさして早いわけでもない。
けれど、追いつくには、そうかからず。
影の周囲を、くるりと巡る >
俺は、いいの。
元々、如何でも良かったし。
[己の命に価値など、見出していなかった。
けれど。
ユーディットは見ず、歩みを止めることもなく]
……全く、意味がない。
[呟いた。
相打ちを狙わずとも、良かった筈だった。
中途半端だと称する人狼を生かして、苦しむさまを見ても。
――そうしなかったのは]
―――。
[風が吹いた。
村の様子を眺めている女性の髪が、勢いよくなびく。
それは、ミリィ。
いや。姿かたちはよく似ていたが、雰囲気が違う。表情が違う―――何より、翼が生えていた。
そもそも、死者であるミリィならば、気候により、髪がなびいたりするのはあまりありえないことであった。
感情のこもってない目で、村を、人を、空を、ずっと眺めている。
―――その口がゆっくりと開いた]
【―――終わり。
何を持って終わりとするのか。
それは、人により、変わる答えだ。
だが、事件は終わる。終わりに近づいている。
……報告の時も、近い】
< 差し出された手を見詰め、
次いで、その先にある、影の姿を見る。
以前と違って、その眸は、何も映しはしなかった。
すり、身を摺り寄せる >
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