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[コーネリアスの言葉は、わたしが聞いていた物語とは――矢張り似ていた。
それもそうだ、あれには彼の主観がはいっていたのだから。]
彼は悔やんだ、とても悔やんだ。
仮令、彼女が彼を愛し、赦してくれるとしても。
それでも彼は生きることを選んだ――選ぶことになった。
それは二人だけの物語。
わたしはそれ以上を知ることはない。
わたしが知るのは、彼は白い薔薇を本当は枯らしたくてそれでも枯らせなかった……その理由だけ。
愛していたのだと、愛しているのだと、彼が言い続けたこと、だけ。
-1階廊下-
[1階で、試していない扉はあと一つだけ。
廊下の突き当り。用事がなければ行くことのないだろう場所。
ヘンリエッタはその部屋の前で立ち止まった。]
─回想─
[旋律を、紡ぐ。
ピアノの鍵盤、それは異能の巫女と世界を結ぶ、残り少ない糸の一筋。
その事実に気づく者は、当人も含めて存在せぬやもしれぬけど]
……どうしたの?
[不意に扉へ向いた青年の視線を訝って問えば、外の様子を見に行く、と告げられ]
なら、ボクも行く。
[対する言葉は、自然と紡がれた。逡巡を経ての肯定に立ち上がれば、そこでようやく、装いを改めた事に気づかれたらしく、問うような呼びかけ]
ん……ああ、これ? だって、ここで隠す意味、もうないし。
[何事もないように、それに答えて。
返される、曖昧な……どこか、ぎこちなさを感じる、言葉。
……その瞬間、微かに薄紫は、揺らいで。
でも、すぐにそれは、消えて]
[騒ぎの中心──階段前へと赴けば。
交差する、ひととひと。
舞う、真紅。
蒼の青年は、倒れて。
……揺らがない、瞳。
薄紫は冷静に、死を受け止める]
……どうか、した?
[傍らの青年が向けた視線にも、静かに返して。
……やがて、静寂が空間を重苦しく包みこんで]
……もう、遅いね。
部屋、戻って休むから……。
[静かに告げ、ゆっくりと、その場を後に]
─回想・二階客室─
[部屋に戻るのと前後して、姿が視えた。
……階段で見た時とは異なり、やや、着衣に乱れがあるものの、その理由になどは到底思い至らず]
─……やっと……─
[聴こえてきた『声』。それが意味するものは、端的で]
……おめでとう。なのかな?
[感情のこもらない、呟き]
[暗い鍵穴に鍵を差し込み、ゆっくりと回す。
少しだけ軋んだ金属音をさせて、鍵は開いた。
やけに重く感じるその扉をあければ闇。
手探りで灯りをつけると、橙の火に照らされて浮かび上がるは悪趣味な品々。]
[動かない。
動かせない。
悲しみの念。
原因や理由はどうであれ。
故意でなく、過失だとしても。
彼は、こわしてしまったから。
巫女が少女でいられた所以のひとつを。
繋ぎ止める糸を、断ち切ってしまったから。
だから。
その死を視る事に。
喪失の恐れは、感じない。
そして、自らを異能と認めたから。
異端と見なされる事への恐怖も、既に曖昧で]
……も、どうでもいい。
[かすれた声で呟いて、ベッドに身を投げる]
これ以上、なくならなければ……。
……いなくならなければ、それでいいの……。
[消え入りそうな呟きは、夜の帳の内に溶け。
やがて訪れた眠りの後、来る目覚め。
繋ぎ止める糸を辿るように。
巫女はまた、旋律を織り成すべく、音楽室へと向かう]
─…→音楽室へ─
―階段―
[赤毛の少女がいたことも、そして立ち去ったことにも気付かずに、彼女はその場に立ち尽くす]
人狼を、…裏切った……?
[戦いの最中に聞こえた言葉を、繰り返して]
[上から下まで、全て人を傷つけるもので埋め尽くされた部屋を、呆然と眺め、ヘンリエッタは室内へ一歩踏み出した。
剣、銃、斧などは、ヘンリエッタにも使い方はわかる。
けれど、なかには全く目にしたことがなく、ただ、灯りを鋭く反射する刃だけが、その用途を伝える品もある。
鍵がかかっていたわりには、それらの刃は綺麗に磨きあげられて、実用性を主張する。]
――二階 廊下――
何か…見落としている所は無い…?
神父様も私も…見落としているようなことは…。
そもそも何故、武器を欲しがるの――?
身を守るため?それとも――…人狼に怯える『人間』を装う為の…カムフラージュ――?
神父様は、私達子供には扱える武器は無いと言った。
メイさんは、望んで人を殺すような事はしないだろうと。
――それに…あの人の力は…本物…。それは私が一番…知っている。
だから…ヘンリエッタさんも、人狼では無い筈――
もし彼女が人狼なら……何故浴室で終始怯えた様子を見せていた?人狼なら…真っ先に信頼を得て――隠れ蓑を作るはずなのに…
[少女は頭を抱えながら、記憶を辿る――]
[霞の掛かったような思考に*苦悩を強いられながら*――]
[試しに手前の壁に飾られた長剣の刃をなぞる。
その冷たさに、指が震えた。
そっと、持ち上げようとして、重みに顔をしかめる。
恐らく自分にはこれは扱えない。
床に転がった、小さなナイフを思い出した。
自分に扱えるのは、せいぜいその程度。]
[静かな声が語る、昔話。
そして迎えるは、残酷な結末。]
…ぁあ……ぅ…………っ…
[哀しい過去を物語るコーネリアスの声は、どこか優しく聞こえて。
悪いのは旅人なのにとか、何故今になってとか、どうしてローズマリーさんまでとか…ぐるぐるとやりきれない思いが胸を渦巻くけれど。
何も言葉に出来ずに、ぼろぼろと大粒の涙を零してしゃくりあげる。
姉さんが読んでくれた御伽噺でも、何度も”してはいけない”と言われた事をして、災厄が降りかかっていたのを思い出す。
あぁ、どうしてこんなにも人は、開けてはならない扉に手を *伸ばしてしまうのだろう。*]
[ここにあるのは力ある大人の為の武器がほとんどであるように、それらを見慣れ無い少女には思えた。
小さなナイフ一つで、このような凶器に、人外の獣に対抗できるのだろうか。
思い出したのは、牧師を名乗っていた神父の言葉。
異端審問官の男の話。]
……毒薬。
[ヘンリエッタはゆっくりと辺りを見回した。
壁に飾られた剣の下に、大小の小瓶。]
[彼は自らを人と言って。
でも人狼の味方で。
けれど人狼を裏切った、と]
………
[如何言うことなのだろう。
嘘を吐いているのかもしれない
けれどそれならば、わざわざ彼女たちの前で騒ぎを起こさずとも良かった筈。
人狼ならば、夜の爪も牙もある――]
[名前程度にしか字の読めない少女には、瓶に記された名前は読めず、そのなかで一番小さい、半透明の青い瓶を手に取る。
これならばきっと、力の無い自分でも人を殺すことができるだろう。
震える手で小瓶を灯りに透かせば、中の液体がとろりと揺れた。]
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