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確かに、そいつは酷い。
いきなり『獣だ』なんて言われたとはね、まったく酷い。
あれは、ネズミじゃなくて、本当は魔王なんだなぁ……
いやはや、恐ろしい。
[肩を竦めて、ラッセルに一歩近付く。]
そうだ。怪我をしているのなら、止血をしようか。そのままにしては、まずかろうて――…
[目を細め、唇に薄い笑みを浮かべた。]
哀しみ……?
[投げかけられたそれは、思いも寄らぬ言葉。
蒼氷は一つ二つ、瞬く。
紅蛇は、闇色の瞳でただ、その様を見つめ]
……わからん、な、それは。
[空白を経て零れたのは、短い言葉。
それから、今の思索を振り落とすよに首を振る]
死んだから戻ったわけじゃない。
『番人』の死を認識した時に、思い出させられただけだ。
自分が、何者だったか、をな。
[左腕で頭を庇ったお陰か、脳震盪の類は受けずに済んだらしい。その代わり、左腕には刺し傷の他に多数の打撲痕、肩や背中にも同様の痕が出来ていることだろう]
……クイン、ジー……。
[当てにするなと言われ、彼の青年の名を紡いだ。弱々しいそれは不精髭の男くらいにしか聞こえなかったかも知れない。壁に凭れ、薄っすらと細く開いた瞳は階上へと向けられる。右目は、滅紫を示していた]
[音が、声が、上から聞こえて来ます。
もう一度溜息を吐いて、身を起こしました。
こつり、杖で地面を叩きながら、わたし向かうのは騒ぎとは真逆の方向――赤い華の咲く、外でした。]
休んでろ。
[クインジーの名を呼ぶシャーロットを一瞥し、駆け上がっていったナサニエルを追いかけるようにして駆け上がる。階上にはニーナとシャーロット以外の生きている者が揃っていた。誰が獣の味方に付くか、ぎらつく目で探るように見回す]
[ケネスとシャーロットの言葉は聞こえるはずもなかった]
[階段をのぼってくる男のことも、気にはしない]
[男は、ただ、ギルバートが前に立って動かないラッセルのそばへと行く]
ラッセル
……お前は、どうしたい?
[男には、それがわからずに、手を出すでもなく口にした]
……そうかな?
もしかしたら、俺の目が片方しか無いからかもしれないね。人には、怖い顔に見えるって言われるよ――…困ったものだ。
笑顔になったつもりでも、そうは見えないらしい……
[眉尻を下げ、ラッセルに悲しげな表情を見せた。]
ラッセル……
きみもそんな冷たい人間のひとりなのかい……?
きみだけは違うと、俺は思っていたのに……!
[息を落とす。
目を伏せていたのは束の間。
クインジーの方へと、顔を向ける]
……クーは、大切なひとには、
辛くても生きていて欲しいと想う?
[それなら――と。
音なく口にした、ことばは。
彼にしか、届くまい]
[ラッセルは逃げるのを一時止めており、前をギルバートが塞ぎ、ナサニエルは背を向けているので表情は見えない]
やめろクインジー!
そのちびは獣だ。
番人達を殺し、引き裂き…食ったバケモノだぞ!!
[ラッセルに引き寄せられる風に動くクインジーへ低い叱咤を発す。獣は二匹――仲間なのか、狂っているのか見極めようと睨む]
……オレにはバートの言いたいことが、
巧く取れないみたいだ。
[芝居がかった物言いの男へと向き直る]
あなたは探っているように思えるよ。
オレが獣か、人間か。
手を差し伸べたいのではなくて、いざとなれば殺す気で。
だから、笑顔も悲しみも偽者に見える。
穿ちすぎかな?
…っ、いったぁ…。
[階上へ向かう者達を視線で追い、身動ぎすると身体が軋むような感覚に囚われる。ここからでは声はほとんど聞き取れない。ただ、その動きだけをオッドアイの瞳で見つめることしか出来なかった]
自分が冷たいかどうかなんて分からないけれど。
あたたかくは、ないのだろうね。
[仄かな、笑み。
じくりとした痛みが、染み込んだ]
[哀しみかと、女が思ったのは、]
余り感情が表に出ぬハーヴェイ殿ゆえ、眼差しの色が変じたのを不思議に思っただけにございます。
まるで、その相手の事を想うかの様に。
出過ぎた事を申し上げました。
[一礼をして、腕から指先を離し、僅かに離れる]
[記憶に関する内容は眼差しを伏せ、一度だけ頷いた]
己は、――言っただろう?
お前の望みを叶えると
[ケネスの声も届いていた]
[それでも、触れられるほど近付いて]
……生きていてほしいと、思う
だが、お前が――苦しむなら
[ラッセルが手を取れるように、差し出した]
――…そうだね。
[薄い笑みを消し、ラッセルの目を見る。]
俺は弱い人間だ。
一度疑い出したら、それは呪いのごとく俺の背に取り憑いて離れなくなる。人間故の、ごく当たり前のことさ……
それにね。
此処には、人を殺そうとする『魔王』は在れど、魔法で全てをハッピーエンドに帰してくれる『魔法使い』は居ないんだよ……。
悲しいね、ラッセル。
……魔法で、
この目を元に戻してくれる魔法使いが、
居れば良いのにね……
[そう言って、静かに眼帯を外す。
――そこには、皮膚が変色し、眼球が腐った、『瞼』の痕があった。]
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