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[完全なる転変。
それにより理性は吹き飛ぶはずだった。
しかし何故か、目の前の男が言う言葉が耳へと入ってくる]
常ニ 迫害 ヲ 受ケテ キタ 我ラ ノ 気持チ ナゾ 貴様ニハ 判ル マイ!
安寧 ヲ 願ッテモ ソレヲ 許サレヌ 我ラ ノ 気持チ ナゾ!
[僅かに残る理性が、獣の口から言葉を紡ぐ。
突き出された銀を避けようと、体勢を低くし、向かい来る相手の顔目掛け、下から爪を繰り出した。
避けようとした銀はその肩口を切り裂くように掠め、白銀が紅に染まる。
隻眼であるために遠近感が狂った]
…ありがとう。
[瞳の色を薄れさせ呟いて。
摺り寄る白猫をそっと腕に抱き上げた]
今、行きます。
[確かめるように口にして。
それまでよりも僅か確りとした歩調で歩き出す。
程なくすれば見えてくるのは、銀と焔。
それを見守る少年と少女]
【なあ、ミリエッタ=ヘーベルクイン。
これが貴様の望んだ未来か。
こんなことのために、貴様は命を、魂を、全てを使って、あの絵を描き上げたというのか。
後世の人は、貴様を夢想家と呼ぶだろう。
出来るはずのない事を望んだ愚か者だと罵るだろう。
それで、満足なのか?
ミリエッタ=ヘーベルクインよ】
[ゆったりとした独り言。
近くにミリィの姿は無い。だが、それでも、近くにミリィがいるように、語りかける様に、「彼女」は呟き続けた]
如何でもよくない!!
[強い口調で反駁する。]
少なくとも、私は如何でもよくなかった!
アーベルに生きてて欲しかったのに!
[聞こえてくる。遠い世界で繰り広げられる争いの音]
[咆哮に続いては、エーリッヒの叫ぶ声。
2人の会話は遠くてはっきりとは聞こえないけど。とても悲しい音に聞こえた。
そちらの様子から目はそむけずに、イレーネの声を聞く。
『人狼様』『僕』
その言葉を聴けば、寝物語に聞いた話を思い出す。狼の話にはしばしば現れる、狼に仕える狂い人がいることを]
…そっか…
[大きく息を吐いて、少しだけイレーネの方を向いた。続いてきた問いには]
怖くないかっていわれたら、嘘になるかもしれないけどさ…
[申し訳なさそうに頭をかいて、言葉を続ける]
でも、イレーネ姉ちゃんは、イレーネ姉ちゃんだろ。
あそこにいる狼だって、ユリアン兄ちゃんだし。オト先生だって…
[再び、丘の方を向く]
狂い人だから怖い、とは思わないよ。
< 白猫は抵抗の素振りを見せず、
抱き上げられる侭になる。
ふと、眼差しが何処かを向く。
手の主とは異なる方向に。
その眸に、「彼女」の姿は、映りはしなかったが >
[主の声に微か驚く。完全に変転してしまえば理性は消えてしまうとそう教えてくれたのに。
何故喋れるのか――その原因に気づいてギクリと身を強張らせた。
そうだ原因は―――自分だ。
僅か別な所にいる意識に気を向ける。]
[ふ、と目の前から姿が消え、手には浅い手応えが伝わる。
避けられた、と認識した直後に、下から繰り出された爪が迫る。
態勢は崩れていたが、軌道の僅かなブレもあってか爪は頬を裂くに留まり。
舌打ちと共に、後ろへと飛びずさる]
……ああ、わからんね。
護る力があるが故に。
誰かが死ぬ度、責められ続け、終いには異端と貶められる。
そんな、俺たち一族の苦労を、お前らが理解できんのと、同じようにな!
[異端なるもの。最初はその意は自身も知らず。
思わぬ形で目の当たりにして以来、決めていた。
何も愛すまい、何も懐に入れまい、と。
情に囚われる事なきように]
ゲイト。
そう、貴女はエウリノの心を守ってあげて下さい。
[それは願い。むしろ祈り]
……?
[腕の中の白猫が「何処か」を見た。
つられるように、視線が動く]
[現の世界。
手を出せない場所で、争いは続く。
終わらせるために。
新たなる始まりを齎すために]
生きる意味も、見出せないのに――?
[立ち止まり、顔を向ける。
薄い笑み。違いの眼は、冷たい]
俺は。
楽しんでいたよ?
起こる、争いを。
人が醜い心を露にする様を。
人と獣の合間を移ろう者が、牙を剥く様を。
[真実と虚実の入り混じった言葉]
……そんなのに、生きていて欲しかった?
……。
[視線を感じて、ゆらりと視線を動かす。
そこにいたのは、死者達。
この村の呪縛により、何処にも行くことの出来ない死者達だった]
【―――なるほど。
終わり。やはり、終わりは近いか。
呪縛は、薄らいできている。
さもなくば、我が、ただの彷徨う死者に認識されるようなこともなかろうて。
光。闇。
さて、行き先はどちらに】
[切り裂かれた肩口から銀の毒が回る。
くらりと視界が揺れたが、ふるりと頭を振り吹き飛ばす]
何ヲ 言ッテモ 平行線。
ヤハリ 貴様ラトハ 相容レン ナ!
[飛び退る相手を追撃するかのように、低い体勢のまま地を蹴り。
風の如き速さで肉薄す。
懐に飛び込んだと思い、爪を心臓目掛け振り抜く。
その距離は、ほんの少しだけ、足りない]
生きる意味なんて、私にも判らない。
そんなのきっと本当は誰にも判らない。
だけど、私はアーベルと一緒に居たかったの。
それじゃ駄目なの?
[冷たい眼にはたじろがず。
優しい表情で返す。]
もし貴方が本当に争いを楽しんでたなら、
私に力のことなんて教えなかったでしょう。
一人で狼のところに向かおうとなんてしなかったでしょう。
捻くれアーベル。
勿論。大切な人には生きてて欲しかったに決まってる。
そう。それは、間違ってないと思うよ。人間なら。
[怖いけど、怖くないと、そう言いながら頭を書き、普段とあまり変わらない表情を見せる少年ティルに微笑む。
向ける笑みは相変わらず透明に澄んだそれだったが。]
…私、ね。
ずっと待ってたの。人狼様を。
父さんは私を慈しんでくれたけど、代わりに母さんからは憎まれた。父さんの愛を独り占めしたからって。
…当然だよね。父さんは血を継ぐ者を求めて、母さんを愛してはいなかった。
でも父さんは私を愛してたわけじゃない。
父さんが心から、愛していたのは人狼様だけ。
[今なら分かる、父もその人生の全てを、まだ見ぬ敬愛する人に捧げたのだ。]
私達の一族は、血を持ってその力を為す。
人狼様の為に、血を、力を、受け継ぐ者を作らなきゃいけない。
だから父さんは母さんを利用した。
そして私が生まれて、10になるまでにその口伝の全てを伝えて死んでいった。
[何故、ティルに自分の全てを語るのかは、分からない。
ただ伝えておきたかった。目の前の主が、相対する人に思いのたけを叫ぶのと同じように。]
後に残った私は、母さんに売られた。
村の人からは疎まれた。
だからずっと、待ってたの。
全てを捧げると、そう伝えられていた人狼様を。
[目の前の人と、そして失った人。
どちらも敬愛した。出会えたことは幸運だった。
でも。]
ねぇ、ティル。
私達は、人と違う人は、幸せにはなれないのかな?
こんなに普通に話せるのに。
みんな、私を憎むの。ユリアンを嫌うの。
狼だから、親が居ないから、娼館に売られたから、ただ普通の人と違うってだけで。
私達は、ただ静かに暮らしてたかっただけなのに…。
[まだ幼い少年に、問いかける言葉ではないかもしれない。
答えは、期待してはいなかった。
それでも、口にした。]
【ミリィ。ミリエッタ=ヘーベルクインは此処にはいない。
何処にでもいて、何処にもいない。
あれは、そういう存在になった。
それが対価。
主の力を借りた対価。
故に、貴様らには、二度と認識は出来ぬ】
[白銀が疾風の如き速度で迫るは、着地の直後。
未だ態勢は不安定であり、距離を更に開ける事も、防御の姿勢を取る事も難しく。
が、予想に反して相手の踏み込みは甘く、爪は左の胸元を浅く切り裂くに留まった]
(……なんだ?)
[その動きに違和感を感じつつ、しかし、距離を詰めているタイミングは逃せない、と。
裂かれた衝撃に引いた足を基点に、身体を屈める]
相容れる要素がどこにあると……。
特に、俺とお前は、完全に反側面だろうがっ!
[言葉と共に、繰り出すのは下段から切り上げる一撃]
……その思考が、解らない。
[問いには是とも否とも答えず、
笑みは解け、薄く開いた口唇は吐息を零す]
曲解しない。
その方が、楽しそうだと思ったから。
情報は仕舞い込むより、密やかに齎したほうがいい。
一人で行ったのは、直接訊いてみたいことがあったから。
相手の手が早かったけれどね。
[肩を竦める。
挑発行為をしたのは、確かだが。
捻くれている。
嗚呼、そう評したのは、自分自身だった]
大切? ……幻想だろう、そんなの。
【―――だが、彼女は確かにそこにいる。
そばで笑っているだろう。
悼む気持ちがあるのならば、思い続ければ良い。
悲しむ気持ちがあるのならば、笑い続ければよい。
彼女は何処にでもいないが、何処にでも存在する。
想いがあるのならば、伝えれば良い。
それは、何処にいても、何処で叫ぼうとも、彼女に伝わるのだから】
訊いてみたいこと……。
[何だったのだろう、と首を傾げて。]
じゃあ、貴方は私を利用した、ってわけ?
[にこりと笑う。]
私のことも如何でも良くて、ただ観察対象物でしかなく。
争いへの歯車でしかなかった?
……幻想って何?
本当はそんなものないっていうの?
チィ…!
[腕を振り抜くタイミングは合っていたはず。
それなのに爪は生命の源を抉ることはなく、掠るのみに留まる]
(距離感が、掴めん…!)
[細められる紅き瞳、そこには苛立ちが色濃く現れていた]
…相容レタイトモ 思ウ モノカ!
貴様ラ ハ 我ラガ 餌ニ 過ギン!
[切り上げられる腕を狙い、爪を振り下ろそうとして]
……!!
[ぐらりと視界が揺らいだ。
身体全体に銀の毒が回る。
振り上げた腕はそのまま己の頭を支え、足元はたたらを踏む。
一瞬、白銀の動きが止まった]
今となっちゃ、如何でもいいこと。
[何を思うか。
何を感じて、生きるか。
その答えの一端は、白銀の獣と化した男の、叫びに在った]
……そうなるね。
笑って、訊くこと?
[向ける眼差しには、訝りが混じる]
―――エウリノ!
[動きを止めた主の名を、叫んだ。
ティルに向けた意識は離れ、主の元へと走り出す。
邪魔になるからと離れていた。
ここから向こうまでの距離が、やけに遠い。]
[ただ、静かにイレーネの話を聞く。
それは、自分にとってはわからない話だから。聞くしかできなかったから。
何か言葉を発しようとしたときに、イレーネが目の前から走り出していく]
姉ちゃん!
[とっさに追いかけた]
[今まで見てきた、惨劇の痕が頭をよぎる。
血まみれのギュンター。女将と一緒に殺されたノーラ。先生と一緒に死んでいたアーベル。ユリアンに挑み殺されたユーディット。
みんな、大事な人たちだった。
そして次に浮かぶのは。
父親が死んだ時に、ずっと慰めてくれた先生の姿。
工房で必死に石を加工するユリアンの姿]
俺は、姉ちゃんも、ユリアン兄ちゃんも、先生も。
どうしても、嫌いになれないんだから!
[最後に浮かぶは、宿の二階で終わらせようと言って笑ったイレーネの微笑み]
終わらせなきゃ。悲しいことは終わらせて、幸せにならなきゃ!
[何を言っているか、自分でもわからないけど。
叫びながら、イレーネを捕まえようとする]
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