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―宿までの道―
……飛べるかどうか。
……どうだろう。
[大人しく宿へと戻る最中に、ぽつと呟いた。
人の足では先ず無理だが、
獣の足でなら―――それでもわからない程度の距離が空いている。
確実を考えるなら、もう少し待つべきだが、急ぐのなら
……だが失敗した時の対価は命だ。
それも二人分の。
眉根が寄った。]
…早くは走れないかもしれないけど
でも、転んでも構わない―――…後悔するよりは、ずっといい
[ミハエルとベッティにそう告げて。
ミハエルから身体を支えられ、其れに甘んじる形となるか。]
…有難う、僕は本当に幸せ者だね
なんだかいつの間にか僕ばかり心配されてる
[手を取り、ぎゅうと握り占め。
温かさに涙ぐみそうになるが、ゆるゆる頸を振って。]
…皆で探しに行こうか
三人で探せばきっと早いよ
[ベッティにくぎを刺されるとそう応え。]
……あれだけ意味ありげに人のことを見ておいて。
そりゃないだろう……。
[変化してゆく場に緊張しながら。
同時に青く響いてきた声の無邪気さにじゃ少しだけ脱力させられた]
生き残るために利用したんじゃないのか。
俺のことも。ミハエルのことも。
――…ずっと、欲しかったんだ。
[アーベルの首筋へと顔を寄せ牙を剥く。
銀が抜かれるのとどちらが早いか。
それは人狼ではなく吸血鬼のように――
殺す為ではなく『感染』を促す為の行為。
殺す程の力は込めない。
家族を知らぬ純血の獣は
ずっと、何処かで家族というものに憧れていた]
―宿屋 厩舎―
[宿へと戻ると、入り口の方へはむかわずに、
真っ直ぐ厩舎のほうへと向かった。
そこにいることは教えられていたので。
獣の匂いが濃くなる中で、知った匂いがふたつ。
ゆっくりと、近づいていく。
下手に同胞の気を逸らせないために注意を払いながら。]
[皆でとのゲルダの誘い、自分は少し迷っていた。
誘われずとも、おそらくはライヒアルトと一緒にいるであろうアーベルをすぐに探しには行きたかったのだが……]
そっちは、二人で行ってきてくれよ。
アーベルが話さないってことは、私に知らせたくないことだったんだろうからよ。
[自分を抑えるように、銀の食器の前まで歩いていって]
なんてか、アーベルに……迷惑はかけたくないんだ。
[そう二人に笑いかけて]
ああ、二人とも銀のものもってるか?
なければどれか好きなのもっていっていいぞ。
ないよりは、ましだろ?
[そう皿とナイフとフォークの銀の食器セットを見せながら]
あるならこんなものいらねぇだろうけどよ。
[伸ばした手はゲルダの手を握り。
紡がれる言葉ににこりと笑んだ]
僕は前にゲルダ達に心配して貰って、助けて貰ったから。
今度は僕が助ける番だよ。
[ベッティの釘刺しに返す言葉を聞けば、笑んだままベッティへと視線を向ける。
一緒に行こう、と言うように]
あ〜。うん。
誰に占い師だよって伝えようか悩んでて。
ちょうどユリアン君がいたから。
[崖を見詰める妻を、心配そうに見詰めながら、嘘はなく告げる。]
妻と子が生きる道の為に、
利用できてたのかなぁ……―――。
うぅん、出来てたかどうか、現状だと悩む、ね。
[ぺしょんと凹むのは、ユリアンとミハエルに対する罪の意識でなく、最愛の人の現状を見て。
生き残る―――そこに己の名は入ることはない。]
いいわけは……ねぇよ……。
[ゲルダの言葉に、返すのはそう、小さなつぶやくような言葉]
簡単にあきらめられるなら、なんも悩みもいらねぇしな。
乙女の悩みはいつだって優先事項だからな、
それでも、アーベルの気持ちもなにも、無視していいわけじゃねぇだろ。
[辛うじて、右手は銀を掴む、けれど。
振るうに躊躇いが先行したのは、告げられた言葉のため]
この……バカ、はっ……。
[家族を知らぬ幼馴染。
両親を失い、その孤独の一端には触れた、けれど。
自分にはまだ、伯父と従妹がいたから、完全にそれを理解する事はできずにいて]
……っ!
[迷いは牙を避ける暇を逃し、牙が首筋を捉える。
覚えのある熱に、顔が歪んだ]
……っき、しょ!
[それでも、このまま止まる事はできない、と。
強引に引き剥がそうとしながら、抜いた銀でライヒアルトの左の肩に切りつけた]
―――…僕は武器なんていらないよ
…必要なのは其れじゃないと思うから
でも、アーベルに何かあったら、
其れで納得出来るのかい?
乙女の悩みはそれよりも大事なもの?
[磨き抜かれた銀の食器セット。鈍い光を見詰めながら、
幼馴染の彼女にそう伝えて。]
…ん、早く行こう、ミハエル君!
[二人で手をつないで、外へと駆けて行く。
早く走れはしなかったけれど、其れでも転ばぬように二本足で立って。]
― →外へ ―
…何処、だろう
ミハエル君、宿の外回りは探したのかい?
[どこから手をつけていいものか解らず。
手をつなぎ傍らの少年へと問いかける。]
[アーベルに何かあったら、その言葉に心は揺らぎ]
よくねぇし、納得もできねぇさ。
[自分にとっての一番はアーベルだから、悩みの先はほかならぬアーベルのことだから]
好きだから、大事だから、何より一番に思うから、悩むんだよ。
[今すぐ彼の元に、かなうならばずっと傍に、
けれどもアーベルのことを尊重するならば、彼のことを思うからこそその考えを覆し自分を押し付けることもできず]
はじめからすんなり決められるなら、こんなところに、今いねぇしな……
[自然と涙がこぼれて、出て行くゲルダを見送るように言葉は届いたかどうか]
―宿屋 厩舎―
……アル、ライ。
[物陰で音を聞いていれば、二人がもみ合っているのは解っていた。
危険も知っていた為、飛び込んで止めるという事はできなかったが。
そこにふいに―――顔を出して、名前を呼んだ。
幼い時から、変わらない呼び名を。
それでも止まらないだろう事はわかっている。
それでも。
同胞には、傍にいることを伝えてはいたが―――。]
[と、紅の眼はアーベルに感染を促そうとするリヒトを捉えるか。]
…、……―――。
[聴こえる赤の聲と共に、それに関して想うことはある。
狂人であるヴァイスルヴは、それを願ったことがあったかなかったか。
あったならば、この身故に死ぬ確率が高いことで止められたのだろうが。
おそらくは、求めることはなかった筈だ。
自らの身が持たないだろうことは白銀が一番よく知っていた。]
[手を離さぬよう、それでいてゲルダを支えるようにしながら]
外回りは見てないや。
…そうか、宿には厩舎とかもあったっけ。
[思い出したように施設の名を紡ぎ。
行ってみる?と言うようにゲルダを見上げた]
[アーベルの首筋に牙が埋まる。
傷口からは滴る赤が舌先に甘さを伝えた。
躊躇いの理由をリヒトは理解していない。
躊躇わせる為に紡いだ言葉ではなかった。
彼になら言っても良いかと思っただけ――]
――…っく、ぁ。
[元々力は込めていなかった。
だからアーベルの抵抗に金目の男の身体は退き
肩へと振りかざされた銀が青年の服を切り裂く。
白い肌が覗き薄く一筋の赤が滲んだ]
――…アーベル!
[人の姿の儘、名を、呼んだ。
怒りよりも哀しみが、強い]
[本心では連れて行って欲しかったのかもしれない。
そんなことを口にすることはないが、最後にかけられた言葉にただただ悩んで自分は]
大切にか……
[悩んだ末に]
あいつら、二人だと、心配だからな、だから行くんだぞ。
[そう誰もいない食堂で言い訳をしながら、自分も送れて食堂をでていくだろうか]
[手に伝わったのは、浅い手応え。
距離が開いたのを覚ると、その場にがくり、と膝をつく。
引き剥がす際の勢いのためか、僅かにずれた襟元から、左肩の爪痕が覗いた]
……ちょ、これ……きっつ……!
[身体が熱い。
今新たに得た因子と、ずっと抱えてきた因子。
反応して、活性化するそれらを押さえ込もうとする、呪いの血。
身体の内に巡る力の強さは、思っていたよりも、強くて。
器が耐えられる可能性の低さが、やけにはっきりとわかった]
……ん、の……。
バカ、ども、がっ……。
[今にも崩れそうになる、けれど。
耳に届いた、名を呼ぶ二つの声に。
息を切らしながら、蒼を向けた。
蒼に宿るのは、少しだけ寂しげな。けれど、毅然とした、いろ]
――…イレーネ
[肩を押さえ名を呼ぶもう一人の幼馴染に目を遣る。
銀が触れた箇所が熱を帯びていた。
痛みに柳眉を寄せる]
失態、だな。
お前さんにゃ一番見られたくない、有様だ。
[自信家で、何処か飄々としていて
頼りになる同族の者であろうとしていたのに。
けれどこれは自らの望みと甘さが招いた事だと理解もしていた]
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